上 下
52 / 119
3章

16

しおりを挟む
 クスクスと笑うアルゼが掛け布を独り占めし体に巻き付ける。
 暖炉の火が部屋を暖めてはいるが、裸のままの俺の皮膚はふるりと震えた。
 それを見たアルゼが慌てて布を大きく広げその中へ俺を迎え入れる。
 暖かさを求めていた皮膚が喜びの声をあげる。

「おぇ だいすき」

 1日に何度も告げられる言葉に

「俺もだ。」

 照れくさくて「好き」と言う言葉は交合の時にしか言えない俺に何度でも好きだと告げてくれる。

 もう誰とも話さないと思ってた--------

 アルゼを村に連れていかれてから俺はまた独り言が増えていった。
 アルゼがいた頃と違い生き物は全く寄って来もしない、山頂での一人きりの生活。

 布の中で温まりだす体が心地よさにブルリと震えると、勘違いしたアルゼが俺の体をさすってくれた。

「おぇ さむい?ごめんね」

 抱きしめた背中を撫でてくれるアルゼだが、そこは先ほどの交合でアルゼに爪を立てられてまだヒリヒリしていた。
 そんなことは気づいてもいないアルゼがギュウギュウと抱きしめてくれる。

 幸せすぎる--------

 幸せであればあるほど春の訪れが恐ろしかった。
 冬の終わりと共に迫りくる期限。

 誰もが喜ぶ春の訪れが俺にとっては恐怖の足音だった。








 *



 雪どけがはじまった小道を手をつなぎ歩幅を小さく歩く。
 村の見回りも慣れたもので、もうアルゼの説明を聞かなくてもどこが誰の家か把握していた。

「ここが族長の家」
「せーかい!」

 俺が誰の家か言い当てるたびに説明が増えていく。
 族長の1番目の奥さんの家でここには息子が二人いるらしい。

 ギュッと握った手は、ちぃの母が作ってくれた皮の手袋に覆われて寒さは微塵も感じない。
 真新しい同じものが俺の手にもはまっていて、これはアルゼがちぃの母に教わって作ってくれたものだ。
 縫い目が不ぞろいだがアルゼが1つ1つ丁寧に縫ってくれたのがよくわかるとても温かい手袋だ。

「おぇ」

「なんだ」

 つないだ手をブンブンと振り俺の顔を見上げてくるアルゼ。

「おーぇ」

「なんだよ」

 フッと笑うと嬉しそうに笑い返してくれる。
 皆が冬眠して眠る村の中をユックリと手をつないで歩いているのは不思議な気分だ。
 最近は降る雪が軽く小さくなってきていて春の訪れをヒシヒシと感じていた。

「いっちょ、ね」

 ポツリとつぶやく言葉に胸がズキンと痛む。
 その短い言葉に込められた想いが俺の胸に突き刺さる。

 置いていかないで--------

 アルゼももう気づいているのだろう、こうしていられる時間がもうあと少しもないことを。
 ザクザクと踏みしめて進む道の雪が融ける頃には、俺は山頂へと戻りアルゼとは離れ離れになる。

 一緒に山頂の家に行きたいと伝えているアルゼに返す言葉が見つからなかった。

 できれば俺もそうしたい。
 けれど族長が村人たちがそれを許さないだろう。
 アルゼから聞いた村での生活は、どれほどに村人たちがアルゼのことを大切に家族のように思っていたかが伺えるもので、恐ろしい悪魔のような俺の番になどと許してもらえるはずがなかった。

「また冬になったら…」
「めーの!」

 また冬になったら会える。
 そう言い終わらないうちにアルゼが言葉を遮る。

 つないだ手をキツク握りしめ責めるように潤んだ瞳で見上げてくる。

「めー、のよ。いっちょ、いく」

 真っ白な髪が風に舞い上がり、瞳からこぼれおちそうな雫が陽の光を浴びて煌めく。
 なんという美しさだろう。

 こんなに美しい愛らしい生き物を俺なんかが--------

 許されない。
 けれど…離れたくない。

 瞳からあふれる雫が頬を伝い落ちる前に、俺は愛しい体を抱きしめていた。

「…遠くに」

 2人で誰もいない遠い場所に行こうか。
 そう言おうとした瞬間、全身が緊張感に包まれた。

「…?」

 この道の先は、村のはずれの陋屋とは村を挟んで反対側の森へと続く道だ。
 いつもと何ら変わらないように見える、その小道を見つめる俺の尻尾が警戒の形にピンと立ち上がる。

 ザワザワと俺の背筋を這いあがるものが危険を知らせてくる。

「ゆっくりだ…ゆっくりと下がれ」

 アルゼの体を離し、村の家のほうまで下がように伝える。
 アルゼが安全な場所まで下がったのを確認した俺が振り返って目にしたものは、荒らされ扉が壊された1軒の家だった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

王の運命は後宮で王妃候補の護衛をしていました。

カヅキハルカ
BL
騎士候補生内での事件により、苦労して切り開いてきた初のΩの騎士という道を閉ざされてしまったエヴァン。 王妃候補が後宮に上がるのをきっかけに、後宮の護衛を任じられる事になった。 三人の王妃候補達は皆同じΩという事もあるのかエヴァンと気軽に接してくれ、護衛であるはずなのに何故か定例お茶会に毎回招待されてしまう日々が続いていた。 ある日、王が長い間運命を探しているという話が出て────。 王(α)×後宮護衛官(Ω) ファンタジー世界のオメガバース。 最後までお付き合い下さると嬉しいです。 お気に入り・感想等頂けましたら、今後の励みになります。 よろしくお願い致します。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです

飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。 獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。 しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。 傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。 蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

美醜逆転の世界で推し似のイケメンを幸せにする話

BL
異世界転生してしまった主人公が推し似のイケメンと出会い、何だかんだにと幸せになる話です。

処理中です...