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インテルメッツォ-41 残光/惨行
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「ああ、そのことでしたか。えっ? そんなことだったんですか!?」
少女は口に手を当てながら、さも驚いたような素振りをして見せた。
そのあからさまに作為的な仕種こそが、少女の素直な反応なのだと男は経験から知っていた。
「これって、そんなに悪いことだったのですか?」
それは、無垢そのものな問い。
まさに童の如く澄み切った、何も解っていないことを否応なく理解させられる声音。
純朴な瞳、素朴な口振り、そして天真爛漫な表情から紡がれる無残にして残酷な疑問。
それに魔王は、突き放すようににべもなく応じる。
「さてな。その程度の些事、それにまつわる善悪の審判など俺には出来かねるな。そして、そんなことは俺がすべきことではない」
しかし、魔王の応えはそれだけでけでは終わらない。
「然るに、始点からして間違えているのだ、お前は。そのような答えの存在しない問いを向けるべきは、一体本来誰なのかをな。何故なら、その問いの源流を為したのは、他らならぬお前自身だからだ。ならば問われるべきは、お前を置いて他にはいるまい。せいぜい己が心の裡に問い続け、答えを探し続けるがいい。お前には、恐らく見つけることは叶わんのだろうが、な」
辛辣な口調の裏に、一抹の哀しみと儚い望みが滲む男の言葉。
その言葉を以て魔王は少女に、己が如何にすべきかを説いて指し示す。
それを受けた少女には一欠片の痛痒も見ることは出来ず、また一切の琴線に触れた様子も見られない。
ただ平然と、何食わぬ顔で応じるのみだった。
「ご親切な余計なお世話、どうもありがとうございましたぁ。あなたがそう仰るのでしたら、そうすると致しましょうかぁ。いいえ、それともあなが仰る通りにはしないことが宜しいのでしょうかぁ。まあ、どちらでも構いませんが。わたしにとってはどちらでも、どうでも良いことですしねぇ。ですが折角あなたから仰って頂いたのです。わたしが覚えてる限り、心の隅で埃と一緒に留めておくことをとりあえずはお約束致しますねぇ。それにしてもそのように誰かに咎められたのは初めてだったもので、少々驚いてしまいましたよぉ。またあなたにわたしの初めてを奪われてしまいたねぇ。他人に自分のものを奪われるなど、それがたとえ取るに足らない塵芥であったとしても恥辱と屈辱以外の何ものでもないはずなのですがぁ。あなたからだと、悪い気は致しませんねぇ。寧ろ、心の澱が晴れて気持ちがいいくらいですよぉ」
抑えきれぬ恍惚が、少女の声音からはありありと滲み出ていた。
その毒に侵されることなく、魔王は苦笑混じりに問い掛けた。
「咎めたつもりなどないのだがな。だがそれ程のことを為出かしておきながら、これまで誰にも言葉を掛けられることはなかったのか?」
その答えを、少女が如何なる言葉を以て応えを返すのか。
男は問うまでもなく解っていた。
その、理由までをも含めた全てを。
魔王と堕ちて成り果てても尚、少女の想いと嗜好は手に取るように理解出来た。
かつては自然と柔らかく包み込むこと出来たそれも、今では握り潰さぬようにするだけで手一杯だ。
今はまだ、そのときではない。
それまではこの錆色の暖かさを、掌に残しておかなければならないのだから。
少女は口に手を当てながら、さも驚いたような素振りをして見せた。
そのあからさまに作為的な仕種こそが、少女の素直な反応なのだと男は経験から知っていた。
「これって、そんなに悪いことだったのですか?」
それは、無垢そのものな問い。
まさに童の如く澄み切った、何も解っていないことを否応なく理解させられる声音。
純朴な瞳、素朴な口振り、そして天真爛漫な表情から紡がれる無残にして残酷な疑問。
それに魔王は、突き放すようににべもなく応じる。
「さてな。その程度の些事、それにまつわる善悪の審判など俺には出来かねるな。そして、そんなことは俺がすべきことではない」
しかし、魔王の応えはそれだけでけでは終わらない。
「然るに、始点からして間違えているのだ、お前は。そのような答えの存在しない問いを向けるべきは、一体本来誰なのかをな。何故なら、その問いの源流を為したのは、他らならぬお前自身だからだ。ならば問われるべきは、お前を置いて他にはいるまい。せいぜい己が心の裡に問い続け、答えを探し続けるがいい。お前には、恐らく見つけることは叶わんのだろうが、な」
辛辣な口調の裏に、一抹の哀しみと儚い望みが滲む男の言葉。
その言葉を以て魔王は少女に、己が如何にすべきかを説いて指し示す。
それを受けた少女には一欠片の痛痒も見ることは出来ず、また一切の琴線に触れた様子も見られない。
ただ平然と、何食わぬ顔で応じるのみだった。
「ご親切な余計なお世話、どうもありがとうございましたぁ。あなたがそう仰るのでしたら、そうすると致しましょうかぁ。いいえ、それともあなが仰る通りにはしないことが宜しいのでしょうかぁ。まあ、どちらでも構いませんが。わたしにとってはどちらでも、どうでも良いことですしねぇ。ですが折角あなたから仰って頂いたのです。わたしが覚えてる限り、心の隅で埃と一緒に留めておくことをとりあえずはお約束致しますねぇ。それにしてもそのように誰かに咎められたのは初めてだったもので、少々驚いてしまいましたよぉ。またあなたにわたしの初めてを奪われてしまいたねぇ。他人に自分のものを奪われるなど、それがたとえ取るに足らない塵芥であったとしても恥辱と屈辱以外の何ものでもないはずなのですがぁ。あなたからだと、悪い気は致しませんねぇ。寧ろ、心の澱が晴れて気持ちがいいくらいですよぉ」
抑えきれぬ恍惚が、少女の声音からはありありと滲み出ていた。
その毒に侵されることなく、魔王は苦笑混じりに問い掛けた。
「咎めたつもりなどないのだがな。だがそれ程のことを為出かしておきながら、これまで誰にも言葉を掛けられることはなかったのか?」
その答えを、少女が如何なる言葉を以て応えを返すのか。
男は問うまでもなく解っていた。
その、理由までをも含めた全てを。
魔王と堕ちて成り果てても尚、少女の想いと嗜好は手に取るように理解出来た。
かつては自然と柔らかく包み込むこと出来たそれも、今では握り潰さぬようにするだけで手一杯だ。
今はまだ、そのときではない。
それまではこの錆色の暖かさを、掌に残しておかなければならないのだから。
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