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子どもたちの賑やかな声が聞こえる。
孤児院は明るい印象を持たれないものであるのだが、この孤児院に引き取られている子どもたちは、悲観に負けず、明るく生きようとしていることが、ここに近づけば分かるだろう。
「ええ。先の戦争でまた増えた子もいるのですが、ああして笑ってくれているのはありがたいことです。あぁ、リベルテさん方には感謝しています」
リベルテたちに頭を下げるのは、この孤児院の管理人をしているヨルゲンという中年と呼べてしまうくらいの男性である。

「いえ、私たちも縁が出来た結果ですから」
以前にお金を盗まれたことから繋がった縁であるが、その結果、孤児院のお金を不正に得ていた者達を捕まえることが出来、この孤児院が取り潰しになるのを止められることが出来たのである。
あの縁が無ければ、この孤児院は潰れ、放り出された子どもたちは行き場を失くしてしまう。そうなってしまえば、何も出来ず亡くなってしまうか、盗みや人を殺して物を奪っていくしか生きていくことが出来なくなっていただろう。
この件から、日々の生活に少し余裕を持ててはいるレッドたちは、孤児院に少しでもと援助を始めていたのである。
そして、今日、この孤児院に来たのは、その援助を持ってきたからだった。

「それじゃあ、この野菜をよく洗って、なるべく同じ厚さになるように切ってもらえるかな? ただし、手元には気をつけましょうね。無理はしなくていいから」
リベルテが子どもたちの中で、一番年上の少女を筆頭に料理を教えている。
「…っと。どうでしょうか? リベルテさん。ああっ! ちょっとリリー。そんな持ち方危ないでしょ!」
真剣にリベルテの言うことを聞いて実践しているのはエルナであり、この孤児院では一番リベルテたちと縁が深い。
一番の年上と言うこともあるのだが、エルナより年下の少女たちに気を配りながら作業しなければいけなくて、とても大変そうであった。

「もう! これが今日の私たちのご飯になるんだから、ちゃんとしなきゃおいしいもの食べられないわよ! ……はぁ。リベルテさん、ごめんなさい」
「いいのよ。それにしても、本当にしっかりしてるわね。これだったら大丈夫そうね」
「リベルテさんたちには本当にお世話になりました。私、頑張りますね」
この孤児院で一番年上となっているエルナであるが、このまま孤児院に居残ることが出来ない年齢へとなっている。
お手伝いではなく、雇ってもらって働ける年齢になったら、孤児院を出て生活しなければならないのだ。
それはいつまでも居続けさせられるほど建物が大きくなく、孤児院で引き取らなければいけない子どもたちが毎年入ってくるからである。
そのため、リベルテが積極的に動いて「どんぐり亭」の店主に売り込んだ結果、エルナは年が開けたら「どんぐり亭」で働かせてもらうことに決まっていた。
食事も出す酒場であるため、エルナはこうしてリベルテからの教えを、他の誰より真剣に学んでいるのだ。

「そういえば、アルト君でしたっけ? 彼はどうなんですか?」
以前にリベルテからお金を盗んだ強者であり、ある意味では期待が持てる少年である。
「アルトは今、冒険者になるんだ~って、レッドさんに教えてもらっていますけど……」
アルトはレッドたちによって孤児院の危機を救ってもらい、またこうして時折ではあるが、支援もしてもらっていることで、冒険者という職に憧れを持ってしまったようだった。
「あまり希望を持つ仕事では無いのですが……。それと、そう言う話の予定ではなかったんですけどね」
リベルテが、レッドたちが居る方角を遣る瀬無さそうに目を送る。
その様子にエルナは首を傾げた。
あの少年がエルナに想いを寄せているのは、リベルテからすれば分かり安すぎるもので、どうなんだろうかと、ちょっとワクワクして質問したのだが……。
日々の生活が大変であると言うのもあって、まったく娯楽が無いわけではないのだが、全く足りないのだ。
王都に居る女性たちにとって、他人の恋愛話ほど興味を引き、楽しいものは無い。
が、今の感じでは、エルナからはそのような楽しそうな話にはならなそうであった。

「はい。それじゃあ、まずはカロタをちょっと焼きますよ。皮に焼き目を付けるとおいしくなりますから」
子供たちが、大量のカロタを大鍋にわぁ~と入れる。
勢いよく入れたせいで油が跳ねてしまい、興味津々に近づいてきてしまっていた子に少し掛かってしまい、熱さに泣き出してしまう。
「あ~、もう!! ヨルゲンさんを呼んできて! 手当てお願いしないと!」
エルナが管理人を呼びに行くよう近くの子に指示を出し、ヨルゲンが来るまでの間、泣いている子をあやし続ける。
リベルテは上手だなぁと感心し、その手管を横目で学ぶ。正面から見ないのは、鍋の側から離れるわけには行かなかったからである。

