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芽を出した先で

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前回のあらすじ。
僕は異世界転生した・・・らしい。

いる? このあらすじ?
まあいいけど。

今の僕にはそんなことを気にする余裕などないのだ。
なぜなら、絶賛毛むくじゃらのヤンキーに絡まれている真っ最中だからね!

「オメェ見ねぇ顔だな?
 どこん家(ち)のもんだ?」

なんてメンチ切りながら
フードの下を覗き込んでくる有様。
さながら動物園のゴリラの気分だ。
ヒトだけど。

「黒い耳に、丸い尻尾。
 黒猫さんところじゃないですか
 アニキ!」

サル顔ヤンキーをアニキと呼んだ
小柄のメガネザル系男子(?)は
僕の全身をぐるりと眺めて言った。
そりゃあこの格好だ
猫にも間違われるか。

いや、さすがに無理があるだろう。
『いえ、ヒトです』なんて
声に出して訂正できるほど
メンタルの強い人間だったら
不登校にはなっていないのである。

いや、ほんとにね。

「いーや、チビ助。
 オレはネコさん宅と
 よろしくさせてもらってるが
 こんな小顔なツル肌ヤロウなんざ
 見たことがねぇ」

なんて言いながら
これでもか!ってくらい執拗に
顔を覗き見しようとしてくる
おサルのアニキ。

さすがにちょっと気持ち悪いです。
距離が近い。

「ん? オメェもしかして」

何かを気取られたようで
伸びてきた手を僕は『嫌っ!』と
振り払うも一歩遅く
被っていたフードが
その衝撃で取れてしまった。

「大変ですよ、アニキ!
 毛が取れました」

いや毛が取れるってどういうことだよ。

「オメェ見ない顔だな?」

うん、それ2回目ぇ・・・。

「ちょっと何さ!」

突然腕を掴まれ
どこかに連れていかれそうになる。

「先生?」

先生のところだとおサルに言われたが
その言葉の真意がカケラもわからないので

ひとまず腕力に抵抗するも
野生育ちのオスの力に
引きこもりぼっちが敵うわけもなく
綱引き状態でゆっくりと連行されていく。

生物いきものに関して詳しい
 かたのところですよ。
 ですよね、アニキ!」

あそこで立ちっぱなしでいるよりは
遥かにマシだろうと
不安混じりではあるものの
流されることにした。

引きずられながら思ったことは
お決まりのパターンながら
なぜ意思疎通ができているのか
という点だった。

目の前にござるは
二足歩行の2匹のおサル。
衣服を着用しているものの
どっからどう見ても
アニマルチックな彼らの出で立ちに
どうにもこうにも
日本語を履修しているとは思えない。

ならばなんて考えてみても
過去に他の日本人が異世界転生してきて
文明の発展に貢献しているとするには
彼らの反応がおかしいときたもんだ。

何がおかしいって? 説明しよう!

っといかんいかん。
オタクの悪い癖が出てしまった。

なぜならば
なんらかの影響を与えているとして
文明の要となる言語の基盤を築くような英雄『ヒト』を見て『見ない顔』という言葉の選択はしないと思わないか?

少なくとも僕ならしない。

では、遠い昔の伝承か何かで日本語
あるいは日本人が存在してた可能性だが
言語体系や言葉の使い方が
まんま僕のいた世界と同じなのは
文明の進歩・種族の違いの観点から
あり得ない気がするのだ。

