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16章 ゴールデン・ロード
第741話 悪夢の落とし物
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え?
名前を呼ばれた気がした。
もふさま?
『リディア、我はここにいる!』
光に包まれて、わたしの目の前に、もふさまが降り立つ。
本物?
わたしは恐る恐る手を伸ばし、もふさまに触れた。
あったかい、気がした。本物だ。本物のもふさまだ。
「もふさま、無事だったのね」
よかった!
「貴様、どうやってここに入った?」
少女が怒りの声を上げる。
『我は聖獣。リディアの友だ。リディアが我を望めば、いつでも共にある』
もふさま!
「いかに聖獣といえども、ここは私の内なるフィールド。招き入れていない者など、取るに値しない」
もふさまが唸る。
「お前など呼んでいない」
少女が片手をあげた。
もふさまが苦しそうに唸る。
「もふさま!」
もふさまに抱きつく。
「やめて! もふさまを攻撃しないで!」
ローレライは手を下ろした。
こんな場面でも、わたしに攻撃はしないのね。そこに何か意味がある?
「わたしの魔力が気にいったの?」
ハウスさんにも、海の主人さまにも、聖樹さまにも心地いいと言われたことがある。もふもふ軍団にもだ。
「そうだ。お前が魔力をこれからも供給するというなら、こっちの聖獣は助けてやろう」
『リディア、お前の体は元の場所で眠ったような状態だ。我はこやつの中に閉じ込められたお前の魂を助けるために、中に入ってきた。我の魂を、無理矢理、介入させているだけ。ゆえに、この魔物を内側から倒すことはできない。お前はなんとかして外に』
もふさまがグフっと唸って、苦しそうに地面に頭をつける。
わたしはキッとローレライを睨みつけた。
ありがとう、もふさま、そういうことか。
ここはまだローレライの内側なのね、わたしも精神体なんだ。
「わかったわ。好きなだけ、わたしの魔力をあげる。だからもふさまを攻撃しないで」
『リディア、だめだ、魔力がなくなれば、人族は滅してしまう』
「それでも、わたしのために、もふさまが傷つくよりマシよ」
にやっとローレライは笑った。
「ミニーの顔で、そんな嫌な笑い方をしないで」
魔物は素直に姿を変える。今度はピドリナを模している。
「またわたしの記憶から人の姿を形どっているのね? ねぇ、あなたの本当の姿を見せて」
「そんなことをする必要はない」
さっきからこっそりこのフィールドに対して魔法を使っているのだけれど、発動しなかった。ローレライの言うとおり、ここはローレライの内側のフィールドで、わたしに力はないのだろう。だから、あちらも焦って攻撃などしないし、わたしたちを自由にさせている。でも。
「あなた、わたしの魔力が欲しいんでしょ? でも死んでしまうと魔力は得られないんじゃない?」
それが推測したことだ。ローレライは屍からは養分を取れないのだ。だから生かしたまま夢を見させて、閉じ込め、魔力を奪う。それが彼女の戦い方。
「だったら、なんだというんだ?」
わたしは収納ポケットからナイフを呼び出して、それを自分の首につきつけた。精神体だから思ったこと何でも具現化すると思ったけど、そう都合よくはいかなかった。では、と、試しに収納ポケットを思い浮かべたら、物を出すことができた。意識に根付いていることだからかな?
