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12章 人間模様、恋模様
第489話 ヤーガンさまのお茶会
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わたし何かしたっけ?
目の前のヤーガンさまから目を逸らしつつ、わたしは考える。
ヤーガンさまに呼びださ……お茶会に誘われたのだ。
学園内のサロンっぽい空間。貴族が多く通うこともあり、こういったお茶会、ダンスパーティー、乗馬場など各スペースが用意されていて、手続きを踏めば、誰でも借りることができる。
わたしの目の前のお皿にはマカロンや焼き菓子がてんこ盛りだ。
高貴なお嬢さま方、成人を控えた方々と話が合うわけもなく、わたしはもりもりとお菓子を食べ続けた。
「子リスちゃん、もっとゆっくり食べなさい。喉につかえてしまいますわよ」
子リスちゃんって何さ?
なんか高貴なお姉さま方に、わたしはひたすら世話をやかれ、そして目の前のヤーガンさまからは睨まれている。
苦痛の時間にも終わりがやってきた。
お開きとなり、やっと帰れると思うと、ヤーガンさまに呼び止められた。ヤーガンさまと取り巻き、そしてわたしだけが残される。
「シュタイン嬢、お菓子は気に入っていただけたかしら?」
「はい、どれもおいしゅうございました」
ウチの商品の二番煎じって感じだけど、どれもいい材料を使っていて、味はいい。貸し出されるのは場所だけなので、お菓子は主宰したヤーガンさまが用意したに違いない。ヤーガン家の料理人は再現率がなかなか高いようだ。
「では、わたくしの質問に答えてくださる?」
「……答えられることでしたら……」
やはり、ただより怖いものはないと思った。
「昨日、5年生の男子生徒ふたりと話をしましたね。何を話しましたの?」
え?
この時わたしは、少々意地悪な気持ちになった。
アラ兄に声を上げられ、兄さまに意地悪したと言われ、ちょっとひねくれた気持ちだったのだと思う。
ヤーガンさまからのお茶会に参加し、なんでもないふうを装っていたが。
聞いたとき、ヤーガンさま重症じゃないか、そう思った。
気づいてなかったら、またやるんだろうな、と思った。
だからってわたしが何かをするのはよくないと思うんだけど。
でも、ガネット先輩を傷つけた発端と言えば発端なのだから、わかってもらう必要があるかもとも思った。
そんな考えたちが頭をよぎり、冷たい声が出た。
「ヤーガンさまには関係のないことです。お伝えする必要はないと思うのですが」
「婚約者がおありの方が、他の男性と親しくなるのはおかしなことじゃないかしら」
「でしたら、共学がおかしいと、学園に訴えたらいかがでしょう?」
学園生は成人前、未婚の男女が集う場所だ。
「あ、あなた、マリーさまになんて言い草を」
ミランダ先輩だっけ? 秘書のように常にそばにいる先輩は、顔を赤くしている。
「なぜ、知りたいんですの? そちらの事情は話さずに、わたしからだけ情報を得ようというのは、都合がいいのではありませんか?」
ヤーガンさまの親衛隊たちが鬼の形相になる。
「なんでも行き過ぎれば、執念や執着になりますわ。わたしはまだ貴族ですが、他の方にも、話された方全員に、何を話したかお聞きになるつもりですか? 何がしたいんですか? 話したいのなら、話す相手を間違えているんじゃありません?」
失礼しますと部屋を出れば、何人かの先輩がまだ廊下にいた。
ちょっとだけ後悔だ。表情の変わらないヤーガンさまの目が、不安げに動いたから。八つ当たりの自覚があるので、そんな気弱なところを見ると、悪かったかなーと思う。
「ちょっと、子リスちゃん。マリーさまをいじめないでくださる?」
「どちらかというと、いじめられそうなのはわたしだと思うんですけど」
「あら、お菓子をいただいて、お茶を飲んで、手厚くもてなされて何が不服なのかしら?」
「高学年のお姉さま方とは、会話もセンスもわたしはついていけませんわ」
「幼く見えるのに、評判通り、頭の切れる方ね」
「……役割が違います。わたしは友達ではありません。退散しますから、お姉さま方がお友達のマリーさまに優しくして差し上げてください。それからあまり甘やかさないべきですわ。わたしも人のこと言えませんけど。そうしないと、ヤーガンさまの行き着く思いが迷子になってしまいます」
扉の向こうのヤーガンさまを思う。チャド・リームにまつわることに敏感になってしまうこと。それがなぜだか自覚しないと、辛いままだと思う。
ヤーガンさまと対峙して、チャド・リームに思いを寄せていることにまだ気づいていないのではないかという気がした。
少し前のわたしと同じように。
わたしも友達に方向を示してもらった。早く、苦しみでなくなるといいけれど。
「あなたって……嵐の目みたいね。あなたを中心として風が吹き荒れる」
お姉さまの赤いリップをつけた唇はプルプルしていて、置かれた小指に目が行った。
「では、わたしに近づく時は、お覚悟ください」
一礼して歩き出す。
気づけばプライドの高い人だから、焼きもちを焼くことはあっても、それで人を攻撃することはなくなると思う。それは恥ずべき行為だと思うはずだから。
寮では先輩たちもみんな揃っていた。
「大丈夫だった?」
「え? はい」
みんなヤーガンさまから呼び出さ……、お茶会に招かれたと聞いて、心配してくれたみたいだ。中でも顔色を悪くしていたのがガネット先輩で、わたしは何もなかったと言って安心させた。
目の前のヤーガンさまから目を逸らしつつ、わたしは考える。
ヤーガンさまに呼びださ……お茶会に誘われたのだ。
学園内のサロンっぽい空間。貴族が多く通うこともあり、こういったお茶会、ダンスパーティー、乗馬場など各スペースが用意されていて、手続きを踏めば、誰でも借りることができる。
わたしの目の前のお皿にはマカロンや焼き菓子がてんこ盛りだ。
高貴なお嬢さま方、成人を控えた方々と話が合うわけもなく、わたしはもりもりとお菓子を食べ続けた。
「子リスちゃん、もっとゆっくり食べなさい。喉につかえてしまいますわよ」
子リスちゃんって何さ?
