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60~美術館
しおりを挟むラウフを送り出した後。二人は広場を後にして、今度は例の美術館に行くことにした。なんでも今、ミスサンセベリアが開催されるだけあって。世界の美女をモチーフにした美術品が、数多く展示されているらしい。
その中には、シュバルツの作品も多く展示されているそうだ。これは是非とも見に行かなければと、またもやエミーと手を繋ぎ美術館へと急ぐ。
「ランコントル美術館ではね、サロンもよく開かれているのよ」
「へぇ、やっぱり貴族が主に?」
「そうね。……聞いた話によると、逢い引きによく、使われるそうよ」
歴史ある美術館のサロンで、逢い引き。まぁ、親の目が厳しい者たちにとっては、格好の場所なんだろうが。普通に訪れる者の身にも、なってほしいものだ。
「でも私は、美術館の入口が特に好きなの」
「可愛らしいモチーフとか?」
「それはあなたの好みでしょう?最初に階段があって、それを登りきると二人の女神像が出迎えてくれるの!」
真正面から見て、左に春の女神。右に夏の女神の像が、口元に微笑みを浮かべ美術館の入口を守護している。そしてもう少し奥に行くと、美術館に入る為の扉の前に、今度は左に秋の女神。右に冬の女神像が置かれていた。それぞれの季節を象徴する、美しい花を抱いだいて。
「……お母様に、似ている気がするの」
絵画でしか見たことがない、自分の産みの母親。エミリエンヌと同じ、金の巻き毛に青い瞳。美しい彼女の顔には、笑みが浮かんでいた。とても優しげに、見つめている相手に微笑んでいる。
……きっと、母には好きな人がいたのだ。父ではなく、他に好きな人が。母の絵を描いている人に違いない。でなければ、こんなに愛おしそうな目で見つめていないはずだ。
熱っぽく、それでいてひどく切なげで。哀しみが瞳の奥に宿っていて。好きな人がいたのに、引き裂かれてしまったのかもしれない。母はドロエ家の跡取り娘だったから、結婚なんて自分の意思を蔑ろにされるのが当前だ。好きな恋人ですら、言葉を交わすことさえ許されないのに。
……母は、不幸だったのだろうか?不幸なまま、死んでしまったんだろうか?だとしたら、とても憐れすぎて。悲しすぎて。何度、母の絵の前で静かに涙を流したか知らない。涙を流し過ぎて、エミリエンヌが立っていた赤い絨毯の場所だけ、変色してしまったほどだ。
よく知らない母を想い、恋慕い、想いに身を馳せる。貴族の家の為に、犠牲になったとしか思えない母を、知らないながらも深く、想う。
「どう?素敵でしょう?」
「なかなか美人揃いね」
彫り深い顔立ちの美女がお出迎えとは、なんとも気分がいいものだ。よくよく眺めて、満足したらようやく美術館の中に入る。かなりの人で賑わっていて、しかも皆富裕層ばかり。見るからに、お金のかかっていそうな普段着に、ディーヴァはあからさまに辟易した。
「もっと、いろいろな人が見にきたらいいのにねぇ」
「そうね。……でも、そう簡単には変わらないわ」
それに、生活は安定しつつあってもまだまだ、お金に余裕がないのが現状だ。食べるだけでも精一杯なのに、どうして美術品を見る余裕があろうものか。
「そこを、なんとかしたいわね。敷居が高いってだけなら、どうにか出来そうだけど」
「本当!?どうやって?!」
「ん~……秘密」
「ちょっと!ここまできて秘密はないじゃないっ」
「だって~絶対エミー信じてくれないもの」
さかのぼること、二百年前になる。そんな昔に生きているはずがないと、エミリエンヌは思うに違いない。話してもいいのだが……どうにもいちいち、説明するのが面倒というか。信じてもらえない可能性の方が、高いというか。
「ふーん……私のこと、信じてくれないんだ?」
「そうじゃないったら!……まぁ、折を見て話すから。今は時期じゃない、だからもう少し待って」
ご機嫌斜めをなだめるように、笑いかけながら手を繋いで先へと進む。一緒に過ごした時間は短いけれど、少しはディーヴァのことをわかってきたから。今は、聞かないであげることにした。仕方ないと息を吐きだして、美術館の中を案内し始める。
「これは、メルウェーの美人画よ。彼は生涯、自分の妻の美人画しか描かなかったんですって」
「へ~……枚数が枚数だけに、これだけあると圧巻ね。同じ人なのに、たくさんの女性がいるように見えるわ」
「カルードの美人画。このモデルたちは、全員が全員子持ちの母親だったの。特に夫に先立たれた女性たちに、モデルになってもらって。絵を売って出来たお金の半分を、お礼として渡してたって」
「へぇ、なかなかの人物だったのね。通りで、モデルの女性たちが優しい顔をしていると思った」
花に彩られ、光に溢れる美術館館内。様々な画風で描えがかれた、美しい女たち。どれも目を奪われる、素晴らしい絵ばかりだ。
……しかし、最初のブースは人もまばらでやけに少ない。なぜなんだろうと、不思議に思っていると。エミリエンヌが説明してくれた。
