1 / 17
宮廷舞踏会
①
しおりを挟む
目を開けるとそこにはきらびやかな世界が広がっていた。
ドレスで着飾った淑女たちがダンスホールに溢れ、紳士が上品にエスコート。
演奏家の奏でる音楽と、ヒールの鳴るリズミカルな音。そして笑いさざめく声が周囲に反響している。
前後の記憶は定かではないが、私は目の前の光景から、すぐさま状況を分析した。
(……そう。今回は宮廷舞踏会のシナリオというわけね。いくつかルートがあったはずだけど、いったいどれかしら)
注意深く辺りを観察していると、ホールの一角でキャッと小さな悲鳴が上がった。
そちらに目を向けると、一人の女性が屈み込んでいる。
ゆるやかにウェーブした髪に、あどけない顔立ち。ひな鳥を思わせる華奢な身体つきのその女性の名は、ルミア・ベルーシュ。
私の義妹にあたる人物である。
ルミアと踊っていたのは、小太りで気弱そうな男性。ベーリント伯爵家のオマール・ダペスだ。
オマールは貧血でも起こしそうな表情でルミアに訊ねる。
「だ、大丈夫かいルミア嬢。怪我しなかったかい?」
オマールがおどおどと手を差し伸べようとするが、ルミアはそれを気配で察したのか、いち早くすっくと立ち上がった。
その顔にはにっこりとした、愛らしい笑顔。
「心配ありまんわ。少しバランスを崩しただけですから」
「だけど足をひねったんじゃあ……」
「気に病まないでくださいな。ダンスパートナーの足を踏んでしまうのはよくあることです。わたしは平気ですわ」
「えっ。でも今のは靴のヒールが……」
オマールは何か弁明しようとした風だが、周りで踊っていた人たちから漏れる、クスクスという笑いにかき消されるように、言葉が尻すぼまりになる。
ろくにリードもできないのかという嘲りの空気に、オマールは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ルミアはその間に優雅に一礼し、ダンスパートナーから離れた。足を引きずるような動作をドレスで懸命に隠しつつ、
「リリアンテお姉様!」
そう声を投げかけ、私の佇む壁際へとやってくる。
それは「上手く踊れていたでしょう?」と、微笑ましく自慢しているような仕草だ。実際、ルミアの愛らしい姿を目で追う紳士たちの口元には、柔らかな微笑が浮かんでいる。
ルミアは私の隣に来て壁によりかかると、フゥと一息ついた。そして、朗らかな外面はそのままに、私にだけ聞こえるように小声で言う。
「……無様に転んで、いい気味だと思ったでしょう」
私は横目でちらりとルミアのことを窺ったあと、密やかなため息をつく。
「別に。そんなこと思ってないわ」
「ハッ、よく言うわよ。あんたの考えてることなんてお見通し。
でも残念だったわね。周りで踊っていた人たちは、あの子豚がわたしの足を踏んだんだと思ってる。
それなのにわたしは嫌な顔一つ見せない、健気で愛らしい子だって、そう評判が立つわ」
「それじゃあ、足を踏まれたわけではないと?」
私の問いかけに対し、ルミアはドレスの下で何やらもぞもぞと足を動かした。
やがてドレスの裾からころりと転がり出てきたのはダンスヒール。よく見るとヒールの部分が取れかかっている。
「急にヒールが折れたのよ。でも、ほとんどあの子豚のせいだから一緒でしょ。たどたどしいリードのせいで変に踏ん張っちゃったからよ。
あぁもう最悪。今も手がべたべたして気持ち悪いったらないわ」
「そんなに嫌ならダンスの誘いを断れば良かったでしょ」
私のその指摘に、ルミアがにやりとした底意地の悪い笑みを浮かべる。
もちろん、衆目がこちらに向いてないことを確認した上でだ。
「わかってないわねぇ、お姉様。身分や外見にとらわれず、公正公平に接する侯爵令嬢の姿に、皆は感銘を受けるわけ。
特にああいった子豚はうってつけの人物よ。愛らしいわたしの引き立て役にぴったり」
そこでルミアは、蝶が舞うようにひらひらと手の平を泳がせたかと思うと、私のことを指差して言った。
「醜いお姉様と一緒よ。うふふ」
苛立ちを通り越して呆れた。一流の教育を受けて育ってきたはずだというのに、よくまあこんな性格ブスが出来上がったものだ。
