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イドラ湖で行われている、新人冒険者たちの演習一日目は、毒キノコや毒草を採ってきた者が数人居たくらいで、無事に終わりを迎えた。
食べられるかどうかの判別する知識を持っていなかったり、本を読んではいたものの実際に違いを見極めるのは難しい、と言うものだ。
経験不足の者であれば、良くある話である。
実際に口にしては不味いことになるため、経験のある冒険者たち、レリックたちが新人冒険者たちが持ってきたキノコや草を選別していた。
イドラ湖での釣りに残った組は、やはり擦れていない魚が多いため、十分な釣果を得ていた。
細く尖らせた枝に刺して焼かれた魚に、新人冒険者たちは舌鼓を打っている。
「やはり、こうして新鮮な魚を食べるっていうのは、良いな」
二匹目の魚に手を伸ばし、かぶりつきながら言うレッドの顔はご満悦である。
「干物や塩漬けされた魚も美味しくはありますが、釣った直後のものはまた違いますね」
リベルテは綺麗に魚の骨だけを残して食べていく。
「いや~、魚って美味しいですねっ!」
同じく笑顔で魚に齧り付いているのは、レッドたちと同じ指導役のレリックたちである。
レリックのチームは、仕事をえり好みと言うよりは、本当に困って依頼を出したとされる依頼を受けるようにしており、それが王都で暮らす人たちからかなりの好評を受けている。
一度、レッドはそういった仕事はどこでわかるのか、と聞いたことがあるのだが、レリックたちは、わかるよね? と仲間内で頷くだけで、聞いたレッドは首を捻るしかなかった。
これと言って判断するための情報を集めているわけでもないようで、ギルド職員も情報を提供しているわけでも、斡旋しているわけでもないらしい。
どうにも、生活に窮して冒険者になった者達だけあって、時期的に忙しくて依頼を出したとか、依頼なんて出さなくても良い時期に出されてきているから助けが必要だ、というのが分かるらしい。
この働きっぷりは人々の助けになるため、公表ではあるが、稼ぎが良い依頼かと言われると、そうでもない。
そんな彼らであったから、下手をすれば肉より高い魚を口にする機会は少なかったのだ。
王都に運ばれてくる魚の多くはウルクの港から運ばれてくる魚で、イドラ湖の魚を加工して流通させるのは、立地的なものもあってか、利があまりないようで流通されることがない。
湖の近くのメレーナ村では、魚を取り加工する人手もなければ、塩漬けにする塩も潤沢ではないためだ。
ウルクから運ばれてくるとなると輸送費分どうしても値が高くなる。
しかし、魚が入ってくることが珍しいものとなっていることと、干物にしても塩漬けにしても時期によっては、ぎりぎり傷まないくらいとなってしまうことがあって、王都に入ると早々にさばけてしまうのだ。
王都で魚を口に出来る人はそんなに多くないのである。
「だいぶ前に塩漬けの魚を売ってた人いて、珍しく残っていたので買ったことがあるんですよ。だけど、塩っ辛いだけの部分と、まったく味が無い部分とあって、まったく美味しいって思えなかったんですよねぇ」
焼いた魚に塩を振っただけのものなのだが、以前に買った塩漬けの魚より美味い、とまたもう一本と手を伸ばしていた。
「それって前も聞いたけど、スヴェンが料理下手だっただけじゃないの?」
スヴェンと呼ばれた男性を笑うように言ったのは、ファニスという女性冒険者であった。
新人の講習の際、レッドに冒険者に向く武器とは何かと質問した女性で、今ではなかなかの剣の使い手と言われている。
「馬鹿野郎! それなりにメシ作れないと、生活できないだろうが! 魚焼くくらい出来るっての」
「野郎とは何よっ!」
お互いに魚を持ちつつにらみ合っているので、あまり凄みが無い。
レリックがお互い落ち着け、と仲裁に入るとお互い不機嫌そうに腰を下ろして、魚に齧りついていた。
レリックは剣の腕も悪くないし、生きることを諦めない性格であることもあって、レッドとしては応援している冒険者である。だが、気苦労は耐え無さそうであった。
