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<後編>

第39話 春を祝う2 初めての夜会

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 入場口がざわついたと思うと、陛下のご入場だった。
 アナウンスがされ、一斉にみんなが礼をとり王族を迎える。
 陛下たちが入ってこられて、舞台の席につかれる。

「面をあげよ」

 凛とした声が響き、控え目に顔をあげる。

「今年も春を迎えられることができ、誠に嬉しく思う。実り多き日々となるよう願いをこめて、春を祝おう」

 それが夜会スタートの言葉のようだ。楽団が音楽を奏で、陛下と王妃様がファーストダンスを踊られるようだ。メイドさんやボーイさんが歩き出して飲み物が配られだす。

「ファニー、踊るか?」

「ご冗談を」

 お兄様がふと視線をやるのでそちらを見やれば、王子様たちだ。こちらに来ようとしている。
 げっ。
 お兄様を引っ張り気味に移動する。ああ、お料理から遠ざかってしまう。

 侍従さんに呼び止められた。陛下に挨拶をするために呼ばれたようだ。
 チラリと見れば、王妃様と息のぴったりとあったダンスをされていて、見ているだけでほぉーとため息がもれてしまう。お互いを思いやっていることが伝わってきて、とても素敵だ。王妃様も美しい方だった。金髪に青い瞳。見るものを魅了する、目が釘付けになってしまう。陛下しか見ていなかったので王子様は陛下にそっくりと思ったが、目元は王妃様そのものだった。王妃様のドレスが素敵! 濃いブルーを基調にしたドレスは王妃様がターンを決めるごとに広がり、優しく寄り添う。そんな陛下たちを眺めながら移動すると、挨拶する貴族たちの列ができ始めていた。
 並ばされるみたいだ。わたしたちもそのしんがりについた。

 見惚れている間に一曲目が終わり、会場が拍手に包まれる。次の曲が流れ出すと、ホールの中央に男女が進み出て、お互いに礼をする。今日のための特別なドレスだろう。それぞれ趣向を凝らし、またそれぞれに似合っている。どんな宝石店の品揃えにも負けない高価な装身具たちが光を受けながら輝いている。優雅で、美しすぎて別世界の絵巻物を見ている気がした。

 陛下たちが舞台に戻ってきて喉を潤し、挨拶に対応し出した。
 髪飾りを少し横にずらして、顔が見えるように準備する。
 みんな一言、二言で終わるのですぐにわたしたちの番になった。お兄様の隣でカーテシーをする。

「面をあげよ」

 陛下たちの顎ぐらいに視線を合わせる。

「ようこそ。春の夜会によく来てくれた。感謝する」

 陛下の言葉で周りがざわっとした。

「男爵とは当主を継いだとき以来だな」

「またこうしてお目にかかることができ、恐悦至極に存じます。また、陛下の御代におかれまして実り多き春を今年も迎えられたことをお祝い申しあげます」

「ああ、一緒に祝ってくれ」

 陛下がわたしに視線を移す。

「そちらが緑の乙女か」

「ファニー、陛下にご挨拶を」

 お兄様に発言を許され、もう一度カーテシーをする。

「ゲルスターの熱き太陽と、夜を照らす月にご挨拶申し上げます。ファニー・イエッセル・クリスタラーでございます」

「面をあげよ」

 ゆっくりと顔をあげると、陛下と王妃様にものすごく見られていた。

「あなた、甘いものはお好き?」

 え? まさか話しかけられるとは思っていなかった。

「お、恐れながら王妃様に申しあげます。甘いものは好きでございます」

「まぁ、そう。あなたおいくつだったかしら?」

「16でございます」

「16歳、2歳違いちょうどいいわね」

 な、何が?

