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インテルメッツォ-29 陰影/隠映
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その瞬間、少女の面差しからあらゆる表情を喪失した。
男の言葉を受けた少女の顔は、能面のように一切の感情が削ぎ落とされる。
遮るものなど何もない、ひどく無防備な様態。
全ての帳を剥ぎ取られて残ったものは、無雑でもなければ無垢でもない。
男が此処まで来て初めて目にする。真に無邪気にして無心な少女の佇まい。
此処に至って少女が初めて男に晒した、偽ることのない無意識にして無加工の振る舞い。
殻の中身が透けるように映って見える、在るがままの本当の自分自身。
そこにあるのは幼く未熟で不完全な、初々しくい未完成の片羽。
しかしそれ故にこそ美しい、瑞々しい生命に満ちた人間の姿がそこにはあった。
その人間の姿のままに、誰にも聞こえることのないよう少女は一人、言葉を紡ぐ。
それは、ひとつの転換にして終焉。
新たな覚悟を心に刻み、決意を改ににする為に。
少女にとって、必要な儀式だった。
「ああ、そうなのですね。確かに、それが理由ならばこれまでの全てに得心がいきます。それが所以だというのなら、ここまでの全てを納得することが出来ます。そういうこと、だったのですね、わたしはとうに、あなたに敗れていたのですね。あのときあなたを求めた、そのときから。全く、あなたには敵わない。本当に昔から、あなたのことは何ひとつ叶いませんでしたものね」
そこで少女は己の足下を見るように、初めて男から視線を外す。
その顔は、男には見ることが出来なかった。
「成程。道理で、です。ですが、そうだというのなら。あなたはそれを、解っていたというのなら・・・・・・・・・」
そう、俯きがら少女は呟く。
そこで少女が如何なる表情を浮かべているのか、男には窺い知ることすら出来はしない。
首を傾けたことにより流れるように降りた黒絹の紗幕が、少女の全てを覆い隠してしまっているが為に。
故にその昏い陰の下、少女の口元が闇夜を切り込んだ三日月のように裂けてゆくことにも。
男は、気付くことが出来なかった。
「でしたらあなたは、そんなわたしをそれはそれは心ゆくまでお楽しみになられていたことでしょうねぇ」
俯いていた頭を油の切れた歯車のように持ち上げると、少女は再び男の姿を正面から見据えた。
そこに浮かんだ顔も、眼差しも、表情も、全て男のよく知る少女のもの。
それはすなわち、先程までの少女はもう何処にもいないということに他ならない。
「どうやら無駄と無意味を無為に重ねていたのは、あなたではなくわたしの方だったようですねぇ。それはさぞや滑稽だったことでしょう? 嘸かし愉快だったことでしょう? あなた自身に血を漲らせ滾らせる程度には、愉悦を感じて頂けたのではないでしょうかぁ? だって、己が敗者だと気付かぬ道化が踊る様は、見世物としては上々の出来だったのではないかと我ながら思うのですがぁ? 如何でしたでしょうかぁ? さぁてぇ、それではわたしはどうしたら宜しいのでしょうかぁ。くふふ、などと言ってもぉ、戦場で刃を受けた女が如何に扱われるかくらいのことはぁ、わたしでも知っていますがねぇ。ええ、それはもうよく存じておりますようぉ。だって、経験したことがありますからぁ。数え切れないくらいにぃ。ええとぉ、どなたでしたっけぇ、もう顔も名前も思い出しませんので分かりませんがぁ。でも確かぁ、そうそう。あなたとご一緒にいらしてらっしゃった方々に、思う存分に致したような気がしますねぇ。それはもう、心ゆくまで楽しんだ覚えが何となくですがありますようぉ。それではぁ、あなたもわたしと同じく、わたしに同じことをなさいますかぁ? それともわたしから致した方が、あなたのお好みなのでしょうかぁ。一糸纏わぬ姿であなたに傅き、わたしの全てであなたもあなた自身もお慰めするのが宜しいのでしょうかぁ。きしし、では、如何なされますかぁ? 誰にも彼にみんな同じようにとぉってもお優しい、嘘つきなわたしの魔王様?」