「塩漬けの魚ですか。作り手が悪いと、ただ塩を大量に漬け込むので、旨みが抜けてしまうことがあります。なるべく傷まないように、と考えてやっているのかもしれませんが……」
普段、料理をしているリベルテがそれとなく考えられることを口にすると、スヴェンが勝ち誇ったような顔になり、ファニスが悔しそうな顔をする。
「でも、十分に塩を落とせていないと、当然、塩辛いままになってしまいますよ。塩抜きも上手くやれないと、やはり魚の美味しさも抜けちゃいますから」
塩抜きの手間を惜しんで、サッと流すだけでは擦りこまれた塩が取りきれず、塩っ辛いものになってしまったり、濃すぎる塩気を敬遠して、長く水に漬けて洗うと、今度は塩気が抜けすぎる上に、魚のうまみも抜けてしまい、全体的に味がいまいち足りないものになってしまうのである。
おそらく、大量の塩を擦りこまれた魚を、ただ長く水に晒し続けていたものだから、売れ残っていたのだろうな、とリベルテは想像していた。
リベルテの続けられた言葉に、今度はファニスが勝ち誇った顔になり、スヴェンが苦虫をかんだような顔になる。
お互いに張り合っているためか、リベルテの言葉に一々表情を変える二人に、仲裁に入っていたレリックは笑い出してしまう。
近くで二人の対照的な百面相を見せられ続けたら、我慢できなかった。
一人が笑うと、その笑いが、表情を変え続けていたスヴェンとファニスにも移り、さらに広まっていく。
指導役の冒険者たちが明るく賑やかであれば、新人冒険者たちも安心を覚えるもので、あちらこちらでも楽しそうな話し声が聞こえ始める。
「こういう雰囲気のまま終わらせたいな」
レッドは周りの雰囲気に表情を明るくし、四本目に手を伸ばそうとしてリベルテに止められた。
「レッドは食べすぎです」
食べ物の争奪は、血みどろな結末に向かいやすい。
レッドはそっと手を戻し、手に持っていた魚のまだ身がありそうな所を齧ることにする。
言った傍から、自分がこの雰囲気をぶち壊すわけにはいかなかったのである。
リベルテの目が、かなり本気だったから、ではないと思いたい。
楽しげな雰囲気のまま、一日目が終わっていく。
イドラ湖までの道のり、そして着いてからの平穏で賑やかに終わった一日は、新人冒険者たちに気の緩みを持たせるのに十分すぎた。
指導役の冒険者はレッドとリベルテ、そしてレリックたちのチーム十名を合わせれば、多いと言えるかもしれないが、この演習に参加している新人冒険者が二十名であれば、過剰ではない。
二十名も居れば、目や手が届かないところが出来てしまい、何かが起きた際に止められなくなってしまうものだ。
訓練をつけるにしても、一人で複数を見ていられるほどの力を持つ冒険者など稀であり、それだけの力があれば、冒険者ではなく、兵士たちの教官の任についているものだ。
「そんじゃ、今日もグループに分かれて行う。俺たちが訓練をつけるグループと、また採取に回るグループだ。昨日大丈夫だったから、今日も大丈夫だ、とは思うなよ! 突然、何が起きるかなんて、誰にもわかるものじゃないからな」
冒険者には、戦うことにやる気を漲らせる人が居れば、あまり戦うような場に身を置きたくないと考える人がいる。
前者は訓練に参加したいと元気に主張し始め、採取や配送などで日銭を稼いで暮らせれば良いと考えている人たちは採取に行きたいと意見を述べ始める。
グループ全員が同じ意識なら問題はないが、全員が同じ考え、同じ好みであることは稀だ。
ましてや今回は、ギルド側で振り分けたグループなのだ。
五人ずつで振り分けているが、レッドたちのように二人で行動している冒険者がいれば、レリックたちのように十人でチームを組んでいる冒険者がいる。
これはそれぞれが、考えを揃えやすく、また動きやすいと言うことで出来ているグループだ。
新人冒険者たちは、最初からギルドによって分けられたものだから、話し合って組んだグループではない。
教官役たちはグループを今から組みなおすことは考えていないし、新人冒険者たちもここまでのちょっとした共同作業から、このグループで頑張りたい、という気持ちが育っていた。
