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キュルビスに賭けていたディエゴという農家は、実に意欲的で強かだった。
賭けと言っていたが、酒場の店主しかり、マッフルの新味しかり、腕が確かで新しい味や料理に意欲的であり、人気を持っている所にしっかりと持ち込んで話をつけていたのだ。
祭りで大々的に話題にあがり、どちらの店もかなり売り上げたというのだから、料理人たちの熱意は新しい食材を喜んで受け入れた結果であるし、キュルビスの名が広く知れ渡ったことから、ディエゴの畑は広がっていき、新しく参入してくるキュルビス農家たちの元締めという形になると、すでに考えられるほどであった。
豊穣祭の後であり、祭りの余韻にレッドたちは家でのんびりとしている。
「うまくやるよな」
レッドはコップの水を一口飲んだ後、口にしながら苦笑を漏らす。
レッドの言葉にリベルテたちはどう反応したものか困っているようだった。
それでも、リベルテだけは何となくレッドの言いたい事がわかるのか少し困ったような顔で、タカヒロはかなり痛ましそうな顔になっている。
それぞれの反応も無理は無かった。
レッドが言った言葉は、豊穣祭で話題になったキュルビスのことなんかではない。
キストと帝国の戦いについてだったのだ。
オルグラントにちょっかいを出し、アクネシアを滅ぼしたキストであるが、帝国とは防衛の戦いがほとんどだったはずなのだが、ここに来てキスト側から帝国に仕掛けたらしい。
キストの侵攻に帝国は当然対応したのだが、帝国は被害を出して後退。一点して帝国がキストからの攻勢に防衛する様相となったと言うことである。
この話は、豊穣祭に来ていたグーリンデの商会の人たちからの話であり、領土が面していることから常に帝国の情報を探っているグーリンデからの情報だけに、その信頼性は高かった。
オルグラント王国から離れた場所で、さらに他の国同士の戦いであるのに、何故困ったような雰囲気になっているかと言えば、関わっていると考えられるのがアンリだからである。
アンリがキストに向かっただろう時期から、そう長い年月が経っていないのにキスト側から帝国に仕掛けたのだ。
アンリ……いや、『神の玩具』が関わったから以外に考えられなかった。
以前にタカヒロたちと話をしたことがあるように、『神の玩具』は国の趨勢に影響を及ぼすようなことを起こしてしまいかねないため、警戒されている。
タカヒロたちはそこまでのことは無いと否定をしたり気をつけていたのだが、アンリが向かってすぐ国の趨勢に影響を及ぼしたとしか考えられない話が聞こえてきたのだから、アンリがきっかけとしか考えられない。
だからタカヒロは、より一層『神の玩具』が警戒されることになると考え、痛ましそうな表情になっているのである。
もし、新しくこの世界に送られて来た人がいたとすれば、その身はタカヒロたちが来た頃より厳しいものとなるだろう。
マイはキストと帝国の戦いで多くの人が亡くなったり、怪我をしたのだろうことに悲しそうな表情になっていた。
マイは元々人が傷つくことが嫌で、それでも怪我をしてしまったのなら治したい、という考えから力を失った後に薬師を目指した性格だから、レッドたちはマイには優しげな目を向けている。
ふいにタカヒロが意を決したような、それでいて縋るような表情で顔を上げた。
「……他に『神の玩具』って言われる人が現れたって、そんな可能性はないんですか?」
アンリのせいではないと思いたいのだろうと、わかるものだった。
精強と言われている帝国に侵攻して勝てるほどの力をもったキストが、再びオルグラントに攻め込んでこないなんて考えない者などいない。
自分の知っている人間が、力をつけて自分たちが居る国に攻め込んでくるとは思いたくないなかったのだ。
レッドはリベルテに目を向けるが、リベルテはゆっくりと首を横に振る。
「こちらで調べられる限りで、関係しそうなものを調べましたが、それは無いのではないか、と考えられます。『神の玩具』と呼ばれる人たちがたくさん現れることなど無かったのです。そうであったなら、どこかで一つの国に統一されていたか、世界が滅んでいるか凄まじく発展していたか……。とにかく、今までの多さが異常だったのです」
『神の玩具』と呼ばれるに値しそうな人物は、過去の記録を漁ればそれなりの数が居たといえるのだが、それぞれの時代にたいてい1人、多くて2人くらいになるらしい。
ここ数年のように大勢の『神の玩具』が現れることは、過去には無かったと言うことに、レッドは大きく納得した表情を見せる。