男の言葉を受けた少女の顔は、能面のように一切の感情が削ぎ落とされる。
遮るものなど何もない、ひどく無防備な様態。
全ての帳を剥ぎ取られて残ったものは、無雑でもなければ無垢でもない。
男が此処まで来て初めて目にする。真に無邪気にして無心な少女の佇まい。
此処に至って少女が初めて男に晒した、偽ることのない無意識にして無加工の振る舞い。
殻の中身が透けるように映って見える、在るがままの本当の自分自身。
そこにあるのは幼く未熟で不完全な、初々しくい未完成の片羽。
しかしそれ故にこそ美しい、瑞々しい生命に満ちた人間の姿がそこにはあった。
その人間の姿のままに、誰にも聞こえることのないよう少女は一人、言葉を紡ぐ。
それは、ひとつの転換にして終焉。
新たな覚悟を心に刻み、決意を改ににする為に。
少女にとって、必要な儀式だった。
「ああ、そうなのですね。確かに、それが理由ならばこれまでの全てに得心がいきます。それが所以だというのなら、ここまでの全てを納得することが出来ます。そういうこと、だったのですね、わたしはとうに、あなたに敗れていたのですね。あのときあなたを求めた、そのときから。全く、あなたには敵わない。本当に昔から、あなたのことは何ひとつ叶いませんでしたものね」
そこで少女は己の足下を見るように、初めて男から視線を外す。
その顔は、男には見ることが出来なかった。
「成程。道理で、です。ですが、そうだというのなら。あなたはそれを、解っていたというのなら・・・・・・・・・」
そう、俯きがら少女は呟く。
そこで少女が如何なる表情を浮かべているのか、男には窺い知ることすら出来はしない。
首を傾けたことにより流れるように降りた黒絹の紗幕が、少女の全てを覆い隠してしまっているが為に。
故にその昏い陰の下、少女の口元が闇夜を切り込んだ三日月のように裂けてゆくことにも。
男は、気付くことが出来なかった。
「でしたらあなたは、そんなわたしをそれはそれは心ゆくまでお楽しみになられていたことでしょうねぇ」
俯いていた頭を油の切れた歯車のように持ち上げると、少女は再び男の姿を正面から見据えた。
そこに浮かんだ顔も、眼差しも、表情も、全て男のよく知る少女のもの。
それはすなわち、先程までの少女はもう何処にもいないということに他ならない。
「どうやら無駄と無意味を無為に重ねていたのは、あなたではなくわたしの方だったようですねぇ。それはさぞや滑稽だったことでしょう? 嘸かし愉快だったことでしょう? あなた自身に血を漲らせ滾らせる程度には、愉悦を感じて頂けたのではないでしょうかぁ? だって、己が敗者だと気付かぬ道化が踊る様は、見世物としては上々の出来だったのではないかと我ながら思うのですがぁ? 如何でしたでしょうかぁ? さぁてぇ、それではわたしはどうしたら宜しいのでしょうかぁ。くふふ、などと言ってもぉ、戦場で刃を受けた女が如何に扱われるかくらいのことはぁ、わたしでも知っていますがねぇ。ええ、それはもうよく存じておりますようぉ。だって、経験したことがありますからぁ。数え切れないくらいにぃ。ええとぉ、どなたでしたっけぇ、もう顔も名前も思い出しませんので分かりませんがぁ。でも確かぁ、そうそう。あなたとご一緒にいらしてらっしゃった方々に、思う存分に致したような気がしますねぇ。それはもう、心ゆくまで楽しんだ覚えが何となくですがありますようぉ。それではぁ、あなたもわたしと同じく、わたしに同じことをなさいますかぁ? それともわたしから致した方が、あなたのお好みなのでしょうかぁ。一糸纏わぬ姿であなたに傅き、わたしの全てであなたもあなた自身もお慰めするのが宜しいのでしょうかぁ。きしし、では、如何なされますかぁ? 誰にも彼にみんな同じようにとぉってもお優しい、嘘つきなわたしの魔王様?」
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