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赤と白の紡ぐ糸
赤と白の紡ぐ糸 1
しおりを挟む私がまだ『赤い魔女ーーライラ』と呼ばれていた頃。
私はアルカンダルからずっと南にある火山地帯の緋の山ではなく、緋の山から東南の砂漠の中で今もあちこちに遺跡が残る、かつてアルカンダル王国と同じかそれ以上に栄え栄華を極めた『グランシュバルツ大国』跡地に住んでいた。
こんな辺境ならば無闇に人と関わらずにすむと思っていたのだが、この地には『グランシュバルツ大国』の生き残りが作った集落が次第に小さな村から街へと発展をとげていた。
その街の名は『ピエトラ』。
他国や魔物からの侵略が『赤い魔女』がこの地にいるおかげでほとんど起こらない事実を彼らは知らず、王国復興の為にという大きな目的を果たす為に彼らはより大きな力を求めていた。
街の中では肉体的に力の強い男が権力を得ており、非力な女は彼らを支えることが第一とされている。
魔力が先天的に弱いものが多いものの、他国からの人間を受け入れず同じ街の者同士で結婚・出産を繰り返した結果、彼らの中にも魔力の強いものが生まれることがあったが、異質な存在として『魔女狩り』と称し、幼い頃にその命を摘まれることが多かった。
特に、男性よりも女性の方が魔力を高く持って生まれてくることが多かったのも一因しているのかもしれない。
『ピエトラ』の男達は、自分達こそが本来この大陸を統べる選ばれし者であり支配者であるということを思い込んでおり、栄光の光をもう一度取り戻すことこそが自分達に課せられた大きな使命なのだと代々の者に伝えていたのだ。
そんな彼らにとって、自国を滅ぼした忌むべき魔力の象徴であり、なおかつ自分達にとっては従わせ下位に扱う存在であるはずの女性である魔女の自分は、決して認めることは出来ず自らの力でひれ伏せさせ、命を討ち取りその名を挙げる為の存在であった。
そんな『ピエトラ』の男どもに心底嫌気がさしているものの、この地でどこまでも強い心で日々耐えて生きている女性達を見捨てることがどうしてもできず、こうしてこの地に留まっている。
いや、留まる大きな理由はもう1つあった。
この地には、『グランシュバルツ大国』を一夜にして壊滅させ滅ぼした魔物である『デスペラード』が封印されている。
その昔、何代目かの黒い魔女が世界にはびこる魔物を何百と一箇所に集めて閉じ込め、その中で生き残った一匹を出してやると一斉に争わせた。
各国の王は国周りから魔物がいなくなったとむしろ喜んでいたが、事態は楽観できない方向へと進んでいく。
その閉じ込められた空間で激しくどこまでも残酷なまでに殺しあった魔物の中で、唯一生き残ったのが『デスペラード』。
元々はひ弱な体を持つ人間の男であり己の欲深さからついには闇へと落ち、魔物の命と力を殺してはその肉体を喰らって己の糧とし、あらゆる力を手にした最強の魔物の一角。
そして、黒い魔女は勝ち抜いた『デスペラード』により強い力を与える代わりに、彼から理性となる心を奪った。
心を失った魔物はただ目の前にあるものをひたすらに壊し奪うだけの破壊神へと化し、黒い魔女によって放たれた『グランシュバルツ大国』の地をその力の限りを尽くして滅ぼした。
『デスペラード』を止めたのは、自分の前にあたる当時の赤い魔女ーーーーーー『フレイム』。
その命をもって彼女はデスペラードを封印し、その守護の役割を次代の魔女である私に押し付けたのだ。
『魔女』とは宿命として生まれながらにその魂に印が刻まれ、ある日突然その力が覚醒することがほとんどである。
だが、ライラの場合は元々ではなく、たまたまそのタイミングで限界だと逃げるように家を出て、たまたま近くを通りかかったライラにフレイムが全てを託していったのだが、今思えばあれは全部『たまたま』ではなかったのかもしれない。
破壊神『デスペラード』の封印を解けるのは、赤い魔女の魔力を引き継いでいるライラのみ。
その『デスペラード』を蘇らせ、他国への侵略の際に兵器として使おうと考えている者も『ピエトラ』の中にはいるとのことだが、理性を失い見境いのない殺戮しかできない破壊神をどうやって制御し扱おうというのか。