一人で国に、世界に大きな影響を与えられる存在なのだから、大勢居たら、リベルテの言ったように世界はどのような結果にせよ大きく変わってしまっているはずなのだ。
それまで続いていたこの世界のあり様が、歴史が、すべて『神の玩具』が作り出すものに置き換えられていく。
あちらの世界では当たり前にある物だから、『神の玩具』たちはそれがどのような考えから、どのような技術で作られていくことになったのかなんて考えないし、この世界の進みとも合わせない。
作り出されたものは確かに便利であるかもしれないが、この世界の人の進みから一足飛びに作り出された物に、この世界の人たちがその速さについて行けない。
進んだ知識を持ち、人より強い力を持つものが上に立つのは素晴らしいことのように思えるが、他の人がついていけなければ、それは『神の玩具』に縋って生きると言うことに他ならない。
人は一気に弱くなる。常にその人物に従っていけば良いと言うことになってしまう。
『神の玩具』は神が送り込んでいるのだとすれば、この世界を滅ぼそうと、壊そうとでもしていない限り、『神の玩具』を大量に送り込むこと自体おかしい話なのだ。
「でも、僕らはまだこの世界にいます! なら、他に居たっておかしくないじゃないですか」
まだ諦められないようで、タカヒロが言い募る。
たしかに過去の文献などで多く現れたと考えられる内容が無かっただけで、今もそうだとは言い切れないし、ここまで多く居たのだから、まだ他に居るかもしれないことも否定できなかった。
しかし、アンリがオルグラントを去り、キストに向かったらしい日からそう経たずに起きた戦争なのだ。
アンリが関わっていると考えるのが普通である。他に居たのであれば、アンリがキストに向かう前に仕掛けていても良いのだ。
「……ねぇ、タカヒロ君。それは今、決めなきゃいけないことなの?」
マイがもうこの話は、と止めに掛かった。
他に『神の玩具』が居るのかどうか、アンリが原因じゃないのかどうかをここで平民が真剣に話し合っても意味は無い。
レッドたちも『神の玩具』のすべてを探し出して保護したり、警戒したりしているわけではない。
自分たちの生活の中で関わってきそうであれば、警戒しているだけなのだ。
「そうだな。今話していても仕方の無いことだな」
レッドが話を打ち切ることに同意すると、マイとリベルテがホッとした様子を見せるが、タカヒロだけはまだ、吹っ切ることが出来ない様子であった。
だが、これ以上は続ける意味も無ければ、出来ることもない。
結局は自分自身で折り合いを付けるしかないのだ。
「さて、祭りで散財したことだし、また稼がないとだな」
「この時期ですから、またしばらく採取の依頼が多く貼り出されてきますね。この時期を過ぎたら、しばらく採れなくなる物が多いですし」
レッドとリベルテは冒険者の仕事として、どんな依頼を受けようか考え始める。
討伐の話にならないのは、リベルテが未だにレッドの我が侭を許していないからである。
「あ! 私、これからまた、ソレさんの所で働き始めることになりました。まだ、ここから通いって感じになるんですけど……。良いですか?」
マイが薬師として働けることになった報告をするのだが、まだリベルテの家に厄介になると言うことに、遠慮がちにリベルテを上目遣いで見つめる。
「おぉ」
レッドはまた薬師たちが働き始められるようになってきたことに、安心したような声を漏らす。
まだ住み込みではなくリベルテの家から通いと言う話から、まだ完全に状況は戻っていなく、働く時間を短くではあるが、この国の人たちの治療に動くという表れとわかる。
少しでも働けるなら入ってくる収入があるし、何時までも休み続けられない薬師たちも喜んでいるだろう。
「それは良かったです! ええ。もちろんです。やはり、離れてしまうのは寂しいところもありましたから。居てくださって嬉しいですよ」
リベルテが立ち上がってマイの手を取り、二人で喜びあっていた。
リベルテの過去を知っているレッドとしては、傍に居てくれる人が増えて嬉しいのだと思った。
それにタカヒロもマイも、今ではレッドたちの立派な仲間であるのだ。離れてしまうのは寂しいとも思えたのだ。
レッドが目を動かせば、タカヒロもほっとしているのが見えた。
タカヒロにはマイの護衛を頼んでいたのもあるが、タカヒロ自身がマイの側に居ることを選んでいた。そのマイがソレの診療所に住み込みに戻れば、タカヒロもまたその近くの宿暮らしに戻ることになる。
