プラス的 異世界の過ごし方

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8章 そうしてわたしは恋を知る

第319話 ダンスは委ねて

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 学園に戻ってきた時には、初のテストが2週間後に迫っていた。テスト1週間前はクラブ活動は休みになるので、その前に顔を出したかったんだけど、放課後は、補講と親戚への挨拶へと奔走することになり、休んだままとなった。先輩たちは初日に会いに来てくれたから顔は合わせたんだけどね。

 父さまは今回のことで、権力はやはりある意味大事と感じたようで、身分の高い親戚の方々にも、子供たちのお披露目をすることにしたようだ。下の双子は領地にいるからもう少し大きくなってからだけど、一足先にわたしたちはご挨拶をさせていただくことになった。

 最初に行ったのがグリフィス侯爵家だ。
 母さまの実家にあたる。わたしたちのおじいさまとおばあさまだ。

「おじいちゃん!」

 荘厳な部屋に通され、椅子に座った初老の立派な服をきた人を見た瞬間、礼儀も何もかも忘れてわたしたちは叫んでいた。
 隣のご婦人は咳払いをしたおじいちゃんとわたしたちを見比べている。
 父さまが焦っている。

「お、お前たち……」

「よ、よい。久しぶりだな」

「久しぶり?」

 父さまがわたしたちを探るように見る。

「あなた。わたくしに黙って、ひとりで孫たちと会っていたのですか?」

「そ、そのなんだ……偶然、会ってな」

「父さま、イダボアでよくしてくれるおじいちゃんの話をしたでしょ? そのおじいちゃんだよ」

 そう、兄さまたちが学園に通うようになってから、イダボアへ遊びに行く機会は減ってしまったのだが、イダボアで時々会うおじいちゃんだ。厳しい顔をしているからうるさいって怒られるのかと思ったら、転んだ時に助けてもらって、それから会えばお話をするようになった。イダボアでは平民のおじいちゃんっぽい格好だったので、わたしたちはイダボアの人のいいおじいちゃんだと思って、話していたのだが……。

「あなた、酷いですわ。ひとりで」

「すまない。フローラを思い出してお前が辛くなるんじゃないかと思って……」

 フローラって母さまのお姉さまで、アラ兄、ロビ兄の本当のお母さんだ。あ、そっか。双子は母さまの子供ってことになってるけど、留学から帰ってきてすぐに挨拶に行ったって言ってたから、その時の母さまを見てるんだものね。だから双子の本当の親をすぐに察したのだろう。
 そうだったんだ。お爺さまは、前からわたしたちを気にかけてくれていたんだ。

「近くで顔を見せてちょうだい」

 立ち上がって、歩み寄って来たおばあさまにまた一歩と近寄る。

「フランツ・シュタイン・ランディラカです」

 兄さまに頷き、

「アラン・シュタインです」
「ロビン・シュタインです」

「おでこの生え際があの娘にそっくりだわ」

 と声を詰まらせた。

「リディア・シュタインです」

 おばあさまはわたしを引き寄せた。

「大変な目に遭いましたね。あなたが無事で、本当によかったわ」

 とわたしの鼻の頭をちょんと触った。

「わたしのために、尽力してくださったと聞きました。おかげでわたしは無事に帰ってくることができました。感謝します」

 おもたせで持っていった、手作りケーキを早速食べてくださって、嬉しい感想ももらった。母さまの話からもっと冷たい感じの人たちを想像していただけに嬉しい誤算だ。帰りがけにまたいつでも来て欲しいと言われ、わたしたちはまた来ることを約束した。