「クリスタラー令嬢は今持ち上がっている縁談はありますの?」

 周りがどよめく。

「い、いえ。……ございません」

「これ、王妃。お止めなさい。挨拶の途中だぞ」

「あら、そうでしたわね。ごめんなさいね。クリスタラー令嬢、ぜひ、私が主宰するお茶会に遊びにいらしてね。その時にたくさんお話ししたいわ」

「あ、ありがたき幸せにございます」

「ご当主も独り身と聞きました。ぜひお茶会にいらして。ご紹介したいお嬢様がいっぱいいますのよ」

「私は一度うまくいかず女性を幸せにできませんでした。ですので、結婚を考えられませんが、お心遣いいただき感謝いたします」

 う、お兄様、切り抜けてる、さすがだ。

「それはそうと、クリスタラー男爵、こちらにいる間に少し話がしたい。令嬢とともに時間を作ってくれ」

 やっぱり、お兄様にも罰が。心の声が聞こえてしまったかのようなタイミングで陛下がおっしゃる。

「あ、いや、領地の話を聞きたいだけでな。構えないでくれ。いかがかね?」

「お時間をいただけるとはもったいなく光栄にございます」

 陛下はゆったり頷かれた。

「令嬢は今日が社交界デビューと聞いた。この春の夜会でデビューとはめでたいな。部屋に花を届けておいた」

 ざわざわが大きくなる。
 ってことは、特別な計らいのようだ。

「ありがたき幸せにございます」

「ありがとう存じます」

 お兄様の感謝の言葉にわたしも頭を下げた。





 舞台から降りてホールを歩いていく。お兄様が変な顔をしている。

「どうしました?」

「第二王子殿下のこと、案外本気だったのかと思ってな」

「どういうこと?」

「今まで第二王子からの手紙だったからはぐらかせたが、陛下たちからの言葉となったら逃げられないぞ」

 現代では、政略結婚と自由恋愛からの結婚が半々ぐらいだ。後継者はまず家同士の決まりごとになるので、当主から婚約の打診がある。
 一方、自由恋愛の方は本人から相手方の家へ申し込む。相手方から返事がきたら交際が始まり、婚約、結婚と運ぶ。皆様からのお手紙には子息ご本人署名だったが、相手の身分が上なので返事をせずにいるというわけにもいかず、クリスタラー家としてファニーは交際意思なしという返信をしたそうだ。それでも諦めず茶会や夜会への招待状が届いていたという。
 それが陛下や王妃様からの手紙や直接のお声がけになってしまったらと心配している。

「それはないから大丈夫ですわ」

 言えないけど、陛下はわたしの正体を知って呆れていらっしゃるから。そんな者のところに大事な息子をやろうとはしないだろう。
 お兄様の影に隠れて髪飾りをずらしてヴェールで顔がよく見えないようにする。

「血筋だけで王家にたててもらっているのに、王都の夜会にくるなんて厚かましい」

「時代遅れのドレスに、ヴェールをかぶったままで。そんなに顔を出したくないなら、来なければいいのに」

 立ち止まっていると、陛下たちからの温情が気に食わなかったようで、再び、悪口が声高に聞こえてきた。
 こっちだって来たくなかったっつーの。

「お兄様、喉が乾きません?」

 派手な団体から遠ざかる。

「ごきげんよう。もしかして着ていらしゃるのはレディ・エメルダのドレスかしら?」

 奥様! わたしは慌ててカーテシーをした。

「はい、母のドレスを手直ししたものです」

「初めまして。あなたのお母様が夜会に訪れた時を思いだすわ」

「初めまして、クリスタラー男爵にお嬢さん」

「初めてお目にかかります、アヴェル・フォン・クリスタラーでございます。パストゥール伯爵。お目にかかれて光栄です、パストゥール伯爵夫人」

 お兄様もいっぱしの貴族様だね。伯爵家の方とすぐにわかったみたいだ。陛下と宰相様にばれたことは話せないが、奥様に気づかれてしまったことは話した。だからだろう、わたしが大変お世話になったお礼をこめて深く礼をした。わたしもヴェールをずらそうとすると、奥様がおっしゃる。

