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宮廷舞踏会
③
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差し伸べられた手は、私ともルミアともとれる微妙な位置にあった。どちらでも構わないという、おざなりな意思がわずかに透けて見える。
私が戸惑いを浮かべるなか、いち早く動いたのはルミアだ。
「はい、喜んで」
そう言って手を取ろうとしたルミアだったが、不意に動きを止めた。足元に視線を落としたのを見るに、先ほどのダンスでどこか痛めたのだろう。
今日の宮廷舞踏会は、アディフの妃選びも兼ねて開かれているともっぱらの噂だ。
せっかく王太子殿下と踊れるチャンスだというのに、この足では粗相をしてしまうかもしれない。ろくにダンスも踊れないと思われては、次期王妃の座は二度と巡ってこない。
(……なんてことを考えてるんでしょうね、この子。でも、取りかけた手を途中で引っ込めても、似たような状況に陥るとは思うけど)
しかし、我が義妹は文字通り、転んでもただでは起きないずる賢さを兼ね備えている。
瞬時に頭をフル回転させたであろうルミアは、やがて躊躇うように手を引っ込めると、おずおずと申し出た。
「せっかくのお誘いですが、できましたら殿下には、リリアンテお姉様と踊っていただきたく存じます。
お姉様は今宵、良きダンスパートナーに恵まれませんでしたので」
ほほう、そうきたか。
私は思わず感心した。これならば、アディフのダンスパートナーという、誰もが羨む役を、殊勝にも姉に譲った女性という印象をアディフに植え付けられる。
しかも、小憎たらしいことに。
(私に折れかけのヒールを寄越しておきながら、その手を打つわけね)
ルミアは底意地の悪い狡猾さを仮面の下に完璧に隠しつつ、にこやかな笑顔を私に向けてくる。
私の方が頬が引きつり、無愛想な印象を周囲の人間に刻み込んでいることだろう。
とはいえ、姉妹揃って王太子殿下のお誘いを拒絶するなどできようはずもない。
私が差し出された手を取ると、アディフは淡々とした足取りでホール中央へと進む。
舞踏会の参加者たちが左右に分かれ、アディフにスペースを譲る。彼らの浮かべる好奇の眼差しは、例外なく私に注がれるものだ。
まあ、それも当然だろう。
ルミアの引き立て役として、ここ何年もそばかすの浮いた化粧で社交界に参加してきた、悪目立ちのする侯爵令嬢だ。
舞踏会ではいつもダンスに誘われず、ホールの片隅でダンス相手のいない『壁の花』と化していたリリアンテ嬢が、いったいどんなダンスを披露してくれるのか。
皆の興味はそこに尽きる。
(参ったわね。つま先立ちで歩いているようなものなのに。
右足の踏み込みは浅くして、重心はなるべく後ろに……)
色々と考えを巡らせているうちに、曲が流れ始めた。何とも間の悪いことに、華やかでテンポが良い組曲、『サンドリヨンはかく踊る』である。
アディフの引き足に合わせて右足を踏み出した、そのファーストステップで、いきなり醜態を晒してしまった。
ヒールの付け根が曲がり、大きくバランスを崩してしまったのだ。
私はアディフの胸に飛び込むような格好になってしまい、慌てて身を離す。
「し、失礼しました」
そう短く告げて、ダンスヒールの状態を感覚で確認。ドレススカートに隠れて見えないが、踏み込んだ時の感じだと、おそらくヒールの付け根は薄皮一枚で張り付いているような状況だろう。
(グラついてるだけだと思ってたのに、完全に折れてるじゃない)
そういえばルミアと踊ったオマールは、はっきりと「靴のヒールが」云々と口にしていた。一見しただけでぽっきり折れているのがわかる状態だったのだろう。
周囲からクスクスと忍び笑いが聞こえてくる。