なんか高貴なお姉さま方に、わたしはひたすら世話をやかれ、そして目の前のヤーガンさまからは睨まれている。
苦痛の時間にも終わりがやってきた。
お開きとなり、やっと帰れると思うと、ヤーガンさまに呼び止められた。ヤーガンさまと取り巻き、そしてわたしだけが残される。
「シュタイン嬢、お菓子は気に入っていただけたかしら?」
「はい、どれもおいしゅうございました」
ウチの商品の二番煎じって感じだけど、どれもいい材料を使っていて、味はいい。貸し出されるのは場所だけなので、お菓子は主宰したヤーガンさまが用意したに違いない。ヤーガン家の料理人は再現率がなかなか高いようだ。
「では、わたくしの質問に答えてくださる?」
「……答えられることでしたら……」
やはり、ただより怖いものはないと思った。
「昨日、5年生の男子生徒ふたりと話をしましたね。何を話しましたの?」
え?
この時わたしは、少々意地悪な気持ちになった。
アラ兄に声を上げられ、兄さまに意地悪したと言われ、ちょっとひねくれた気持ちだったのだと思う。
ヤーガンさまからのお茶会に参加し、なんでもないふうを装っていたが。
聞いたとき、ヤーガンさま重症じゃないか、そう思った。
気づいてなかったら、またやるんだろうな、と思った。
だからってわたしが何かをするのはよくないと思うんだけど。
でも、ガネット先輩を傷つけた発端と言えば発端なのだから、わかってもらう必要があるかもとも思った。
そんな考えたちが頭をよぎり、冷たい声が出た。
「ヤーガンさまには関係のないことです。お伝えする必要はないと思うのですが」
「婚約者がおありの方が、他の男性と親しくなるのはおかしなことじゃないかしら」
「でしたら、共学がおかしいと、学園に訴えたらいかがでしょう?」
学園生は成人前、未婚の男女が集う場所だ。
「あ、あなた、マリーさまになんて言い草を」
ミランダ先輩だっけ? 秘書のように常にそばにいる先輩は、顔を赤くしている。
「なぜ、知りたいんですの? そちらの事情は話さずに、わたしからだけ情報を得ようというのは、都合がいいのではありませんか?」
ヤーガンさまの親衛隊たちが鬼の形相になる。
「なんでも行き過ぎれば、執念や執着になりますわ。わたしはまだ貴族ですが、他の方にも、話された方全員に、何を話したかお聞きになるつもりですか? 何がしたいんですか? 話したいのなら、話す相手を間違えているんじゃありません?」
失礼しますと部屋を出れば、何人かの先輩がまだ廊下にいた。
ちょっとだけ後悔だ。表情の変わらないヤーガンさまの目が、不安げに動いたから。八つ当たりの自覚があるので、そんな気弱なところを見ると、悪かったかなーと思う。
「ちょっと、子リスちゃん。マリーさまをいじめないでくださる?」
「どちらかというと、いじめられそうなのはわたしだと思うんですけど」
「あら、お菓子をいただいて、お茶を飲んで、手厚くもてなされて何が不服なのかしら?」
「高学年のお姉さま方とは、会話もセンスもわたしはついていけませんわ」
「幼く見えるのに、評判通り、頭の切れる方ね」
「……役割が違います。わたしは友達ではありません。退散しますから、お姉さま方がお友達のマリーさまに優しくして差し上げてください。それからあまり甘やかさないべきですわ。わたしも人のこと言えませんけど。そうしないと、ヤーガンさまの行き着く思いが迷子になってしまいます」
扉の向こうのヤーガンさまを思う。チャド・リームにまつわることに敏感になってしまうこと。それがなぜだか自覚しないと、辛いままだと思う。
ヤーガンさまと対峙して、チャド・リームに思いを寄せていることにまだ気づいていないのではないかという気がした。
少し前のわたしと同じように。
わたしも友達に方向を示してもらった。早く、苦しみでなくなるといいけれど。
「あなたって……嵐の目みたいね。あなたを中心として風が吹き荒れる」
お姉さまの赤いリップをつけた唇はプルプルしていて、置かれた小指に目が行った。
「では、わたしに近づく時は、お覚悟ください」
一礼して歩き出す。
気づけばプライドの高い人だから、焼きもちを焼くことはあっても、それで人を攻撃することはなくなると思う。それは恥ずべき行為だと思うはずだから。
寮では先輩たちもみんな揃っていた。
「大丈夫だった?」
「え? はい」
みんなヤーガンさまから呼び出さ……、お茶会に招かれたと聞いて、心配してくれたみたいだ。中でも顔色を悪くしていたのがガネット先輩で、わたしは何もなかったと言って安心させた。
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