「取らなくて結構よ。レディ・エメルダから伺いましたわ。人の悪意に敏感でいらっしゃるから、それを精霊に伝えてしまわないように遮断されているのよね。精霊からの罰がくだらないように」

 奥様はウインクされる。ホルン様のウインクはここからか。わたしも名乗って挨拶をする。
 奥様の声はよく通ったし、近くにいた人たちはわたしたちの会話に興味津々だったから、瞬く間にこれは広がるだろう。助けてくださったわけだけど、わたしにはそんな力はもちろんないのに。

「リラ、ごきげんよう」

 奥様に挨拶されたのは長身の美男美女だった。男性は真っ直ぐの銀髪を長く伸ばし、紅い目をしている。女性は白髪に青い目。テオドール様を思い出した。

「リエール、久しぶりじゃないの、もう体調は大丈夫なの?」

 白髪の女性は目に力はあるけれど、ちょっとだけ疲れが見える。

「デニス、訓練で面白いことを始めたと聞いたぞ」

「ラルフ、そっちこそ画期的なものを売り出すと聞いたぞ」

「ああ、やっと商品化できそうになってきてね」

 奥様は学園で仲が良かったっておっしゃったけど、それは宰相様だけじゃなかったんだ。あの仲のいい5人組は親の代から仲良しだったのかもしれない。

「それはそうと、こちらがクリスタラー男爵か。初めてお会いする」

「リングマン伯爵、並びに夫人。ご挨拶申し上げます。アヴェル・フォン・クリスタラーでございます。お見知り置きを」

 わたしもカーテシーをする。

「本当だわ。レディ・エメルダのドレスね。とても素敵だったからあの年はみんなそのドレスを真似て、どこの夜会でもその型のドレスだったのよ」

「母のことを今も覚えていてくださってありがとうございます。わたしはファニー・イエッセル・クリスタラーでございます」

 お母様のことを覚えていてくださって嬉しかった。もうわたしの記憶の中でしか会えないと思っていたから。こうして誰かの心に残っていたなんて、そんな母と会えたのは嬉しいことだった。

「まぁ、可愛らしい方。あなたのお母様は精霊に愛されていると納得できる、可愛らしい方だったわ。今のあなたと同じようにね」

「そして凛として気高くもあったわ。今のあなたのようにね」

 奥様方の心遣いが嬉しい。陰口が聞こえていて庇ってくださっているんだ。
 お兄様は伯爵様たちと、わたしは奥様たちと少しの間お話をした。

 伯爵様方に挨拶にきた方たちがいたので場を譲り、わたしとお兄様は歩き出した。お兄様が歩みを止める。

「エンデール伯爵だ。挨拶するぞ」

 白髪に白い髭の背の低いおじいちゃんだ。

「エンデール伯爵、ご無沙汰しております」

 お兄様の隣りでエンデール伯爵様にご挨拶する。

「お久しぶりです」

「すっかりレディになられて」

 エンデール伯爵様は孫を見るかのように目を細めた。少し近況を伝えあった後、伯爵様がおっしゃった。

「アヴェル君、例のことで紹介したい方がいるんだよ」

 お兄様はわたしに尋ねる。

「ファニー、ひとりにして大丈夫か? なるべくすぐに戻る」

 わたしは頷いた。
 今のうちにちょっと腹ごしらえでもしますか。
 ほとんど人のいない、ビュッフェスペースにそろりと近づく。
 お皿を取って、目についたものを少しずつ盛ってみる。誰も食べないなんて、なんてもったいない。壁まで下がり、視線を気にしながら、ヴェールの隙間からこっそりいただく。
 う、おいしい。素材も一級品だけど、調理法もさすがだ。このお肉プルプル。味が濃いわけでもないのに、満足感がある。やーん、おいしい。

