プラス的 異世界の過ごし方

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12章 人間模様、恋模様

第496話 禍根⑦幸運のレディー

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「団長、戻りました」

「なんだ、まだ生きてるじゃないか?」

 うわー、わたしのこと!? 
 今、めちゃくちゃナチュラルに言ったよね?
 ホーキンスさんは、ソファーにわたしを横たわらせた。
 わたしは意識ないんですよの演技を続けている。

 ホーキンスさんを信じようと思ったので大人しく従っているが、危険を感じたら魔法で逃げるつもりだ。それより、この犯罪めいた話の真相を知りたくなっている、というのが本当のところかもしれない。

「今日ここを去るんです。この子はここに置いていきましょう。夜になったら家に帰るように魅了をかけておきます。芝居を見て、体調を崩して、眠ってしまっていた、それしか記憶に残りません」

「お前はそれだからダメなんだ。甘すぎる。徹底しろ」

「……あの宝石、どんな訳ありなんです?」

 ……宝石、確かに神秘的な輝きを放ってはいたけど、……どう見ても宝石ってサイズじゃない。あれを見て〝宝石〟って思う人は稀だと思う。

「お前は何も知らなくていい! スラムのきたねーガキの面倒を見てやって、役者にまでしてやった。スキルの使い方も教えてやった! お前は俺のいうことだけ聞いてればいいんだよ!」

 スラムのガキ……。そうかジェインズ・ホーキンスって、芸名だったんだ。
 何かを蹴ったような音がした。ホーキンスさんの呻き声。

「お前、ちょっと名が売れたからっていい気になってんじゃねーか? お前がすごいわけじゃない。その〝魅了〟のスキルで取り巻きを得てるだけだ。お前なんて空っぽだ。マークの方がまだマシかもな。ひとつでもリリーに好かれる要素はあったんだから。いいか、お前なんかいくらでも替えがきくんだ。そのガキを始末しろ。そしたら今回楯突いたのは目を瞑ってやる。やらねぇなら、お前に用はない。お前も始末するだけだ」

 ひどい、ひどすぎる!
 薄目を開けて見上げると、団長がニヤリと笑っていた。



 ひとりで頭を冷やして考えろってことなのか、団長が部屋を出て行くと、ホーキンスさんは小さく息を吐いた。
 そしてわたしの横たわるソファーの前に座り込む。

「ごめんね、巻き込んじゃって。心配しないで、助けるから」

 わたしを抱き上げようとするから、それを止める。

「どう動くつもりですか? 計画を立てましょう」

 小さい声で提案する。

「計画?」

 わたしは頷いた。

「わたしも魔法が使えます。ホーキンスさんの魅了は、魅了していうことをきかせるというものですか?」

「そうだよ。君には効かなかったみたいだけど」

「わたしにはシールドが張ってあるんです。恐らく弾いたんだと思います。もう何回も魅了を使ってますよね? あと何回ぐらい使えそうですか?」

「あと、5回ってところかな」

 用心棒は割と人数がいた。5回じゃ、とても足らない。
 際どい状況にいるのに、この人やけに落ち着いている。

「……勝算があるんですか?」

「え、いや、申し訳ないけど、それはない。けれど、うまくいく気がしている」

 何を根拠に? 感覚の人かい? 多分、わたしはジト目で見ている。
 わたしもそういうところがあるけれど、人がやっていると恐ろしく感じる。
 これからは気をつけよう。

「さて、どうするか……」

 ホーキンスさんはこんな場面でニヤニヤしている。わたしを始末しなかったら、あなたも危険なんだよ? わかってる?

「わ、わたしのせいで……あなたも」

 わたしはホーキンスさんが状況をわかってないのでは?と心配になり、現状を言いかけた。けれど、遮ってホーキンスさんは言う。

「それは違う。団長は僕を見限った。楯突いたのを目を瞑ると言ったけど、僕が君を片付けたところで僕も始末するつもりだ。あの君が見てしまった赤い宝石。あれで団長は何か悪いことをしているみたいだ。今日、ここを去るのも急だった。何かあったんじゃないかと思う。あの宣告。僕を殺して全部僕がやっていたと押し付ける気だ」

 !

