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<前編>

第29話 本日のお仕事19 一軍の嫌がらせ

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 本日はマテュー様の付き人だそうだ。
 昨日はわたしがダウンしたのでカウントしないことにしたらしい。お茶会翌日から春の夜会まで3週間、18日あった。4人のお屋敷を順繰りにまわるわけだが、同じ日数だけとなると2日の端数が出る。わたしが調子を崩したこともあり、その端数分はわたしの休日となった。1回目の休みが昨日で、2回目は来週の休日、闇の日に休みをもらえることになった。そしてその休日の後3日働いたら春の夜会で城につめることになる。それまでに解雇されなければ……。

 それはそうと、今日は二軍のみんなやケイトたちに会えるのが嬉しい。
 マテュー様はいいことでもあったのか、ずっとニコニコしていて機嫌がいい。
 話せばすぐにそうではないとわかるけれど、威圧感があり一見したところではとっつきにくいし、普段から愛想が悪いわけではないけれど、うーん、融通がきかなそうな感じな方だ。そんな彼がずっと柔らかい笑顔なのはなんとなく不思議な感じがする。

 今もマテュー様と目が合うと胸がどきんと跳ねる。わたしは昨日、とんでもないことを思ってしまった。
 もしかしてマテュー様はわたしに好意を寄せているのではないかって。
 リリアンは平民のメイドだ。そんなことはあるはずもない。
 あるはずもないことを思って、それの何が問題かというと、わたしがマテュー様の言葉や行動を自分に絡めて検証している点だ。今のはどういう意味だろうと深読みできるところはないか探っているのだ。
 これはもうわたしがまるでアレしちゃってるみたいじゃないか。貧乏暇なし。アレに陥ってる場合ではないのだ。陛下に身バレしたこともあり、そんな状況でもないのに、わたしはなんて呑気なんだろう? 絶対アレなんかしていない。そうよ、アレはお金になんかならないのだから。

 馬車の窓にわたしが映る。今日はお仕着せではなく、マテュー様が用意してくれた服に着替えた。炊き出しで汚れてもいい服を用意してくださった。無駄がなく動きやすいけれど、可愛さもあり、着心地もいい。可愛い服に合わせてメルさんがウィッグもポニーテールにしてくれた。まだ10代でのひっつめ髪は気になっていたらしい。そしてマテュー様にいただいた髪留めをつけてくれた。思い出して顔が熱くなった気がした。急いで考えを別のことにする。
 そうだ、機嫌が良さそうなので、お願いしてみよう。

「マテュー様、できましたら帰りに遠回りになりますが家に寄ってもらえませんでしょうか?」

「家、に? それはどうしてですか?」

「持ち出したいものがありまして」

 人が入れないようにしてあるとタデウス様はおっしゃっていたけれど、その様子も気になるし、もし、ドアが壊れていても住むのに問題なさそうだったら戻る提案もできるし。

「何でも用意しますのに」

 心の中でキャムの根汁やリポナ蜘蛛の糸は売っていませんからと呟く。

「ドアの壊れた家に戻りたいなんておっしゃるなら全力で止めますが、持ち出したい、なら仕方ありませんね。ちなみに何が必要なのかお伺いしても?」

 機嫌が急降下だ。理不尽に怒ったりされる方ではないと思うけど、冷気が漂ってくる気がしてちょっと怖い。

「……食材が無駄になってしまうので」

「ああ、そういうことですか? それならハンスに取りに行かせましょう」

「いえ、わたしが赴くのが一番手っ取り早いので」

 ジトリと見られて、思わずびくっとなる。

「坊ちゃん、女性の持ち物に言及してはなりません」

 ハンスさんの顔が切実だ。これは実体験でなんかあったんだね、お気の毒に。
 雰囲気に便乗し微笑むと、マテュー様は仕方ないとばかりに頷かれる。
 ドア横をコンコンと叩いた。馬車が止まり、馭者さんがドアを開けた。

「演習場に行く前にリリアンの家に寄ってくれ」

「かしこまりました」

 馭者さんはサッとドアを閉めて、またすぐに馬車は動きだす。

「マテュー様、帰りでいいです。訓練に遅れてしまいます」

「いえ、食材をとるだけならそんな時間はかからないでしょう? 十分間に合いますよ」

 えーーーーーーーー。
 わたしは持ち出すものリストを急いで考えて、どの動線で動くのが一番無駄がなく短時間でできるのかに頭を巡らせた。
 お化粧セットと通信魔具でしょ。それから食材と、あと何が必要かしら?


 家の前の通路に続く道に馬車が止まると、ドアを開けてこいとハンスさんを走らせる。そしてわたしはゆっくりと馬車から下ろされた。蹴破られたところを補修したのではなく、ドアは取り払われ一枚板をはめていたみたいだ。これなら戻ってもと言おうとして見上げれば、この状態で暮らすなんて言い出しませんよね? と圧をかけられて、思わず「ええ」と頷いていた。

 マテュー様も部屋にいるので、やりにくい。バッグを持って引き出しの中を探るフリをして、通信の魔具を入れた。そしてお化粧道具と下着類を入れて、あとは食材だ。生モノだけ。ちょうどよく大家さんが来たので家賃を払い、騒動を詫びる。マテュー様に怯えている気がするのは気のせいか?
 訓練に遅れてはいけないので、とにかく急いだ。お財布がわりの巾着にはもう小銭しか残っていない。1週間後までどうやって過ごそう。何日後にドアが直るかによっていろいろ変わってくる。とにかく1週間は乗り切らないと。

