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4章

15感謝の手印

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「俺はアルゼが好きだ」


 覚悟を決めたかのように顔を上げた千早ちはやの瞳を初めて見た。
 リウアン族らしい茶色の瞳が、怯えを含ませながらも俺から目を逸らさず見つめていた。
 ブルブルブルッと体中を一奮ひとふるいさせながらも足を踏みしめ睨みつけるように佇んでいる。

 春先の冷え込む朝焼けの中だというのに千早の額にはうっすらと汗が滲んでいた。
 俺の瞳を見れるリウアン族は両親以外には族長しかいなかった。

「お前なんかと一緒にいても苦労しかないって何度も言った」

 そうだ。千早が言うことは正しい、俺には返す言葉はない。

 言われなくても千早ちはやがどれだけアルゼを大事にしているか、その眼差しだけでわかっていた。
 俺なんかよりも千早といたほうがアルゼにとって平穏で幸せな一生が送れるだろう。
 --------だけど
 --------だとしても

 膝の上のアルゼを抱きしめる腕に力を籠め言葉を探していると、睨み続けていた千早の瞳の力がフッと弱まり、口端にあきらめの混じった笑みが浮かんだ。


「でもアルゼはおぇしかなんだとさ」

 アルゼに何度も告白しては振られてを繰り返し、最後には俺と再会した時の交合の仕方まで教えさせられたと言うから気の毒というほかはない。

「そうよ、あるぜはおぇのなんだから」

 プンと胸を張って言う様は、このやりとりを何度も繰り返したことが伺えた。
 振り返ってギューっと抱き着くアルゼの顔は笑顔が満開だ。

 まさかそんなはずはないとわかってはいたが、もしも村で俺のように迫害されていたらどうしよう。
 誰とも話してもらえずに、一人寂しく暮らしていたらどうしようと言う気持ちがずっとぬぐえなかった。
 けれど再会してからアルゼに聞いた生活は、俺がいなくて寂しかったという言葉と同じくらい他の者との触れ合いの話をしてくれた。
 村中の人にとてもとても大事にしてもらって、愛してもらっていたのがわかって俺は心底安堵した。
 その中でも1番アルゼの傍にいて大事にしてくれたであろう千早ちはやに頭を下げる。

「ありがとう。こいつをひとりぼっちにしないでやってくれて」

「うぇええっ!?」

「ちぃ、へんなこえばっかし」


 アハハと笑うアルゼの声につられて俺と千早も笑った。





「で、これからどこに行くんだ?」

 俺の瞳ではなく胸元を見ながらだが普通に話しかけてくれる千早ちはや
 そのことがとても嬉しいが顔には出さずに返答する。

「前に交易の女に聞いたことがある。温かい方角に色んな種族が入り混じって暮らす大陸があるんだと」

 そこでならこんな俺でもアルゼ異質な存在ではなく、ただ1つの種族として受け入れてもらえるかもしれない。

「遠いのか?」

「かなり遠いらしい。女も話に聞いただけらしいが海という大きな川を渡らなければならないらしい」

 交易の女の仲間の一人が語っただけの話で、本当にそんな場所があるのかもわからない。
 このリウアンの村しか知らない俺たち3人がたどり着けるなんて奇跡でも起きないと無理かもしれない。


 空の端に陽が登る寸前の暁の刻、そろそろ出発の時だ。

 小さな背負い袋をアルゼに背負わせ、俺と千早は大きな荷を背負い歩き出す。
 この荷には千早ちはやとその母が準備してくれた食料と着替えが入っている。

 通行手形を用意してくれた族長と千早の母に向けて、感謝の手印を切る。

「そえ、なーに?」

「感謝の手印だ。ありがとうって気持ちをこうやって表すんだ」

 目を閉じたまま右手の人差し指で左肩・右肩に触れた後、胸の真ん中で拳にした右手を左手で包み頭を下げる。
 神妙な顔つきでアルゼが俺の隣で真似る。

「そうだ。うまいぞ」

 褒めると嬉しそうに飛び跳ね、千早にもやれと催促していた。




 ここまでくればもう大丈夫と俺たちは安心してしまっていた。

 陽が山の端に上り、あたりが明るくなり始めた時





 --------突然それは現れた。

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