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宮廷舞踏会

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 目を開けるとそこにはきらびやかな世界が広がっていた。

 ドレスで着飾った淑女たちがダンスホールに溢れ、紳士が上品にエスコート。
 演奏家の奏でる音楽と、ヒールの鳴るリズミカルな音。そして笑いさざめく声が周囲に反響している。

 前後の記憶は定かではないが、私は目の前の光景から、すぐさま状況を分析した。

(……そう。今回は宮廷舞踏会のシナリオというわけね。いくつかルートがあったはずだけど、いったいどれかしら)

 注意深く辺りを観察していると、ホールの一角でキャッと小さな悲鳴が上がった。
 そちらに目を向けると、一人の女性が屈み込んでいる。

 ゆるやかにウェーブした髪に、あどけない顔立ち。ひな鳥を思わせる華奢な身体つきのその女性の名は、ルミア・ベルーシュ。
 私の義妹にあたる人物である。

 ルミアと踊っていたのは、小太りで気弱そうな男性。ベーリント伯爵家のオマール・ダペスだ。
 オマールは貧血でも起こしそうな表情でルミアに訊ねる。

「だ、大丈夫かいルミア嬢。怪我しなかったかい?」

 オマールがおどおどと手を差し伸べようとするが、ルミアはそれを気配で察したのか、いち早くすっくと立ち上がった。
 その顔にはにっこりとした、愛らしい笑顔。

「心配ありまんわ。少しバランスを崩しただけですから」

「だけど足をひねったんじゃあ……」

「気に病まないでくださいな。ダンスパートナーの足を踏んでしまうのはよくあることです。わたしは平気ですわ」

「えっ。でも今のは靴のヒールが……」

 オマールは何か弁明しようとした風だが、周りで踊っていた人たちから漏れる、クスクスという笑いにかき消されるように、言葉が尻すぼまりになる。

 ろくにリードもできないのかという嘲りの空気に、オマールは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 ルミアはその間に優雅に一礼し、ダンスパートナーから離れた。足を引きずるような動作をドレスで懸命に隠しつつ、

「リリアンテお姉様!」

 そう声を投げかけ、私の佇む壁際へとやってくる。
 それは「上手く踊れていたでしょう?」と、微笑ましく自慢しているような仕草だ。実際、ルミアの愛らしい姿を目で追う紳士たちの口元には、柔らかな微笑が浮かんでいる。

 ルミアは私の隣に来て壁によりかかると、フゥと一息ついた。そして、朗らかな外面はそのままに、私にだけ聞こえるように小声で言う。

「……無様に転んで、いい気味だと思ったでしょう」

 私は横目でちらりとルミアのことを窺ったあと、密やかなため息をつく。

「別に。そんなこと思ってないわ」

「ハッ、よく言うわよ。あんたの考えてることなんてお見通し。
 でも残念だったわね。周りで踊っていた人たちは、あの子豚がわたしの足を踏んだんだと思ってる。
 それなのにわたしは嫌な顔一つ見せない、健気で愛らしい子だって、そう評判が立つわ」

「それじゃあ、足を踏まれたわけではないと?」

 私の問いかけに対し、ルミアはドレスの下で何やらもぞもぞと足を動かした。
 やがてドレスの裾からころりと転がり出てきたのはダンスヒール。よく見るとヒールの部分が取れかかっている。

「急にヒールが折れたのよ。でも、ほとんどあの子豚のせいだから一緒でしょ。たどたどしいリードのせいで変に踏ん張っちゃったからよ。
 あぁもう最悪。今も手がべたべたして気持ち悪いったらないわ」

「そんなに嫌ならダンスの誘いを断れば良かったでしょ」

 私のその指摘に、ルミアがにやりとした底意地の悪い笑みを浮かべる。
 もちろん、衆目がこちらに向いてないことを確認した上でだ。

「わかってないわねぇ、お姉様。身分や外見にとらわれず、公正公平に接する侯爵令嬢の姿に、皆は感銘を受けるわけ。
 特にああいった子豚はうってつけの人物よ。愛らしいわたしの引き立て役にぴったり」

 そこでルミアは、蝶が舞うようにひらひらと手の平を泳がせたかと思うと、私のことを指差して言った。

「醜いお姉様と一緒よ。うふふ」

 苛立ちを通り越して呆れた。一流の教育を受けて育ってきたはずだというのに、よくまあこんな性格ブスが出来上がったものだ。
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