上 下
36 / 44
第二章

36. さあパーティだ!

しおりを挟む
 フローラが歩く。
 スポットライトが彼女を追っていく。
 さらに、魔術による演出も加わり、フローラはきらきらと輝いていた。
 彼女の姿は幻想的であり、多くの生徒を虜にしている。

 その虜にされている生徒の一人、エリザベスは、

 ――さすがはフローラ様。敵いませんわね。

 と感心していた。
 自分よりも目立っているフローラを妬む気持ちはなく、純粋にフローラのことを称賛していた。
 エリザベスは度胸があるほうだ。
 しかし、現在の流行を真っ向から否定するようなドレスを着る勇気はない。
 それを軽々とやりのけたフローラに拍手を送る。

 また、生徒会長であるハリーは、

 ――先鋭的なドレスも、その美しき外見も、洗練された動きも、全てはフローラ嬢だからこそ輝きを放つ。

 と大きく頷いた。
 彼はおおよその事情を把握していた。
 フローラが何者かによってドレスを汚されたこと。
 新しいドレスに着替えており、パーティに遅れているということ。
 それらを事前に知っていたから、フローラたちの登場を演出できた。
 だが、ハリーの下手な演出など不要と言わんばかりにフローラは美しかった。

 ――まさか現在の流行りとは全く違うドレスを、この場で披露するとはな。

 彼はひたすらに感心する。
 その度胸や知恵を。
 次に会場の反応を見てハリーはふと思った。

 ――これも貴族と平民の軋轢をなくすための一手なのか?

 特に平民の反応が良い。
 新入生歓迎パーティとは聞こえが良いが、実際は貴族のためのパーティとなっていた。
 それがハリーの悩みでもあった。
 しかし、フローラの登場で平民達の満足度が向上。
 さらに、もし彼女の着ているシンプルな型のドレスが流行れば、平民の貴族に対する見方も変わるかもしれない。
 フローラの行動がそこまでを見越したものであれば、

 ――彼女はどこまで先を見通して行動しているのだろうか?

 とハリーは思った。

 もちろん全て勘違いである!
 フローラはクラゲのように流れに流され、その結果、たまたま新ドレスを披露しただけだ。
 なんなら彼女はパーティを休みたいと思っていた。

 しかし、ハリーはフローラの心情を知らない。
 知らないほうが幸せなこともあるのだろう。

 ハリーはちくりと胸の痛みを覚えた。

 ――なぜ、フローラ嬢の隣を歩くのが自分ではないのか?

 と、ハリーは考えたのだ。
 それはノーマンに対する小さな嫉妬である。
 しかしハリーは今まで嫉妬など経験したことがない。
 そのため、自分の感情を正しく理解できていなかった。

 ノーマンは優雅にフローラをエスコートする。
 とても様になっている。

 通常であれば多くの乙女がうっとりした表情でノーマンを見つめるだろう。
 そしてノーマンの隣を歩く女性に嫉妬の目を向けるはずだ。
 事実、去年のダンスパーティでノーマンの相手を務めた人物はパーティの間ずっと睨まれていた。

 だが、今回に限って言えばノーマンは飾りでしかない。
 主役はノーマンではなくフローラだ。
 今はみなフローラを見ていた。

 ノーマンは久しぶりに緊張を覚えていた。
 彼が女性のエスコートに緊張するのは初めてのことである。
 ノーマンは笑顔を心がけて、緊張が顔に出ないように意識していた。

 みながフローラを見ている。
 みながフローラに目を奪われている。

 そんな視線を一斉に受けていたフローラだが……。
 彼女はため息を吐きたい気分だった!

 ――はあ……パーティなんて休みたかったのに。マシューのやつめ。余計なことをしやがって。

 それは例えるなら……。
 台風で学校が休みになると喜んだのも束の間。
 台風の進路が逸れて普段通りに授業が行われることになっときの小学生のような気分だ。

 ――なんか途中で参加したせいで人の目を集めてるんだけど? 目立ちたくないんだよなぁ。

 フローラの鬱々とした表情も、他の人から見れば憂いの美少女に見えてしまう。
 会場の者たちはフローラマジックにかかっていた!

 特に貴族子弟の反応が劇的だった。
 彼らはゴテゴテに飾られた貴族子女を見飽きていた。
 横長の歩きにくそうなスカートや、装飾品をふんだんに使ったドレスは、男からの受けが良くない。
 それと比べてフローラの素朴な服装は貴族子弟の心をぎゅっと鷲掴みにしていた。

 もちろん、フローラの登場を快く思わない生徒もいる。
 主に身分の高い貴族子女だ。
 あんなドレスを受け入れられない。
 と、拒否反応が出る生徒もいた。
 しかしエリザベスが好意的な反応をみせたことで、否定的な意見を述べる貴族子女はいなかった。
 好意的な視線が8割、否定的な視線が1割、どちらでもない視線が1割。
 良くも悪くもフローラは注目を浴びていたのだ。

 大勢の視線に晒されながらノーマンとフローラはハリーのもとまで行く。

「遅くなり申し訳ありません」

 とフローラが深々と頭を下げて告げる。

「事情は聞いている。問題ない」

 ハリーは鷹揚に頷いた。
 続いて彼は言う。

「まだパーティは始まったばかりだ。存分に楽しんでくれ」

 フローラは顔を上げて静かに頷いた。
 こうしてダンスパーティが幕を開けた。

◇ ◇ ◇

 フローラ・メイ・フォーブズはファッションリーダーとしても有名である。
 凝ったデザインのドレスが主流だった時代に、体に密着したシンプルなドレスを流行らせたという。
 ファッションの歴史を学ぶ者で、フローラを知らない人物はいないだろう。

 また彼女はマーケティングの視点を持っていたとも言われている。
 敢えて学生パーティで新ドレスを披露したのは型破りなドレスが認められやすい場であるからだ。
 見事フローラの狙いは功を奏し、そして徐々に彼女が披露したドレスは貴族社会に浸透していくことになった。

 余談だが、歴史家の中にはフローラの意図は他にあったと言う者もいる。
 フローラは革命を起こさせないために従来のドレスを否定した、という説だ。
 当時の平民は貴族の無駄遣いに対して嫌悪感を抱いていた。
 その怒りが爆発して革命になっていただろう。
 と、唱える歴史家もいる。
 もちろん、そう考えるのは一部の歴史家だけある。
 しかし、フローラの行いによって平民の貴族に対する反発心が和らいだのは、紛れもない事実だ。

 かの偉人フローラ・メイ・フォーブズがどこまで想定していたかは本人にしかわからないことだ。
 だが、彼女が非常に優れた人物であったことは疑いようがない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

碓氷唯
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】最強ロリ聖女のゆるゆりグルメ紀行

吉武 止少
ファンタジー
 幼いころから聖女として魔物溢れる森で騎士たちを癒していたマリアベルは、無実の罪で陥れられて置き去りにされてしまう。  メイドのノノと逃げ出したマリアベルは美味しいものを食べながら他国でのんびり暮らそうとするが…… 「んっ……おいひい……」 「ぐっ!?」「きゃわわ」「とうとい……!」 「あ、けがした人が……!」 「け、けがが治った!」「聖女様……?」「天使だ……!」  これは最強ロリ聖女が美味しいものを食べながら幸せになるお話。 【第一部完結保証】第一部完結まで毎日投稿します。 【R15は保険です】

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

処理中です...