ドレスで着飾った淑女たちがダンスホールに溢れ、紳士が上品にエスコート。
演奏家の奏でる音楽と、ヒールの鳴るリズミカルな音。そして笑いさざめく声が周囲に反響している。
前後の記憶は定かではないが、私は目の前の光景から、すぐさま状況を分析した。
(……そう。今回は宮廷舞踏会のシナリオというわけね。いくつかルートがあったはずだけど、いったいどれかしら)
注意深く辺りを観察していると、ホールの一角でキャッと小さな悲鳴が上がった。
そちらに目を向けると、一人の女性が屈み込んでいる。
ゆるやかにウェーブした髪に、あどけない顔立ち。ひな鳥を思わせる華奢な身体つきのその女性の名は、ルミア・ベルーシュ。
私の義妹にあたる人物である。
ルミアと踊っていたのは、小太りで気弱そうな男性。ベーリント伯爵家のオマール・ダペスだ。
オマールは貧血でも起こしそうな表情でルミアに訊ねる。
「だ、大丈夫かいルミア嬢。怪我しなかったかい?」
オマールがおどおどと手を差し伸べようとするが、ルミアはそれを気配で察したのか、いち早くすっくと立ち上がった。
その顔にはにっこりとした、愛らしい笑顔。
「心配ありまんわ。少しバランスを崩しただけですから」
「だけど足をひねったんじゃあ……」
「気に病まないでくださいな。ダンスパートナーの足を踏んでしまうのはよくあることです。わたしは平気ですわ」
「えっ。でも今のは靴のヒールが……」
オマールは何か弁明しようとした風だが、周りで踊っていた人たちから漏れる、クスクスという笑いにかき消されるように、言葉が尻すぼまりになる。
ろくにリードもできないのかという嘲りの空気に、オマールは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
ルミアはその間に優雅に一礼し、ダンスパートナーから離れた。足を引きずるような動作をドレスで懸命に隠しつつ、
「リリアンテお姉様!」
そう声を投げかけ、私の佇む壁際へとやってくる。
それは「上手く踊れていたでしょう?」と、微笑ましく自慢しているような仕草だ。実際、ルミアの愛らしい姿を目で追う紳士たちの口元には、柔らかな微笑が浮かんでいる。
ルミアは私の隣に来て壁によりかかると、フゥと一息ついた。そして、朗らかな外面はそのままに、私にだけ聞こえるように小声で言う。
「……無様に転んで、いい気味だと思ったでしょう」
私は横目でちらりとルミアのことを窺ったあと、密やかなため息をつく。
「別に。そんなこと思ってないわ」
「ハッ、よく言うわよ。あんたの考えてることなんてお見通し。
でも残念だったわね。周りで踊っていた人たちは、あの子豚がわたしの足を踏んだんだと思ってる。
それなのにわたしは嫌な顔一つ見せない、健気で愛らしい子だって、そう評判が立つわ」
「それじゃあ、足を踏まれたわけではないと?」
私の問いかけに対し、ルミアはドレスの下で何やらもぞもぞと足を動かした。
やがてドレスの裾からころりと転がり出てきたのはダンスヒール。よく見るとヒールの部分が取れかかっている。
「急にヒールが折れたのよ。でも、ほとんどあの子豚のせいだから一緒でしょ。たどたどしいリードのせいで変に踏ん張っちゃったからよ。
あぁもう最悪。今も手がべたべたして気持ち悪いったらないわ」
「そんなに嫌ならダンスの誘いを断れば良かったでしょ」
私のその指摘に、ルミアがにやりとした底意地の悪い笑みを浮かべる。
もちろん、衆目がこちらに向いてないことを確認した上でだ。
「わかってないわねぇ、お姉様。身分や外見にとらわれず、公正公平に接する侯爵令嬢の姿に、皆は感銘を受けるわけ。
特にああいった子豚はうってつけの人物よ。愛らしいわたしの引き立て役にぴったり」
そこでルミアは、蝶が舞うようにひらひらと手の平を泳がせたかと思うと、私のことを指差して言った。
「醜いお姉様と一緒よ。うふふ」
苛立ちを通り越して呆れた。一流の教育を受けて育ってきたはずだというのに、よくまあこんな性格ブスが出来上がったものだ。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる