上 下
16 / 44
第一章

16. 入部試験

しおりを挟む
 剣術部が使用する訓練所に到着したフローラとエマ。
 二人が訓練所に顔を出すと、和気藹々としていた訓練所が一気にしーんと静まりかえった。

 剣術部の面々がフローラの美貌に見惚れている……ということではない。
 決して友好的とは言えない視線だった。

 エマは、

 ――やはり、こうなるのね。

 と納得する。
 剣術部の生徒たちは貴族をよく思っていない。
 こんな状態でフローラが剣術部の訓練所に顔を出せば、睨まれるのも当然である。

 貴族生徒には居づらい場所なわけだが、フローラはまったく気にする様子がなかった。
 というのも、彼女は男たちの鋭い視線には慣れていた。
 フォーブズ家で屈強な男たちと接してきたからだ。

 ここにいる生徒たちよりも、兵士のほうがよっぽど厳つい顔をしている。
 フローラが最初にフォーブズ家の訓練所に行った時は、視線だけで殺されそうになった。
 ちなみ、そのときのフローラは恐怖でちびりかけた。

 それと比べれば、

 ――このぐらい可愛いものだ。

 と、フローラがぐるっと訓練所を見渡しているときだ。

「なんだ、嬢ちゃん。冷やかしにきたのか? こっちも暇じゃないんだが」 

 黒髪黒目の男、アレックスがフローラに話しかけにきた。
 アレックスは剣術部の部長である。
 フローラは、

 ――こいつが剣術部部長ってのはちょっと嫌だな。

 と思っている。
 しかし、それを表情に出さず、

「いいえ、冷やかしではありませんわ。剣術部に入部したく参りました」
「入部だと? これは笑わせてくれるじゃねーか。剣舞と剣術を間違えたか? 演劇部希望なら、来た道を戻ることを勧めるぜ」

 アレックスはそう言うものの、フローラのことをただの貴族令嬢だとは考えていない。
 先日の食堂での一件もしかりだが。
 フローラの佇まいやアレックスに気圧されないところから、普通の令嬢よりも芯のある女性だと思っている。

 だが、騎士部に訓練所をとられ、剣術部が隅に追いやられたのもつい最近のことだ。
 貴族であるフローラに対して、アレックスの対応が刺々しくなるのも仕方のないこと。

「もう一度言います。私は剣術部に入りに来ました」
「俺らと一緒に泥臭く剣でも振ろうってのか? はんっ、嬢ちゃんのような子に剣が振れるとは思えんけどな」
「あら? 女だから剣を振れないとでも?」
「剣術は遊びじゃねーんだぞ」
「私は遊びで参加しようと思っているわけではありません。剣を振りたい気持ちをは本物ですわ」

 そう、フローラの気持ちは本物である。
 それは彼女の目を見ればわかることだ。

 なぜなら、フローラは真剣にダイエットしたいから!
 理由はともあれ、フローラは本心から剣を振りたいと思っていた。

「それに、入部の条件に男限定とはありませんでしたわ。それとも、私の知らないところで女子禁制にでもなりまして?」
「ほぉ……言うじゃねーか。だがな、嬢ちゃん。剣術部には入部試験があるんだ。誰でも入れるってわけじゃねーぞ」
「そうなのですね。試験とはどのようなものでしょう?」
「俺と一対一で戦って、俺に勝つことだ」

 と、アレックスが言ったとき。

「それは横暴です! フローラ様と言えども『剣鬼』の異名を持つあなたに、勝てる訳がありません!」

 とエマが怒りを顕にした。

「そういう試験なんだから仕方ない」

 と、アレックスが言うが、もちろんそんな試験なんて存在しない。
 そもそも、入部試験などはなく、剣術部は来る者拒まずの精神なのだ。
 だから、アレックスのやっていることは単なる嫌がらせである。

 加えて、アレックスは学院内で行われる武術大会で優勝した男。
 学院最強の男にフローラが勝てるはずがない。
 しかし、さすがにアレックスもフローラがあまりに不利な条件だと思ったのか、

「もちろん、ハンデはつけるぜ。俺に攻撃を当てられたら、嬢ちゃんの勝ちだ。どうだ? これなら文句ないだろ?」

 と、アレックスが付け加える。
 去年の武術大会でアレックスの戦いを見た者からすれば、これでもフローラが勝てる可能性はほぼないと言えた。
 圧倒的な剣技で相手をねじ伏せるアレックスの姿は、まさに鬼のよう。
 そこから『剣鬼』との異名がついたほどだ。

 フローラに入部を諦めさせるために、アレックスは入部試験と称して無理難題を言っているのだ。

「アレックス。それはさすがにあんまりじゃないか? 彼女が可哀想だ」

 剣術部の生徒がアレックスに言う。
 その生徒、ジャックは剣術部の副部長であり、唯一アレックスに物申すことができる人物だ。
 しかし、

「わかりました。入部試験があるなら、受けるのが道理ですわ」

 フローラがあっさり頷いたのだ。
 これにはアレックスのほうが驚いた。

 アレックスは見た目からして威圧感がある。
 さらに、剣の実力も学院一。
 そんなアレックスと戦うともなれば、男であっても逃げ腰になるだろう。

 しかし、フローラはまったく怖気づいていなかった。
 そもそも、

 ――試験なんてあったのか。それは受けないとダメだよな。

 と、普通にアレックスの言葉に納得していたのだ。
 単純でおめでたい頭である。

「フローラ様……もし、危ない目に遭いそうになれば、すぐにでも棄権してください」
「心配してくれてありがとうございます。しかし、問題ありませんわ。私はフォーブズ家の侯爵令嬢ですもの」

 フローラは顔を強張らせているエマに笑ってみせた。
 エマはきゅっと両手を握った。

 ――フローラ様は美しいだけでなく、強かで勇敢な女性。それは知っているけど、もしものことがあれば……。私が体を張ってでも止めましょう。

 こうして、フローラ対アレックスの模擬戦が行われることになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

碓氷唯
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】最強ロリ聖女のゆるゆりグルメ紀行

吉武 止少
ファンタジー
 幼いころから聖女として魔物溢れる森で騎士たちを癒していたマリアベルは、無実の罪で陥れられて置き去りにされてしまう。  メイドのノノと逃げ出したマリアベルは美味しいものを食べながら他国でのんびり暮らそうとするが…… 「んっ……おいひい……」 「ぐっ!?」「きゃわわ」「とうとい……!」 「あ、けがした人が……!」 「け、けがが治った!」「聖女様……?」「天使だ……!」  これは最強ロリ聖女が美味しいものを食べながら幸せになるお話。 【第一部完結保証】第一部完結まで毎日投稿します。 【R15は保険です】

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

処理中です...