そのため、揉め出しているグループが出始めてきていた。
「……これは早まったか?」
「僕らも意見が合わないこともありますからね。今のところは上手くいけてますけど……」
レッドはリベルテとずっと組んでいて、マイとタカヒロを加えたことはあるが、基本レッドの意見で物事を進めていた。
リベルテたちもレッドが決めたことに不平は口にしても、強固に反対したことはない。
大きく揉めたことが無いのだ。
レリックたちのところも、レリックが仲間たちの調整を頑張っていて、他の面々も何か言いつつもレリックを信頼しているため、喧嘩に発展することが無かったのである。
そのため、多少の意見の違いが出てもすぐ収まる経験しかない面々では、ここまで意見をぶつけ合って、徐々に険悪になっていく状況にどうしたものかと悩んでしまっていた。
そこに手を叩く音が響く。
新人冒険者と指導役側含め、皆が音の方へ目を向ける。
「はいはい。そんなことで喧嘩しないで。そんなことで喧嘩しても、自分たちの生活は良くなりませんよ。最初にこちらでグループを分けましたが、他の方と組みなおして構いません。これから本格的に演習に入りますから、自分たちが信頼できる、一緒に行動できると言う人と汲んでください」
場の方向を定めたのはリベルテだった。
ファニスを含め、女性の冒険者たちがあれこれと言って、新人冒険者たちを動かし、グループを分けなおしていく。
「……リベルテさん、すごいですね」
「いや……、そちらの女性陣もなかなか……」
その場に置いてきぼりとなったレッドとレリックたち男性冒険者たちは、グループが再編されていくのをただ見ているしかできなかった。
再編する考えがなかったが、再編してはダメだと思い込んでしまっていたのが、悪かったのだ。
そして改めて、レッドたちの前に訓練を希望した十人がやる気を滾らせて立っている。
三人、二人人、四人に分かれてグループを組んでいた。
残りの十人は五人、五人でグループで組んだようで、レリックとスヴェンたちが引率を兼ねて林へと入っていっている。
「よっし。それじゃあ、今の実力がどんなもんか確認しないとだね! それじゃあ、まずは私が相手するよ。順番にきなさい!」
ファニスが木剣を構えて威圧する。
訓練用にと馬車に積んであったもので、先陣を競って新人冒険者たちがそれぞれに訓練用の武器を手にしていく。
「先輩とは言え、女性には負けられないな!」
「ふ~ん。相手を見かけで判断するなんて、その時点で大したことなさそうね」
一番手を勝ち取った新人冒険者が、ファニスを侮ったような言葉を口にしたため、ファニスの目が険しさを帯びていく。
「オルト! 負けるなよ!」
彼の知り合いなのだろう青年が声を掛けると、オルトと呼ばれた青年が軽く手を上げて応える。
リベルテは額にそっと手を当て、そして傷薬の準備に動いていた。
「はじめっ!」
レッドが合図を出すと、オルトがすぐさま動きだす。
気が逸っていたのもあるだろうが、先手必勝と言う考えとも言えた。
一気にファニスとの距離を詰めて、木剣を上段から振り下ろす。
新人にすれば十分、度胸と勢いがあり、基礎が出来ている腕を持っているようだった。
だが、ファニスはレッドの講習に参加した冒険者である。
と言うより、リベルテにコテンパンにやられた一人である。
短剣を使うリベルテは、オルトより身のこなしが軽く早い。
そうしなければ、剣より短い間合いを詰めきれないのだ。
特にフェイントを仕掛けることも無い真っ直ぐな動きは、ファニスにとって単調すぎた。
「ボアよりも遅いっ!」
振り下ろされた剣を左に避けて、そのままオルトの腹を横なぎに打ち抜く。
くぐもった声を上げてオルトが倒れた。
一瞬でオルトが打ち倒されたことに、ファニスの力量差がわからされ、静かになる新人冒険者たち。
倒れたオルトは、リベルテの指示でレッドに回収され、横に寝かされて、打たれたお腹に薬を塗られてく。
「悪くは無いけど、場数が足りないね。それじゃ、次!」
ファニスの声で互いの顔を見合わせる新人冒険者たち。一同の腰が引けていた。
「さっさとしなさい! モンスターと遭った時、モンスターは待ってちゃくれないよ!」
