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赤と白の紡ぐ糸
赤と白の紡ぐ糸 6
しおりを挟むその男は、『ピエトラ』でいつもラスターを魔女の手先と罵り、裏切り者だと暴力を振るっていた人間の1人だった。
だが、その中で他の男達と違うところが1つだけある。
彼は、『ピエトラ』の街から隣町に仕事で移動していた時に、モンスターから襲われて逃げる際に道に迷った先の森の中で偶然見てしまったのだ。
最初は、近くで火事が起きているのかと驚き火を消す為に急いで近くの水場へ急ごうとしていたが、すぐにそれは別の力によるものだと彼は知る。
『・・・・・・あ、あれはっ!?』
激しく燃え上がる炎の中に、彼は見つけてしまった。
この世に彼が生まれてきてからずっと、これまでに出会った女の誰よりもそこには強い意志を感じさせる瞳を持った美しい女がそこにいることを。
その女を見たとき、男の体にはまるで電流が脳天から走ったような強い衝撃を感じていた。
言葉を失い、呼吸も、いや瞬きすらも忘れた。
最後まで彼女が男をその赤い瞳に写すことは一瞬ですらなく、視線を交わらせることがないまま男の熱いそれと心は彼女に囚われた。
男はそれから、どれだけの夜を過ごしても脳裏から彼女の姿を忘れることはできず、何度も見続けた夢の中ですらも紅き炎の中で凛と立つ彼女を遠くから見つめているだけ。
決して、自分の手が彼女の真白の肌に触れることはなかった。
夢の中ですら、許されない。
だからこそ、余計に男の心は嵐のように掻き乱れた。
信じられなかった。
まさか、彼女に直接会うことを許された存在が現れたことが、そしてそれがこの自分ではなかったことが。
あの、どこまでも強い眼差しを真っ直ぐに向けられるのは自分のはずだった。
あの、柔らかそうな肌に触れるのは。
高い誇りを粉々に砕いて目の前に跪かせ、あの深紅の衣をこの手で引き裂きたい。
全身を舐めあげながら嫌がる彼女の身体に何度も触れて蹂躙し、血のように赤い唇からは思う存分彼女の声を鳴かせたい。
自分の耳の奥底に彼女の色んな感情を乗せた音を響かせ、そしてどこまでも泣かせたい。
彼女の体も心も支配し手に入れるのは、自分しかいないとーーーーーーーそう思っていたのに。
それなのに、その唯一であるはずの存在は自分ではないものに与えられようとしているのだ。
こんなことが、許されていいはずがない。
その男を殺す気で何度も殴りかかった。
だが、ある程度の時間がたつとその男は目の前で消えてしまい、次に現れた時にはそのケガが全て治っているのだ。
きっと、彼女が癒しているに違いない。
あの男の体を刃物でズタズタに引き裂きたい。
全身を切り刻んだあと血だらけの彼を彼女に見せ、その心に絶望という名の刃で男の入り込んだ心を壊してやりたい。
男に触れたその手を切り落とし、男へ囁いた喉を切り裂き、男を見つめたその目を今すぐに潰してやりたい。
いや、元々潰されていた男の目をもう一度この手で潰すのが先だ。
もう二度とあの美しい彼女の姿を見ないように。
彼女の瞳に自分以外の姿を映させないように。
いっそ、自分以外の人間が彼女に触れることができないよう、自分にしか行けないどこかへと閉じ込めてしまいたい。
俺に、もっと『力』さえあればーーーーーーー。
『その願い・・・・・僕が叶えてあげようか?』
『!?』
男の目の前に現れたのは、黒髪に黒い瞳を持ち黒いローブにその身を頭から足先まで包まれた怪しげな雰囲気を醸し出した幼い子ども。
『僕なら、お前の願いが叶えられるよ』
『なん・・・・だと?』
それは彼にとっては悪魔の囁きではなく、ようやく自分に訪れた神からもたらされた最初で最期のチャンスのように感じていた。
この手をとれば、手に入るのか?
あの女が、ようやく自分だけのものになるのか?
あの、なんとも美味しそうな、女らしくこちらを誘惑してやまないいやらしいまでに豊満な体を自分の下に力強く組み敷き、自分の気がすむまで思う存分味わうことができるのか?
『・・・・・・・・ッ!!』
彼女がその美しい顔を心底悔しそうに歪ませ、自分に突き刺さるような殺気を全身から出しながら苦痛の表情で見上げてくる様を想像するだけで、体にゾクゾクとたまらないほどの震えが起きた。
ようやく、ようやく彼女の全てが手に入る。
『さぁ、君にプレゼントをあげよう♪』
男から了承の意を受け取ると、全身が深き常闇のようなその子どもは、にいぃっと唇を左右に吊り上げ怪しげな笑みを浮かべた。
そして、子どもの手から手の平に乗るぐらいの大きさをした黒い光の球体が現れ、そのまま男の体の中へと何ら抵抗となく沈んでいく。
『・・・・・・ぐ、ぐがぁぁぁーーーーーーーーー!!!!』
その後、男が胸を掻きむしりながら地面に倒れて暴れまわり、悲鳴のような叫び声を何度も上げた。
苦しい!!
なんだこの痛みはっ!?
まるで、全身が何十本という剣で串刺しにされているかのような痛みが男を襲った。
さらに次の瞬間には、体の中に何か大量の虫が這い回り暴れているかのような強烈な違和感を覚えそのあまりの痛みと気持ち悪さに絶叫を放つ。
『はぁ・・・・・はぁ・・・・・ッ』
気が遠くなるような痛みに耐え、再び目を開けたその男の首には黒色で刻まれた古代文字が首輪のように浮かんでいた。
試しに手に少しだけ力を込めてみれば、いつもよりも強力なエネルギーを全身に感じた。
そのまま近くにあった大きな岩に拳をぶつけると、黒い光が放たれ岩はすぐさま粉々に砕かれていた。
『・・・・・・すごい』
『力を得る代わりに、君の魂は今生で闇に葬られるけど別にもういいよね?』
『・・・・・・・・・』
自身の力を使って得られる悦びに浸り狂気の笑みを浮かべたその男の顔に、黒髪の子どもは笑顔のまま空間に溶け込むようにして消えていく。
『!?!?』
子どもが消えると、元々街の男たちの中でも体格が良く力も強い方だったの肉体は、音を立てて盛り上がりその背も人外の大きさへと変貌していく。
人のそれから、モンスターに近いそれへ。
皮膚は肌色から深すぎる緑へ。
口元には鋭い牙が生え、舌は長く紫色へと変変わっていく。
『・・・・・・はぁっ!はあっ!どこだっ!?どこにいるっ!?赤い魔女ぉぉぉーーーーーーーーッ!!!!』
『恋』というには、あまりに強い執着を長い時間誰にも知られることなく心に秘め、その感情をいつしか大きく捻じ曲げてしまったその男は己の欲望を叶える為に、その足を走らせた。
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