詰まるところ
こっちの都合のいいように
耳に入った言葉が変換されているということになるわけだ。

自動翻訳スキルが備わっているってことだ、やったね便利。

「女神に会った記憶ないけどな?」

「な~に言ってんだオメェ。女神様なんざ早々お見えになってたまるかよ」

つい思考が口から
零れてしまったようだが、彼の発言から
時折実際に女神が姿を見せる機会がある
文化圏のように読み取れる。

あくまで憶測の域を出ないが。

「お~い、スラン!!」

とチビ助が叫びや否や
アニキが『おい!』チビ助の頭を叩いた。

他物たぶつがいる前で
 その名を呼ぶな、バカ」

チビ助はその注意に
慌てたように僕の顔を見て、苦笑い。

僕もそれに応えて笑うも
何の話か全くもって理解できずにいた。

「へい、ドクターヤギー!!」

   間

そして訪れる突然の静寂。

続いて始まるのはそう
もちろんヤギコール。

アイドルライブのアンコールさながら
2名・・・2アニマルによる大合唱。

まあライブ行ったことないんですけどね。

「そんなに連呼しなくてもいるよ」

と気だるげにしばらくしてから
白衣を着たヤギが
これまた二足歩行で顔を出してきた。

『おやまあ、これは珍しいお客さんだね』と僕の顔を見るなり
目を見開いて駆け寄ってくる。

ヒトの顔をペタペタと触り
捏ねくり回ます。

この世界はこんなんばっかりか!

中に案内されるのは
もうしばらく後のお話だ。

もちろん、おサル一行は
そのままお帰りあそばされる。

目に光を当てられたり
全身の隅々まで覗かれ、撫で回された。

多少の機材はあるものの
基本的には現代より文明が遅れているため
そのほとんどが触診だった。割と不快。

ただせめてもの救いは
ドクターが本当に無心な目をして
触っていること。

『もう疲れたなー』って言いたげな目は
むしろ正しく調べられてるのか
不安になるほど遠くを見ていた
ように思える。

「なるほどね。
 君は非常にサル種に
 近い骨格をしているけれど
 本人としては
 また違う種であるというのだね」

カーテンの向こうで
衣類を着直している僕に
淡々とドクターが続ける。

「ヒト族のオスとは
 皆そういうものなのかね?」

その後に続くであろう言葉が
なんとなく想像ついた僕は
即座にそれを否定した。

「僕はオスです」

カーテンを開いてまで否定した僕を
訝しげに片眉を上げてしばらく
何かを察したように
全ての言葉を飲み込んでくれた。

僕が胸を撫で下ろしている間
ドクターヤギは羊の看護師?
を呼びつけると
誰かを呼んでくるように言いつけていた。

「何も聞かないんですね?」

「聞いて欲しいのかね?」

「いえ、そういうわけではないですけど」

質問しておきながら
気の利いた返しができるわけもなく
気まずい静寂が流れる。

僕の気持ちなど梅雨知らず
ドクターはディスクの書類を整理しながら
こう言った。

「君は生きている。
 ”医者”の私にはそれだけで十分さ」

『君はひとつの生命だ』

そうヤギは僕の目を見て言った。

それ以外はどうでもいい。些細なことだと
おそらくご長寿であろうドクターは笑って見せた。

「生命・・・」

「違うと診察のし直しになるが?」

「いいえ、生きてます。
 今もこうしてちゃんと」

「ちゃんとか」

僕の言葉にドクターが笑う。
いいや、正しくは笑っているはずなのに
目だけはどこか
怒っているように感じられた。

こういう時に困るのが僕のこの過敏さだ。
僕は昔からヒトの感情の機微に敏感で
それが不登校になる原因の
ひとつだったりする。

「食物繊維が足りていないよ
 ちゃんと食事を摂るようにね」

あー医者だこのヤギと思いつつ
野菜嫌いな僕がしばし反応に困っていると

『到着しました』と
看護師が診察室の戸を開けた。

慌てて上着を羽織り
いつでもどこでもいける状態に
ジョブチェンジ。

「お迎えだ」

そう言われ
戸の向こうから顔を見せたのは2匹の豚。
1匹は焼いたら美味しそうなほど
丸々と肥えた豚だった。

ヤギ曰く
3匹の子豚たちがつい先日独り立ちし
それぞれ新しい家を建てに家を出て行った
ということで部屋に空きがあるらしい。

そして、丸々肥えて見えたのは
妊娠しているからだった。

ごめんなさい。
でも、どっちにしても美味しそうなのは
ほんとでした。

それはそうと
つまり僕は人手としての要因も
兼ねているってことだ。

実質、得体が知れないからとりま
保護して監視しよう。ということで
豚夫婦はいい感じに厄介払いされたわけ。

事情を把握した僕は落ち葉よろしく
状況に流されることにした。

ただ、院?を後にする時
ヤギに引き止められ言われた
一言がよく分からなくて

帰り道
2人の背中を眺めながら頭を捻っていた。

「君の目はいい目だ」
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