ファニスが怒りを露にすると、さらに身を縮めてしまう新人冒険者。
レリックのチームで、こちらに残っている面々が、ファニスに苦笑を漏らす。
「なんかすっごいやる気だな、ファニス」
「あ~、すみません。以前にレッドさんたちに、がっつりやられましたから……」
ファニスのやる気を褒めたレッドであったが、レリックチームのアレクトーという青年から、原因はレッドたちであると言われてしまい、目が点になる。
レッドはそのままリベルテの方に顔を向けた。
リベルテはサッと目を背け、オルトの様子を確認していく。
講習の初日に、リベルテが新人冒険者たちの相手をしたのだが、あっという間に叩きのめしてしまったのだ。
本来は新人たちの腕を確認しながら、指導するように相手をするのだが、レッドに代わって場に立った、女性のリベルテ相手なら勝てると口にして挑んでしまったものだから、叩きのめされてしまったのだ。
ただ、腕っ節を鼻にかけるような思いは粉微塵にされたことで、レリックたちは増長せずにやってこれているので、良い経験と言えば良い経験となっていた。
そんな経験をしたものだから、新人冒険者の腕試しとは、新人たちの鼻っ柱を折るものだ、と思っているのかもしれなかった。
否定したいが、自分たちがやってしまった後のため、レッドはリベルテを見るだけで、リベルテは気づかぬ振りをしながら、倒れていく新人たちの治療に動くしかなかったのである。
先ほどのオルトの知り合いであった、ホセという新人が地面に転がっていた。
周囲から生贄に出されるように押し出された彼は、腰が引けたまま振り下ろした木剣を軽く避けられ、頭に打ち込まれて倒れていた。
「いや、頭は危ないだろ」
「大丈夫です。ちゃんと加減してますから」
レッドの突っ込みに笑顔で答えるファニスだが、アレクトーは嫌な汗を流していた。
今後のチームの活動で、彼女に逆らわないようにしよう、と心に決めていたそうである。
やる気に満ちていたはずの十人が地面に横になった頃には、陽は昇りきっており、そろそろ林に食糧を探しに行った新人冒険者たちが戻ってくる時間になっていた。
食べられるかどうかの判別する知識を持っていなかったり、本を読んではいたものの実際に違いを見極めるのは難しい、と言うものだ。
経験不足の者であれば、良くある話である。
実際に口にしては不味いことになるため、経験のある冒険者たち、レリックたちが新人冒険者たちが持ってきたキノコや草を選別していた。
イドラ湖での釣りに残った組は、やはり擦れていない魚が多いため、十分な釣果を得ていた。
細く尖らせた枝に刺して焼かれた魚に、新人冒険者たちは舌鼓を打っている。
「やはり、こうして新鮮な魚を食べるっていうのは、良いな」
二匹目の魚に手を伸ばし、かぶりつきながら言うレッドの顔はご満悦である。
「干物や塩漬けされた魚も美味しくはありますが、釣った直後のものはまた違いますね」
リベルテは綺麗に魚の骨だけを残して食べていく。
「いや~、魚って美味しいですねっ!」
同じく笑顔で魚に齧り付いているのは、レッドたちと同じ指導役のレリックたちである。
レリックのチームは、仕事をえり好みと言うよりは、本当に困って依頼を出したとされる依頼を受けるようにしており、それが王都で暮らす人たちからかなりの好評を受けている。
一度、レッドはそういった仕事はどこでわかるのか、と聞いたことがあるのだが、レリックたちは、わかるよね? と仲間内で頷くだけで、聞いたレッドは首を捻るしかなかった。
これと言って判断するための情報を集めているわけでもないようで、ギルド職員も情報を提供しているわけでも、斡旋しているわけでもないらしい。
どうにも、生活に窮して冒険者になった者達だけあって、時期的に忙しくて依頼を出したとか、依頼なんて出さなくても良い時期に出されてきているから助けが必要だ、というのが分かるらしい。
この働きっぷりは人々の助けになるため、公表ではあるが、稼ぎが良い依頼かと言われると、そうでもない。
そんな彼らであったから、下手をすれば肉より高い魚を口にする機会は少なかったのだ。