 次に行ったのが、ライラック公爵家だ。
 母さまの母さま、おばあさまのご実家だ。ひいおじいさまとひいおばあさまにあたる。
 ここでも大歓迎された。

 次に行ったのが、ウッド侯爵家。
 父さまの母さまの実家だ。ひいおじいさまだ。自分で言うのもなんだけど、みんな猫っかわいがりしてくれるんだけど。

 わたしを探すのに今まで疎遠だった人たちが手を取り合って協力してくれて、これを機会に親戚なのだからもっと仲良くしましょうということになった。
 皆さま、わたしが公爵令嬢たちにお礼をしたいと言ったのをご存知で、クジャク家でのその食事会にみんなも呼ばれていると聞き、驚いた。
 な、なんかオオゴトになってる。
 ウッド侯爵家以外は、子供がというか後継者がいないようだった。人の少ない大きなお屋敷はどこも少し淋しく感じられた。


 クラスでも寮でも、わたしの無事の帰還をみんな喜んでくれた。知り合いはこぞって顔を見に来てくれて、いつの間にかわたしを心配してくれる人が学園にもこんなにいるんだと、胸が熱くなった。
 執行部の方々からは家にお見舞いの品がいっぱい届いていた。どれもわたしを思って品物を選んでくれたのが伝わってきた。メッセージカードの短い文面にも気持ちが溢れていて、とても嬉しかった。わたしもそれに応えたいので、お礼はちょっと時間がかかってしまうけれど心を込めて返していきたいと思う。

 クラスの子たちはわたしの無事を喜んでくれた後は、スパルタモードになった。ただでさえ入園試験で成績が悪かったわたしだ。そのうえ授業をひと月近く受けていないので心配が頂点に達している。テスト問題を作ってくれて休み時間にやらされた。
 寮でも空いている部屋は共同で勉強をしていい部屋になっていて、気合を入れて勉強していた。わたしももちろん引きずり込まれ、覚えようとしていると、ここは絶対試験問題になるとかご指摘いただく。はい、ありがたいです。ご飯の時とかも質問してくるんだよ、理解度を確かめるために! まあでもそれがみんなにとってもいい復習になってるみたいだからいいんだけどさ。

 みんながノートを貸してくれたおかげで補講はダンス以外全て1回で切り抜けた。ひと月かけていた授業内容を1回ずつの補講で詰め込んだから、飽和状態だけどね。そしてやっぱり、ダンスが一番のネックだった。
 アイリス嬢はダンスはクリアで、それ以外が全部補講追加となったらしい。

 アイリス嬢といえば……彼女はわたしの姉になりたいと言った。正しく言わなくてもわかったけど、わたしの婚約者なのにその兄さまを慕っているとはっきりと言われた。
 わたしの婚約者だと言ったけれど、便宜上でしょう?と言って譲らない。
 話しているのにすれ違う……。やはり、アイリス嬢は苦手だ。


 ダンスは諦めた。ステップは覚えたけど、気品あるとか優雅に舞うとかは別問題だと思うんだよ。ダンスの実技テストは授業中にある。その時に見かねたのか、アダムがニコラスに何かを言って、わたしのダンスのパートナーをチェンジした。

「ちょっと、いいの? わたしダンス下手だよ」

 先生から見て、下手なのはわたしとわかるだろうが、わたしがパートナーの足を引っ張り、ペアの点数を下げるのは明白だ。

「君は下手なんじゃなくて、力のいれるところを間違えているだけだ」

 先生がわたしとアダム、それからもうひと組のテスト開始を告げた。

 アダムは手を差し出し、わたしに基本姿勢をとらせる。ふと耳に口を近づけるからA組の女生徒たちから悲鳴のようなブーイングが起こった。気位の高いお嬢さまたちもイケメンに黄色い声をあげるところは同じらしい。

「僕に身を委ねて」

 え?
 音楽が流れたので、聞き返せなかった。

 腰を強く引かれて、くるんと回った。あ、このスピードで回れた。
 いつも回転が追いつかなくて次のステップが遅くなりリズムを取り戻そうと思って余計に狂っていくのだけど、今はちゃんとステップが合っている。
 アダムはダンスがめちゃくちゃうまかった。リードが格別。導かれるままに引き寄せられ、離されて、ターンがあり、いつの間にか激しく移動していた。回る時に強くひいてくれるから、回れてるんだ……。

 体力を消耗して酸欠状態になってからは、ほぼ浮いていた……。アダムがわたしを抱き上げたままダンスしていた。外からはそうわからないように。腰に手を当てているだけのようでいて、しっかり持たれている。表情はにこやかに軽やかに、いかにも踊ることを楽しんでいるように。
 この人、すごい……。

 くるりと回るときにわたしの耳に口を寄せ囁く。

「微笑って。楽しかったことでも思い浮かべて」

 笑う? この状況で? ああ、ダンスだものね。楽しかったこと?