「な、何をしている?」
「あなたは本来の姿を見せるだけでいいの。そうしたらわたしの魔力を好きなだけあげる。でも見せてくれないのなら、わたしは命を断つ」
命を断つっていうのは、ポーズだけど。
ローレライは息を呑んだ。もふさまもだ。
「なぜ、私の姿を見たいのだ?」
「戦いって命をかけるのよ? 全てを曝け出すってことだわ。全力で、相手と対峙すること。敬意を持って戦うのが道理だと思う。わたしの魔力が欲しいなら、あなたも曝け出すべきよ。わたしの記憶ばかりをさらってないで」
彼女はピドリナに似た〝風貌〟を模したまま、固まっている。
「見せれば魔力が手に入り、見せなければ、わたしは養分となり得ないだけ。あなたが選んでいいわ」
彼女は迷っている。
自分でやっていながら、首へと向けたナイフは気持ちのいいものではないけれど、この魔物が純真であるからこその作戦だと、こそっと思う。
魔使いさんが空っぽダンジョンをミラーダンジョンにした時から、人の出入りはなかっただろう。だから、外部からの魔力を得るのは久しぶり。それに人というものを〝記憶〟の中でしか知らない。
そりゃそうだ。敵が部屋にやってきたら、歌声で眠らせ、自分の中のフィールドに呼び込んだのだろうから。そして甘い夢を見させて魔力を奪う。甘い夢、その記憶の中の〝人〟しか知らないのだ。多面性のある気持ちが揺れ動くのが〝人〟と分かっていないのだ。
ローレライの〝物語〟を知る。これがこの階をクリアする鍵のはず。
だから揺すぶる。彼女を知るために。
「お前のために偽った姿でいてやるのだ」
「わたしのため?」
「私の姿は醜悪だ」
そのセリフには苦い思いが込められていた。
わたしは思い出した。この階はアンデッドたちが巣食う階。
ローレライも、アンデッドだったんだ。地に還れなかった哀しい魔物。
還れない現実……。
「あなたが夢に閉じ込めるのは、それが幸せだと思うからなのね。あなたにとって現実は、閉じ込められるよりもっと辛いことなのね」
これがきっと、ローレライのストーリーだ。
「だ、黙れ!」
ピドリナの容姿の彼女の、白目の部分が真っ赤に染まり、目自体も大きくなっていく。
料理を作るのに適した滑らかな手が、緑色のボコボコの皮膚に。
「黙れ、黙れ! お前はただ魔力を寄こすだけでいいんだ!」
怒りを孕んだ大きな声。
下半身が魚。やっぱり人魚だったんだ、生きている時は。
所々鱗が剥がれ、中の肉は腐り、そして骨まで見えているところもある。
顔も腐ってずれ落ちているところもある。
固まっていたり、ごそっと抜け落ちている、長い深緑色の髪。
所々にあるのは真珠の飾りだった欠片?
生きている時は、とても美しく、そして装いも綺麗にしていたんじゃないかと思う。装飾品が残骸となっているのも、余計に哀しかった。
人魚のアンデッド。
「本当の姿を見せてくれたから、わたしの魔力を好きなだけあげるわ」
『リディア!』
「大丈夫よ、もふさま。わたしの魔力はいっぱいあるから」
魔力の放出って難しい。
あ。そうだ、音と共に魔力を放出しよう。
わたしは歌う。歌詞は覚えてないから、メロディーを。
このフィールドを作った日本人、いっぱい要素を詰め込んだね。
ローレライというこの曲も。本人に歌わせるなんて。
皮肉が効いているのか、知らなかったのか。
「なぜ、お前がその歌を……」
魔法?
キラキラとアンデッドローレライが光を纏った。
あ、錆びたような色合いの体が、色鮮やかになっていく。
落ち窪んだところが盛り上がってきて、滑らかな肌になる。
鱗が綺麗に塞がって、緑色の長い髪。そこには壮絶に美しい人魚がいた。
額にも髪にも、首にも真珠と宝石がキラキラと輝く。
いつの間にか、目の前には湖が広がっていて、人魚は呼ばれたように後ろを振り返る。そして水の中に飛び込み、驚きの早さで湖を泳ぎまくる。
こちらのことなんか忘れてしまったかのようだ。
人魚を見遣りながら、もふさまが言った。
『リディアよ、どうして無茶をした?』
「無茶なんかしてないよ。ただ現実が悪夢だなんて、それは辛いだろうと思ったから、わたしの魔力で少しでもましになればいいと思っただけ」
もふさまはわたしから湖に視線を戻した。
ローレライにはやっぱりストーリーが潜んでいた。そりゃ、彼女が満たされれば、この階はクリアとなるはずって打算もあったけど。彼女が辛くなくなればいいのにと思ったのも本当だ。
わたしの手の中にドロップ品が現れた。
拾ったとか、そんなんじゃない。本当にわたしの手の中に飛び込んできたのだ。
小さな、小さな箱には名前があった〝hope〟。
わたしは思わず笑ってしまった。この階を作った人、ごちゃ混ぜにしすぎ! パンドラの箱まで混ざってるよ。
光が差し込んできた。
瞬きをすると、目の前まで美しい湖が広がっていた。
大きな何かが遠くの水上で跳ねた。人魚だ。髪を長く伸ばし、下半身が魚の尾と同じの……。はっきりした景色だったのに、視界がぼやけてくる。
ああ、……ローレライの現実という悪夢は終わったんだ。
ぼんやりと、わたしはそう思った。
名前を呼ばれた気がした。
もふさま?
