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インテルメッツォ-18 願望/顔貌
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男は未だ囚われている。
己の為した、結果の全てに。
後悔の檻に囲われて、自責の鎖に繋がれている。
男の心の裡には今も尚、何者でもない誰かの笑顔が数限りなく漂っている。
その全てが、男に笑いかけている。
誰かの笑みは一瞬たりとも崩れることは無い。
誰かの笑い声は一時たりとも絶えることは無い。
だが、それでも。
その笑顔は、生きていた。
男に向けられる笑顔のひとつひとつが、みんな一人の人間として生きていたのだ。
ひとりひとりが男と笑顔を交わし笑いあい、男と共に生きてくれたのだ。
たとえ誰かは解らなくとも、誰と共に在ったのか。
それは男の魂に、誰一人欠けること無く刻まれている。
皆がいたから、此処まで来られた。
みんながいたから、男は少女の前に立っている。
その事実だけは、何人たりとも曲げることは敵わない。
例え、世界最強の使えない剣だろうと。
例え、最低最悪の純真なる権だろうと。
間違ってもたかが人ならざる神などには、触れることすら不可能だ。
だからこそ、それ故に。
「さぁてどうされますかぁ? ご自分の道しか歩めない、迷子の迷子の羊さん。此処でただ勃ったまま、無為に時間を消費されて逝きますかぁ。わたしは、それで構わないのですがぁ。でも実を言うとですねぇ、あなたには進むべき道がまだ残されているのですよぉ。己の道しか歩くことが出来ないあなたにも、選択肢はまだちゃ~んとあるんですよぉ。そ・れ・は・ですねぇ、このまま踵を返してお帰り頂く、というのは如何でしょうかぁ。先を切り拓くことだけが、道を歩むことではありません。前に進むことだけが、人間の出来ることではありません。此処まで来たのです、もう、充分ではありませんか。もうそれだけで、善いではありませか。きっと誰も、あなたを責めたり致しません。きっと誰もが、あなたを労って下さいます。きっと誰でも、あなたを笑顔で迎えて下さいます」
そこで少女は言葉を切ると、そっと静かに両目を閉じる。
それは、何かを祈るかのような。
そして、誰かを待つかのように。
その格好にだけは相応しい透明なる高潔と清澄が少女を包み、四囲へせられてゆく。
まるで侵食にも似て触れるもの全てを変質させるように、際限なく伝播してゆく。
男の元にも、その波は真っ直ぐに届き伝わった。
まさしく嵐が如き凄まじさと苛烈さをもってして、その身を激しく打ち据えてゆく。
しかしそれも、男に如何なる変容も痛痒も与えることは敵わない。
何故なら男にとってそれこそが、最大の福音にして好機。
仇敵であるはずの少女が自ら晒した、絶好たる千載一遇の僥倖。
今この一瞬こそ、あらゆる屍を積み上げて至った刹那。
だが、男の腕が挙がることはない。
男は、少女に刃を向けはしなかった。
向けられたのは、私怨の情でも怨恨の念でも無く、ただ静謐さを湛えた柔らかな眼差し。
今の少女を目に焼き付け、あの頃の姿を思い出し、その二つを重ね合わせてるような。
懐古と郷愁が入り混じった、砂のように寂しげな瞳。
そして何かに区切りをつけるよう、男もまた目を閉じる。
次の瞬間、その目は力を込めて見開かれる。
その瞳に宿るのは、燃えるように輝く戦意と闘志。
不退転の決意を心に刻み、少女と改に対峙する、男の姿がそこに在る。
己の為した、結果の全てに。
後悔の檻に囲われて、自責の鎖に繋がれている。
男の心の裡には今も尚、何者でもない誰かの笑顔が数限りなく漂っている。
その全てが、男に笑いかけている。
誰かの笑みは一瞬たりとも崩れることは無い。
誰かの笑い声は一時たりとも絶えることは無い。
だが、それでも。
その笑顔は、生きていた。
男に向けられる笑顔のひとつひとつが、みんな一人の人間として生きていたのだ。
ひとりひとりが男と笑顔を交わし笑いあい、男と共に生きてくれたのだ。
たとえ誰かは解らなくとも、誰と共に在ったのか。
それは男の魂に、誰一人欠けること無く刻まれている。
皆がいたから、此処まで来られた。
みんながいたから、男は少女の前に立っている。
その事実だけは、何人たりとも曲げることは敵わない。
例え、世界最強の使えない剣だろうと。
例え、最低最悪の純真なる権だろうと。
間違ってもたかが人ならざる神などには、触れることすら不可能だ。
だからこそ、それ故に。
「さぁてどうされますかぁ? ご自分の道しか歩めない、迷子の迷子の羊さん。此処でただ勃ったまま、無為に時間を消費されて逝きますかぁ。わたしは、それで構わないのですがぁ。でも実を言うとですねぇ、あなたには進むべき道がまだ残されているのですよぉ。己の道しか歩くことが出来ないあなたにも、選択肢はまだちゃ~んとあるんですよぉ。そ・れ・は・ですねぇ、このまま踵を返してお帰り頂く、というのは如何でしょうかぁ。先を切り拓くことだけが、道を歩むことではありません。前に進むことだけが、人間の出来ることではありません。此処まで来たのです、もう、充分ではありませんか。もうそれだけで、善いではありませか。きっと誰も、あなたを責めたり致しません。きっと誰もが、あなたを労って下さいます。きっと誰でも、あなたを笑顔で迎えて下さいます」
そこで少女は言葉を切ると、そっと静かに両目を閉じる。
それは、何かを祈るかのような。
そして、誰かを待つかのように。
その格好にだけは相応しい透明なる高潔と清澄が少女を包み、四囲へせられてゆく。
まるで侵食にも似て触れるもの全てを変質させるように、際限なく伝播してゆく。
男の元にも、その波は真っ直ぐに届き伝わった。
まさしく嵐が如き凄まじさと苛烈さをもってして、その身を激しく打ち据えてゆく。
しかしそれも、男に如何なる変容も痛痒も与えることは敵わない。
何故なら男にとってそれこそが、最大の福音にして好機。
仇敵であるはずの少女が自ら晒した、絶好たる千載一遇の僥倖。
今この一瞬こそ、あらゆる屍を積み上げて至った刹那。
だが、男の腕が挙がることはない。
男は、少女に刃を向けはしなかった。
向けられたのは、私怨の情でも怨恨の念でも無く、ただ静謐さを湛えた柔らかな眼差し。
今の少女を目に焼き付け、あの頃の姿を思い出し、その二つを重ね合わせてるような。
懐古と郷愁が入り混じった、砂のように寂しげな瞳。
そして何かに区切りをつけるよう、男もまた目を閉じる。
次の瞬間、その目は力を込めて見開かれる。
その瞳に宿るのは、燃えるように輝く戦意と闘志。
不退転の決意を心に刻み、少女と改に対峙する、男の姿がそこに在る。
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