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第19話 ラシャンスからの手紙
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マジョール王国の王都タランガ。その片隅にあるラシャンスの家。
普段は静かな家だったが、その日ばかりは家中に熱気がこもっていた。
ラシャンスがファルツァーとオーブに向けた手紙を書いていたからだ。
手紙の内容は次の通り。
王都タランガやその近郊で少女の誘拐事件が起きていること。
誘拐事件の陰に王国の貴族が関与していること。
証拠の一部として入手した書類を送ること。
もちろん、ラシャンスが旅先から書いた、との体だ。
こうした事件に対処するのは、名誉職ながらも警備の任についてるファルツァーが適任。ただし事件の裏側で関与しているのが王国の貴族であるため、侯爵の地位にあるオーブと協力して対応するよう求めている。またオーブには一味の捕獲にあたって、ファルツァーら警備兵への助力を依頼している。
「よっし、できたあ」
ラシャンスは書き上げた手紙を手ごろな封筒に入れる。
ちょっと眺めた後、封筒を軽く叩いてみたり端を持って振り回してみたりした。
当然ながら、封筒の四隅が折れたり、封筒の表面にしわがよったりする。
「まあ、こんなものかな」
旅先から届いた雰囲気を出すための工作だ。
改めてファルツァーとオーブに「お師匠様から手紙が来ましたー」とレトワールの名前で連絡した。
「「何!」」
ラシャンスからの連絡を受けたファルツァーとオーブは、急いでラシャンスの家に向かう。どちらも馬を全力で急がせたが、なりふり構わず駆けつけたファルツァーの方が早かった。
先に着いていたファルツァーが手紙を読んでいるのを見たオーブがわずかに目を細める。しかし、それ以上は何も言わないままファルツァーに続いて手紙を読んだ。
「オーブ、協力してくれるか?」
「もちろん」
ラシャンスが旅先で書いた体の手紙を見せられた2人は、その場で協力して少女誘拐事件に当たることを約束した。
「ところで…」
オーブがレトワールに尋ねる。
「この手紙はどこから届いたの?」
これは予想された質問なだけあって、レトワールは封筒を差し出して「南部からのようです」とつじつまを合わせた。レトワールがそう答えたのは、誘拐事件に関与している貴族が王国の南部に拠点を持つ貴族だったからである。
封筒を受け取ったファルツァーは、“ラシャンス”と書かれた差出人の名前のみが書かれているのを確認する。横から手を出したオーブは、封筒を何度もひっくり返したあげく、窓に向けて透かしてみたものの、何も手がかりとなりそうなものは見つからなかった。
「そっか」とファルツァー。
「まあ、彼女が無事なら…」とオーブ。
浮かない表情が続いていた2人の顔に、いくらか安心した様子が見えた。
そのまま部屋の片隅を借りたファルツァーとオーブは、レトワールが用意したお茶やお菓子を味わいつつ、少女誘拐事件への対策を練る。
「貴族連中は任せる。俺は町中や近隣の拠点を捜索してしらみつぶしにする」
「分かった。問題は捕縛の時間を合わせることだな」
「早すぎても遅すぎても、貴族か下働きかのどちらかを取り逃がす。連絡を密にして行こう」
「うむ」
そしてオーブはファルツァーに「警備兵からベテランを何人か出して欲しい」と頼む。魔法剣士であるオーブは、人間はもとより魔物や猛獣相手の戦いは慣れていたが、こうした犯罪者の確保はほとんど経験がなかった。それを知っているファルツァーも「了解」と助力を約束した。
打ち合わせが終わると、オーブはラシャンスの手紙を丁寧に封筒にしまった後、上着の内ポケットに入れた。
それを見たファルツァーは、小さく「あ…」と言いかけたものの、手紙を取り戻すことはできなかった。
「レトワールちゃん、それじゃあ」
ファルツァーが手を振る。
「ごちそうさまでした」
オーブが丁寧に頭を下げる。
「どういたしまして」
レトワールがにこやかに2人を見送った。
「えっ?」
「ん?」
レトワールの微笑みを見たファルツァーとオーブは一瞬ラシャンスの面影を感じた。
が、どちらもそれを口にすることは無かった。
ファルツァーとオーブが帰った後、ラシャンスはゆっくり風呂に入る。
唇ギリギリまで湯に浸かると「ふーっ」と大きく息を吐く。
重い荷物を降ろしたかのような吐息だった。
「明日から忙しくなるなあ」
誰に言うともなくつぶやいた。
誘拐犯達の捕縛はファルツァーとオーブ、そして部下である王国の兵隊達に任せておけば良い。
ラシャンスにとっての課題は、これまでに誘拐された少女達の安全だった。ラシャンスが誘拐犯のアジトで見た書類には、これまで2度に渡って10人前後の少女達が主犯である貴族らに連れていかれたと記されていた。そんな彼女達もできる限り取り戻したいと考えた。
「全員無事だと良いんだけど…」
もちろん誘拐された少女達を保護することもファルツァーらの役目だ。
しかしながら、ファルツァーを含めて警備兵にとっては、どうしても誘拐犯を捕まえることが最優先となる。もちろんファルツァーの性格であれば、被害者の少女達を見殺しにするような過激な制圧は行わないだろう。それでもファルツァー達が犯人らと争う中で巻き込まれる可能性はあるし、追い詰められた誘拐犯の一味が逆上して少女達に手を…なんてことは十分に考えられた。
「ドラゴンがいなくなったのに、いえ、ドラゴンがいなくなったから、人間が凶暴になるのかなあ」