「すみません。え~っと、次はパタタを入れればいいですか?」
少し急いで来たのだろう。エルナの息が少しだけ荒い。
「まだゆっくりで大丈夫だから、落ち着いてね。次はお肉をいれますよ~」
リベルテがそう声をかけると、近くにいる子どもたちから歓声が上がる。
やはり、子どもはお肉が大好きなのだ。ただ、それが聞こえていたレッドもリベルテに大きく手を振っていて……、大人もお肉が好きだと言うことだ。
「それじゃあ、このままパタタも入れちゃいましょう」
お肉を入れて少し色が変わり始めてきたのを見て、次の指示を出す。
エルナを筆頭にして、少し重そうにパタタの皿を持って、ゆっくりと鍋に入れていく。
「はい。それではしばらく混ぜながら全体に火を通していきますよ。ゆっくりとね」
お肉の焼ける匂いとともに野菜から少し甘い匂いが漂い始め、近くに居る子どもたちの目が鍋に注がれていく。
鍋から離れた所で、レッドから冒険者に必要な知識とちょっとした軽い訓練を受けているはずの子どもたちの動きも緩慢になってきていた。

「それでは、ここでワインを入れるともう少し香りが良いのだけど、小さい子が居るので、このまま味付けしますよ。塩を振って混ぜたら、同じように小麦粉も軽く振り入れてください」
小さい子と一緒になって、木ベラを持って混ぜるエルナ。
たまに危なっかしく、手を出したくなるが、リベルテはなんとか我慢する。
自分で全部やってはためにならないのだ。子どもたちが自分たちでやることに意味があるのだから。
「はい。それではこのお水とミルクを入れてください。溢さないようにね」
ふらふらとした手つきで、鍋に流し込んでいく。
リベルテは討伐の依頼でモンスターと対峙するより、ハラハラしてしょうがない。

「では、あとはゆっくりと混ぜて煮込んでいくだけですよ」
子どもたちが待ちきれないとばかりに、鍋を見続ける。
それを制しながらゆっくりと混ぜ続けるエルナは、焦げないように焦げないように、と呪文のように呟き続けている。暗めの部屋でローブを羽織ながらだったら、怪しい物を作っているようにも見えそうだ。
だけど、エルナはなかなか可愛い子であるし、ローブで顔を隠してもいないのだから、もしそんな風に見える人が居たのなら、余程に目が悪いか、世の中全てを疑ってかかる考え方をしている人くらいだろう。

後片付けくらいならいいかな、とリベルテが片付けを始めていたのだが、鍋の周りに人が増えていることに気づいた。
レッドが申し訳なさそうな、少し呆れたような顔で立っていた。
「いい匂いに釣られてな。全然、集中しそうに無いんで戻ってきた。こう言うもんだったかなぁ」
自分の小さかった時を思い返して、そう言うもんだったな、と頷くレッド。
レッドも子どもの頃は、学ばなくてはいけないことがあっても、食事の匂いに釣られて集中できなくなっていたらしい。
リベルテも、そう言うものですよね、と笑うのだった。

先の戦争で亡くなった兵は多い。
その家族であった者達には、国からいくらかの手当てが渡されたが、それでずっと生活して行けるものでは無い。
伝手がある人はその先で働けたり、親族の世話になったりもできたようであるが、中には立ち行かなくなって子どもと離れた人たちもいた。
自分ひとりであれば、なんとか生きていけるという悲しい現実が多いのだ。
そのため、孤児院で引き取られた子も多い。それでも、オルグラントではまだまだ全てを受け入れられるには孤児院が足りないし、以前から孤児院に入れず、それでもなんとか生きている子どもたちがハヤトの居たあの地区で生活していたりもしている。
孤児院側だって、全てを受け入れることは出来ないのだ。
国からの給付だけで賄っていかなくてはいけないのだから、どうしようもない。
また、お金もなければ、孤児院で子どもたちの世話をしてくれる人も他に居ないと言う事も影響がある。誰だって、自分たちの生活に余裕がなければ、他の人の世話に力なんて貸し続けられないのだ。
だから、孤児院に入れた子でも明るい顔になる子は少ない。
それでも、ここの孤児院で笑っている子が多いのは、管理人の手腕とエルナのような孤児院の中でも年上となる子どもたちが協力しあってくれているからだろう。

孤児院も、王家が動いて正しく給付金が渡されるようになったが、それだけで十分な運営をしていけるものではない。
十分な食事を用意できなかったり、着ている服だって大きい子の古着を継ぎ接ぎして使っている。
それでも屋根がある場所で暮らせて、それなりに食べ物があることは十分な救いではあるが、身寄りが居ないこと、捨てられたことを思えば笑顔になんてなれない。
今こうして笑っている子が多いことが、ただの一冒険者である二人にはとても嬉しいことであった。

「あ~、もう。勝手に食べちゃだめだって! ほら、リベルテさんたちにお礼と感謝を言ってから。お願いだから」
酒場で働くことになっているエルナであるが、このまま孤児院の運営に携わった方が向いているような気さえしてくる。
子どもたちがすでにあちこちで食べ始めているが、ありがとうございます、と唱和する声に、リベルテは自然と笑みがこぼれる。
「子どもってかわいいですよね」
深い意味はないのだろうが、その言葉に、レッドはどう返したら良いのか言葉に詰まり、なんとも答えることができなかった。
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