私の無様さを笑うのと共に、これで侯爵令嬢の一人が妃候補から外れたと喜んでいるのだろう。
視界の隅にルミアか映った。
はっきりと、口の端が上がっていた。
私が戸惑いを浮かべるなか、いち早く動いたのはルミアだ。
「はい、喜んで」
そう言って手を取ろうとしたルミアだったが、不意に動きを止めた。足元に視線を落としたのを見るに、先ほどのダンスでどこか痛めたのだろう。
今日の宮廷舞踏会は、アディフの妃選びも兼ねて開かれているともっぱらの噂だ。
せっかく王太子殿下と踊れるチャンスだというのに、この足では粗相をしてしまうかもしれない。ろくにダンスも踊れないと思われては、次期王妃の座は二度と巡ってこない。
(……なんてことを考えてるんでしょうね、この子。でも、取りかけた手を途中で引っ込めても、似たような状況に陥るとは思うけど)
しかし、我が義妹は文字通り、転んでもただでは起きないずる賢さを兼ね備えている。
瞬時に頭をフル回転させたであろうルミアは、やがて躊躇うように手を引っ込めると、おずおずと申し出た。
「せっかくのお誘いですが、できましたら殿下には、リリアンテお姉様と踊っていただきたく存じます。
お姉様は今宵、良きダンスパートナーに恵まれませんでしたので」
ほほう、そうきたか。
私は思わず感心した。これならば、アディフのダンスパートナーという、誰もが羨む役を、殊勝にも姉に譲った女性という印象をアディフに植え付けられる。
しかも、小憎たらしいことに。
(私に折れかけのヒールを寄越しておきながら、その手を打つわけね)
ルミアは底意地の悪い狡猾さを仮面の下に完璧に隠しつつ、にこやかな笑顔を私に向けてくる。
私の方が頬が引きつり、無愛想な印象を周囲の人間に刻み込んでいることだろう。
とはいえ、姉妹揃って王太子殿下のお誘いを拒絶するなどできようはずもない。
私が差し出された手を取ると、アディフは淡々とした足取りでホール中央へと進む。
舞踏会の参加者たちが左右に分かれ、アディフにスペースを譲る。彼らの浮かべる好奇の眼差しは、例外なく私に注がれるものだ。
まあ、それも当然だろう。
ルミアの引き立て役として、ここ何年もそばかすの浮いた化粧で社交界に参加してきた、悪目立ちのする侯爵令嬢だ。
舞踏会ではいつもダンスに誘われず、ホールの片隅でダンス相手のいない『壁の花』と化していたリリアンテ嬢が、いったいどんなダンスを披露してくれるのか。
皆の興味はそこに尽きる。
(参ったわね。つま先立ちで歩いているようなものなのに。
右足の踏み込みは浅くして、重心はなるべく後ろに……)
色々と考えを巡らせているうちに、曲が流れ始めた。何とも間の悪いことに、華やかでテンポが良い組曲、『サンドリヨンはかく踊る』である。
アディフの引き足に合わせて右足を踏み出した、そのファーストステップで、いきなり醜態を晒してしまった。
ヒールの付け根が曲がり、大きくバランスを崩してしまったのだ。
私はアディフの胸に飛び込むような格好になってしまい、慌てて身を離す。
「し、失礼しました」
そう短く告げて、ダンスヒールの状態を感覚で確認。ドレススカートに隠れて見えないが、踏み込んだ時の感じだと、おそらくヒールの付け根は薄皮一枚で張り付いているような状況だろう。
(グラついてるだけだと思ってたのに、完全に折れてるじゃない)
そういえばルミアと踊ったオマールは、はっきりと「靴のヒールが」云々と口にしていた。一見しただけでぽっきり折れているのがわかる状態だったのだろう。
周囲からクスクスと忍び笑いが聞こえてくる。
私の無様さを笑うのと共に、これで侯爵令嬢の一人が妃候補から外れたと喜んでいるのだろう。
視界の隅にルミアか映った。
はっきりと、口の端が上がっていた。
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