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「違わない!!!現にわたくしの母親は、わたくしを殺そうとした!!首を絞めて!子供なんていらなかったと!!!」
「何度でも、お前に言おう」



 泣きじゃくる、哀れな子供に。わかってくれるまで、何度でも。



「子供は、宝物なんだよ。この世の何よりも大切で、愛おしくて。時には腹が立ったり、憎らしく思う時もあるけれど。それでも……ずっとずっと、深く思わない日がない程に。親は子を、愛しているんだよ」
「でもっ……わたくしの母親は……!!」
「泣いていなかったか?」



 “母親は、泣いていなかったか?”



 そう聞かれ、初めて過去が鮮明に思い出されてきた。息も絶え絶えで、目も霞み。痩せ細った母親の腕を力無く掴み、必死に抵抗しようとした最中。温かい水が、たくさん自分の顔の上に降り注いでいた。

 あれは――――……



「泣いて、いた?」
「……よくよく調べてみたのだが、やはり思った通りだったよ。魔女は血統により生まれることが常だが、たまに突然変異で生まれてくる時もある。――――お前は、普通の人間の両親から生まれた『魔女』だった」



 普通の人間が、並々ならぬ力を持った魔女の子供をもて余すのは、仕方ないことと言えた。不気味に思い、煙たがるのも無理はない。だがさらに調べていくと、リリアンヌの両親は最初こさ普通に子育てをしていたようなのだ。普通の家族のように、三人仲良く。

 ところが。リリアンヌが大きくなるにつれて、不幸がたびたび舞い込んでくるようになった。父親の仕事が上手くいかなくなり、家にあまり帰らなくなってしまう。母親はそれでも、父親が帰ってくると信じ待ち続けた。

 だが、結局父親は家族を捨てた。残された親子は、生活費を稼ぐ為に働くしかなかった。しかし、何も出来ない親子が出来る仕事など限られてくる。結局母親は、体を売って金を稼ぐ他、生きる術はなかったのだ。

 二人で食べていけるのがやっとで。それでも、母親はだんだんと歳を取って客が取れなくなると。一気に奈落の底へと落ちた。母親もリリアンヌも、骨と皮ばかりになり。しまいには、病気になった。寝たきりになった母親は、リリアンヌを見る度に呪いの言葉を呟く始末。それが余計に、リリアンヌの中でずっとくすぶっていた感情に火が付いた。



 “母の子供として、生まれてくるんじゃなかった”



つい、そう言ってしまったのだ。

 母親は、泣いた。泣いて、泣いて――――ついには。リリアンヌの首を絞めた。



「母が……わたくしを、愛しているから、殺そうとした、と?」
「愛しているから、これ以上は苦しませたくない。また、自分も苦しみたくない。それならいっそ、一緒に死んだ方がマシだとな。思っただろうよ」



 魔女は災厄を持ってくる。自分自身が、望んで持ってくるわけじゃない。望んで不幸になりたいと、望む者など……いるわけがない。



「やはりそれは、わたくしたちが弱かったからですわよね」



 涙を流しながら、笑ってリリアンヌはそう言った。



「弱かったから、運命に抗う術も力も持っていなかったから。だからわたくしは殺されそうになり、母は死んだ」
「だからといって、力に固執するのはどうかと思うがな」
「いいえ!力こそが全て、それこそがこの世の真理なのです!!力さえあれば、惨めな扱いは受けない。情けなく思うこともなく、餓えることもなくなるはずです!わたくしは、誇り高く生きていける!!!」



 指を鳴らし、それを合図に今度は女たちはディーヴァにしがみつき、押し倒す。床に練る形となって、リリアンヌに上から見下ろされた。



「……抵抗なさりませんのね」
「私が本気で抵抗したら、ここにいる者たちは全員死んでいる」
「そう、それこそが純粋な力!何者をも凌駕し、圧倒し。屈服させることが出来る力!!……わたくしは、それが欲しい」



 リリアンヌも、女たちと同じようにドレスを脱ぎだす。光輝く裸体を惜しげもなく晒し、ディーンに覆い被さった。



「私と夫婦になりたいわけではあるまい?」
「元より、叶わぬ願いと諦めております。……わたくしが願うのは、一つだけ」



 おぞましさのあまり、鳥肌が止まらない。リリアンヌが口にする言葉の一つ一つが、ディーンを舐めるように紡ぎだされる。殺して黙らせることは簡単だったが、今はまだ。事の成り行きを見守ろうと、大人しく話を聞いていた。



「あなた様の子供を産み、その子供にわたくしが成り代わりたいのです!!」
「大人しくしていた私が馬鹿だった!」



 ディーンは吠える。なんのことはない、リリアンヌは再び体を入れ換え。新しい人生を、歩もうとしているだけの話だった。

 たった、それだけのことで。大勢の人間を殺し、利用して。あげくの果てには、エミリエンヌの普通に歩めるはずだった人生を奪った。誰にも、彼女の幸福を奪う権利なんてないというのに。リリアンヌは、簡単にそれを奪った。何もかも、全てを。



「『マン』」



 愚かな女に、これ以上付き合ってやる義理はない。



「人は喜びのなかでは、頼もしきもの。だが、仲間を失う運命にあり。神の命によりて、哀れな人びとは地に葬られる」



 呪文を言い終えると、同時に轟く大きな破壊音。屋敷の頑丈な壁が崩れたような音が聞こえ、ついにはきな臭さも漂ってきた。火が放たれたのだ。



「何をっ……!?」
「屋敷もさることながら、自分の心配もしたらどうだ?」
「え……?」
「気づかないか?」



 ディーンに言われてようやく気づいた。動いた瞬間、リリアンヌの指先から少しずつではあるが。さらさらとした灰になっていることを。動いても、動かなくても体が灰になるのは止まらない。他の女たちは無事で、自分だけがそうなっている。動揺を隠しきれないまま、リリアンヌはディーンに尋ねた。



