上 下
47 / 214

47

しおりを挟む
「あ~、暇だ……」
ベッドで寝転がっているのはレッドである。
先の薬を作っている張本人を捕まえる際に、その男が撒いた煙を吸ってしまったため、手足に痺れが残っている、ことになっているためだ。
リベルテの肩を借りながら家にたどり着いた後、マイの力によって綺麗に治してもらったため、問題なく動けるようになっている。
しかし、昨日の今日で警ら隊の多くが同じ症状になり、亡くなった者も多い中で依頼をこなすことなどできない。
そんなことをすれば治った原因を調べられ、マイの力が表に出てしまう。
薬の影響を受けている人全て、マイの力であれば治せるだろうが、当然その後は想像がつきやすい。
良くも悪くも国や有力者達に狙われることになる。
優遇してくれるところもあるだろうが、それはすなわち籠の鳥であり、その人たちの思惑に応じ続けていかなくてはいけなくなる。
もしかしたら、奴隷のように扱われてしまう可能性だってある。
そのため、しばらくの間、レッドは家に篭ってなければいけなくなっているのだ。

「元気になったんですし、感謝して欲しいんですけどね? それにたまにはゆっくり休んでてくださいよ。働きすぎじゃないですか?」
ベッドで暇すぎて腐ってきているレッドに声かがかかる。
「マイか。それは本当に助かった。ありがとう。わかってると思うが、他のやつらを不用意に治療して回るなよ」
「自分は治してもらっておいて、他はダメとか酷いこと言いますよね。レッドさんて」
非難めいたことを言っているがその顔は笑っていた。
「はぁ……。他のやつらだって治療して欲しいとは俺だって思ってる。だがな。お前さんの力は大きすぎる。それを懸念して逃げてきてたんだろ?」
「わかってますけどね……。自由にやれないなんて肩身狭いわ」
「世の中そんなもんだろ。誰にも気兼ねしなく自由になんて言うなら、誰もいない島とかで過ごさない限り、ありえないさ」
「わかってるつもりなんですけど、やっぱり力のせいで肩身狭くなってるのが……。よくある話じゃ、こんな風になってることないんですけどね」
マイやタカヒロたち『神の玩具』は、違う世界から来た者達のため、こちらではよくわからない言葉を使ったりするし、こちらでは聞かないような話を当たり前のようにする。
突然、過ぎた力を与えられるなどという話は、こちらの世界にはない。
よくある話なんて、仕事や酒の場での失敗、異性関係なのだ。

わからない話は触れないようにして、レッドは話を変える。
「そういえば、リベルテたちは?」
「タカヒロ君連れて仕事に行きましたよ? しばらくだれかさんがただ飯くらいになりますからね~」
にやりと薄笑いを浮かべながらレッドを見やるマイに、ばつが悪く目をそらす。
レッドとて好きで動かないわけではないのだが、動けないことに変わりがないので、何も言えない。
「んで、マイはなんで残ってるんだ?」
「レッドさんは介護が必要だろうという話に合わせてです。でも、レッドさん問題ないし、私も仕事行ってこようかなって思ってますよ」
「一人でか!? マイで一人は危ないだろ。やめとけよ」
「え? なんですかそれ!? 差別です! 偏見です! 私だって冒険者ですから、一人でやれます」
元々、出かける前にレッドに挨拶にきただけだったため、そのまま家を出て行ってしまう。
「あ~、言い方間違えたか……。一緒に行くわけにも後を付けるわけにもいかないし。何も無く戻ってくることを願うだけか……」
言葉と裏腹にレッドは毛布を引っ被って寝ることにした。

「まったく、レッドさんてば子ども扱いするんだから!」
むくれつつも向かったギルドで貼りだされている依頼を探す。
一人で出来ると言い切ってきたが、さすがに討伐はもちろん、力仕事になりそうな依頼は受ける気は無かった。
そして、採取の依頼にしてもどこにあるか、どういったものかがまだまだ覚え切れていないため、採取にしても一人で行けないとも思っていた。
「そうなると近い場所の配達か給仕とかかなぁ。あればいいんだけど」
冒険者の依頼の多くは、冒険者にしか出来ないというものではなく、手が足りないので冒険者に、というものだ。
冒険者とは職にあぶれた者たちの受け皿の職なのだ。
「お~? お姉さん一人? だったら俺達と一緒に仕事しない?」
声をかけられてマイは思いっきり顔をしかめる。
レッドたち、少なくともタカヒロと一緒にいるときには遭った事がなかったためだ。
相手は男3人でニヤニヤとマイを見ていた。
この時点で絶対ろくなもんじゃないとわかったマイは無視してギルドを出ることにした。
この手のは反応を返す方がよくないのだ。
受けてはもちろん、依頼にかこつけてどんな目にあってしまうかわからないし、拒絶してもこういった類の人は引き下がりはしない。
かえってよけいしつこく絡まれて、おもしろくもなんともない時間を費やされることになり、そのうち逆上して襲ってくるのだ。
だが、無視して動くというのも危ない可能性はあり、襲ってこられても対処できるようにだけは気をつけていた。

