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陽は高く昇り、人々の喧騒が賑やかになって来た頃に、その家の住人は目を覚ました。
昨日の余韻が残っていて部屋の空気は淀んでいるようで、起きてきた女性が窓を大きく開けて、空気を入れ替える。
陽が高く昇った外は、窓を全開にしても風は暑さを含んでいて、汗が滲んでくるくらいだった。
だが、空は綺麗に晴れているのを見て、大きく伸びをして気合を入れた。
「よっし! さぁ、片付けましょうか」
昨日のうちにまとめておいた食器をかちゃかちゃと洗っていく。
脇に避けていた酒瓶も中を水洗いして陰干しにする。酒瓶はきれいにして酒場に持っていくと小銭と交換してくれるのだ。
分厚いガラスの瓶は、王国にあってはふんだんと言えるほどには作られていない。
そのため、ひび割れなどしていない状態のよい物は洗浄した後、再利用されるのだ。
酒瓶を作る工房では丈夫である物、意匠にこだわっている物が商会、客に人気であり、瓶底に作成者の名前を刻んでいるため、名前も売れるとあって、職人にとって人気の仕事となっている。

しばらくすると、一人の男性があくびをしながらリビングに入ってくる。
「やっぱり、リベルテが一番か。おはよう」
「おはようございます、レッド。……さすがに、大丈夫そうですね」
「次の日まで残るような飲み方はもうしねぇよ」
冒険者、に限らないかもしれないが、大変な仕事をやり遂げた後と言うのは、よい報酬が手に入ったということもあり、つい飲みすぎてしまうことがある。
そのほか、同業者やギルマスなど仕事で関わりがある人たちに気に入られたり、逆につぶそうとしたりして、しこたま飲まされるということもあったりする。
レッドも冒険者になってそう経っていない頃に、初の討伐依頼を達成して、十分な報酬を手に酒場で高いお酒を飲んでいた。それだけならそこで終わったのだが、ギルマスやマークなど他の冒険者たちもやってきて、宴会の様相に変えられ、場の雰囲気もあってとことんまで飲みふけってしまった。
もちろん次の日は最悪で、このまま死ぬんじゃないかと思ったほどだ。
口に出してしまって、その当時から一緒に居たリベルテになじられながら看病してもらったものだった。
そのことを未だに言われてばつが悪い。そろそろ勘弁してくれと思っているのだが、リベルテが楽しそうであるため、何も言えない。
リベルテはそれがわかっていて、未だにこういった時に言うようにしているのだが。

「あの二人は……今日は起きてこないだろうな」
「少し飲ませすぎましたかね? 楽しそうにされていたので、いいかなと思ってたのですが」
「いいんじゃないか、たまには。あいつらは、ずいぶんと気を張り続けてきてるからな」
「……そうですね。想像するしかありませんが、もし自分がと考えたら、辛いものです……」
痛ましそうに胸を押さえるリベルテ。
レッドも外に見える空を見ながらゆっくりと水を飲む。
水を飲み干したレッドが立ち上がり、酒瓶を袋にまとめて持ち上げる。
「それじゃあ、これ置いてった後、ギルドに行って来る。あいつらの看病を頼むわ」
「昨日の今日ですからね。ゆっくりさせてもらいます」
袋を担いでいないほうの手を上げて、レッドは暑い日差しの中、酒場に向かっていく。
「それじゃあ、飲みすぎに効く薬でも用意しますか」
リベルテも外に出る。薬師に向かうその足は軽そうだった。

酒場でいくらかの小銭を得たレッドは、そのまま冒険者ギルドへと向かう。
昨日、ギルマスにハーバランドの様子を聞きたいと捕まっていたためだ。
20日ぶりのギルドは、昼くらいだというのに冒険者で賑わっていた。
全員が全員仕事を探してというわけではなく、ギルド内で談笑している人たちも居るのだが、こういった会話が横のつながりを作り、そして情報交換が進められる。
そう教わり、実行してきたレッドとしては、この王都の冒険者ギルドで見受けられる光景が冒険者らしいと改めて思えた。
「よう、遅かったじゃねぇか」
またしてもギルマスが部屋で大人しくせず、この広場で待ち構えていた。
「だから、強制でもないですし、そもそも急ぐような話もないですから」
ギルマスであるギルザークに気に掛けてもらえているのはうれしくはあるのだが、良いように使われる(弄られる)のは好きではないため、あしらうように返してしまう。
「ほう……」
ギルザークの目が獲物を狙うような目つきになる。遊び道具を見つけたような目といった方が正しいかもしれない。
「それじゃ早く報告させてもらいます。あ、話は部屋ですか?」
直感にくるものがあったため、話を振って移動を促す。
弄るタイミングを逃したギルマスは舌打ちをして、部屋に戻っていく。
「二日酔いで寝てた方がよかったかもしれん……」
一つため息をついてから、ギルザークの後を付いて行く。その足取りは重そうだった。

「それで? あっちの何を聞きたいんですか?」
ギルマスの部屋に備えられている、なかなか質の良いソファに座ったレッドが、正面に座るギルマスを見る。
「問題児と戦ったんだってな? あいつをどう見た? それとハーバランドは持ちそうか?」
真面目な表情でレッドを見るギルザーク。その姿は、王都の冒険者を管理するギルマスの姿だった。
「腕はものすごく立つ。悪いが、全盛期のギルマスより上だと思う。ギルマスが戦ったグリズリーと状態は違ってはいるが、それでもグリズリーだ。それをあっさりと斬り捨てるほどだった。それに死角を突いたはずだったのに、見向きもしないで防がれた。あれを止めるのは難しいと思う。殺す気で多くの犠牲者をだしてなんとかなる、と思いたい」
「そりゃまぁずいぶんと……。とんでもねぇ危険物じゃねぇか」
「人となりは……良いとは言えない。サバランから聞いてると思うんだが、他者を見下してる。あの腕だから仕方ないとも言えなくはないんだが……。俺らを含めて人を人と見ていないんじゃないか。そこいらにいるモンスターと同様に見てるような気がした……。あいつと戦うきっかけがそれだからな。こっちの仲間をあっさりと斬ろうとしやがった」
目つきが険しくなっていくギルマス。
王都に来たときのことを考えているのである。そしてそれは思わしくないものだったのだろう。眉間に皺がよっていく。
「それで、ハーバランドが持つかってのは……質問が難しいんだが。今はまだ大丈夫だろう。伯爵が領主として動ければ問題はないと思う。ただそうなった場合、王都に移ってくるかもしれないな。いや、あいつらだと何も無くても、王都に来そうだな」
「野心を持ってるからか?」
「それはあるだろうな。それよりも取り巻きがな。あいつの強さに媚びてる冒険者で、そいつら自身に腕はない。だが、あいつに媚びることで自身の欲望を叶えてもらっているんだと思う。王都での暮らしに憧れを持ってると思う」
「そいつはここまでの話で一番ありがたくない話だな」
言ってしまえば、向こうに居続けてくれれば、王都としては問題はないのである。
強さに託けて幅を利かせていても、王都の暮らしに影響は無い。
だが、彼らが王都に来てしまえば、今時点で頭を悩ませているサバランの問題が、そのまま王都の問題になるのだ。
その可能性が高いと言われれば、うれしいと思うものはどこにも居ない。
「強いってのは頼もしいもんだが、こっちまで斬れる剣ってのはどっか遠くに仕舞うか、捨てたいもんなんだがなぁ……。他所にも連絡くらいはしておくが、あとはこっちにきてから考えるしかないか。わかった、ありがとよ」
「いや、こっちも聞いてもらって助かった。知っててもらえば、何かしらの対応も考えてくれるだろうからな」
「いまのを聞いた限りじゃ、どこまで押さえられるかわからんがな」
お互いにニヤッと笑う。
「んじゃ、明日からも頼むぜ」
「そりゃこっちも生活してるからな」
外に出れば日が沈み始めており、思いのほか話し込んでいたらしい。
帰りに仕舞い始めている青果店で果実をいくつか買っていく。
まだ具合が悪いかもしれないし、昨日の今日ではレッドでもそこまで食欲が戻ってきていなかった。そういう時は、瑞々しく甘い果実が良いのだ。

「ただいま」
家に戻るとスープの匂いが漂ってくる。
「おかえりなさい、レッド。皆食欲がそんなにないだろうから、軽めのスープだけ用意しました。足りなければなにか、パンとかつまんでください」
「いくつか果実を買ってきた。足りなきゃこいつをつつけばいい」
「気が利きますねぇ。体験からですか?」
「その成果がこれだな」
お互いに気楽に話をしながら、テーブルに用意していく。
テーブルにはすでに二人が座っていたが、マイは頭痛そうに抑えていて、タカヒロは突っ伏していた。
「そんなに遅くまで飲んでなかったはずなんだが、この時間まで響くか」
二人の様子に呆れてみたものの、この辛さは人によって違いがあることをレッドは知っている。
しこたま飲んだ翌日にケロッとしているギルマスに背中を叩かれて吐きかけたこともあるし、ちょっとした飲み比べの翌日でも、朝早くから動けるリベルテもいた。
そして、それに負けて寝込んだりしたのがレッドであったので、早く戻るといいなとしか言いようがなかった。
「昼過ぎに薬も飲んでもらいましたから、明日には大丈夫だと思いますよ」
「まだ、あたまいたい……」
搾り出すような声を出すマイに、思わずレッドが言葉をもらしてしまう。
「辛いのはわかるが、ここまで引くとはな……。お前の力で治せたりはしないのか?」
「あ!」
そういえばと思ったマイが力を使おうとする。
それを見たリベルテがレッドの頭を叩く。力を簡単に使わないようにさせてきていたのに、自分から使わせてどうする、と。
かなり勢いをつけて叩かれたレッドは苦悶の声を上げるが、自分が迂闊だったのはわかっていたので、痛みが引くまで我慢するしかない。
そして痛みが落ち着いてきて顔を上げた先には、変わらず頭痛に苦しんでいるマイが居た。
「治らない……」
「はぁ……。だいたいそういうのは、そういった力に頼らずに自然に治したほうがいいですよ。はい、スープだけでもお腹に入れて、寝てください」
「……は~い」
自分自身には使えなかったのか、それとも今のような状態では使えないのか。
未だに具合が悪そうに、ゆっくりとスープをすすっているマイの姿に詫びながら、助かったと思うレッドであった。
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