本当に、愚かとしかいいようがない。
だがその愚かな人間がまた数人、ライラの元へと姿を現していた。
「・・・・全く、力の差も感じ取れないなんて、どこまでおばかさんなのかしら?」
すでにその形のほとんどは失われ遺跡と化している、『グランシュバルツ王国』城跡の奥深く、かつて玉座であった場所に深く腰掛けその美しく艶かしい足を組み、惜しげもなく紅蓮の長いローブの中からその素肌を見せながら、ライラは真紅の唇を笑みの形に作る。
「く、くそっ!!女のくせにっ!!」
「魔のものと繋がった裏切り者の魔女が、我ら選ばれし者に逆らうなどっ!!」
ライラの前には、何人もの炎の体を持った女騎士が『ピエトラ』の男達を組み伏せその身動きを完全に封じていた。
「・・・・・ふふ」
破壊され、玉座としての役割やかつては豪華だったであろうその見た目をほとんど失った石の塊からスッと立ち上がると、その男達を静かに見下ろしながら近づいていく。
「その女の腹から、命懸けでこの世に生み出してもらったのに?」
「い、命を授けてやっているのは、我ら男の方だっ!!」
「そうだっ!!お前のような低俗で卑しい女など!!」
「!?」
「ぐあっ!!」
怒りに目を見開いたライラの手の平から勢いよく放たれた炎の塊が、男達へと襲いかかる。
「ならば、その腹に仮初めの命を受け、命を産む痛みを思う存分味わってみるがいいっ!!」
「ぐ、ぐわぁぁぁーーーーーーーーーッ!!!」
「ふふ・・・・・・それはお前達が見下す女が味わい、耐えた痛みと苦しみの一部♪命をかけて生まれてきたその意味を、もう一度思い知るがいいっ!!」
炎の戦士達から身体の拘束を解かれた男達は、突然自らの腹に訪れたあまりの激痛と苦しみに、ありとあらゆる部分から水分を噴きださせながらもがき叫んだ。
その激痛は約半日ほども続き、身が裂けるような痛みに耐えきれず、ついに意識を手放し気絶した男達は傷の手当をされてから『ピエトラ』の街の入り口に炎の戦士の手によって放り投げられる。
一度その痛みを味わった男達は二度とライラの前には現れないものの、ライラのところへ来る男達は後を絶たない。
そんなものは彼らが弱かっただけだと侮り、自分こそは魔女を恐れずに立ち向かい討ち滅ぼす屈強な戦士なのだと、痛みと苦しみは与えるものの決して命を奪うことのないライラの最後の情けにすら気づかないのだ。
『ライラ様。今回の男達は早々に全員意識を失いました。いつものように、街へと捨ててきてよろしいでしょうか?』
「あら、もう?口ほどにもないわねぇ~~♪えぇ、よろしくね?」
『・・・・かしこまりました』
「ありがとう♪」
炎の戦士達によって男達が『ピエトラ』へと運ばれていくと、ライラは男達がいた床を大量の炎で焼き空間ごと浄化する。
激しく燃え上がる炎をただまっすぐに見ていたライラは、ぎりっとその唇を強く噛み締めた。
「・・・・・あんな男達の下でも、自分を持ちながら逞しく生きる女達の方が、よっぽどその心は高潔で強いわっ!!」
感情のままに、大きな炎の玉を廃墟へと次々に当てていく。
脳裏に浮かぶのは、父に召使いか奴隷のように扱われることに耐え続けたあげく、他に女を作られあっさりと捨てられた母の姿。
なぜあんな扱いをされながら、母は父の側にいたのか。
私や妹にまで暴力をふるわれ、怒りのままにやり返せば母は父ではなく私を叱った。
臆病で、心の弱い人だった。
なぜ女だからという理由で罵倒され、力で押さえつけられ、蹂躙されなければならないのか。
命をこの世に産むのも、育むのも女であるのに。
多くの生き物の世界で力を持つのは、命を産むメスだ。
子孫を残す相手を選ぶのはオスではなくメスに大きな権限があり、だからこそオスは自分こそが優れているということを色んな形でメスにアピールする。
より優秀な子孫を残すため、それは自然に培われたことなのだろう。
だが、人間は違う。
命を産むという、想像を絶するような痛みに打ち勝つ女はなぜか弱いとされ、国によってはその命も肉体もとても軽く扱われる。
女は男の欲望のはけ口でも、男の為にその身を捧げる道具でも奴隷でもない!!
