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インテルメッツォ-43 悪/弱

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 信頼されるべき人間が決して口にしてならぬ言葉を、少女は何の外連もなく男に言い放つ。
 そうして顎に当てていた指を動かし、唇の前で指を一本立てて見せながら。
 まるで何かを禁じてでもいるかのように。
 その仕種のまま、少女は魔王に向けて偽りの嘘を告げたのだった。
「お前を疑いなどせぬよ。俺がお前に疑念を抱いたことなど一度としてありはしないのだから。お前の言葉に疑問を憶えたことならば、それこそ万言を費やしても足りぬがな。しかしそうか、仕方がなかった、か。それはまた示唆に富んだ、何とも自由な言葉だな。凡そおよそあらゆる事由もそのひと言で現せる。如何なる状況でも重宝する、実に扱い易い言葉だ。誰もが何かを理由に出来る、誰をも何かの理由足り得てしまうのだからな。だが俺が聞きたいのはまさにそのひと言の詳細でな。どれ程安い言葉だろうと、実のないからということはないのであろう?」
 確認するように、あるいは試すように魔王は少女に問い掛ける。
「それはそうですけどねぇ。本当に面白い話ではありませんよぉ? それでも、本当に宜しいのですかぁ」
 少女もまた、同様の問いを魔王に向ける。
「そう勿体つけてくれるな。相手を焦らすなどとは俺の覚えている限り、お前の手管ではなかったはずだぞ。何より俺は、お前の話を聞きたいのだ。俺の知らない、お前を識りたいのだ。故にお前自身の言葉を以てして、俺に全てを語って聞かせてはくれまいか?」
 その言葉に、溶け崩れるような笑みが少女に浮かぶ。
「うふふ。そこまで仰るならば。いいえ、違いますねぇ。栄えある魔王様にそこまで言わせてしまうなど、仕方がないのはわたしのほうでしたねぇ。いやはやこのわたしとしたことが、何たる不覚にして不徳の至りでしょうかぁ。これはわたしの全身全霊を以てして、少しでもあなたの慰みとなり快楽と愉悦をご提供差し上げる以外にお詫びのしようがありませんねぇ」
 それでも未だ本題に触れぬ少女に対しても、魔王は泰然とした姿勢を崩さない。
 苛立つ様子など微塵もなく、その態度に眉根を寄せることもない。
 ただ鷹揚たる余裕だけを見せ、少女に話の先を促してゆく。
「お前の道化けた姿は鑑賞するに十二分に値するが、前置きはもうよかろう。そしてこんなときばかり要らん気を遣うな。お前の考えるおうな無用な脚色などは不要だぞ。俺は、有りの儘のお前を識りたいのだからな」
 魔王のくだした評に、少女の笑みが更にどろりと深くなってゆく。
「くふふふふ。過分なご評価、誠に痛み入りますよぉ。あなたからそのようなお言葉を賜る日が来ようなど、まさに光栄の至りで御座いますねぇ。あなたから与えれりこの痛みこそが、わたしにせいを実感させるのですからぁ。この痛みが、わたしが未だ人間であることを思い出せてくれるのですよぉ。それにしてもなまのままのわたしをご所望とは、どうやらあなたの殿方はまだ枯れてはいらっしゃらないようで安心致しましたよぉ。やはり魔王とは、そうでなくてはぁ。ああ、申し訳ありません。このようなところがいけないのでしたねぇ。流石のあなたにも、色々と我慢の限界というものはあるでしょうからねぇ。それでは、単刀直入に申すと致しましょうかぁ。最後にお断りしておきますが、本当に短いですよぉ? こんな程度のものであなたを満足させられるかは甚だ不安なのですが、それでも本当に宜しいのですかぁ?」
 少女の揶揄とも危惧ともつかぬ、曖昧にして冗長な言葉。
「ああ、構わんさ」
 全く気負うところのない、淡白かつ端的な言葉。
 少女のそれとは対称的に、魔王は応じた。
「だが後学の為にも、お前の思い違いをひとつ正しておいてやるとしよう。漢にとって最も重要なことは長さではない。大切なのは太さと固さだ。それは己の持つ信念と覚悟においても、変わらず同じようにな」
 魔王は少女に向けて指を突き付け、傲岸不遜に言い切った。
「それはまた何とも頼もしく、かつ逞しいことでいらっしゃいますねぇ。そのお言葉が事実かどうか確かめて試してみたいのは山々ですが、ここはわたしは我慢しましょうかぁ。勿論あなたを。あなたご自身も含めて疑ってなどおりませんのでぇ。そこのところはご安心をくださいねぇ。ではではぁ、そろそろご要望にお応えしましてお話するとしましょうかぁ。わたしとしましては、こうしてあなたとお話しているほうが余程兆倍は楽しいのですがぁ。、今更思ってしまう程度には。しかし何事にも終わりがあり、時間はその最たるものです。既に終わってしまった時間ときを続けたいなど、。大変名残惜しいですが、終わりの続きはお終いです。さぁてぇ、それではあなたのお言葉に甘えまして、僭越ながらお話させて頂きますねぇ。つまるところ、ひと言で言うとですねぇ・・・・・・・・・」
 そこで少女は言葉を切り、一拍の間を空けた。
 そして拳を唇の前へと運び、咳払いのような仕種をして見せた。
「ちょっと刃で撫でただけで、簡単に首がとれちゃったんですよ」
 溜め息を吐きながら紡がれた言葉には、多分に苦笑が混じっていた。
「だって仕方ないじゃないですか。神様なんて代物が、。あそこまで脆くて壊れやすいだなんて思いもしなかったのですから」
 少女は拗ねたように、あるいは不満げに唇を尖らながら言葉を続ける。
「そしてそのあと地面に転がってるを、わたしがこうして活用させて頂いているという次第でして。だってには誰も触れるどころか近づこうともなさらないので、きっと誰にも必要とされていないのだと判断しました。ならば折角なので
「成程な。確かにそれでは仕方がない。しかし俺が真に識りたいのは如何にしてそうしたかではく、何故なにゆえにそうしたのかだったのだがな。まあいい、どうせお前のことだ。訊かずともそんなことは解っている」
「ほほぅ、それはそれは。あなたにそこまでご理解頂いているとは光栄の至り。ですので是非ともお聞かせ願いませんか? 貝合せ、もとい答え合わせをして差し上げましょう」
「出来ぬことを口にするのはあまり感心せぬな。舌を火傷しても知らんぞ。初めからお前には答えなど、理由など無い。?」
「ええ、まさしくその通り。間違いなく正解ですよ。流石はわたしの魔王様」
 少女はそう応えると、口角を上げてにこりと笑う。
 魔王もそれに応えるように、口の端を吊り上げてにやりと笑う。
 少女も魔王も、互いに弱きことが悪だなどとは思っていない。
 ただ、知っているだけだ。
 この世界の不条理も理不尽も、常に弱いものから呑み込んでゆくことを。
 人間は当然の如く、そしてそこでは神ですら例外ではなく。
 その例外は、神などではない。
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