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大きな通りに出ると、王都は賑やかさを讃えていた。
実りが多い秋であり、大きく市が開かれて活気のある呼びかけが一因である。

「この時期はすごいですよね。あ、あっちの方とか見てみませんか?」
マイがリベルテの服を引きながら、あっちと指を差しながら向かっていこうとする。
「マイさん。先にタカヒロさんに届けてからですよ。遅れたら大変なことになってしまうかもしれないのですから」
リベルテたちは大きな通りの人の流れを抜けて、孤児院へと向かっていた。
タカヒロの後を追いかけるとなると城へ向かうべきなのだが、忘れ物に気づいてから向かうには遅くなっていたのだ。
そうなると次は焼却場と考えたのだが、焼却場まではこれまた結構な距離があり、リベルテたちが着いた時には入れ違ってしまう可能性が考えられ、それなら確実に先回りできそうな孤児院へ、と決めたのである。
それに孤児院に向かうのは今日だけであり、この忘れ物を持っていたのも今日だけだったのだから、孤児院で使う物と推測できたのが決め手にもなっていた。
ただ、タカヒロが焼却場で仕事をしてからとなると、まっすぐ孤児院へ向かっても待っている時間が長くなりそうであった。

「え~、でも早く着いてもタカヒロ君が来るまで時間あるんじゃないですか? なら、少しくらい見て回っても大丈夫ですよ~」
マイはリベルテと二人、女性だけでゆっくりと店を見て回りたいと言う欲求が強かった。
これはレッドから、たまにゆっくりしてこい、とお小遣いをもらったと言うのも理由にある。
臨時の収入、言ってしまうと他の人のお金を使えると言うので、普段なら少し躊躇うようなものだとか、量を買いたいらしい。
マイのあまりにもわかりやすい動機に、リベルテは可愛いなぁと感じ、小さく笑ってしまう。
ふと、自分もマイのようであったならどんなだったのだろうと思い考えてみたが、今以外の雰囲気が考えられなかった。結局、今の自分が一番自分らしいのだと、納得してしまえていた。
「後でゆっくり回りましょう。仕事は早くに終わらせてしまった方が、気持ちも楽ですから」
「ん~、それはたしかにそうかも……。うん、早く終わらせちゃいましょう!」
切り替えが早いのがマイの良い点で、先ほどまで向かおうとしていた方から向きを変えて、孤児院の方へリベルテの手を引きながら歩き出す。
リベルテも、マイと二人で店を見て回る
私もマイさんとお店を見て回るのが楽しみに思えていた。

レッドと何度か訪れたことのある孤児院に着くが、まだタカヒロの姿は見えない。
遅くなってタカヒロの仕事に問題が出てしまうよりは、と早くに着けたのは良かったが、焼却時間を告げる鐘の音は鳴り終わったばかりで、タカヒロが孤児院に来るまではまだかかりそうだった。
「結構、綺麗な建物ですね~」
建て直しされた孤児院を見て、マイが感嘆の声をあげた。
以前はボロボロで今にも崩れてしまいそうな印象を持ってしまうほどであったが、ちゃんと給付金が支払われるようになってから綺麗に建て直されたらしい。
そこで今更ながら、マイとこの孤児院に訪れたことはなかったのだと思い至りながら、リベルテも孤児院の外見を眺めていた。

しばらくすると、孤児院から子どもたちが外に飛び出してきた。
表情も悲観した暗そうな様子は無く、子どもたちは皆元気そうだった。
騒乱があった後ではあるが、子どもたちが元気そうに、そして暗い顔になっていないことに、リベルテは少し嬉しくなってくる。
そんなリベルテに孤児院で子どもたちの世話をしているのだろう、若い女性から声をかけられた。
「リベルテさん?」
とても若い女性に、知り合いのように声を掛けられるが、リベルテの記憶に該当する女性は思い当たらなく、そもそもにこの孤児院の関係者で若い女性など居た事があったかな、と首を傾げてしまう。
首をかしげて思い出せないでいるリベルテに、その若い女性は少し悲しそうに名前を名乗った。
「あの……、エルナですけど……。忘れてしまったんですか?」
「ああっ!」
女性の名前を聞いて、リベルテは思わず大きな声を上げてしまった。
この孤児院には縁があって何度か訪れたことはあったが、子どもの成長とは急激にここまで変わるものだったかと、驚かずにはいられなかったのである。
まだ少しあどけなさは残っているが、すっかりと背が伸びて顔立ちも大人びていたため、名前を聞いてもすぐには記憶に残っている少女の姿と結びつかなかいほどであった。
それに何より、服装が孤児院の運営者たちが着る、ゆったりとした紺色のローブ服を身に纏っていたのだから、なおさらである。