そんな憎しみの感情から、時に自分を殺そうと襲いかかってきた男達を半殺しになるまで炎で焼き続けたこともある。
だが、そんな時は夜通し涙が止まらずひたすら声を殺して泣き続けた。
「・・・・お母さん」
今また、ライラの赤い瞳からは静かに雫が落ちていく。
どれだけ男達を憎しみの炎で焼こうとも、痛みと苦しみを与えて恐れ怯えながら泣き叫ぶ姿をこの目で見ようとも、心は少しも満たされず虚しさだけが残っていた。
「!?」
そんな時だった。
ライラの魔力に満たされ、彼女の領域となっているこの地に別の存在がその足を踏み入れればすぐさま分かる。
特に魔力を少しでも持つものであれば、さらに分かりやすく彼女にその居場所を伝えるのだ。
「・・・・また、愚かな男がきたわ♪」
ゆらりと、狂気の笑みを浮かべたライラが来訪者の元へとそのスラリとした足を進める。
「あ、あれ?こっちはまた行き止まりだ。じゃあ、こっちかな?う、うわっ・・・・!!」
その男の足取りはなぜかとてもふらついていて、危なっかしいものであった。
ライラが男の姿を見つけてから、彼女が何もしていなくてもすでに10回ほどあちこちの壁に頭をぶつけるか、そこら中の石につまづいてそれは派手にすっ転んでいる。
「な、なんなの?」
「あいたたたたっ・・・・・・うーーーん、困った。こっちも行き止まりなのかな?」
さらに言えば、さっきからなぜか同じところをぐるぐる回っては同じ壁にぶつかり、だいたい同じ辺りにある足元の小石につまづいてひっくり返っては新しい傷をただただ増やしている。
「嫌だわ、本当のバカがきちゃった」
「あ、あれ?!誰かそこにいるんですかっ!!」
ライラの声を聞いた男がぱあっとその顔を明るい笑顔へと変え、ライラがいない方角へとその顔を向けた。
「あ、あの!実はぼく道に迷ってしまって、出口はどっちに行けばいいんでしょうか?!」
「!?」
青年が頭を深く下ろすものの、その先にいるのは冷たい壁だけである。
「あなたのその目は節穴なのかしら?」
「す、すみません!こ、こっちですかね?」
ぐるんっ!と勢いよく振り返った青年は、またもやライラのいない方角に向かって頭を下げた。
「・・・・・・・?」
まさか、怖さで精神がおかしくなってしまったのかしら?
その後、無言のままに炎の玉を手の平で作るとそれを目の前の青年の顔面に突きつける。
もしこれがライラの目を欺く演技か何かだとしたら、この炎にも何らかの反応を示すはずだ。
「・・・・・あれ?なんだか、すごく暖かいですね。なんだろ?眩しい光が見える」
「!?」
炎に照らされ、青年の持つ角度によっては銀色に光る白髪に褐色の肌、そして深緑の瞳がライラの視界に映った。
だが、その瞳はライラを映しても彼女を見ていない。
「あなた、まさか目が?」
「あれ?なんだろう?眩しい光の奥に、もっと強い光が見える。すごい・・・・・・すごく、キレイで温かい光だ」
「!?」
青年はその光に触れようと手を伸ばすが、その行動に驚き思わず彼から距離を取ったライラの持つ炎に触れてしまう。
「あつっ!?あちちちちっ!!!って、あっ・・・・う、うわぁっっ!!」
手に触れた熱にびっくりした拍子にバランスを崩した青年は、再び足元の石につまづいて後ろへとひっくり返って目を回し、その意識を失った。
「な、なんなの?」
これが『赤い魔女』ライラと、白髪の青年ラスターとの初めての出会いだった。
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