 今まで慕っていた人に、あんな風に言われるのも辛いだろうし、罪をなすりつけられると感じたら、辛いだろう。

「だ、大丈夫ですか?」

 覗き込むと、ホーキンスさんは苦笑い。

「聞いただろ。僕はスラム出身。団長に拾われたんだ。生きてこられたのは確かにあの人のおかげだから、今までいうことを聞いてきた。でも……」

 ガン!
 ドアが蹴られた。

「おい、ジェインズ、ガキを始末するか、テメェも殺されるか、決めたか?」

 ホーキンスさんはわたしを見た。そしてとても小さい声で言った。

「僕を信じて」

 と、わたしのおでこにキスをした。
 ええっ?????

「僕の女神!」

 ウインクをしてから、打って変わって怯えているような声を出す。

「団長、心を入れ替えます。だから助けてください。この子は……僕が始末します……」

 ガッとドアが開く。わたしは慌てて目を瞑った。

「そうか。よし、それでいい。どう始末する?」

「僕のスキルで。自分の手を汚さなくても、彼女は自分で命を落とします」

「お前、根が腐ってやがるな。けど、悪くねぇ」

「ねぇ、団長。あいつらと組んで何やってるんですか? あの赤い宝石はなんなんです? あれ、金になるんですよね? 僕も混ぜてくださいよ」

 媚びるような声音。

「調子に乗るな。またいうこと聞けば、そのうち混ぜてやるからよ」

「そう言わず、少しでいい、教えてくださいよ」

「しゃーねーな。あれはな、宝石じゃねー、魔石だ」

 !

「魔石?」

「魔石といっても、まだ核が入れられてねーけどよ」

「核?」

「あれはな、運ぶと金になるんだ」

「運ぶと?」

「ああ、興行で俺らはいろんな国に出入りする。持ち物だって、芝居に使うっていやぁ、調べられることもない。だから打ってつけなんだってよ」

 ヤバイ。心臓が早く胸打つ。近くにいるホーキンスさんに聞こえちゃう。
 そう、魔石と言われた方が納得できる。……嫌な気配は発していなかったけど……。でも、あの赤さ、見覚えがある。もふさまがここまで小さくなってなかったらわかったかもしれないのに。


「運び屋だったわけですか……」

 一瞬ホーキンスさんの声が真面目になる。

「そんなことより、早くそのガキに魅了をかけやがれ」

「さ、お嬢ちゃん、起きて」

 ソファーに寝そべっていたわたしを、ホーキンスさんは座らせる。
 わたしはゆっくり目を開けた。

「僕の幸運の女神、レディー、これから僕のいう通りにするんだ」

「幸運の女神? ガキにとっちゃ不運だろうよ」

 団長がツッコミを入れてくる。

「君は、これからこの劇場を出る。そして教会の鐘つき塔に登るんだ。途中で君はかわいい小鳥を見つける。手を伸ばすと鳥が君の手に止まる。鳥が一緒に空へ飛ぼうと誘ってくる。君も白い翼を広げて青空に飛び立つんだ」

 さすが役者。セリフがうますぎて、わたしには翼があり、白い翼を広げて青空に飛び上がれる気さえする。

 わたしはすくっと立ち上がる。魅了にかかった人は〝そう〟指示される以外は〝会話〟できないのだろう。だから、もうホーキンスさんが見えてないとばかりに無視して、言われたことを実行するためだけの動きをする。
 ーー教会の鐘つき塔へ。

「鐘つき塔まで誘導します」

 後ろでホーキンスさんの声がする。

「他のに行かせる。お前の気が変わったら困るからな」

「最後までやらせてくださいよ」

 言い合いが続いている。
 振り返ることはできない。わたしはそのまま歩みを進める。
 さっきのおっかなそうな人の前も、見えてないそぶりで歩いて行く。
 劇場を出た。
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