 えっと。ユハの街の屋台でユハの実を買ったんだ。果物で、割って中の果肉を食べたり、果汁を飲むと聞いた。わたしたちの顔ほどの大きさだったので3人でひとつ買ってみた。テントに戻ってから包丁で割ろうとしたんだけど、殻が堅くて全然包丁が入らなくて。そうしたらルチア嬢が「薪を割るようにやってみればどうかしら?」って言った。ルチア嬢は薪を割ったことがあるんだって驚いたんだけど。アイリス嬢もそれがいいと言って。あら、アイリス嬢も薪を割ったことがあるんだと思っているうちに、殻に包丁を突き立て、実ごと包丁を持ち上げてそれをまな板にどんと下ろしたのだ。見事割れたのはよかったんだけど、果汁が割れたところから全部ドバーッと流れてしまって。アイリス嬢は顔中に果汁が飛んでいたし。
 考えればそうなることはわかったのに、3人とも割ることしか頭になくて。お互いぽかんと間抜けな顔をしていたのがおかしくて、わたしたちはずいぶん長いこと笑いが止まらなかった。

 ユーハン嬢の大笑いした顔を思い出して、〝笑った顔〟になったと思う。
 アダムもにっこりと笑ったから。
 あの時は3人で笑ってたのにな……。
 音楽が止み、ダンスを終える。お互いに挨拶をする。拍手の嵐となった。

 顔をあげる直前にアダムがわたしを抱え込んだので、周りから悲鳴が湧き上がる。
 アダムはわたしの頭部に口を寄せた。

「誰かれかまわず涙を見せるものではないよ」

 涙? 気づかなかった。みんなに見えないように隠してくれたんだ……。

 もふさまが足元に走ってきて吠えると、アダムは両手を軽く上げてわたしから遠ざかった。
 驚いて突っ立ったままでいると、レニータに引っ張られて、壁まで歩いていく。アダムはA組の女の子たちに囲まれていた。

 ダンスで初めてAマルをもらった。みんなからも褒め言葉をもらった。あんなに踊れるんじゃんと。いや、これはアダムが踊らせてくれたものだった。次の組の試験が始まり、わたしはアダムに近づいた。もふさまと一緒に。

「あなた、ダンスうまいのね。あの、ありがとう。最後なんてずっと抱えて重かったでしょ、大丈夫?」

 息切れもしてないし、汗もかいてないと思ったけど、おでこの生え際にはうっすら汗が見えた。涼しそうにしているだけなんだ……。

「小鳥の羽ほども重たくはなかったよ」

 とわたしの鼻の頭を指で突いた。根っからの貴族だな。女性に恥はかかせない。

「君、また痩せたというか小さくなったんじゃないか? もっとしっかり食べた方がいい」

 隠れ里でわたしたちに物資は十分過ぎるぐらい支給されたけど、子供たちの分はちょとでさ。そうなるとわたしたちだけバクバク食べるのもブレーキがかかるってもので。確かにダイエットにはなったかも。
 わたしは礼を尽くした。ダンスの補習を免れそうだ。それから、隠してくれた……。

「エンターさま、ありがとうございました」

 彼も胸に手をやり答える。

「どういたしまして」

 そう言ってから髪をかきあげた。
 その仕草はなんだか爽やかに決まっていた。
 女の子たちが集まってきてアダムを称える。
 胸を押さえていると、もふさまがわたしを不思議そうに見上げていた。
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