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【三章】人魔の王

二十話

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「さあカース。まだ残るというのであれば、穢れによって死んだ民の分だけお前は顎が砕ける音を聞き続ける事になる」


 俺がそう告げて拳を振りかざすと、誰かが俺の手首を掴んだ。
 全く気配を感じず、ゾッと俺の全身に嫌悪感が走った。その対象は緊張感のない明るい声を俺に掛けた。


「おお、こわぁい。本気を出せば魔法も魔術も発動前にどうこうできちゃうって!? 野蛮人だなぁ子猫ちゃんは!」
「……フィー……くん、なのか?」
「フフ……正解♡」


 悪魔フィオーレは、ここに来る前に見た少年の姿ではなく、肩まで髪が伸びた20歳前後の高身長の青年になっていた。相変わらず息を呑む美しさを持った造形だが、違和感や気持ち悪さも同じく拭えない。
 瞬時にフィオーレは俺とカースを移動させ、距離をつくって間に入って来た。
 何が起きたのか理解する前に位置の変更が終わっていた。悪魔の未知の能力に恐怖を感じる。


「ボクもねぇ、今ここでカースがやけっぱちになって面倒な事になるのは困るからさ~」


 その言葉に俺は全身の力を抜き、戦闘の意思はないと示した。
 ほとんど無尽蔵ともいえる桁外れの魔力を持つカースなら、闇雲に発動した無数の魔法の一つでも山に掠れば、一帯を消し飛ばす事ができるだろう。
 数撃ちゃ当たる戦法を取られてしまうと、俺が全てを発動前に阻止できるかと言えば自信はない。カースも才能ある魔術師には違いないのだ。
 町の防御は四人が固めているが、それ以外は無防備だ。俺が王になった瞬間被害が出たとなれば民からの印象が悪くなる。それは俺もカンタルも本意ではない。
 フィオーレがこの争いを止めた事で、カースは吠えた。


「フィオーレ!! 邪魔すんのか!?」
「滅相もない。今ここでカースがパニールを攻撃した所でサルドが悪者になるだけだ。でも、ちゃあんと宣戦布告してからなら、恨みっこ無しの“勝者だけが正義”がルールだ。そっちの方がカースも好きでしょう?」
「……フンッ、クソ野郎め……」


 悪態をつきつつも、その言葉に納得したらしいカースはあっさりと転移で去っていった。
 反論らしい反論をしなかったカースは戦争する気満々、という事になる。王を手に入れるとなるとそれしか方法は無いが、いい加減俺の事は諦めて欲しいものだ。
 まだこの場に残っているフィオーレに俺は向き直った。早く帰って欲しい気持ちもあるが、気になる事があるのも確かだ。


「……フィー君には今のところ感謝しているが、何が目的なんだ?」
「直球だね~。ンフフ、そうだなぁ……ボクも直球で返すなら……目的は君だよ。ルーシャン」


 ん~……はは、はぁ……。俺はモテモテだな。現実逃避したくなってきた。だが悪魔の言葉は話半分以下で聞いておかなければ。
 今度は四人の殺意がフィオーレに向かって湧き上がっているし、落ち着く暇もない。殺気など気にも留めず、フィオーレはカラカラと笑った。


「実はね、ボクってばパニールの歓楽街の常連なんだよ~姿は毎回変えてるけど」
「はぁ。普通に出入りしてるから、カンタルの足を手に入れるのも簡単だったと」
「ボクはグルメなんだぁ~! あの足、本当に美味しいからオススメだよ!」


 フィオーレの言葉にカンタルは、嬉しそうにウンウン頷きながら口元をニヤつかせている。カンタルにとっては美味しいって誉め言葉なのか……。


「君達が言う穢れって、ボクにとっては空気……酸素……栄養……みたいな? まあ、当たり前にあって、大切なモノなワケよ。食事でもあり、肉体を構成する素材でもあり、悪魔にとっては必須。だからその穢れが蔓延しているパニールは居心地が良くて、ボクは大好きなのさ!!」


 キラキラとした目は嘘を言っているようには思えない。
 実際わざわざパニールに俺達をおびき寄せた理由が『遊び場を壊したくない』であるとすれば、シンプルだからこそ納得がいく。


「穢れを取り込み、肉体と馴染んだ人魔と交わるのも好きだし、漂う微細な穢れと触れるのも好き。でも、物足りないと思う時もある。カースもかなり穢れを取り込んでいるけど、その程度ならそこのカンタルちゃんでも良い。けどねぇ、穢れを圧縮に圧縮を重ね続けたそこの四人から全てを受け取ったルーシャン……キミはボクの住む世界でも見られない高濃度な穢れを持っている」


 フィオーレがゆっくりと俺に近付いて来た。嫌な予感がする。警戒しているのに、何故かフィオーレが側に来るのを拒めない。触れられたくないのに、伸ばされた手を避ける事ができなかった。まるでフィオーレに俺の身体が支配されてしまったみたいだ。

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