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王族や貴族の力を示すものであったり、偉人を称えたりするために行われる祭りは少なくない。
だが、年に1回、今年の豊作にこの肥沃な大地とそれを守ってきた人たちを称え、また次の年も同じようにと願う豊穣祭は、このオルグラント王国で大きな祭りの一つである。
各領地からその土地の食材が持ち運ばれ、料理に覚えのある者達が屋台や出店でどんどん売っていく。
料理によっては、その食材を作っている領地にとって新しい目玉になる可能性があるため、各領地の貴族は食材を運んで料理人達を支援し、料理人たちは出来次第では稼ぎも良いし、祭りの後も売り上げに困らなくなるとあれば、こぞって参加する。
屋台や出店の出店申請の受付は開いてからこれまで、参加者が列を成し、内政官たちは多忙を極め、出店場所の整備から予想される混雑の対処の検討と動き回るのも恒例となっている。
民達にとっても楽しみにしている祭りであるため、疲れてへたり込む内政官たちに差し入れが多くなされ、それがうれしくてまた頑張るというのがあちらこちらで見受けられるもので、一部、誰が一番差し入れを貰えるか賭け事がなされているという噂も聞こえるほどである。

「あっちこっちからすっげぇいいにおいがするな……。どこから行く?」
お腹をすかせるにおいがあちらこちらから溢れている。
お金と胃袋がもてば、片っ端から食べ歩きしそうな勢いの二人。
「甘いものははずせません! それに今日のような日しか食べられないものもありますから、迷いますね」
この日だけ解禁されるというわけではなく、この日を逃すと現地まで旅をしないと食べられないもの、という意味である。
輸送の手間分そこそこ高額ではあるが、旅をすることのない人々にとっては遠く離れた土地を思いながら珍しいものを食べられるとあって、他の地域の料理は長蛇の列ができやすい。

「おっし、適当に買ってきた。まずは食おうぜ」
普段かくもと思われるほど素早い行動で、何品か両手に持っているレッド。
リベルテのように迷いに迷いながら唸っている人は少なくない。
限りあるお金を手元に、どれだけ食べられるか、どんなものを食べたいか悩むものなのだ。
この日ばかりは、落ち着いて座って食べられるような場所は、王都内には見当たらない。
大きな通りも普段の店のほか、屋台や出店があってそこに並ぶ人がいれば、ずいぶんと狭い。それ以外の道になれば、店に並ぶ人の列で通り抜けることも難しいほどだ。
持込で酒場などに居座るものもいるが、そこは店を切り盛りしているもの。店で1品以上頼まなければ追い出される。
座って食べたい人は多いので、追い出すことに文句はない。
追い出された人は文句をいうだろうが、多勢に無勢であるし、店にとって店の売り上げに貢献しない相手など客ではないためどうしようもない。

二人はいつもの酒場にいって席を確保する。もちろん酒を頼んでいる。
レッドが買ってきたのは、ランスコーンの一本焼き、ソーセージとカボシェの千切りをはさんだパンであった。
店によって串を刺しているものやスープ系で器ごと提供しているものはあるが、串も器も店に返せば幾分かの返金がなされる。
店にとっても、器の代金を含めた値段で提供しているが、そもそも器なりを用意すること自体にお金がかかるため、なるべく回収できるようにしているのだ。
といっても、その店を示す彫り物でもなければ、その店のものでも引き取ってくれない。
違う店のものを含んで積み重なっていけば、返金で損を出すことになってしまいかねないからである。

国としてもゴミがたまって街が不衛生になると病が発生したり、広まったりすることを他国を含めた歴史で知っているため、ゴミの管理をその土地の者達に科している。
罰則があるため、ゴミを投げ捨てようものなら街の人たちに集団でぼこられるのである。ゴミを多く出す店だったり、客に注意をしたりもしない店は、街の人の手によって客が全く来なくなったりもするので、店側も他から来た人もそこだけは徹底するようにしている。
それでも、規則なりを守らない者は必ずいるもので、祭り初日にして人が全く来なくなってしまった店や集団にぼこられた上でひっそりとゴミの片づけをさせられている姿はなくならないのであるが……。

「最初に食べるものとしてはありですね。ん~ランスコーン甘い。塗ってあるタレがまた塩気があるので止められないです」
「気に入ってよかったが……俺の分も残してくれよ。ん、こっちのパンはソーセージの脂がいいな。カボシェがあるからそんなにくどく感じない」
手に持って歩くことも考えていたため、買ってきた料理は少なく、あっという間になくなる。
「次はこうスープものがいいですね」
ワインを飲みながら、次に何を食べるか思いをはせる。

「だったらうちのところで食ってけよ」
目の前にダンッといろいろな野菜が入ったサラダが置かれ、さすがにスープは零さないようにそっと置かれた。
「頼んでないんだが、これはまたいいな」
サラダはこの時期に取れる野菜をふんだんに混ぜていて、色とりどりで目に楽しい。
スープはきのこのスープで、これまたいいにおいであった。
「もちろんサービスなんかじゃないから、金は払ってくれ」
笑いながら押し売ってくるが、レッドたち常連だからやっていることで、レッドたちも悪い気はしていない。
店主が持ち込むものにはずれがないことを舌でもって経験しているからだ。

「おじさん、このサラダにかけてるの酢と塩だけじゃないですよね? 酢のきつい匂いがないし、軽いんだけどちょっと油っけがあってとても美味しいです」
「おうよ。量があまり取れないらしいんだが、油が取れる木の実があるらしくてな。獣くささがないんで、気持ち少なめの酢とオランジュの皮と少量混ぜて作ったんだ。食いやすくてかみさんが二人分を一人で食っちまったくらいだ」
人がおいしそうに食べるものほど惹かれるものはない。レッドもサッと手を出してサラダをつまむ。
「お。これは美味いな。酒にあう。これなら俺も食いたいって思うわ」
身体を気遣うなら野菜も食べるというのは、古くから船に乗るものや遠征する兵などから広がっている。
だが、身体をとことん動かす男であればガツッと肉が食べたくなるもので、レッドもまだまだ肉がガツッと食べたい方の男である。
その男が賞賛するのであれば、間違いなくこの先、酒場で注文が多い品となるだろう。

「こっちのスープもあっさりしていて締めとかにいいですね」
「おいおい、これで締めるにゃまだ早いだろ」
まだまだ食べてみたい、食べたことがない料理が並んでいるのだ。
祭りはまだ数日続くとは言え、日にちと店の数を考えれば足りないくらいで、催し物もあるのだらから、そっちも見るとなれば少しでも時間が惜しい。
「こいつは夜にゃだせねぇよ。あっさりしてて締めに向くって言って貰ったが、むしろ何か食いたくなってくる出来でな。疲れて食欲がないときにこいつを飲むと、腹に溜まるもんが食えるようになる。俺が証人だ」
客に出すものはまず自分で味見するもので、主人は自分の大きなお腹を叩きながら保証する。
その態度は間違いなく信頼でき、それを聞いたことでレッドとリベルテはお腹が軽くなってきた気になる。

「レッド! 次は甘いもの食べに行きましょう!」
「おう! ってそれはおっちゃんのスープの話関係なく行く気だったろ」
二人は勘定をしてまた出店・屋台巡りに出る。
美味しいものを食べれば人は笑顔になれるもので、道の至るところで笑顔と笑い声で溢れていた。
こんな日が続けばよいと片隅で思いながら、レッドは甘いものにわき道逸れず進んでいくリベルテを追いかける。
この日から数日間は、お金が続く限り食べ歩きをする気である。
彼らの屋台・出店巡りはまだまだこれからだった。
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