宿からの城通いは、はっきりいってキツイだけである。
城で泊まりになることもあるくらいであると、宿に戻っていない日でも荷物の関係上、宿代は掛かることになるし、夜遅くなると防犯のためと従業員たちの就寝時間もあって入れなくもなるのだ。
それに、城勤めの者が乗る馬車に近づきたがる平民は居ない。
貴族用の馬車と同じような馬車であるため、下手に関わると罰せられるかもしれないと警戒するのだ。
それがその宿に毎朝来て、夜にはこの宿に戻ってくるのだから、その宿に泊まろうとする客は減ってしまいかねない。下手したら宿に泊めてもらえなくなるかもしれない。
そう考えるとタカヒロの安堵の息は、より真剣なものだったように思われた。
そのタカヒロが勤めている城であるが、紛糾していた。
戦争と騒乱による被害から再び国が力を付けることに力を注ぎたい王と宰相たちより、キストへの報復であったり、侵攻される前にこちらから侵攻して害敵を打ち払うべきだ、と言う戦いへの意欲を持つ武官たちの発言が強まっているらしい。
これはアンリのことで責任を取る形で老宰相がひたたび隠居したことが大きい。
アンリがキストへと身を寄せたらしいことはすでに広まっており、そのキストが帝国を打ち破るほどの力を見せたらしいのだから、老宰相は弁解することも出来ず、追い立てられるように隠居することになったそうである。
そうなると新しく宰相の座に就いているボードウィンであるが、若いということで舐められてしまいやすい上に、後ろ盾となるはずだった物は瓦解し、アンリを引き止められなかったことに、貴族たちからの評価はものすごく低い。
同じくして騎士団長となっているベルセイスであるが、彼もまたアンリと関わっていたことで武官や兵たちへの発言力が下がってしまい、代わって祭り上げられた副団長が強攻な発言をしていた。
領土を接するキストがあちらから仕掛けてきたことがある上に、帝国を打ち破ったのだから、自分たちの国を守るのに、意気を強めるのもおかしくはなかったのである。
少しだけ落ち着きを見せ始めていたオルグラント王国であったが、一人の『神の玩具』が動いたことによって、大きく動かされることとなってしまった。
それはオルグラントだけでなく、この大陸の多くの国を巻き込むほどであり、豊穣祭の余韻はすでに消え去っていた。
賭けと言っていたが、酒場の店主しかり、マッフルの新味しかり、腕が確かで新しい味や料理に意欲的であり、人気を持っている所にしっかりと持ち込んで話をつけていたのだ。
祭りで大々的に話題にあがり、どちらの店もかなり売り上げたというのだから、料理人たちの熱意は新しい食材を喜んで受け入れた結果であるし、キュルビスの名が広く知れ渡ったことから、ディエゴの畑は広がっていき、新しく参入してくるキュルビス農家たちの元締めという形になると、すでに考えられるほどであった。
豊穣祭の後であり、祭りの余韻にレッドたちは家でのんびりとしている。
「うまくやるよな」
レッドはコップの水を一口飲んだ後、口にしながら苦笑を漏らす。
レッドの言葉にリベルテたちはどう反応したものか困っているようだった。
それでも、リベルテだけは何となくレッドの言いたい事がわかるのか少し困ったような顔で、タカヒロはかなり痛ましそうな顔になっている。
それぞれの反応も無理は無かった。
レッドが言った言葉は、豊穣祭で話題になったキュルビスのことなんかではない。
キストと帝国の戦いについてだったのだ。
オルグラントにちょっかいを出し、アクネシアを滅ぼしたキストであるが、帝国とは防衛の戦いがほとんどだったはずなのだが、ここに来てキスト側から帝国に仕掛けたらしい。
キストの侵攻に帝国は当然対応したのだが、帝国は被害を出して後退。一点して帝国がキストからの攻勢に防衛する様相となったと言うことである。
この話は、豊穣祭に来ていたグーリンデの商会の人たちからの話であり、領土が面していることから常に帝国の情報を探っているグーリンデからの情報だけに、その信頼性は高かった。
オルグラント王国から離れた場所で、さらに他の国同士の戦いであるのに、何故困ったような雰囲気になっているかと言えば、関わっていると考えられるのがアンリだからである。
アンリがキストに向かっただろう時期から、そう長い年月が経っていないのにキスト側から帝国に仕掛けたのだ。
アンリ……いや、『神の玩具』が関わったから以外に考えられなかった。
以前にタカヒロたちと話をしたことがあるように、『神の玩具』は国の趨勢に影響を及ぼすようなことを起こしてしまいかねないため、警戒されている。
