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インテルメッツォ-11 批難/指南
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少女の言葉はまさしく空を流れる雲のよう。
他者の手が届くことは決して無く、掴み捉えることも出来はしない。
それは煙のように心に染み込み、意志を晦ませ理知を曇らせ征く道を惑わせる。
ひとに己が誰であるかを見失わせる惑乱の陽炎。
しかしこの世界でこの少女程、強固にして確固たる自分自身を持つ者は存在しない。
己の心に刻み込んだ、自身の裡に在る確信が揺らぐことなど地が崩れようとも断じて無い。
その心中に聳え根付く核芯が、振れることなど天が割れようともありはしない。
そんな不可能を容易く可能と為せるのは、この天地において唯一人。
だが、故にそれは鋼の淡雪。
極限をも超えて研がれ削ぎ落とされた無惨の欠片。
誰かの言葉など風に靡くが如くするりと躱し、応えなど無くただ揺蕩うのみ。
しかし気付けば幾重にも降り積もり、知らぬ間に地に這わされ埋め尽くされてゆく。
そのまま無重の寂寥に押し潰され、数多の静寂に斬り刻まれる。
そして何処にも還ることなく、静かに孤独に埋葬される。
男が吐露した感情も、そうして塵芥のように叩き貶して斬り棄てた。
憤怒に灼けた男の言葉も、少女に僅かな動揺も些かの困惑も抱かせるには至らない。
血が沸騰せんばかりの冷たい怒気を孕んだ男の声も、少女には野に吹く微風《そよかぜ》と大差無い。
睨めつけられる赫怒の視線も、目を細めて心地良さげに受け止めていた。
そして呆れ果てたような気楽さで、大きな溜息を一つ吐く。
未だにこんなことをしているのだから、そんなことは当然だと言うように。
どうしようもないものを見る気安さで、男の無様に笑みが溢れる。
男の心を泥足で踏みにじり、茨を絡めた言葉を抛る。
そんな姿にまでなって尚、今でもあんなものに拘っているのかと言わんばかりに。
「死ぬまで過去に縛られるなんて愚の骨頂です。誰かの為に生きるなんて滑稽の極みです。あなたを見ていると虫酸が走ります。わたし虫は嫌いじゃありませんが、今のあなたはそれ以下です。そうやって要らないものをなすりつけられ、出来もしないことを肩代わりさせられる。そんなことだから、前に進むのにも苦労するんです。そんな風に、自分の望む道を歩めなくなるんです」
「そんなことは、ない」
煮えたぎる心の坩堝に、泥のような少女の言葉が融けてゆく。
「誰かの為に尽くすのは。そんなに善いことなのですか? 誰かの為に働くのは、そんなに素晴らしいことなのですか? そうして誰でもない誰かに感謝されることが、そんなに嬉しいことなのですか? だとしたら随分とお安く買われたものです。街角の蝋燭の方がまだしもお勘定に手間が掛かるでしょう」
言葉は思考と混ざり合い、男の心を濁らせる。
「誰かが幸せになれるなら、それが最善。幸せな誰かがしている事と、同じ事を為すのが最適。その為ならどれだけ傷ついても構わない。どうしてそんな気持ちの悪い真似が出来るのですか? 今のあなたを見ていると反吐が出ます。わたし嫌いなものを目にすると、どうにも吐き気が止まらないのです。だから、これでも頑張って堪えているのですよ。どれ程のご苦労をなされたかは存じませんが、まあそこそこの対価をお支払いになられたのでしょう。そうまでしてお会いに来て下さったあなたの前で、粗相をする訳には参りませんからねぇ。ですがそれにも限度があることをご理解して頂きたいものです。誰かの為に奉仕して、何かの為に己を捧げる。そうしていればいつかは自分も幸せになれはずだなんて、そんなことをあなたは何時まで信じているおつもりなのですか? 其処にはあなたご自身の幸せなど、何処にもありはしないというのに」
他者の手が届くことは決して無く、掴み捉えることも出来はしない。
それは煙のように心に染み込み、意志を晦ませ理知を曇らせ征く道を惑わせる。
ひとに己が誰であるかを見失わせる惑乱の陽炎。
しかしこの世界でこの少女程、強固にして確固たる自分自身を持つ者は存在しない。
己の心に刻み込んだ、自身の裡に在る確信が揺らぐことなど地が崩れようとも断じて無い。
その心中に聳え根付く核芯が、振れることなど天が割れようともありはしない。
そんな不可能を容易く可能と為せるのは、この天地において唯一人。
だが、故にそれは鋼の淡雪。
極限をも超えて研がれ削ぎ落とされた無惨の欠片。
誰かの言葉など風に靡くが如くするりと躱し、応えなど無くただ揺蕩うのみ。
しかし気付けば幾重にも降り積もり、知らぬ間に地に這わされ埋め尽くされてゆく。
そのまま無重の寂寥に押し潰され、数多の静寂に斬り刻まれる。
そして何処にも還ることなく、静かに孤独に埋葬される。
男が吐露した感情も、そうして塵芥のように叩き貶して斬り棄てた。
憤怒に灼けた男の言葉も、少女に僅かな動揺も些かの困惑も抱かせるには至らない。
血が沸騰せんばかりの冷たい怒気を孕んだ男の声も、少女には野に吹く微風《そよかぜ》と大差無い。
睨めつけられる赫怒の視線も、目を細めて心地良さげに受け止めていた。
そして呆れ果てたような気楽さで、大きな溜息を一つ吐く。
未だにこんなことをしているのだから、そんなことは当然だと言うように。
どうしようもないものを見る気安さで、男の無様に笑みが溢れる。
男の心を泥足で踏みにじり、茨を絡めた言葉を抛る。
そんな姿にまでなって尚、今でもあんなものに拘っているのかと言わんばかりに。
「死ぬまで過去に縛られるなんて愚の骨頂です。誰かの為に生きるなんて滑稽の極みです。あなたを見ていると虫酸が走ります。わたし虫は嫌いじゃありませんが、今のあなたはそれ以下です。そうやって要らないものをなすりつけられ、出来もしないことを肩代わりさせられる。そんなことだから、前に進むのにも苦労するんです。そんな風に、自分の望む道を歩めなくなるんです」
「そんなことは、ない」
煮えたぎる心の坩堝に、泥のような少女の言葉が融けてゆく。
「誰かの為に尽くすのは。そんなに善いことなのですか? 誰かの為に働くのは、そんなに素晴らしいことなのですか? そうして誰でもない誰かに感謝されることが、そんなに嬉しいことなのですか? だとしたら随分とお安く買われたものです。街角の蝋燭の方がまだしもお勘定に手間が掛かるでしょう」
言葉は思考と混ざり合い、男の心を濁らせる。
「誰かが幸せになれるなら、それが最善。幸せな誰かがしている事と、同じ事を為すのが最適。その為ならどれだけ傷ついても構わない。どうしてそんな気持ちの悪い真似が出来るのですか? 今のあなたを見ていると反吐が出ます。わたし嫌いなものを目にすると、どうにも吐き気が止まらないのです。だから、これでも頑張って堪えているのですよ。どれ程のご苦労をなされたかは存じませんが、まあそこそこの対価をお支払いになられたのでしょう。そうまでしてお会いに来て下さったあなたの前で、粗相をする訳には参りませんからねぇ。ですがそれにも限度があることをご理解して頂きたいものです。誰かの為に奉仕して、何かの為に己を捧げる。そうしていればいつかは自分も幸せになれはずだなんて、そんなことをあなたは何時まで信じているおつもりなのですか? 其処にはあなたご自身の幸せなど、何処にもありはしないというのに」
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