 時間ギリギリに演習場に着いた。
 炊き出しまで馬車の中にいるように言われたが、もう大丈夫だと言って演習場に向かった。
 子供たちが集まってくる。

「おねーちゃん」

「なかなか来ないんだもん!」

「あはは、ごめんねー」

 騎士見習いさんたちとも挨拶を交わし、今日は23名が午後から自主練するとのことだ。わたしとハンスさんの分を足した25名分の食費が集まる。訓練中にわたしとハンスさんで買い出しに行けばいいと思っていたのだが、買い物の仕方を習いたいということで、訓練が終わってからいくことになった。
 体を作るための訓練が多かったが、少しだけ体術っぽいものも追加されている。みんなの真剣度が増していた。

 ケイトたちがこの4日間、何を作って食べていたのか教えてくれる。我先にと教えようとしてくれるのが可愛くて仕方ない。デレデレしながら聞いていた。でもあと2週間なんだよね、この臨時のお仕事。そのうちマテュー様に仕えるのは3回だ。……あれ、わたし辞める気なのに。領地に帰るはずなのに。……領地に帰ったらケイトたちともう会えないんだな。二軍のみんなが本当の「騎士見習い」になれるかだって見届けられないんだ。

「おねーちゃん、どうしたの?」

「え? 何でもないよ」

 わたしはケイトの頭を撫でた。
 訓練が終わり、先生やマテュー様、みんなにお茶とお菓子を持っていく。お兄ちゃんたちはもらったお菓子を妹や弟にあげちゃうそうで、それからは子供たちに先にお菓子を配ることにしたようだ。

 ひと段落したところで、買い物に行く。マテュー様とわたし、それから買い出し当番のふたりだ。当番のふたりから、最初の日にわたしが作ったような丼ものにしたいと相談された。調味料はまだあって、お米はマテュー様が安く仕入れられたとかでまだあるそうだ。マテュー様を見上げれば視線を逸らす。
 お菓子を子供たちにもあげたり、お米を提供したり、何気ない気遣いにきっと多くの人が助けられているに違いない。かくいうわたしもだ。そうだ。マテュー様はお優しい。だからついつい手を差し伸べちゃうんだ。でもだからって差し伸べられた手にすがるのは、違うことだ。してはいけないことだ。

 市場に着くと、やっぱりテンションが上がる。お米と調味料は買わなくていいから、おかずの材料に全てを使える。
 肉屋を覗く。ひとりが塊肉にうまそう!と声をあげた。切り分けると一人分は切ない量だと伝えるとしゅんとしてしまった。悪いことをしたと思ったので、強くなって大きな獲物を狩れればお肉食べ放題だよと励ましておいた。
 ピコロの塩漬け肉が安い。切り分けて残った端を集めたものみたいだ。塩漬け肉だと味がいいんだよね。わたしはメインにこれはどうだ?と当番くんたちに話しかける。
 ピコロはパサパサしてないか?というので、塩漬け肉にすると調理方法を選ばない肉になるから大丈夫だとそこは太鼓判を押す。ピコロのお肉を買って、鶏皮も一包みおまけでつけてもらう。
 塩漬け肉ならどんな野菜も合うから、旬で安くていいものを買い込んでいく。
 馬車の中でどの組み合わせにするか相談した。野菜ひとつとっても、サラダかスープか、お肉と合わせるのかでどんどんバリエーションができ、バリエーションが増えればそれだけ味の違う違ったメニューになるし、それを知っていればこれから生かしていける。

 演習場ではすでに浸水したお米がスタンバっていた。
 危な気な人もいたけれど、5日目にもなると、手順もわかっていて、献立を伝えればみんな自分の役目を全うし出した。みんな料理の腕が驚くほど上達していた。

 わたしは一品でも増やすのに、野菜の切れ端を塩につけて箸休めにするのと、スープの出汁にした鶏皮は、野菜を入れるときに取り除いて水分を切って置いて欲しいことを頼んだ。スープの水が少なかったので、水を取りにいくことにする。
 お水を入れたお鍋を持って、寮から出て演習場に向かおうとした。
 横から現れたおしゃれな訓練着の集団に待ち伏せされていた感を抱いた。

「おい、そこのメイド」

「はい、何でしょう?」

「お前たちは神聖な演習場で何をやっているんだ」

「……炊き出しですが?」

 一軍の人たちだなと思った。炊き出しをやり始めてから5日目だ。何をしているかなんて聞くまでもなく知っているはずだ。それに突っかかる相手がメイドのわたしってところが情けなくないか? 騎士見習いでしょう?
 一歩近づかれたので、一歩下がる。

「それは、水か?」

「はい、そうです」

「何に使うのだ?」

「……スープになります」

「重たそうだな、運んでやろう」

 一番偉そうなのが、顎をしゃくって取り巻きのひとりに鍋を持たせるようにする。

「いえ、わたしの仕事ですので」

「いいから、貸せ」

 え? なんか持ってる。この水に何かいれるつもり?

「その手に持っているものは何ですか?」

「何って、何も持っていない」

 嘘が下手すぎる。でも、どうしよう。ここはしたいようにさせて、新たに他の人に水を運んでもらう? それがいちばん波風立てずにいられる?

「メイド風情が貴族に向かって口を問いただすなんて生意気な!」

「パストゥール伯爵のところのメイドだからって、自分が貴族にでもなったかと勘違いしているんじゃないか?」

 お湯や水をかけられた時の雰囲気と似ている。あの時は周りは女性だったが、今はわたしよりみんな大きくて体格のいい男性が相手だ。怖がっているとバレるのは嫌だが、考えとはうらはらに身体が萎縮する。

「見習い風情は騎士道を習わないのかな? 女性に声を荒げるなんて」

 後ろから穏やかな優しい声がした。
 バッと振り返った見習いたちが、慌てて姿勢を正して礼をとった。
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