タカヒロたちはそこまでのことは無いと否定をしたり気をつけていたのだが、アンリが向かってすぐ国の趨勢に影響を及ぼしたとしか考えられない話が聞こえてきたのだから、アンリがきっかけとしか考えられない。
だからタカヒロは、より一層『神の玩具』が警戒されることになると考え、痛ましそうな表情になっているのである。
もし、新しくこの世界に送られて来た人がいたとすれば、その身はタカヒロたちが来た頃より厳しいものとなるだろう。
マイはキストと帝国の戦いで多くの人が亡くなったり、怪我をしたのだろうことに悲しそうな表情になっていた。
マイは元々人が傷つくことが嫌で、それでも怪我をしてしまったのなら治したい、という考えから力を失った後に薬師を目指した性格だから、レッドたちはマイには優しげな目を向けている。
ふいにタカヒロが意を決したような、それでいて縋るような表情で顔を上げた。
「……他に『神の玩具』って言われる人が現れたって、そんな可能性はないんですか?」
アンリのせいではないと思いたいのだろうと、わかるものだった。
精強と言われている帝国に侵攻して勝てるほどの力をもったキストが、再びオルグラントに攻め込んでこないなんて考えない者などいない。
自分の知っている人間が、力をつけて自分たちが居る国に攻め込んでくるとは思いたくないなかったのだ。
レッドはリベルテに目を向けるが、リベルテはゆっくりと首を横に振る。
「こちらで調べられる限りで、関係しそうなものを調べましたが、それは無いのではないか、と考えられます。『神の玩具』と呼ばれる人たちがたくさん現れることなど無かったのです。そうであったなら、どこかで一つの国に統一されていたか、世界が滅んでいるか凄まじく発展していたか……。とにかく、今までの多さが異常だったのです」
『神の玩具』と呼ばれるに値しそうな人物は、過去の記録を漁ればそれなりの数が居たといえるのだが、それぞれの時代にたいてい1人、多くて2人くらいになるらしい。
ここ数年のように大勢の『神の玩具』が現れることは、過去には無かったと言うことに、レッドは大きく納得した表情を見せる。
一人で国に、世界に大きな影響を与えられる存在なのだから、大勢居たら、リベルテの言ったように世界はどのような結果にせよ大きく変わってしまっているはずなのだ。
それまで続いていたこの世界のあり様が、歴史が、すべて『神の玩具』が作り出すものに置き換えられていく。
あちらの世界では当たり前にある物だから、『神の玩具』たちはそれがどのような考えから、どのような技術で作られていくことになったのかなんて考えないし、この世界の進みとも合わせない。
作り出されたものは確かに便利であるかもしれないが、この世界の人の進みから一足飛びに作り出された物に、この世界の人たちがその速さについて行けない。
進んだ知識を持ち、人より強い力を持つものが上に立つのは素晴らしいことのように思えるが、他の人がついていけなければ、それは『神の玩具』に縋って生きると言うことに他ならない。
人は一気に弱くなる。常にその人物に従っていけば良いと言うことになってしまう。
『神の玩具』は神が送り込んでいるのだとすれば、この世界を滅ぼそうと、壊そうとでもしていない限り、『神の玩具』を大量に送り込むこと自体おかしい話なのだ。
「でも、僕らはまだこの世界にいます! なら、他に居たっておかしくないじゃないですか」
まだ諦められないようで、タカヒロが言い募る。
たしかに過去の文献などで多く現れたと考えられる内容が無かっただけで、今もそうだとは言い切れないし、ここまで多く居たのだから、まだ他に居るかもしれないことも否定できなかった。
しかし、アンリがオルグラントを去り、キストに向かったらしい日からそう経たずに起きた戦争なのだ。
アンリが関わっていると考えるのが普通である。他に居たのであれば、アンリがキストに向かう前に仕掛けていても良いのだ。
「……ねぇ、タカヒロ君。それは今、決めなきゃいけないことなの?」
マイがもうこの話は、と止めに掛かった。
他に『神の玩具』が居るのかどうか、アンリが原因じゃないのかどうかをここで平民が真剣に話し合っても意味は無い。
レッドたちも『神の玩具』のすべてを探し出して保護したり、警戒したりしているわけではない。
自分たちの生活の中で関わってきそうであれば、警戒しているだけなのだ。
「そうだな。今話していても仕方の無いことだな」
レッドが話を打ち切ることに同意すると、マイとリベルテがホッとした様子を見せるが、タカヒロだけはまだ、吹っ切ることが出来ない様子であった。
