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【五章】仙人と魔物
七話
しおりを挟む『返事をありがとう。褒美など受け取れるような立場ではないが、その気遣いをとても嬉しく思う。本来ならば辞退するべきなのかもしれないのだが、もしも身の程を弁えぬ願いが許されるのであれば、ほんの少し、共に過ごす時間は褒美に求めてはいけないだろうか。 ルーシャン』
この手紙を送って次の日の朝にはマルがサルドの王城への招待状を持ってきた。今までにない対応の早さに笑ってしまった。内容はいつも通り簡潔だった。
『特別に時間を与えよう。明日の夜、迎えを寄越す』
いきなり明日の夜。性急すぎるだろう。これは即寝室へ連れ込まれそうな勢いだな。まあそう誘導したようなものなので想定の範囲内ではあるが。
俺はサッとその場で『とても嬉しい、楽しみにしている』と返事を書き、マルに託した。
「マル、今後もしも困った事が起きたならばコルシカへ迎え。あそこは誰だって受け入れてくれる。それに、変わった自分の国を見てみるのも悪くないものだぞ」
「キュ~……」
マルは耳を下げて情けない声を出した。人間の姿のマルチェットならば、表情を全く変えずにただこちらを見るだけだろう。魔物になって感情が表に出やすいというのは難儀なものだ。
とうとう俺が行動を起こすのだから、これからの息子の事を心配しているのが伝わる。前にも言ったが、俺はカースにもマルチェットにも恨みは無い。だが、今後の俺達の邪魔をする事だけは許さない。そのための対策という意味で必要な決着だ。
失った民のためと行動を起こすには時が経ち過ぎた。俺は俺のために生きても良いと、皆が背中を押してくれる。だから俺は王ではなく、一個人のルーシャンとしてやりたい事をさせてもらう。
俺は座っているマルの首元に腕を回して抱きついた。
「サルドの事も悪いようにはしない。民に苦労をかけないようにする。もちろん、誰も血を流す事なく終わらせる。カースを殴ったりもしないぞ? どうか信じてくれ」
「アウン」
マルは首を動かして長い舌で俺の顔を舐めた。どうやってこの位置から舌が届いたんだろうと思って見てみれば、その舌はアリクイのように長くてビックリした。
しばらくするとマルは覚悟を決めたように立ち上がり、俺へ向けて一吠えしてから森へ駆けて行った。これからはあまりマルと会う事もなくなるだろう。少し寂しさを感じながらも、俺は家に戻った。
扉を開けば、四人が立ち上がってこちらを見ていた。
「……さて、明日カースの所へ行く事になった。個人的な話し合いの場だ。お前達はお留守番になるが、良い子で待てるか?」
俺がそう言うと、四人は静かに頷いた。
「しかし、せっかくの招待なのに衣装を仕立てる時間も無い。警戒などしていないという姿勢を見せるためにも、お前達の魔力で衣装を用意する訳にもいかないしな」
ガッチガチに自分以外の魔力を纏っていたらカースでなくとも普通は気分が良いものではない。かといって普段着では、相手との時間をないがしろにしていると取られかねない。
準備の時間を与えないという事は、相手から衣装が贈られてくる可能性もあるが、カースの場合は対等ではなく優位を求めるタイプだから、みすぼらしい恰好で来た俺を馬鹿にしてから脱がすという方向でくる気がする。
それを阻止するためにも、文句のつけようがない正装が必要だ。四人もそれを理解しているだろう。エダムが難しい顔をして口を開いた。
「一応、パニールでもブルーミーでも王の正装の発注はしてたけど、さすがに早過ぎる……」
「それもカースは想定済みだろう。フルオーダーの衣装の納期は理解しているからこそ会うのを急いだはずだ」
俺がこともなげに言えば、リヴァロがニヤリと笑った。
「全く慌ててないってことは、ルーシャンにはアテがあるんだな?」
「その通り。俺の故郷、ダーリアンへ行く」
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