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61~ドロエ三姉妹

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「あら、そちらは……あなたの連れ?」
「いえっ、その……っ!」
「お初にお目にかかります。私わたくし、ディーン・ラッセルと申します」



 エミリエンヌは目を剥いた。なぜなら、自分の隣にいたのは絶世の美女などではなく。壮絶なまでに色気のある、絶世の美男だったからだ。

 栗色の髪に、空色の瞳はそのままに。上等な燕尾服をまとい、作りの凝った杖を持ち。シルクハットを胸に抱え、優美に微笑む紳士がそこにはいた。心なしかジュリエンヌも頬を赤く染め、言葉を無くしてディーンに見惚れている。周りの女性客たちも、同じ反応を見せていた。



「今度新しく、子供服の専門店を開こうと思っているのですが。ドロエ家のエミリエンヌ様には、是非ともご贔屓に賜りたいと思いまして。ご挨拶させていただいておりました」
「あ……ら、そうなの?」
「え、えぇ!そうなのです!!」



 もう、なんでもいい。家の者に、ディーヴァの存在が知られなければそれで。ディーヴァがいた場所に、見知らぬ男が立っていようと。バレなければなんだってよかった。案の定、ジュリエンヌは上手く誘導に引っ掛かったようで。



「ふーん……、なら。わたくしが訪問してはいけないかしら?」



 エミリエンヌと、ディーンの間に無理やり割って入る。そして腕を絡めとって、無駄に付きすぎている脂肪の塊を押しつけた。そうしている間も、ジュリエンヌに対して微笑みを崩さない。実に優雅な動作で絡んだ腕を振りほどき、ゆっくりと一礼した。



「その時は是非とも、エミリエンヌ様とご一緒のお越しを。お待ち申し上げております」



 怒るかとも思ったが、ぞんざいな扱いにならなかったのが気に入ったのか。嬉しそうに、ディーンに左手を差し出してきた。



「……そうね、子供服専門店ですものね。なら、わたくしを一番に招待してちょうだいね?いいこと?」
「かしこまりました。一番に、招待状をお屋敷までお送りさせていただけます」



 差し出された手を掬い、手袋の上から軽い口付けを落とす。社交辞令といえども、この行為はかなりの優越感が得られた。なぜなら、周りの女性たちからの羨望や嫉妬の視線が、ジュリエンヌに突き刺さるようにして浴びせられたからだ。彼女の性格からして、さぞやご機嫌が良くなることだろうと。エミリエンヌは、安堵のため息をついたのだった。



「ジュリエンヌ」



 今日は、よくよくツいていない日のようだ。エミリエンヌが、会いたくない人ばかりと出会ってしまう。その人を見つけた途端に、ジュリエンヌの時よりも、さらに顔が青ざめた。



「リリアンヌ、どうしてここに?」
「シュバルツ・ベルナーの作品を見に参りましたの」



 もう、息も出来ないかもしれない。リリアンヌという女性は、ジュリエンヌと違って清らかさを絵に描いたような。穏やかで誠実そうな、清麗な美女だった。

 流れる銀糸の髪を、百合の花がモチーフの髪飾りでまとめあげ。白と紫の布をふんだんに使った、肌の露出が無い上品なドレスを着こなしている。

 慈愛に満ち溢れた微笑みを見せるので、誰もがその麗しさに、見惚れてしまいそうだが。二人の姉妹たちだけは、違っていた。



「まぁ、エミリエンヌ。……ずいぶんと、お久しぶりですね」
「……ご無沙汰いたしておりました、リリアンヌお姉様」



 青ざめた顔を隠すように、下に俯き無難な挨拶を交わす。……自分からは一切期待しないように、この歳で家族に対しての挨拶を見極めたのだ。エミリエンヌは、まだ十歳だというのに。大人びている、と言ったら聞こえはいいが。あまりにも、哀しすぎた。



「相変わらず、他人行儀な話し方のままなのですね。わたくしたちは、家族なのですから。もっと仲良くお話ししましょう?」
「はい……」
「それと、……ジュリエンヌ」



 少し低くなった声音で、自らの姉を呼ぶリリアンヌ。姉と言っても同い年だが、先に生まれたという理由で形式上、ジュリエンヌが姉なのだ。

 だからか、二人の間に上下の隔たりはあまりない。むしろ妹のリリアンヌの方が、現当主の血を引く娘だけあって、立場的には強かった。



「こんなところで、何をしているのですか?」
「び、美術館にいるのだから、絵画を見に来たに決まっているでしょう?!」



 声が若干、裏返っている。気まずそうに顔を背けるあたり、よほどリリアンヌが恐いらしい。少しだけ体が震えているのを、ディーンは目ざとく気づいた。



「それだけなら、別によろしいのよ?」
「ならっ……!」
「……だけれどあなたの場合、それだけで済まないから。わたくしやお父様が、心配する羽目になるのでしょう……?」



 その言い分に、ジュリエンヌは言葉に詰まる。全て、見透かされている。男と逢い引きしていたことも、今ここで新しい男に声をかけていたことも。

 分が悪いと悟ったのか、ジュリエンヌの連れだった男は早々に、この場から去っていた。助け船を出してくれそうな人物は――――今のところ、誰もいない。



「お父様や、あ、あなたの期待を裏切る真似だけはしないわ!!」
「それは当然のことです。わたくしが何を言いたいのかと言うと、周囲の方々に誤解を招くような行為は慎みなさいと言っているのですよ。――――あなた、どなた?」



