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第三章 変化する状況

30.嫉妬 ※杏視点

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「お前に本条院家から縁談の申し込みが来た。」


姉に向かって発せられた父の言葉に杏は思わず目を瞠る。本条院家と言えば術者の筆頭名家だ。そんな格式高い家との縁談が何故サクラなんかに?理解出来ずにギロリと姉を睨むと、彼女も困惑した表情を浮かべている。どうやら初耳のようだ。



こんな好条件の縁談…絶対に裏があるわ。



サクラが去った後、杏はギリギリと爪を噛みながら思案する。大した学も無く、容姿も平凡なサクラが名家の御子息に見初められる訳が無い。大方、相手が訳有りでサクラとしか縁を結べなかったというところだろう。


そう考えて、杏はニヤリと意地悪い笑みを浮かべる。サクラなんかを選ぶしかなかった男とは一体どんな色物だろう。自分が嫁ぐ相手の悪評を聞けばサクラはきっと絶望する。姉を嘲笑する良いネタになりそうだ。



……確か、特殊警護隊に勤めていると言っていたわね。



明日、冷やかしを兼ねて姉の相手を見に行こう。杏は歪んだ笑いを頬に浮かべたまま、静かに広間を後にした。



————



翌日の放課後、杏は警護隊舎を訪れていた。姉の婚約者に荷物を届けに来たと伝えると、あっさり中へと招かれる。姉の相手は訓練中らしく、そのまま鍛錬場へと案内された。



流石は男所帯、ほんとむさ苦しい……。



心の中で悪態を吐きながら、案内係の青年の背中を追う。鍛錬場に到着すると、男臭い空気に思わず表情を歪めてしまったが、集団の中で異彩を放つ美しい青年を見つけ、その姿に釘づけになった。



……素敵な方もいるのね。



端正な顔立ちにしなやかな体躯、一見すらりとしているが、捲られた袖から鍛え上げられた筋肉が覗いている。軍事に携わる者は無骨で野蛮な男ばかりだと思っていたが、彼は仕草の一つ一つが優雅でその佇まいには気品が感じられる。


「副隊長、お客様をお連れ致しました。」


暫くの間美しい青年に見惚れていた杏だったが、案内係の声でハッと我に返る。



さて、サクラの相手は一体どんな男かしら。



心の中で嘲りながら鍛錬場内を見回すと、案内係の声に振り向いたのは、先程まで見惚れていた秀麗な青年だった。



「あ、貴方が本条院様ですか?」


目の前に佇む美しい青年の姿に唖然としながら、なんとか言葉を紡ぐ。驚きのあまり上手く口が回らない。


「……そうだが。君は?」


青年は杏を見て不審そうに眉を顰めながら、短く告げた。



嘘よ……。サクラあいつの相手がこんなに素敵な男性の筈が無い。



「私は、七条杏と申します。本条院様が姉のサクラに縁談を申し込まれたと聞いて、是非ご挨拶が出来ればと思って伺いましたの。」


杏はとびきりの笑顔で挨拶をする。驚きのあまり少々取り乱してしまったが、問題無いだろう。杏の名前を聞いて青年の美しい顔が一瞬歪んだ気がしたが気にせず続ける。


「この度は姉なんかにご縁を頂きましてありがとうございます。父が無理を申したのでしょう…本当に申し訳ありません。」


杏は申し訳無さそうに頭を下げた。こんなに魅力的な男性が売れ残っているなど有り得ない。相手が訳有りで無いとなると、サクラとの縁談は家同士の話し合いのもと政略的に組まれたのだろう。


都合の良いように解釈すると、姉の相手を上目遣いで媚びるように見つめる。



………お父様も私に声を掛けてくれればいいのに。



「何故私に話を持ってきてくれなかったのだ」と心の中で父に憎まれ口を叩いていると、杏を真顔で見つめていた菖斗がゆっくりと口を開いた。


「縁談は私から申し込んだのだが?」
 

その意外な言葉に、杏は首を傾げる。


「え?でも親同士が決めた政略結婚ですよね?能力を保つ為に名家同士で政略結婚を…というのはよく聞く話ですもの。」


実際、父とサクラの母もそうだった。その所為でお母様は結婚が認められなかったのだ。


「確かに、君の家との縁談は本条院うちとしても利するところがあるが、相手は親が決めたのではなく私自身が選んだ。」


菖斗から冷たい視線を向けられて、思わず息を呑む。本条院様がサクラを選んだ…?そんな筈は無い。二人に面識が有るとも思えないし……


「婚約を結んだら、彼女には直ぐ本条院家うちに来てもらうつもりだから、今後君と関わることは殆ど無いと思うけど、一応家族になるのか…まぁ、よろしくね。」


杏が思考を巡らせている間にそれだけ言い残すと、菖斗はくるりと背を向けて訓練へと戻って行った。



………一体、なんなのよ!!



案内係に促され、杏は顔を真っ赤にしながら警護隊舎を後にする。菖斗はサクラのことを詳しく知らないのだろう。魔力が弱く、器量も悪いあの娘にどんな魅力が有るというのか。能力も容姿も全て自分の方が優れているというのに…!!



……私が既に婚約していたからだわ。



サクラが選ばれたのは、杏が既に梨久と婚約していたからだろう。そうでなければ、自分を差し置いてサクラに話がいく筈がない。



絶対に私の方が本条院様にふさわしい…。



それに…と杏は考える。サクラは梨久に惚れているのだ。最近は梨久もサクラに取り入ろうとしている。それなら二人が元の関係に戻り、自分が本条院家に嫁げばいいではないか。



早速、お母様に相談しなくては……。



七条家へと戻る馬車の中で、杏はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべながら、再び姉の婚約者を奪う方法を画策するのであった。
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