「すっかり大人びちゃったので、すぐにわからなかったわ。ごめんなさい」
「そうですか? ……いろいろと大変だったから、でしょうか」
騒乱のせいで孤児は増えてしまっているのだが、城は新しい宰相や騎士団長候補の不祥事とも言えそうな問題の対応に追われているため、孤児院への対応が遅れてきているらしい。
世話をする人は少ないが、世話が必要な人は増えていく事態に、人手は全く足りなくなっていて、エルナなど孤児院での年長者たちが子どもたちのお世話と、孤児院の管理を手伝ってなんとかしているのが現状なのだそうだ。
城から増えた孤児への対応は遅れているが、給付のお金が滞っていたりはしなく、少し増やされていることだけは救いであった。
エルナたちの頑張りを聞き、騒乱の後、孤児院の様子を見にも来なかったことにリベルテは後悔を覚える。
孤児院の状況を聞いて、マイも少し痛ましそうな、悔しそうな顔になっていた。

「困ったことがあったら、言ってきてくださいね」
時間を作ってエルナたちの手伝いをすると言うのは簡単であるが、その後が続かなくなって誰も幸せにはならない。
エルナたちも孤児院で生活しているから、孤児院の仕事はあくまで手伝いの範囲として認識されている。
しかし、孤児院に関係の無い人がエルナたちのように手伝うとなれば、無報酬で仕事をするわけにはならないのだ。
善意で手伝うくらいと考えるかもしれないが、孤児院が雇ったら得られる仕事を奪うだけで雇用が一つ潰されることになり、リベルテたちが手伝った以降で人を雇いなおしたとしても、無償で手伝ってくれた人が居たのだからと、そこにお金を出すことに疑問を覚えるようになってしまいかねないのである。
無償の手伝いありきの運営では、他の人たち自身に何かあった際に孤児院に手を差し伸べてくれる余裕はなくなり、運営が成り立たなくなってしまうことにもなりかねない。
王都で生活をしている人は、誰しもが何かしらの仕事をすることで、その報酬で生活をしているのだ。
力になりたい、助けたいという気持ちは持っていても、だからと言ってそれで他の人の仕事を失くして良い話にはならないのである。
「ええ。その時はリベルテさんにお願いしますね」
エルナも孤児院の手伝うをするようになってわかるようになってきたようで、少し悲しげに笑い返すのだった。

エルナと話をしていると、ガラガラと馬車の走る音が聞こえ、孤児院の前で止まった。
「あれ? リベルテさんたち、どうしてここに?」
タカヒロさんが孤児院に着いたのである。
馬車とは言え、結構な距離を移動して回るものであり、大変だったのだろうなとリベルテは内心でタカヒロを気遣う。
内心だったのは、リベルテが声を掛けるより早く、マイが声を掛けたからである。
「も~、タカヒロ君遅い! 待ってたんだよ?」
マイがタカヒロに食って掛かるように言い出したことで、タカヒロが気圧されてたじたじになっていた。
ただ忘れ物を届けに着ただけで、タカヒロがそこまで責められるのは可哀そうだとリベルテが補足に入る。
「これ、家に落とされていったようですので、届けにきたんです」
リベルテがタカヒロに袋を手渡すと、タカヒロは自身の腰周りに手を当てて、持っていなかったことに今気づいたようだった。
「うわ~。わざわざすみません。助かりました。紐の縛りが甘かったかなぁ?」
「ポケットとかないもんねぇ。ぶら下げておくんじゃなくて、せめてバッグみたいに大きな袋に入れて、持ち歩くようにした方が良いかもだねぇ」
これから落としたり失くしたりしないように、どうしようかと考え始めるマイとタカヒロ。