『リディア、我はここにいる!』
光に包まれて、わたしの目の前に、もふさまが降り立つ。
本物?
わたしは恐る恐る手を伸ばし、もふさまに触れた。
あったかい、気がした。本物だ。本物のもふさまだ。
「もふさま、無事だったのね」
よかった!
「貴様、どうやってここに入った?」
少女が怒りの声を上げる。
『我は聖獣。リディアの友だ。リディアが我を望めば、いつでも共にある』
もふさま!
「いかに聖獣といえども、ここは私の内なるフィールド。招き入れていない者など、取るに値しない」
もふさまが唸る。
「お前など呼んでいない」
少女が片手をあげた。
もふさまが苦しそうに唸る。
「もふさま!」
もふさまに抱きつく。
「やめて! もふさまを攻撃しないで!」
ローレライは手を下ろした。
こんな場面でも、わたしに攻撃はしないのね。そこに何か意味がある?
「わたしの魔力が気にいったの?」
ハウスさんにも、海の主人さまにも、聖樹さまにも心地いいと言われたことがある。もふもふ軍団にもだ。
「そうだ。お前が魔力をこれからも供給するというなら、こっちの聖獣は助けてやろう」
『リディア、お前の体は元の場所で眠ったような状態だ。我はこやつの中に閉じ込められたお前の魂を助けるために、中に入ってきた。我の魂を、無理矢理、介入させているだけ。ゆえに、この魔物を内側から倒すことはできない。お前はなんとかして外に』
もふさまがグフっと唸って、苦しそうに地面に頭をつける。
わたしはキッとローレライを睨みつけた。
ありがとう、もふさま、そういうことか。
ここはまだローレライの内側なのね、わたしも精神体なんだ。
「わかったわ。好きなだけ、わたしの魔力をあげる。だからもふさまを攻撃しないで」
『リディア、だめだ、魔力がなくなれば、人族は滅してしまう』
「それでも、わたしのために、もふさまが傷つくよりマシよ」
にやっとローレライは笑った。
「ミニーの顔で、そんな嫌な笑い方をしないで」
魔物は素直に姿を変える。今度はピドリナを模している。
「またわたしの記憶から人の姿を形どっているのね? ねぇ、あなたの本当の姿を見せて」
「そんなことをする必要はない」
さっきからこっそりこのフィールドに対して魔法を使っているのだけれど、発動しなかった。ローレライの言うとおり、ここはローレライの内側のフィールドで、わたしに力はないのだろう。だから、あちらも焦って攻撃などしないし、わたしたちを自由にさせている。でも。
「あなた、わたしの魔力が欲しいんでしょ? でも死んでしまうと魔力は得られないんじゃない?」
それが推測したことだ。ローレライは屍からは養分を取れないのだ。だから生かしたまま夢を見させて、閉じ込め、魔力を奪う。それが彼女の戦い方。
「だったら、なんだというんだ?」
わたしは収納ポケットからナイフを呼び出して、それを自分の首につきつけた。精神体だから思ったこと何でも具現化すると思ったけど、そう都合よくはいかなかった。では、と、試しに収納ポケットを思い浮かべたら、物を出すことができた。意識に根付いていることだからかな?
