上 下
11 / 46

インテルメッツォ-11 批難/指南

しおりを挟む
 少女の言葉はまさしく空を流れる雲のよう。
 他者の手が届くことは決して無く、掴み捉えることも出来はしない。
 それは煙のように心に染み込み、意志を晦ませ理知を曇らせ征く道を惑わせる。
 ひとに己が誰であるかを見失わせる惑乱わくらんの陽炎。
 しかしこの世界でこの少女程、強固にして確固たる自分自身を持つ者は存在しない。
 己の心に刻み込んだ、自身の裡に在る確信が揺らぐことなど地が崩れようとも断じて無い。
 その心中に聳えそびえ根付く核芯が、振れることなど天が割れようともありはしない。
 そんな不可能を容易く可能と為せるのは、この天地において唯一人。
 だが、故にそれは鋼の淡雪。
 極限をも超えて研がれ削ぎ落とされた無惨の欠片。
 誰か他人の言葉など風に靡くなびくが如く躱し、応えなど無くただ揺蕩うたゆたうのみ。
 しかし気付けば幾重にも降り積もり、知らぬ間に地に這わされ埋め尽くされてゆく。
 そのまま無重の寂寥に押し潰され、数多の静寂に斬り刻まれる。
 そして何処にも還ることなく、静かに孤独に埋葬される。
 男が吐露した感情も、そうして塵芥のように叩き貶して斬り棄てた。
 憤怒に灼けた男の言葉も、少女に僅かな動揺も些かの困惑も抱かせるには至らない。
 血が沸騰せんばかりの冷たい怒気を孕んだ男の声も、少女にはに吹く微風《そよかぜ》と大差無い。
 睨めつけられるねめつけられる赫怒かくどの視線も、目を細めて心地良さげに受け止めていた。
 そして呆れ果てたような気楽さで、大きな溜息を一つ吐く。
 未だにこんなことをしているのだから、そんなことは当然だと言うように。
 どうしようもないものを見る気安さで、男の無様に笑みが溢れる。
 男の心を泥足で踏みにじり、茨を絡めた言葉を抛るほうる
 そんな姿にまでなって尚、今でもあんなものに拘っているのかと言わんばかりに。
「死ぬまで過去に縛られるなんて愚の骨頂です。誰かの為に生きるなんて滑稽の極みです。あなたを見ていると虫酸が走ります。わたし虫は嫌いじゃありませんが、今のあなたはそれ以下です。そうやって要らないものをなすりつけられ、出来もしないことを肩代わりさせられる。そんなことだから、前に進むのにも苦労するんです。そんな風に、
「そんなことは、ない」
 煮えたぎる心の坩堝に、泥のような少女の言葉が融けてゆく。
「誰かの為に尽くすのは。そんなに善いことなのですか? 誰かの為に働くのは、そんなに素晴らしいことなのですか? そうしてに感謝されることが、そんなに嬉しいことなのですか? だとしたら随分とお安く買われたものです。街角の蝋燭の方がまだしもお勘定に手間が掛かるでしょう」
 言葉は思考と混ざり合い、男の心を濁らせる。
「誰かが幸せになれるなら、それが最善。幸せな誰かがしている事と、同じ事を為すのが最適。その為ならどれだけ傷ついても構わない。? 今のあなたを見ていると反吐が出ます。わたし嫌いなものを目にすると、どうにも吐き気が止まらないのです。だから、これでも頑張って堪えているのですよ。どれ程のご苦労をなされたかは存じませんが、まあの対価をお支払いになられたのでしょう。そうまでしてお会いに来て下さったあなたの前で、粗相をする訳には参りませんからねぇ。ですがそれにも限度があることをご理解して頂きたいものです。誰かの為に奉仕して、何かの為に己を捧げる。だなんて、そんなことをあなたは何時まで信じているおつもりなのですか? 其処にはなど、何処にもありはしないというのに」

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...