そんな二人の様子を見て、リベルテはマイとタカヒロの二人は紐を結ぶのがあまり得意ではなかったことを思い出し、二人の世界では、良く紐を結ぶような機会が無い生活なのかと思いを馳せる。
そんなことを考えていたが、孤児院に仕事で来たタカヒロが仕事を進めず、城から来た人物に何の用件かと待ち続けているエルナに気付いて、リベルテはタカヒロに慌てて話しかける。
「タカヒロさん。結局、孤児院にはどのようなお仕事で来られたんですか?」
リベルテが声を掛けると、今は仕事中だったと、タカヒロは気まずそうな顔でエルナを見た。
「あ~、そうでした。え~っと、届けてもらったこれを使って、魔法使いとなれる可能性のある子を探す、っていう内容です。当然、本人の希望によりますけど、希望するなら城で教えることになります。魔法使いって国で管理される者になっちゃうから、大変なんですけどねぇ。あ、給与は良いですよ?」
国は魔法使いの確保と強化に動き出したらしく、小さいうちから可能性のある子どもに目をつけて、育てていく方針になったようであった。
これまで聞いたことが無い話に、リベルテはオルグラント王国の思惑が変わってきていることに気付く。
魔法使いになればもらえる給与は高く、かなり良い生活を送れることになるのだが、ここ最近の城の状況からリベルテは素直に喜ばしい話には聞こえない。
しかし、当の子どもたちは、自分たちが国から望まれる人物になれるかもしれなく、またお金を多く得られるような仕事に就けるかもしれないことに、喜色をあげていた。

「え~っと、僕のように魔法の力を持っていると、こうやって光るんだ。順番に持ってみてね。あ~、落とさないようにな」
タカヒロが話しながら袋から球を取り出して手に持つと、マイが持った時より強く光を放っていた。
子どもたちは興味を更に強め、次々と並んでいく。
そんな子どもたちにタカヒロが笑みを絶やさないようにしながら、順番に子どもたちの手のひらに球を乗せて確認していった。
光らなかった子は悔しそうな顔になり、少しでも光った子どもは飛び跳ねて喜びを現していく。
子どもたちの中で球が光を帯びたのは二、三人だけだったが、『神の玩具』を判別するような道具ではなかったことに、リベルテは少しだけ安心したように息を吐くのだった。

タカヒロは今すぐにではないが、城で学ぶことを希望する場合どうなるかを、孤児院の管理者を交えて該当した子どもたちと話をするらしく、まだ孤児院に残るようだった。
さすがにそこまでの用事は無いリベルテとマイは、エルナに挨拶をした後、孤児院を離れた。
さすがに、部外者があのまま残って、城に深く関わるような話を聞くわけにはいかなかったのだ。
「あ~、結構、時間使っちゃいましたねぇ。早く行かないとあまり見て回れなくなっちゃう」
マイが沈みかけてきている赤い陽差しに不満そうな声を出す。
孤児院の後、お店を二人で見て回ろうと約束していたことを思い出して、リベルテはマッフルの店でゆっくりしたいと思って提案する。
「まずはマッフルのお店に行きましょうか。お腹もすいてきましたし」
「何食べようか、迷いますね~」
予定を決めれば気分も変わる。軽い足取りで歩き出すマイの後を、リベルテはゆっくりとついていく。
リベルテもマッフルは楽しみではあるが、ゆっくりと歩いているのは、考え事に意識を向けていたからだった。

今になって気になってきたのは、タカヒロが忘れていったという袋。
本当にタカヒロは落としていったのだろうか。
袋に入っていたとは言え、家の中で物を落としたのであれば、何かしらの音が聞こえるはずであり、朝急いでいたとは言え、タカヒロだって気づくのではないか。
それをどうしてレッドは玄関に目を向けただけで気付いたのか。
まだ出かける前で、部屋にも戻ろうとしてもいなかったのに。
そこまで考えて、リベルテは立ち止まって城の方角へと顔を向けた。
陽の向きがあってか、城は陰を帯びているように見えていた。
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