だが、そんなマイに返ってきたのは予想してなかった言葉だった。
「そうそう。女なんだから大したこと出来ねぇんだから、サッサと帰んな」
「皿洗いとか給仕を本職にした方がいいぜぇ~」
「いや、それより娼妓だろ? 金弾んで相手してやるよ」
そういって馬鹿笑いする3人になんでこんなことを全く知らない相手に言われないといけないのか。ただ、ここで暴れても3対1。唇を噛みながら家に戻るしかなかった。
ただ無性に悔しさだけが募り、家のドアを荒々しく閉める。
思いのほか大きな音にレッドも起きてくる。
「何だっ!? ってマイか。早かったな。さてはいい依頼なかったな?」
レッドのいい方が悪かったのもあろうが、啖呵を切って出かけたものの早い戻りに事情を察したつもりであったが、少し足りなかった。
マイがいきなり泣き出したのだ。
冒険者として日々の生活のために仕事をこなし、時として命を賭けることがあり、ましてや一緒に仕事をしている相手が相手だけに、浮いた名など一切無かったレッドとしてはどう対処していいかわからない。
ひとまず玄関近くでは体面が良くないとマイを抱えてリビングへと運ぶ。
そして以前、リベルテとマイが話していたことを思い出しながらハーブのお茶を淹れる。

いくらか泣いて気持ちがすっきりしたのだろうマイが、目の前に出されていたハーブのお茶にゆっくりと口を付ける。
また言い方間違えてもと思えば、どう声掛けたものかと悩み、マイの反応をじっと待つことにしたレッド。
「……いきなり泣いちゃってすいません」
まだ少し涙声っぽいマイが、軽く鼻をすすりながら話し始める。
それにホッとするレッドが、お茶のお代わりをもってくる。
「上手くいったかわからんが、悪くはないだろ? でだ……。あー、何があった?」
泣き顔を見せてしまったことに気恥ずかしいのか、聞き取りにくい小さな涙声で話す内容をまとめたところ、ギルドで男性冒険者に馬鹿にされたということらしかった。

「まぁ、なんだ。同じ冒険者としてすまなかった」
レッドはマイに向かって頭を下げる。
レッドとてギルドで10年続けている冒険者である。決して強くて憧れてもらえる存在でもなかったが、先達として新たに冒険者となる者達の言動については注意をしてきていた。
もっともマークたちがレッド側につき、他の面々を諭していかなければ、レッドの言うことなどだれも聞かず、もっと無法地帯になっていただろう。
そして、マークが亡くなってしまった後は自分の仕事と思っていたため、レッドは頭を下げることにためらいは無かった。
「レッドさんが悪いわけじゃ、ないじゃないですか」
「それでもな。そういった奴らを指導してこれなかったし、マイにも注意してやれなかったからな」
本来であればギルド内であるし、冒険者達の取りまとめが仕事であるギルド職員、ギルドマスターが指導したりしなければいけないのだが、ギルマスは忙しくてよほどタイミングのいいときしかわからないし、ギルド職員といっても戦うものたちではないため、争いごとに向かないものが多いのが現状である。
そんなことがあるとレッドが注意をしてないとは言え、一人では危ないとも言ってくれていたため、マイは黙って首を振って、レッドが悪いわけじゃないことを示す。
「冒険者ギルドでさ。依頼を見てるやつとか周りにいる仲間達に女性が少ないこと気づいていたか?」
改めてギルドでの状況を思い出して、マイはまた首を振る。
「女性が弱いというつもりはまったくない。俺の相棒はリベルテだしな。だが、女性で冒険者になるヤツってのは多くないんだ。その理由は大きく2つだと思っている。
 1つは、単純に危険ということだ。討伐の依頼はもちろん、採取の仕事であっても場所や運によってはモンスターにかち合う。絶対に、無傷で倒せるなんてことはない。数多くの討伐依頼をこなしてきたやつでも、なれたはずの相手に大怪我をするときだってある。打ち身やまぁ骨折くらいまでならいいんだろうが、切り傷になると痕が残る。傷跡が残ってる女性ってのは、もらいても少なくなるのがあってな。それを敬遠してるんだろうな。
 もう1つは、仕事なんだ。やはりだが、力がいる仕事というのは男が多くつくが、その代わり手の細かい仕事、裁縫とか細工とかな。そっちは女性が多く就く。それと給仕も女性の方が好まれるし、いい気はしないだろうが娼妓もある。冒険者なんて職じゃなくても他に女性がつきやすい職があるんだ。怪我を負う可能性のある仕事を選ぶことはないんだよ」
「それじゃ、私、冒険者辞めたほうがいいんですか? 続けてるほうが変なんですか?」
「そうじゃない。ただ女性の冒険者ってのは少ないってことなんだ。だが、少ないだけで居ないわけじゃないし。そこいらの男よりずっと強い人もいる。それでも、男の方が多く、実力の一つでも見せないと舐められるのがあるんだ。討伐の依頼を全くしない冒険者も結構馬鹿にされてるな。戦わなきゃいけない仕事ではないんだが、な」
レッドも自分で淹れたお茶に口をつけ、思ってたよりは美味くいっていることに満足げな顔をする。
「このまま、泣き寝入りしてなきゃいけないんですかね?」
空っぽになったコップを見つめながら、それでもなお悔しさを滲ませるマイの言葉をレッドは笑い飛ばす。
「いや、簡単だよ。力を示せばいい。それだけだ。力であいつらをねじ伏せてもいいし、仕事をこなすでもいい。冒険者としての力を見せればいいだけだ」
「私で勝てますか?」
「それは簡単に勝てるとは言えんな。たぶん、聞く限りじゃまだ冒険者になって若い方だろうが、討伐や力仕事を主に受けてる奴らだろ。戦って勝てるとは、あまり思えんな? それよりは討伐依頼をこなすってのがいいだろうよ。マイ一人で、いや、タカヒロは居てもいいだろうな」
「タカヒロ君が居ても、私の力を認めさせられる?」
「いや、あいつも体細いからな。一緒の方がいいんじゃないか? しかし、そう考えると俺達が連れまわしすぎたのはよくなかったかもしれないな。すまない」
「いえ! いろいろと教えてもらってますから。でも、いつかタカヒロ君と二人で討伐やってきます!」
「ああ、頑張れよ」