だが、これ以上は続ける意味も無ければ、出来ることもない。
結局は自分自身で折り合いを付けるしかないのだ。
「さて、祭りで散財したことだし、また稼がないとだな」
「この時期ですから、またしばらく採取の依頼が多く貼り出されてきますね。この時期を過ぎたら、しばらく採れなくなる物が多いですし」
レッドとリベルテは冒険者の仕事として、どんな依頼を受けようか考え始める。
討伐の話にならないのは、リベルテが未だにレッドの我が侭を許していないからである。
「あ! 私、これからまた、ソレさんの所で働き始めることになりました。まだ、ここから通いって感じになるんですけど……。良いですか?」
マイが薬師として働けることになった報告をするのだが、まだリベルテの家に厄介になると言うことに、遠慮がちにリベルテを上目遣いで見つめる。
「おぉ」
レッドはまた薬師たちが働き始められるようになってきたことに、安心したような声を漏らす。
まだ住み込みではなくリベルテの家から通いと言う話から、まだ完全に状況は戻っていなく、働く時間を短くではあるが、この国の人たちの治療に動くという表れとわかる。
少しでも働けるなら入ってくる収入があるし、何時までも休み続けられない薬師たちも喜んでいるだろう。
「それは良かったです! ええ。もちろんです。やはり、離れてしまうのは寂しいところもありましたから。居てくださって嬉しいですよ」
リベルテが立ち上がってマイの手を取り、二人で喜びあっていた。
リベルテの過去を知っているレッドとしては、傍に居てくれる人が増えて嬉しいのだと思った。
それにタカヒロもマイも、今ではレッドたちの立派な仲間であるのだ。離れてしまうのは寂しいとも思えたのだ。
レッドが目を動かせば、タカヒロもほっとしているのが見えた。
タカヒロにはマイの護衛を頼んでいたのもあるが、タカヒロ自身がマイの側に居ることを選んでいた。そのマイがソレの診療所に住み込みに戻れば、タカヒロもまたその近くの宿暮らしに戻ることになる。
宿からの城通いは、はっきりいってキツイだけである。
城で泊まりになることもあるくらいであると、宿に戻っていない日でも荷物の関係上、宿代は掛かることになるし、夜遅くなると防犯のためと従業員たちの就寝時間もあって入れなくもなるのだ。
それに、城勤めの者が乗る馬車に近づきたがる平民は居ない。
貴族用の馬車と同じような馬車であるため、下手に関わると罰せられるかもしれないと警戒するのだ。
それがその宿に毎朝来て、夜にはこの宿に戻ってくるのだから、その宿に泊まろうとする客は減ってしまいかねない。下手したら宿に泊めてもらえなくなるかもしれない。
そう考えるとタカヒロの安堵の息は、より真剣なものだったように思われた。
そのタカヒロが勤めている城であるが、紛糾していた。
戦争と騒乱による被害から再び国が力を付けることに力を注ぎたい王と宰相たちより、キストへの報復であったり、侵攻される前にこちらから侵攻して害敵を打ち払うべきだ、と言う戦いへの意欲を持つ武官たちの発言が強まっているらしい。
これはアンリのことで責任を取る形で老宰相がひたたび隠居したことが大きい。
アンリがキストへと身を寄せたらしいことはすでに広まっており、そのキストが帝国を打ち破るほどの力を見せたらしいのだから、老宰相は弁解することも出来ず、追い立てられるように隠居することになったそうである。
そうなると新しく宰相の座に就いているボードウィンであるが、若いということで舐められてしまいやすい上に、後ろ盾となるはずだった物は瓦解し、アンリを引き止められなかったことに、貴族たちからの評価はものすごく低い。
同じくして騎士団長となっているベルセイスであるが、彼もまたアンリと関わっていたことで武官や兵たちへの発言力が下がってしまい、代わって祭り上げられた副団長が強攻な発言をしていた。
領土を接するキストがあちらから仕掛けてきたことがある上に、帝国を打ち破ったのだから、自分たちの国を守るのに、意気を強めるのもおかしくはなかったのである。
少しだけ落ち着きを見せ始めていたオルグラント王国であったが、一人の『神の玩具』が動いたことによって、大きく動かされることとなってしまった。
それはオルグラントだけでなく、この大陸の多くの国を巻き込むほどであり、豊穣祭の余韻はすでに消え去っていた。
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