「これは……?!」
「お前は私を怒らせた」



 手を出してはいけないものばかりに惹かれ、傷つけ。あまつさえ、取り返しのつかない事態を招いてしまった。



「今度こそ、魂も残さず灰となれ」



 爆風で、さらに灰化が進み体は消えていく。逃げなければ、すぐそこに火の手が迫っている。だが、動けば灰化が進む。まさに八方塞がりの中、往生際の悪いリリアンヌは。ディーンに涙ながらに赦しを乞うた。



「お願いっ……助けて……!!わたくしは、まだ死にたくない!!!」
「お前が殺した者たちも、そう言っていただろう」



 ディーンの心情を物語っているかのように。冷徹な言葉が紡ぎ出され、吐き出される吐息は凍えるような冷たさだ。



「泣いて赦しを乞うただろう、助けてとすがっただろう。――――だが、お前は何をした?」



 突然、片方の腕でリリアンヌの首を締め付ける。苦しそうに悶えるが、力が強く逃げ出せない上に、すでに両腕は消えていた。



「善良な親子どころか、うら若い娘たちすらも犠牲にした!!穢れた儀式を執り行い、惨たらしく殺したばかりか……死んだ後まで利用するとは!!!」
「あな、たがっ……欲しっ、かった、からっ……!!」
「この期に及んで、よくもまだそんなことがほざけたものだ。私が欲しかったから?そんなものは理由にならない!!この世界においての良心を、希望を!お前は簡単に殺したんだぞ!?それがいかに愚かなことか……お前には、永久にわからないんだろうな」
「はっ……!」



 首を締めたまま、リリアンヌを高く持ち上げる。足がつかないほどの高さにまで上がり、呼吸はさらに苦しくなった。喘ぎ苦しみ、涙を流し。もはや言葉も紡げない。そんなリリアンヌを、ディーンは。手を離し、無情にも床に落とした。

 絶望に満ちた瞳が、ディーンを見る。腕を伸ばし掴みたくても、その腕はもはや無い。打ち付けられた体。広がる金の髪は灰となり、背中の部分も全て灰になる。

 息も絶え絶えになり、そのか細い呼吸すら灰化を進ませる。最後の最後まで、ディーンを見つめることを止めない。瞳の中にディーンを映すも、ディーンはリリアンヌを見ない。視界に入れない。なんとかディーンの名を呼ぶも、返ってきた言葉は冷たいを通り越す凍土。



「お前の最期を、私は見届けない」
「っ……?!」
「この女たちも、全員連れて行く。……お前は一人孤独に。燃え盛るこの広大な屋敷で、誰にも看取られず。一人ぼっちで死ぬがいい」
「いやっ……!!ディー……」
「それでは、ごきげんよう」



 シルクハットを手に持ち、優雅に一礼する。女たちについてくるよう強く命じ、それに従う。すでに灰となった腕を必死に伸ばすも、誰も見ていないので気づかない。悲痛な叫びは、炎の中に消えていった。























 ――――――美しい女たちを引き連れて、屋敷から出てきたディーンを見た男たちは。げっそりとして、それらを出迎えた。



「どこのホストだよ」
「いいだろう?選り取りみどりのハーレムだ」
「……洗脳されている女は、それで全部ですか?」
「他に生体反応はみられないからな。……あるとすれば、首謀者だけだ」
「えっ、殺ってねぇの?」
「とどめは刺さなくとも、この炎で焼かれて勝手に死ぬさ。魔女は焼きはらうのが一番、後腐れがなくていい」
「とどめを刺さなかったのか!?」
「あの女の最期に、私を映したくなかった」



 そんな幸福なことを、許したくはなかった。あの女の、最期の望みを叶えられるはずだった自分を。その瞳に映せる権利を、幸福を。叶えられるはずがない。



「私はそんなに、優しくないんだよ」
「知っている。だが、それとこれとは……」
「まぁ君、お願い!薬草を置いてる店や薬を置いてる店に行ってぇ、このリストの物を揃えてきてぇ」



 クネッ、とシナまで作って。色男の紳士が、女のように首を傾げる様は気味が悪いやら、なにげに似合うやら。複雑な心境の男たちは、げんなりして項垂れた。



「……分かった、分かったから男の姿のままで女言葉は止めろ!!気色の悪い!」
「酷いなまぁ君。君の親しみある言葉で、丁寧に頼もうとした私の気持ちを、分かってくれると思ったんだが……」
「カッコイイ格好で女言葉使ったら、イメージ壊れるからさ~!やめてくれよ、旦那?」
「私はこれでも良いと思いますが」
「「はぁっ!!?」」



 カダルの発言に、男二人は目を剥いた。ディーンが何をしても、どんな者でも受け入れると言いたいのだろうが。こればっかりは、賛同しかねることだった。



「いやいや、こんないい男が女言葉はおかしいって!」
「そうですか?」
「さすがに違和感は拭えねぇぞ……?」
「どんな姿であろうとも、あの方はあの方だと言いたいだけです」
「な・る・ほ・ど」



 カダルの言葉に、ディーンはニンマリと笑う。嬉しいことを言ってくれると、真正面から思いきりカダルを抱きしめた。










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