先の『神の玩具』についてはなんともない様子にレッドはひとまず安心する。
泣いたのもそれが関わっているのかもと思っていたためだ。
いつか二人が自分の意思で動き出すことを決めたとき、自分たちはどうするのだろうと、やる気を出してトレーニングを始めるマイを横目に考えるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

召喚幼女は魔王さま!〜ルルはかわいいなかまとへいわなせかいをめざしたい〜

白夢
ファンタジー
 マイペースな幼女が、魔物たちと一緒にほのぼのと平和な世界を取り戻す物語。完結。  ある洞窟の中で行われた、魔王召喚の儀にて。  ルルは魔王として、そこに召喚された巻き角の幼女。  しかし、その後まもなく、ルルを召喚した一団は、全滅してしまう。    一人取り残されたルルは、その後現れた魔物のジャックと共に、長い間二人きりで生活していた。  そんなある日、突然騒ぎ始めたジャックに誘われるがままにルルが洞窟から外を見ると、  ボロボロになった白いドラゴンが、森へと落ちていくところだった…… ーーー  大きなツノを持つモコモコの魔物、ジャック。  自称勇者に追われる、白いドラゴン。  ぽんぽん跳ねるぽよぽよスライムなど、楽しい仲間が色々います。    ファンタジーな世界で、可愛い頭脳派?幼女が、ちいさな仲間たちと人類を蹂躙し追放する、ほのぼの支配者シフトシナリオを目指しました。  お気に入り、ご感想、応援などいただければ、とても喜びます。よろしくお願いします!

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

騎士と魔女とゾンビと異世界@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入
ファンタジー
 フレアグリット王国の国立騎士団「フレアグリット騎士団」。そこに所属していくサフィーとブリーツ、そしてアークスは、日々、フレアグリット王国の治安や、人々の安心のために任務をこなしていた。  そんな中、一つの町の人々が全員、リビングデッドに変わってしまうという大事件が起きる。騎士団は総力を以て事件の解決に動き出すが、裏ではもう一つの大きな出来事が起きていた。  サフィー、ブリーツ、アークスは、その大きな二つの出来事のうねりに巻き込まれていく……。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。

名無し
ファンタジー
道具屋の店主モルネトは、ある日訪れてきた勇者パーティーから一方的に因縁をつけられた挙句、理不尽なリンチを受ける。さらに道具屋を燃やされ、何もかも失ったモルネトだったが、神様から同じ一日を無限に繰り返すカードを授かったことで開き直り、善人から悪人へと変貌を遂げる。最早怖い者知らずとなったモルネトは、どうしようもない人生を最高にハッピーなものに変えていく。綺麗事一切なしの底辺道具屋成り上がり物語。

処理中です...