「な、何をしている?」
「あなたは本来の姿を見せるだけでいいの。そうしたらわたしの魔力を好きなだけあげる。でも見せてくれないのなら、わたしは命を断つ」
命を断つっていうのは、ポーズだけど。
ローレライは息を呑んだ。もふさまもだ。
「なぜ、私の姿を見たいのだ?」
「戦いって命をかけるのよ? 全てを曝け出すってことだわ。全力で、相手と対峙すること。敬意を持って戦うのが道理だと思う。わたしの魔力が欲しいなら、あなたも曝け出すべきよ。わたしの記憶ばかりをさらってないで」
彼女はピドリナに似た〝風貌〟を模したまま、固まっている。
「見せれば魔力が手に入り、見せなければ、わたしは養分となり得ないだけ。あなたが選んでいいわ」
彼女は迷っている。
自分でやっていながら、首へと向けたナイフは気持ちのいいものではないけれど、この魔物が純真であるからこその作戦だと、こそっと思う。
魔使いさんが空っぽダンジョンをミラーダンジョンにした時から、人の出入りはなかっただろう。だから、外部からの魔力を得るのは久しぶり。それに人というものを〝記憶〟の中でしか知らない。
そりゃそうだ。敵が部屋にやってきたら、歌声で眠らせ、自分の中のフィールドに呼び込んだのだろうから。そして甘い夢を見させて魔力を奪う。甘い夢、その記憶の中の〝人〟しか知らないのだ。多面性のある気持ちが揺れ動くのが〝人〟と分かっていないのだ。
ローレライの〝物語〟を知る。これがこの階をクリアする鍵のはず。
だから揺すぶる。彼女を知るために。
「お前のために偽った姿でいてやるのだ」
「わたしのため?」
「私の姿は醜悪だ」
そのセリフには苦い思いが込められていた。
わたしは思い出した。この階はアンデッドたちが巣食う階。
ローレライも、アンデッドだったんだ。地に還れなかった哀しい魔物。
還れない現実……。
「あなたが夢に閉じ込めるのは、それが幸せだと思うからなのね。あなたにとって現実は、閉じ込められるよりもっと辛いことなのね」
これがきっと、ローレライのストーリーだ。
「だ、黙れ!」
ピドリナの容姿の彼女の、白目の部分が真っ赤に染まり、目自体も大きくなっていく。
料理を作るのに適した滑らかな手が、緑色のボコボコの皮膚に。
「黙れ、黙れ! お前はただ魔力を寄こすだけでいいんだ!」
怒りを孕んだ大きな声。
下半身が魚。やっぱり人魚だったんだ、生きている時は。
所々鱗が剥がれ、中の肉は腐り、そして骨まで見えているところもある。
顔も腐ってずれ落ちているところもある。
固まっていたり、ごそっと抜け落ちている、長い深緑色の髪。
所々にあるのは真珠の飾りだった欠片?
生きている時は、とても美しく、そして装いも綺麗にしていたんじゃないかと思う。装飾品が残骸となっているのも、余計に哀しかった。
人魚のアンデッド。
「本当の姿を見せてくれたから、わたしの魔力を好きなだけあげるわ」
『リディア!』
「大丈夫よ、もふさま。わたしの魔力はいっぱいあるから」
魔力の放出って難しい。
あ。そうだ、音と共に魔力を放出しよう。
わたしは歌う。歌詞は覚えてないから、メロディーを。
このフィールドを作った日本人、いっぱい要素を詰め込んだね。
ローレライというこの曲も。本人に歌わせるなんて。
皮肉が効いているのか、知らなかったのか。
「なぜ、お前がその歌を……」
魔法?
キラキラとアンデッドローレライが光を纏った。
あ、錆びたような色合いの体が、色鮮やかになっていく。
落ち窪んだところが盛り上がってきて、滑らかな肌になる。
鱗が綺麗に塞がって、緑色の長い髪。そこには壮絶に美しい人魚がいた。
額にも髪にも、首にも真珠と宝石がキラキラと輝く。
いつの間にか、目の前には湖が広がっていて、人魚は呼ばれたように後ろを振り返る。そして水の中に飛び込み、驚きの早さで湖を泳ぎまくる。
こちらのことなんか忘れてしまったかのようだ。
人魚を見遣りながら、もふさまが言った。
『リディアよ、どうして無茶をした?』
「無茶なんかしてないよ。ただ現実が悪夢だなんて、それは辛いだろうと思ったから、わたしの魔力で少しでもましになればいいと思っただけ」
もふさまはわたしから湖に視線を戻した。
ローレライにはやっぱりストーリーが潜んでいた。そりゃ、彼女が満たされれば、この階はクリアとなるはずって打算もあったけど。彼女が辛くなくなればいいのにと思ったのも本当だ。
わたしの手の中にドロップ品が現れた。
拾ったとか、そんなんじゃない。本当にわたしの手の中に飛び込んできたのだ。
小さな、小さな箱には名前があった〝hope〟。
わたしは思わず笑ってしまった。この階を作った人、ごちゃ混ぜにしすぎ! パンドラの箱まで混ざってるよ。
光が差し込んできた。
瞬きをすると、目の前まで美しい湖が広がっていた。
大きな何かが遠くの水上で跳ねた。人魚だ。髪を長く伸ばし、下半身が魚の尾と同じの……。はっきりした景色だったのに、視界がぼやけてくる。
ああ、……ローレライの現実という悪夢は終わったんだ。
ぼんやりと、わたしはそう思った。
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