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第四章 不穏な動き

42.帰宅

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「只今戻りました」


自室でリリーを撫でながら微睡んでいたサクラは、玄関から聞こえた声に慌てて立ち上がり、急いで部屋を飛び出した。バタバタと駆けつけたサクラを見て、菖斗は「ただいま」と嬉しそうな笑みを浮かべる。


「お、お帰りなさいませ」


はしたなかったかしら…と頬を染めながらも、久しぶりの菖斗の姿にホッと胸を撫で下ろす。十日振りに目にする彼の表情には明らかに疲労の色がにじんでいた。少しやつれたようにも見える。


「お仕事大変なのですね…」


上着を預かりながら遠慮がちに声を掛けると、菖斗は「ちょっと立て込んでいてね…」と困ったように眉を下げた。


「でも捜査の目処が立ったから、久しぶりに休みを貰えたんだ」


決戦前に鋭気を養えという指示が出たらしい。「嗚呼、疲れた」と呟きながら菖斗は居間の長椅子へ身体を預ける。


「ひと段落着くまで、また暫く戻れないかもしれない。」


サクラの顔を見つめながら寂しそうに呟くと、菖斗は現在関わっている仕事について話し始めた。彼が捜査している術者襲撃事件は学院でも話題になっていたので、友人の少ないサクラでも大体の概要は耳にしている。



なかなか犯人の目星がつかないようだと聞いていたけれど…。



菖斗の話を聞きながら、やはり彼はこの事件の捜査に関わっていたのだなと一人納得する。


「リリーの呪いについても手掛かりが掴めそうなんだ」


襲撃事件の容疑者がリリーに呪術を掛けた可能性が高いと聞き、サクラは驚いて目を瞠った。「君の力もじきに戻るかもしれないね」と告げられ、リリーは嬉しそうに顔を輝かせて喉を鳴らす。


「呪術を扱う術者が容疑者だなんて…。随分と危険なのではないですか?」


不安に思って尋ねると、「確かに厄介な相手だね」と菖斗は困ったように微笑んだ。


「出来ればあまり戦いたくないのだけど…こればっかりはね」


遠い目をしながら告げる表情が気になったが、なんと尋ねていいのか分からない。掛ける言葉が見つからず齷齪するサクラを見つめ、菖斗がフフッ…と笑みを漏らす。


「僕一人で戦う訳じゃないし、大丈夫だよ」


大和ノ國の警護隊が優秀であることは百も承知だが、それでもやはり心配だ。万が一のことがあったらと思うと、居ても立っても居られなくなる。



でも、菖斗様は国を守ることがお仕事ですものね…。



将来彼の妻になる身として、こんなことでくよくよしてする様ではいけない。自分に出来ることは彼が安心して帰って来られるよう、家を守って待つことだけなのだ。


もっともっと菖斗の役に立ちたいと思うが、自分に出来ることはあまりにも限られている。せめて立派な女主人になれるよう精一杯努力しよう…。そうサクラが決意した時、


「サクラ、明日少し時間を貰えるかな?」


菖斗にのんびりと尋ねられ、何かあるのかなと不思議に思いながらも「勿論です」と頷いた。


「じゃぁ、明日はデートに行こう」


続けて告げられた予想外言葉に、驚きのあまり唖然とする。え…?この休暇は決戦に備えるためのお休みだと聞いたけど…?!


「い、いけません!せっかくの休日なのです。しっかり休んで頂かないと!」


頬を染め、しどろもどろになりながら反論するが、「一緒に過ごした方が安らぐから」と無邪気に微笑まれ、ぐっ…と言葉に詰まる。



こ、このまま流されてはいけない…!



その後も「ちゃんと休んで下さい!」と主張し続けたが、結局「情報屋にも会いに行かなきゃいけないから」と押し切られた。


「じゃぁ、明日楽しみにしているね」


満面の笑顔で告げられ、その破壊力に思わず息を呑む。これは絶対に分かってやっている…。諦めたように溜息を吐くサクラの耳元で、菖斗は追い打ちをかけるように「おやすみ」と囁き、顔を真っ赤にして固まる彼女を残して微笑みながら部屋を後にしたのだった。
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