平和を願ってドラゴンを退治したラシャンスは複雑な心境だった。
普段は静かな家だったが、その日ばかりは家中に熱気がこもっていた。
ラシャンスがファルツァーとオーブに向けた手紙を書いていたからだ。
手紙の内容は次の通り。
王都タランガやその近郊で少女の誘拐事件が起きていること。
誘拐事件の陰に王国の貴族が関与していること。
証拠の一部として入手した書類を送ること。
もちろん、ラシャンスが旅先から書いた、との体だ。
こうした事件に対処するのは、名誉職ながらも警備の任についてるファルツァーが適任。ただし事件の裏側で関与しているのが王国の貴族であるため、侯爵の地位にあるオーブと協力して対応するよう求めている。またオーブには一味の捕獲にあたって、ファルツァーら警備兵への助力を依頼している。
「よっし、できたあ」
ラシャンスは書き上げた手紙を手ごろな封筒に入れる。
ちょっと眺めた後、封筒を軽く叩いてみたり端を持って振り回してみたりした。
当然ながら、封筒の四隅が折れたり、封筒の表面にしわがよったりする。
「まあ、こんなものかな」
旅先から届いた雰囲気を出すための工作だ。
改めてファルツァーとオーブに「お師匠様から手紙が来ましたー」とレトワールの名前で連絡した。
「「何!」」
ラシャンスからの連絡を受けたファルツァーとオーブは、急いでラシャンスの家に向かう。どちらも馬を全力で急がせたが、なりふり構わず駆けつけたファルツァーの方が早かった。
先に着いていたファルツァーが手紙を読んでいるのを見たオーブがわずかに目を細める。しかし、それ以上は何も言わないままファルツァーに続いて手紙を読んだ。
「オーブ、協力してくれるか?」
「もちろん」
ラシャンスが旅先で書いた体の手紙を見せられた2人は、その場で協力して少女誘拐事件に当たることを約束した。
「ところで…」
オーブがレトワールに尋ねる。
「この手紙はどこから届いたの?」
これは予想された質問なだけあって、レトワールは封筒を差し出して「南部からのようです」とつじつまを合わせた。レトワールがそう答えたのは、誘拐事件に関与している貴族が王国の南部に拠点を持つ貴族だったからである。
封筒を受け取ったファルツァーは、“ラシャンス”と書かれた差出人の名前のみが書かれているのを確認する。横から手を出したオーブは、封筒を何度もひっくり返したあげく、窓に向けて透かしてみたものの、何も手がかりとなりそうなものは見つからなかった。
「そっか」とファルツァー。
「まあ、彼女が無事なら…」とオーブ。
浮かない表情が続いていた2人の顔に、いくらか安心した様子が見えた。
そのまま部屋の片隅を借りたファルツァーとオーブは、レトワールが用意したお茶やお菓子を味わいつつ、少女誘拐事件への対策を練る。
「貴族連中は任せる。俺は町中や近隣の拠点を捜索してしらみつぶしにする」
「分かった。問題は捕縛の時間を合わせることだな」
「早すぎても遅すぎても、貴族か下働きかのどちらかを取り逃がす。連絡を密にして行こう」
「うむ」
そしてオーブはファルツァーに「警備兵からベテランを何人か出して欲しい」と頼む。魔法剣士であるオーブは、人間はもとより魔物や猛獣相手の戦いは慣れていたが、こうした犯罪者の確保はほとんど経験がなかった。それを知っているファルツァーも「了解」と助力を約束した。
打ち合わせが終わると、オーブはラシャンスの手紙を丁寧に封筒にしまった後、上着の内ポケットに入れた。
それを見たファルツァーは、小さく「あ…」と言いかけたものの、手紙を取り戻すことはできなかった。
「レトワールちゃん、それじゃあ」
ファルツァーが手を振る。
「ごちそうさまでした」
オーブが丁寧に頭を下げる。
「どういたしまして」
レトワールがにこやかに2人を見送った。
「えっ?」
「ん?」
レトワールの微笑みを見たファルツァーとオーブは一瞬ラシャンスの面影を感じた。
が、どちらもそれを口にすることは無かった。
ファルツァーとオーブが帰った後、ラシャンスはゆっくり風呂に入る。
唇ギリギリまで湯に浸かると「ふーっ」と大きく息を吐く。
重い荷物を降ろしたかのような吐息だった。
「明日から忙しくなるなあ」
誰に言うともなくつぶやいた。
誘拐犯達の捕縛はファルツァーとオーブ、そして部下である王国の兵隊達に任せておけば良い。
ラシャンスにとっての課題は、これまでに誘拐された少女達の安全だった。ラシャンスが誘拐犯のアジトで見た書類には、これまで2度に渡って10人前後の少女達が主犯である貴族らに連れていかれたと記されていた。そんな彼女達もできる限り取り戻したいと考えた。
「全員無事だと良いんだけど…」
もちろん誘拐された少女達を保護することもファルツァーらの役目だ。
しかしながら、ファルツァーを含めて警備兵にとっては、どうしても誘拐犯を捕まえることが最優先となる。もちろんファルツァーの性格であれば、被害者の少女達を見殺しにするような過激な制圧は行わないだろう。それでもファルツァー達が犯人らと争う中で巻き込まれる可能性はあるし、追い詰められた誘拐犯の一味が逆上して少女達に手を…なんてことは十分に考えられた。
「ドラゴンがいなくなったのに、いえ、ドラゴンがいなくなったから、人間が凶暴になるのかなあ」
平和を願ってドラゴンを退治したラシャンスは複雑な心境だった。
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