王都に運ばれてくる魚の多くはウルクの港から運ばれてくる魚で、イドラ湖の魚を加工して流通させるのは、立地的なものもあってか、利があまりないようで流通されることがない。
湖の近くのメレーナ村では、魚を取り加工する人手もなければ、塩漬けにする塩も潤沢ではないためだ。
ウルクから運ばれてくるとなると輸送費分どうしても値が高くなる。
しかし、魚が入ってくることが珍しいものとなっていることと、干物にしても塩漬けにしても時期によっては、ぎりぎり傷まないくらいとなってしまうことがあって、王都に入ると早々にさばけてしまうのだ。
王都で魚を口に出来る人はそんなに多くないのである。
「だいぶ前に塩漬けの魚を売ってた人いて、珍しく残っていたので買ったことがあるんですよ。だけど、塩っ辛いだけの部分と、まったく味が無い部分とあって、まったく美味しいって思えなかったんですよねぇ」
焼いた魚に塩を振っただけのものなのだが、以前に買った塩漬けの魚より美味い、とまたもう一本と手を伸ばしていた。
「それって前も聞いたけど、スヴェンが料理下手だっただけじゃないの?」
スヴェンと呼ばれた男性を笑うように言ったのは、ファニスという女性冒険者であった。
新人の講習の際、レッドに冒険者に向く武器とは何かと質問した女性で、今ではなかなかの剣の使い手と言われている。
「馬鹿野郎! それなりにメシ作れないと、生活できないだろうが! 魚焼くくらい出来るっての」
「野郎とは何よっ!」
お互いに魚を持ちつつにらみ合っているので、あまり凄みが無い。
レリックがお互い落ち着け、と仲裁に入るとお互い不機嫌そうに腰を下ろして、魚に齧りついていた。
レリックは剣の腕も悪くないし、生きることを諦めない性格であることもあって、レッドとしては応援している冒険者である。だが、気苦労は耐え無さそうであった。
「塩漬けの魚ですか。作り手が悪いと、ただ塩を大量に漬け込むので、旨みが抜けてしまうことがあります。なるべく傷まないように、と考えてやっているのかもしれませんが……」
普段、料理をしているリベルテがそれとなく考えられることを口にすると、スヴェンが勝ち誇ったような顔になり、ファニスが悔しそうな顔をする。
「でも、十分に塩を落とせていないと、当然、塩辛いままになってしまいますよ。塩抜きも上手くやれないと、やはり魚の美味しさも抜けちゃいますから」
塩抜きの手間を惜しんで、サッと流すだけでは擦りこまれた塩が取りきれず、塩っ辛いものになってしまったり、濃すぎる塩気を敬遠して、長く水に漬けて洗うと、今度は塩気が抜けすぎる上に、魚のうまみも抜けてしまい、全体的に味がいまいち足りないものになってしまうのである。
おそらく、大量の塩を擦りこまれた魚を、ただ長く水に晒し続けていたものだから、売れ残っていたのだろうな、とリベルテは想像していた。
リベルテの続けられた言葉に、今度はファニスが勝ち誇った顔になり、スヴェンが苦虫をかんだような顔になる。
お互いに張り合っているためか、リベルテの言葉に一々表情を変える二人に、仲裁に入っていたレリックは笑い出してしまう。
近くで二人の対照的な百面相を見せられ続けたら、我慢できなかった。
一人が笑うと、その笑いが、表情を変え続けていたスヴェンとファニスにも移り、さらに広まっていく。
指導役の冒険者たちが明るく賑やかであれば、新人冒険者たちも安心を覚えるもので、あちらこちらでも楽しそうな話し声が聞こえ始める。
「こういう雰囲気のまま終わらせたいな」
レッドは周りの雰囲気に表情を明るくし、四本目に手を伸ばそうとしてリベルテに止められた。
「レッドは食べすぎです」
食べ物の争奪は、血みどろな結末に向かいやすい。
レッドはそっと手を戻し、手に持っていた魚のまだ身がありそうな所を齧ることにする。
言った傍から、自分がこの雰囲気をぶち壊すわけにはいかなかったのである。
リベルテの目が、かなり本気だったから、ではないと思いたい。
楽しげな雰囲気のまま、一日目が終わっていく。
イドラ湖までの道のり、そして着いてからの平穏で賑やかに終わった一日は、新人冒険者たちに気の緩みを持たせるのに十分すぎた。
