クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第19話 カラスと対局する企画を持参したら

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その日、Hamabe TVのプロデューサーと日本将棋協会の職員が馬場の家を訪れていた。
「お忙しいところ、すみません」
「いえいえ、どうぞ」
橋田五段から連絡を受けていた馬場は、普段は放し飼いにしているクロをカゴに入れて客間に招いた。
客間ではひと足先についていた佐倉が座布団に座って待っている。橋田五段から企画について聞いていた佐倉がアドバイスを買って出たためだ。

「ああ、これがクロ君なんですね」
ひとしきりクロの話題で盛り上がった後、プロデューサーは企画書を見せる。

企画書を受け取ったのは馬場だったが、佐倉とともにページをめくる。
「初めて見ますが、随分まとまってるんですねえ」
佐倉が皮肉を込めて言う。
「もう少し前の段階で話を持ってくるのが普通じゃあないんですか?『ここまで進んでるんだから反対するな』って言わんばかりですよね」
「…申し訳ありません」
プロデューサーが脂汗をかきながら頭を下げる。
「まず…」
佐倉が企画書のあるページを指さす。
「録画にしましょう」
「はあ」
「生中継では、鈴香ちゃんにしろクロにしろ負担が大きくなる可能性があります」
「はあ」
「それと何かあった場合に、対局の途中でも七番勝負の途中でも企画をストップできるようにしてください。もちろんHamabe TV側の全面的な負担で、ね」
「はあ」
「スケジュールも問題ですね。鈴香ちゃんは小学生ですよ。学校があります。それに月2回ある研修会に参加していますから、もっと余裕を持たせてくれないとダメですよ」
「はあ」
「それから…」

もっともな指摘が佐倉から続く。
プロデューサーと協会の職員は懸命にメモを取る。

「…そうですねえ。大体こんなところでしょうか」
立て続けに行われた佐倉の指摘が終わると、プロデューサーと協会の職員はホッとした表情を見せる。
「わかりました。もう一度、関係各所とすり合わせをして参ります」
訪れた時とはうってかわって気落ちした表情の2人を見て、馬場がとりなす。
「まあ、企画そのものはお受けできると思います。なにせ話題性はあるでしょうから、将棋人気につながりそうですしね。ただ佐倉さんの言うように、もう少し余裕があればなあと」
「重々承知しました」
2人は深く頭を下げて帰って行った。

「これで多少は上から目線が直ると良いですね」
佐倉の言葉に馬場も「ははっ」と笑ってうなずいた。

馬場はクロをカゴから出すと、クロがピョンピョンと跳んで佐倉のそばに来る。
すっかり顔なじみとなった佐倉とでは、鈴香なしでも対局できるようになっていた。
「クワクワッ」
「うーん、『どうだ?一局、揉んでやろうか?』とでも言ってるんですかねえ」
「かもしれません。どうです?」
佐倉は「教えてもらいましょうか」と盤の前に座る。
クロも盤を挟んで向かい合った。

佐倉と馬場が駒を並べ終わると、クロが自陣の飛車をくわえて盤の横に置いた。飛車落ちである。
「お願いします」
「クワッ」
佐倉とクロが頭を下げて対局が始まった。

コトン
クロが右の金を上げる。

パシッ
佐倉は角道を開けた。

カタッ
クロは5筋の歩を突く。

ピシリ
佐倉が飛車先の歩を突いた。

「もうすぐアマ竜王の予選が始まるね。今年はどう?」
緊迫した雰囲気の中、馬場が話を振る。
アマチュア強豪として佐倉は全国大会からのアマタイトル獲得や、プロ棋戦である6組参加の権利を目指していた。
「クロに鍛えてもらってるからなあ。何とかベスト4には…入りたいね」
軽い口調で答えつつ、佐倉は盤面から目を離さなかった。

コトリ

パシン

カタッ

ピシッ

中盤から終盤にかけてクロが追い込んだものの、飛車一枚の差は埋めきれなかった。

「クワア」
クロが「負けました」とばかりに駒台に羽根をかぶせて鳴いた。
「ありがとうございました」
佐倉も頭を下げる。
「飛車落ちでは負けないようになってきたね」
「何とか、ね。クロの攻撃が厳しい分、受けに自信がついたかも」

クロと佐倉の対局では飛車落ちと角落ちが多かった。
飛車落ちであれば、佐倉が4回に3回は勝つ。しかし角落ちで佐倉がクロに勝てるのは3回に1回あるかないか。角落ちに勝った後の銀落ちや金落ちになると、佐倉はクロに勝ったことがなかった。

佐倉が帰った後、馬場はクロと向かい合う。
「クロが七番勝負ねえ、相手は誰になるんだろうなあ」
クロは頭を傾げつつ「カァ」と鳴くばかりだった。
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