「メインの絵が、一番奥にあるから……出入り口付近の絵のブースに、人がいないのよ」
「……シュバルツ・ベルナー?」
「当たり。やっぱり、他の絵とどこか違うのよね……彼の絵は」
絵や美術品を見ながら、奥に向かう。すると、どんどん騒がしい人の声が聞こえてきた。恐らく、訪れている来館者のほとんどが彼の絵を見に来ているのだろう。
ひときわ明るく、花が溢れる広いブース。そして、集まるたくさんの人々。美しい天上の世界の、佳人と思われるような、美女の集い。
『極楽』
「こ、れは……また、」
言葉に詰まる、美女の祭典。
「凄い……」
壁にかかる無数の絵。手を差しのべる金髪の美女。髪を櫛でとく亜麻色の髪の美女。花を摘む銀髪の美女。そして…………
「これが、シュバルツ・ベルナーの代表作。『最愛の人』よ」
この世の者とは思えない、艶やかな黒髪の美女が……白いドレスを着て、優雅に佇んでいる。手には白百合の花。緩やかに微笑む紅い唇。花を持つ白くたおやかな手。鮮やかに浮かぶ、金の瞳。
「髪の色や瞳の色は違うけれど、どこか……あなたと似ているわね」
「そうかしら?」
「……まぁ、雰囲気は似ても似つかないけど」
「花嫁……よね?」
「花嫁は、この世で最も綺麗で清らかで……最高の女性として称えられるものなのよ。あなたは……どちらかといえば、その。色っぽいというか、黒が誰よりも似合うというか」
「ホホ、つまりは婀娜っぽい女ってことでしょう?最高の誉め言葉じゃない!」
「……普通は違うと思うわ」
気を良くしたディーヴァは、高らかに笑う。すると、周りの絵を見ていた人々が美しい女の存在に気づいた。ヒソヒソと囁きあう。やはりエミリエンヌと同じように、絵のモデルとディーヴァが、似ていると思っているようで。絵と見比べては、また囁きあうことの繰り返しだった。
「い、居心地が悪いわ……」
「そう?あたしはそうでもないけれど」
「あなたは馴れているでしょうよ。私は、そんなに人の視線に馴れていないの!察してちょうだい」
「気持ちいいじゃない。これだけの人の視線を、ほとんど独り占めしているのよ?もっと堂々とすればいいのに~」
「あたしはあなたじゃないの!」
「だけど、エミーはエミーなりに楽しめると思わない?」
「思わないわ」
やはり人前に出ると、ディーヴァは変わる。いや、本来の姿に戻ると言った方が正しいかもしれない。
堂々と、威厳に満ち、光り輝き……誰よりも美しい女。人の目を惹きつけずにはいられない女。現にエミリエンヌも、絵を見続けているディーヴァから目を離せない。無理やり目を閉じても、瞼の奥に鮮烈に焼きつけられてしまっている。
存在が、とても眩しい。同じ視線に合わせてくれて、話を聞いてくれて。優しい人だと、わかっているのに。
「同じ、人」
「ん?」
「なのに、違う……」
簡単に違う顔を見せる、不思議な人。コロコロ変わる表情、だけど一つ一つがとても魅せられて。違和感なんて感じさせない、だけど声をかけずにはいられない。
「あなたは誰?」
こんなにも人々を惹きつける、あなたは誰?人間なんて言わせない。ただの人間なら、これほどの美貌を備えていない。強気で、堂々と。威厳に満ち、光に溢れ。拍手喝采の渦の中を、歩いていけるようなあなたは。
「誰なの?」
「エミリエンヌ」
多くの人々の間を割って聞こえた、女の声。エミリエンヌの名を呼ぶ声でなければ、聞き逃してしまいそうだった。決して小さな声じゃないが、耳で拾い上げるには特徴が乏しすぎる。
……それでも、エミリエンヌにはよくよく見知った相手のようで。サッと顔が青くなった。
「こんなところで、一体何をしているの?お父様はご存知なのかしら」
「ジュリエンヌお姉様……っ」
美術館で遭遇するとは、どんな縁があるのだろうか?袖口と首周りには、黒の毛皮がほどこされている真っ赤なコートを着用し。同じ系統の帽子や靴やバックなど。あまりにも目が痛くなる装いに、ディーヴァは思わず目を塞いだ。
「あなた、しばらく屋敷に帰っていないそうね?メイドに聞いた話によると」
本当に、家族の誰もがエミリエンヌの私生活を、何も把握していない。貴族にとっては、それが普通なんだろうが、ジュリエンヌの言い方は、普通のものよりも特に冷たく感じられた。
「お父様が、珍しくお話があるそうよ」
「えっ……」
薄茶色の巻き毛を耳にかけながら、至極面倒そうに話す。こんなことは、使いの者を走らせればよいものを。なぜ私自らが、使いっぱしりの真似をしなければならないと、いたくご立腹の様子だ。そんな姉に逆らうまいと、大人しくただ上下に首を振る。わざとらしいため息を吐き出し、後ろで控えていたこれまた派手な男に声をかける。
「せっかくの良い気分が台無しよ、ねぇ?」
「ははっ、そうおっしゃいますな。久しぶりの妹君との交流ではありませんか」
白々し過ぎて、ヘドが出そうな言葉の列ねだった。
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