 今度はジュリエンヌの隣に立ったままだった、ディーンに視線が向けられた。……相手が誰であろうとも、彼が成すべきことはたった一つ。優雅に微笑み、ご婦人を蕩けさせることだけだ。



「ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません。私は、ディーン・ラッセルと申します」
「今度、新しくお店を開かれるそうです。それでわざわざ、私たちに挨拶をと」
「まぁ……そうでしたの。わたくしは次女のリリアンヌ、どうぞよろしく……」



 再び差し出された手に、ディーンは口付けを落とす。なにやら先ほどよりも、二人がお似合いに見えるから不思議だった。ピッタリ当てはまるというか。切り取られた一枚の絵のように、老若男女を虜にする光景が出来上がった。

 それに歯ぎしりするのは、言わずと知れたジュリエンヌ。エミリエンヌも、どこか複雑そうにそのやりとりを見つめていた。



「あなたのようなお美しい方と、面識が持てるとは光栄です」
「お口がお上手な方」
「まだ店の方は、計画を進行中の状態なのですが……開店出来た暁には是非とも。お三方お揃いでお越し下さいませ」
「えぇ、是非」



 再び一礼し、別れの挨拶を交わしそこで三姉妹と別れた。……そして、頃合いを見計らってジュリエンヌの絵画が、展示されている場所に戻ってみると。エミリエンヌは、壁際に置かれた長椅子に座っていた。



「エミー!おまたせ~」
「あ、あなた!あれっあれはなんなの?!」
「ん~……どこまで話せばいいのやら」
「あの人はあなたの兄!?それとも弟なの!!?」
「そっちね」



 やはり普通の人間では、女が男に変わるなんてことはありえないと思うだろう。ディーヴァは苦笑いで、兄なんだと告げた。嘘は気が引けたが、余計な混乱は避けたい。ましてやエミリエンヌに、気持ち悪いなんて思われたくないと思っている自分がいた。

 ――――あれだけ、嫌われたいと望んでいたのに。所詮は自分も人の子、身勝手でワガママで。人が変われば想いも変わる。そうすれば、どうなるか。その先を、嫌というほど知っているくせに。わかっているくせに。簡単に変えてしまう。人というのは、自分という存在は。とても、面倒な生き物だ。



「それで、あれが何?」
「お兄様なのにあれ呼ばわりなの!?」
「あれはあれでいいのよ。そんな大したもんじゃないから」



 面倒そうに話すディーヴァを見て、自分と同じく複雑な関係なのかもしれないと。勝手にそう、思い込んでしまったエミリエンヌは。涙を流しそうになるのを、グッとこらえ。自分なりに、必死にディーヴァを慰めようとした。



「わ、私は……あなたの味方よ?相談なら、どれだけ理解出来るかわからないけど。聞くことだけなら出来るわ」
「あの……ね?エミーが心配しているようなことは、何一つないわよ。多分、おそらく。だから安心して、ディーンがどうしたのか話してよ」
「そう!あのディーンって人に、用があるのよ」
「エミーが?」
「リリアンヌお姉様が!」
「――――――はぁ?ジュリエンヌの方じゃなくて?」
「違うわ」



 それは、正直意外としか言いようがなかった。ジュリエンヌの方なら、自覚を持ってたらしこんだと言い切ることが出来る。

 しかし、リリアンヌの方は特にフェロモンを出した覚えがなかった。微笑んだのも一度きり。その後は、うすら寒いものでしかなかったはず。あれだけしっかりした女性なら、それくらいのことは気づきそうなはず。

 ……それとも、エミリエンヌとのことがバレたのだろうか?どこか、勘が鋭そうな女性だった。穏やかに笑っているのに、瞳の奥底には底知れぬものが隠されているような。

 ジュリエンヌも、エミリエンヌも。良い意味で、裏表がない人間だ。わかりやすく態度に出て、親しみやすさを生む。だがリリアンヌは……最初から、確実に一線を引いて、そこから先には誰も一切入らせないタイプの女性だ。ディーヴァにはわかった。

 ガチガチに、慈愛に満ちた笑顔で塗り固めて、眩しい輝きを放つ。そこが、誰もがリリアンヌに踏み込めない理由だ。ジュリエンヌやエミリエンヌが、密かに恐怖する理由なのだ。しかもリリアンヌ自身が、そうした態度を取っている可能性が高い。

 なぜ、そうしているのかは知らないが。あまり、関わりあいになりたくないタイプの女性であることは、明らかだった。



「……まさか、お屋敷に来いなんて言ってるわけじゃあ……」
「その、まさかよ。私もお父様からお話があるから、久しぶりに戻らないといけないの」
「戻る、ね」
「いけない?」
「いけなくないわ。帰る家は、人それぞれですものね」



 帰りたいと思える家が、我が家。そう思えず、戻るとしか言えないような家なら……そこはすでに、我が家ではない。エミリエンヌが、そう決めているのなら。ディーヴァが、無理やり変える権限なんてあるはずがない。



「それで、いつ来いって?」
「明日の夜よ」














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