 あんまりおいしかったので夢中になって食べていて、近づいてくる人がいるのに気付くのが遅れた。先ほど声だかに悪口を言っていた団体の男女だ。さすがに王宮の夜会中に喧嘩をふっかけてこないとは思うが、いい雰囲気ではない。

「ごきげんよう、クリスタラー男爵令嬢。私はパトリック・フィッシャー。こうして見えるのは初めてだね」

「初めまして。フィッシャー伯爵ご子息様」

 確かフィッシャーは伯爵家だ。わたしはカーテシーで挨拶する。お皿を置いたら片付けられてしまった。まだ、残っていたのに。味をみてないものもあった。

「失礼いたします」

 挨拶はしたからいいだろう。
 もう一度ご飯をとりに行こうとするのを止められる。

「そんな、逃げるように去らなくてもよろしいのではなくて? 私はエレナ・ヘイムよ」

 ヘイム、ヘイム……侯爵か。

「初めまして、ヘイム侯爵令嬢様」

 めんどいのに捕まってしまった。

「あなた、パストゥール伯爵家やリングマン伯爵家とご縁がおありなの?」

 扇で口元を隠しながら尋ねられた。

「いいえ、今日初めてお会いしました。母をご存知だったようです」

 目が細められ、値踏みされる。
 取り巻きたちは名乗ることはなかった。

「クリスタラー令嬢、私と踊ってくださいませんか?」

 フィッシャー様がわたしに手を差し出す。ニヤニヤ笑いを浮かべて何か企んでいるのを感じる。

「お誘いいただき光栄ですが、体が丈夫でないので踊ることができません」

 形だけ頭を下げる。フィッシャー様の顔にシュッと赤みがさした。

「伯爵家のオレが声をかけてやったのに男爵令嬢ごときが断るのか?」

 やはりめんどくさい。メンツを潰してしまったみたいだ。

「申し訳ございません。お許しください」

 か細い声で〝怯えている〟を目指しながら謝罪をする。

「……ダンスは許しましょう。だが、少し話に付き合ってください」

 囲まれた。フィッシャー様が首を傾げる。

「具合が悪そうですね。休憩室にお連れしますよ」

「……いえ、結構です」

「ダンスもだめ、場所を変えて話すのもダメですか?」

 覗き込むようにしてくる。ヴェールがあるから耐えたが、あきらかに近づきすぎだ。
 腰に手を添えられて鳥肌が立ち、わたしは逃げようとした。グイッと引っ張られる。
 そこを誰かに足を払われて転びそうになる。フィッシャー様に腰を持って引き上げられた。

「ほら、立っていられないんじゃないですか。行きましょう」

「結構です」

 強く言ってみたが、手は緩まない。

「お止めください」

 逃げようとしたがガッチリ掴まれている。

「嫌がるご令嬢に無理強いはよくないな」

 マテュー様!

「パストゥール様、失礼ですわよ。私聞いておりましたわ。フィッシャー様はその女性が具合が悪くなったのについて行って差し上げるだけですわ。しなだれかかったのは彼女のほうよ」

「そうは見えませんでしたが?」

「パストゥール様は侯爵家の私が嘘をついたとでも侮辱されますの?」

「おかしいな、私の目にもマテューが言ったように見えたがね」

「アントーン殿下」

 皆一斉に礼をとる。
 侯爵の権力をかざしたものの、さらに上の王子に言われてはぐうの音も出ないみたいだ。

「ファニー!」

 お兄様だ。
 まだ全然王宮料理を食べていないけど、ここらがいい潮時だろう。
 わたしは手を差し出してくれたお兄様の腕の中に倒れ込む。
 お兄様が支えてくれて、そのまますぐに抱きかかえてくれた。

「お詫びなどは後ほど、今は失礼します」

 お兄様がわたしを抱えたまま会場を後にする。

「ファニー?」

 少し怒った声だったので、わたしは倒れたふりを継続することにした。
 重たいので悪いなーとは思ったが、わたしも混乱中で、うまく説明ができそうになかったのだ。
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