指導役の冒険者はレッドとリベルテ、そしてレリックたちのチーム十名を合わせれば、多いと言えるかもしれないが、この演習に参加している新人冒険者が二十名であれば、過剰ではない。
二十名も居れば、目や手が届かないところが出来てしまい、何かが起きた際に止められなくなってしまうものだ。
訓練をつけるにしても、一人で複数を見ていられるほどの力を持つ冒険者など稀であり、それだけの力があれば、冒険者ではなく、兵士たちの教官の任についているものだ。
「そんじゃ、今日もグループに分かれて行う。俺たちが訓練をつけるグループと、また採取に回るグループだ。昨日大丈夫だったから、今日も大丈夫だ、とは思うなよ! 突然、何が起きるかなんて、誰にもわかるものじゃないからな」
冒険者には、戦うことにやる気を漲らせる人が居れば、あまり戦うような場に身を置きたくないと考える人がいる。
前者は訓練に参加したいと元気に主張し始め、採取や配送などで日銭を稼いで暮らせれば良いと考えている人たちは採取に行きたいと意見を述べ始める。
グループ全員が同じ意識なら問題はないが、全員が同じ考え、同じ好みであることは稀だ。
ましてや今回は、ギルド側で振り分けたグループなのだ。
五人ずつで振り分けているが、レッドたちのように二人で行動している冒険者がいれば、レリックたちのように十人でチームを組んでいる冒険者がいる。
これはそれぞれが、考えを揃えやすく、また動きやすいと言うことで出来ているグループだ。
新人冒険者たちは、最初からギルドによって分けられたものだから、話し合って組んだグループではない。
教官役たちはグループを今から組みなおすことは考えていないし、新人冒険者たちもここまでのちょっとした共同作業から、このグループで頑張りたい、という気持ちが育っていた。
そのため、揉め出しているグループが出始めてきていた。
「……これは早まったか?」
「僕らも意見が合わないこともありますからね。今のところは上手くいけてますけど……」
レッドはリベルテとずっと組んでいて、マイとタカヒロを加えたことはあるが、基本レッドの意見で物事を進めていた。
リベルテたちもレッドが決めたことに不平は口にしても、強固に反対したことはない。
大きく揉めたことが無いのだ。
レリックたちのところも、レリックが仲間たちの調整を頑張っていて、他の面々も何か言いつつもレリックを信頼しているため、喧嘩に発展することが無かったのである。
そのため、多少の意見の違いが出てもすぐ収まる経験しかない面々では、ここまで意見をぶつけ合って、徐々に険悪になっていく状況にどうしたものかと悩んでしまっていた。
そこに手を叩く音が響く。
新人冒険者と指導役側含め、皆が音の方へ目を向ける。
「はいはい。そんなことで喧嘩しないで。そんなことで喧嘩しても、自分たちの生活は良くなりませんよ。最初にこちらでグループを分けましたが、他の方と組みなおして構いません。これから本格的に演習に入りますから、自分たちが信頼できる、一緒に行動できると言う人と汲んでください」
場の方向を定めたのはリベルテだった。
ファニスを含め、女性の冒険者たちがあれこれと言って、新人冒険者たちを動かし、グループを分けなおしていく。
「……リベルテさん、すごいですね」
「いや……、そちらの女性陣もなかなか……」
その場に置いてきぼりとなったレッドとレリックたち男性冒険者たちは、グループが再編されていくのをただ見ているしかできなかった。
再編する考えがなかったが、再編してはダメだと思い込んでしまっていたのが、悪かったのだ。
そして改めて、レッドたちの前に訓練を希望した十人がやる気を滾らせて立っている。
三人、二人人、四人に分かれてグループを組んでいた。
残りの十人は五人、五人でグループで組んだようで、レリックとスヴェンたちが引率を兼ねて林へと入っていっている。
「よっし。それじゃあ、今の実力がどんなもんか確認しないとだね! それじゃあ、まずは私が相手するよ。順番にきなさい!」
ファニスが木剣を構えて威圧する。
