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2人の王子
憧れの君へ
しおりを挟むランディ王子とティナの様子を側で見ながら、ラファエル王子は暖かい気持ちとどこか寂しい気持ちで胸がいっぱいになる。
当たり前のように、いつだって気づけば自分の側にあの人がいてくれた時、その温もりをもっとちゃんと覚えておけばよかった。
その声や匂い、話してくれた言葉をもっと意識して聞いて覚えていれば、今もそのことを鮮明に思い出せたのに。
いなくなることなんて考えたことがなかったから、思い出したいのに細かい記憶が日に日に分からなることがたまらなく悲しい。
「・・・・・・・ッ」
胸が詰まって思わず涙が滲みそうになり顔を2人から背けると、ラファエルの両の手が何か暖かいものに包まれた。
「え、エリザート様っ!?」
ラファエルの目の前には、その場でしゃがんで目線をラファエルの高さに合わせて微笑むエリザベスがいる。
「ラファエル様。わたくしはあなたのことを、アルフレドの婚約者としてこの城にいた時からずっと、あの時は遠目からでしたが実の弟のように大切に思って参りました」
「!?」
初めて会った時、彼女は兄の婚約者だった。
将来、自分にとっては義理の姉となる存在。
中庭でのことがあってからは義理の姉として以上に慕い、憧れていた。
そのしなやかでまっすぐな強さと、凛とした美しさに。
空に浮かぶ月のように、自分には決して手の届かない存在と分かっていた。
それでも、近くでそっとその姿を眺めていられているだけでもとても幸せだった。
そんな、遠くから静かに眺めることしかできなかった憧れの人が、今では自分の側にいて眩しい笑顔がすぐ横で見られる。
彼女の声が耳に響く。
その雪のように白く、美しい手で優しく触れてもらえることは奇跡のように嬉しいことなのに、僕の心はそれでも足りないと叫ぶ。
「ですから、どうぞわたくしのことはこれからも姉のように、遠慮なく甘えてくださいませ」
「!?」
それは彼女の優しさだ。
嘘偽りのない僕への暖かい好意からくる言葉なのに、僕の心は喜ぶ前に痛みが襲う。
彼女から見れば、僕は庇護すべき子どもなのだろう。
当然だ。
この体は彼女よりずっと小さく、中身も未熟で幼いまま。
兄のように見た目は細身でも脱げば逞しい筋肉に覆われた男らしい体になりたいのに、どれだけ運動して鍛えてもこの体は少女のように華奢なままだった。
いくら知識を頭に詰め込んだところで、経験が圧倒的に少ない自分は彼女を守るべき『大人』にはすぐになれない。
「・・・・・ありがとう、ございます」
「ラファエル様?」
なんとか涙をこらえて、普段通りの笑顔を彼女に向けて笑いかける。
良い子でいても、きっとこの人は『良い弟』でしか見てくれないかもしれない。
それは今だけではなく、たぶんこれからもずっとーーーーーーーー。
「・・・・・・???」
その時、ふいに視線を感じてその先を見ると、そこにはクローディアがテーブルでマーサ王妃と向き合いながらお茶をしていた。
そんな彼女が声には出さずに、僕にメッセージを送る。
が、ん、ば、れ
「!?」
その意味をすぐさま理解したラファエル王子は、顔を真っ赤にしたまま口をあわあわとさせ恥ずかしさに俯向いた。
「ラファエル様、どうなされましたの?」
「!?」
突然赤い顔を隠すように俯いたラファエルを心配して、エリザベスがその顔を近づけて覗き込む。
「・・・・・・ッ!!」
それは、ほんの一瞬。
その陶器のようにキメの細かい頬にそっと押しつけるようにして自分の唇をくっつけると、ラファエル王子はその場から駆け出し部屋を慌てて出て行く。
「お待ちください、ラファエル様!!」
その後を、すぐさまジークフリートが追いかけて出て行った。
『天使からの口づけ』を受けた少女は、その突然すぎる出来事にその場に座り込み呆然としている。
「やったっ!!」
「あらあら・・・・・可愛らしいこと」
その光景にガッツポーズを取るクローディアと、いつも通り柔らかい微笑みで見守るマーサ王妃の声は耳に聞こえつつ、それでもエリザベスの意識はふわふわしたものに包まれて戻ってこない。
「な、なんだ?あいつはエリザベスのことが・・・・・むがっ!!」
「殿下、それ以上はここで言葉にしてはなりません」
弟の行動の意味は理解したものの、とっさのことでそれを配慮することは考えてなかったアルフレドの口を、無礼をお許しくださいと頭を下げながらバーチが塞ぐ。
それを伝えるのは、本人からでなくてはダメなのだ。
「・・・・・・ラファエル様っ!」
そして、ようやく意識を取り戻したエリザベスはマーサ王妃にその場からドレスの裾を持ちながら一礼すると、彼を追いかける為に踵をかえしてその部屋から急いで出て行く。
慌てているにも関わらず、その動きが優雅に見えるのはさすがだ。
「エリザベス!私も一緒に」
その後を追おうとしたクローディアの腕はぐいっと後ろに引っ張られ、バランスを失った彼女の体はその身を引っ張った相手の腕の中へと倒れていく。
「お前はこっちだ」
「あ、アルフレド様!?」
「お前に大事な話があるんだ」
「!?」
耳元で囁くように話しかけるので、王妃には聞かれたくない話なのかと自然と体が強張った。
「・・・・・それで、大事な話って?」
「いや、ここでは落ち着かないから、俺の部屋に行こう」
「クローディア様。どうか、私からもお願いいたします」
「!?」
気づけばクローディアの体を後ろから抱きしめているアルフレドだけでなく、前からバーチにまで頭を下げられ、さすがに何かあったのかとクローディアもため息をつきつつ、仕方がないとその申し出に承諾をした。
「母上、それでは我々は自室へと戻らさせて頂きます」
「ま、マーサ様にティナ様!お茶をありがとうございました!」
「御前を、失礼いたします」
アルフレド、クローディア、そしてバーチがマーサ王妃と少し離れた場所にいるティナに頭を下げて部屋を出る。
「あらあら、ずいぶんと静かになってしまったわね」
メイドに入れ直してもらったお茶を飲みながら、マーサ王妃は部屋の隅でいつの間にか疲れて眠ってしまったランディを膝で寝かせているティナを笑顔で見つめていた。
その眼差しは愛する息子へと一心に注がれており、とても幸せに満ちている。
「なんだかわたくしも、もう一度子育てをやり直したい気分だわ」
幼かったはずのアルフレドはすでにすっかり成長しているし、義理の息子のラファエルもしっかりし過ぎていて、母親らしいことは全然できていない。
もう1人子どもが欲しいと話したら、アレキサンダーはどんな顔をするかしら?
その表情を思い浮かべ、鈴のような笑い声をあげたマーサ王妃はランディ王子の為に毛布を持ってくるようメイドに伝える。
マーサ王妃の部屋の窓が開けられ、そこから心地のいい風が部屋に向かって吹いていた。
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