訓練用にと馬車に積んであったもので、先陣を競って新人冒険者たちがそれぞれに訓練用の武器を手にしていく。
「先輩とは言え、女性には負けられないな!」
「ふ~ん。相手を見かけで判断するなんて、その時点で大したことなさそうね」
一番手を勝ち取った新人冒険者が、ファニスを侮ったような言葉を口にしたため、ファニスの目が険しさを帯びていく。
「オルト! 負けるなよ!」
彼の知り合いなのだろう青年が声を掛けると、オルトと呼ばれた青年が軽く手を上げて応える。
リベルテは額にそっと手を当て、そして傷薬の準備に動いていた。
「はじめっ!」
レッドが合図を出すと、オルトがすぐさま動きだす。
気が逸っていたのもあるだろうが、先手必勝と言う考えとも言えた。
一気にファニスとの距離を詰めて、木剣を上段から振り下ろす。
新人にすれば十分、度胸と勢いがあり、基礎が出来ている腕を持っているようだった。
だが、ファニスはレッドの講習に参加した冒険者である。
と言うより、リベルテにコテンパンにやられた一人である。
短剣を使うリベルテは、オルトより身のこなしが軽く早い。
そうしなければ、剣より短い間合いを詰めきれないのだ。
特にフェイントを仕掛けることも無い真っ直ぐな動きは、ファニスにとって単調すぎた。
「ボアよりも遅いっ!」
振り下ろされた剣を左に避けて、そのままオルトの腹を横なぎに打ち抜く。
くぐもった声を上げてオルトが倒れた。
一瞬でオルトが打ち倒されたことに、ファニスの力量差がわからされ、静かになる新人冒険者たち。
倒れたオルトは、リベルテの指示でレッドに回収され、横に寝かされて、打たれたお腹に薬を塗られてく。
「悪くは無いけど、場数が足りないね。それじゃ、次!」
ファニスの声で互いの顔を見合わせる新人冒険者たち。一同の腰が引けていた。
「さっさとしなさい! モンスターと遭った時、モンスターは待ってちゃくれないよ!」
ファニスが怒りを露にすると、さらに身を縮めてしまう新人冒険者。
レリックのチームで、こちらに残っている面々が、ファニスに苦笑を漏らす。
「なんかすっごいやる気だな、ファニス」
「あ~、すみません。以前にレッドさんたちに、がっつりやられましたから……」
ファニスのやる気を褒めたレッドであったが、レリックチームのアレクトーという青年から、原因はレッドたちであると言われてしまい、目が点になる。
レッドはそのままリベルテの方に顔を向けた。
リベルテはサッと目を背け、オルトの様子を確認していく。
講習の初日に、リベルテが新人冒険者たちの相手をしたのだが、あっという間に叩きのめしてしまったのだ。
本来は新人たちの腕を確認しながら、指導するように相手をするのだが、レッドに代わって場に立った、女性のリベルテ相手なら勝てると口にして挑んでしまったものだから、叩きのめされてしまったのだ。
ただ、腕っ節を鼻にかけるような思いは粉微塵にされたことで、レリックたちは増長せずにやってこれているので、良い経験と言えば良い経験となっていた。
そんな経験をしたものだから、新人冒険者の腕試しとは、新人たちの鼻っ柱を折るものだ、と思っているのかもしれなかった。
否定したいが、自分たちがやってしまった後のため、レッドはリベルテを見るだけで、リベルテは気づかぬ振りをしながら、倒れていく新人たちの治療に動くしかなかったのである。
先ほどのオルトの知り合いであった、ホセという新人が地面に転がっていた。
周囲から生贄に出されるように押し出された彼は、腰が引けたまま振り下ろした木剣を軽く避けられ、頭に打ち込まれて倒れていた。
「いや、頭は危ないだろ」
「大丈夫です。ちゃんと加減してますから」
レッドの突っ込みに笑顔で答えるファニスだが、アレクトーは嫌な汗を流していた。
今後のチームの活動で、彼女に逆らわないようにしよう、と心に決めていたそうである。
やる気に満ちていたはずの十人が地面に横になった頃には、陽は昇りきっており、そろそろ林に食糧を探しに行った新人冒険者たちが戻ってくる時間になっていた。
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