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 いまいち体力に乏しいフォルスは、ディーヴァを追いかけるだけで疲れてしまったようだ。ディーヴァも面倒くさくなって、椅子に座り成り行きを見守っている。



「もうお目覚めでしたか、……ところで。なぜ、フォルス殿下がいらっしゃるのです?」



 すぐさまフォルスを見つけたカダルは、かなりのしかめっ面になった。ヴォルフも目覚め、何事かと辺りを見渡すとディーヴァに声をかける。



「姐さん!どうなってんの?」



 何も事情を知らないヴォルフに、ディーヴァは親切にも簡単に大まかなことを説明してあげた。



「そこでうずくまっている坊やは、最初カダルに手を出そうとしていたの。それがどういう訳か、たった数日で心変わりしてまぁ君を夜這いしに来たというわけ。……ここまでで何か質問は?」
「はい!こいつは男が好きな人種なんですか!?それとも心が乙女なんですかっ?!」
「どっちも違う!!」
「でもー……カダルもまぁ君も男だし、完全に否定は難しいんじゃない?別に珍しくもないし……あたしはむしろ、愛があるなら応援してあげる派だしね」
「だ・か・ら!俺は女が好きなんだと言って――――――――待て。今……なんと言った?何か耳が聞くことを拒否する言葉が聞こえた気がする……!!」



 あれほどハッキリ言ったというのに、往生際が悪い男だとディーヴァは舌打ちしそうになる。それはカダルも同様で、重いため息を吐き出すとベットから起きてフォルスの元まで歩いて行く。



「?どうした、カダル」
「……よーく見て下さい、これが真実です!」



 カダルはおもむろに上の服を全て一瞬で脱ぎ捨てると、フォルスは目を見開き顎を外す勢いで驚いた。まっ平ら。何もない平野で、少し筋肉質のカダルの体。しかも何気に自分よりも体格が良いと、混乱している中でも気づいてしまった。わかってしまった、知ってしまった。貧乳な訳でも、特殊な手術をした訳でも魔法を使った訳でもない。生来から、カダルは男なのだということを。



「誰か俺を殺してくれ……!!」



 今なら羞恥で死ねると、床に手をつきフォルスは絶望している。これまでの思い出がまるで走馬灯のように、頭の中をグルグルと回りフォルスを余計に苦しめる。カダルは清々したと、さっさと服を整え奥の部屋に向かってしまった。



「カダルー、とびっきり刺激的なスパイスティーを用意してあげてー?お茶の刺激のせいで全てを忘れられるようにー!」
「……あれだけのお茶なら、何もかもぶっ飛ぶだろうよ」
「え?なになに?どんなお茶なんだ??」
「ヴォルフも飲めばいいのよ、そうすれば今夜も何も考えられないほどぐっすり眠れるわ」



 失神してね、と。それを口にすることなく、ディーヴァはヤシの葉で作られたカラフルな団扇を持ち扇ぐ。夜になって多少は涼しくなったとはいえ、暑い日中ずっと寝ていたので汗をかいていたから風が欲しかったのだ。パタパタと扇いでいると、人数分のお茶セットを手にカダルが帰ってきた。

 カダルが用意して持ってきた特製のスパイスティーを、滝のように涙を流しながらフォルスはそれを受け取り、ヴォルフも興味津々という風に杯を受け取った。……ちなみに、マオヤとカダルとディーヴァの分は、ちゃんと普通のフルーツティーが用意されている。さすがに二度も、マオヤに通用するとは思っていないのだろう。お茶が入ったポットが二つ、おぼんの上に乗っていた。



「全員に行き渡った?」
「はい」
「あぁ」
「もらいましたー!」
「………………はぁ」
「それでは、フォルスの失恋とアルベルティーナが目覚めたこと、それと事件が無事に解決したことを祝して……かんぱーいっっ!!!」



 杯を高々と掲げ、そして全て飲みほした。


 …………………………………



「「ぶほぉっ!?」」



 案の定、フォルスとヴォルフは盛大にお茶を吹き出した。ひどくむせているその様子に、他の三人は思わず苦笑する。



「……やっぱ、そうなるか」
「特別強烈にとは言ったけれど、カダル。えげつないほどすごいものになってない?風上だというのに、匂いがここまでくるわよ?」
「可能な限り、存在するスパイスを全て配合してみたのですが……予想以上の効果のようですね」



 全身の毛穴が開く勢いで苦しんでいる二人を前に、カダルは至極真面目に言うものだからマオヤは青ざめディーヴァは大声で笑った。そして笑いを溢しながら椅子から立ち上がると、未だ嗚咽をもらす二人に牛乳が並々入ったグラスを手渡す。それを奪い取るように手に持ち、一気に飲みほすと二人は同じ方向にすごい速度で倒れてしまった。――――返事がない、まるで屍のようだ。



「あーらら……気絶しちゃった」
「俺の時よりもすさまじいな、大丈夫なんだろうな?そっちのバカはどうでもいいが、もう片方は曲がりなりにも王子だぞ」
「いくら私でも、恨み辛みがあるからといって生命の危機に瀕するようなものは用意しません。……多少の障害は出るかもしれませんが」



 聞こえるかも怪しいくらいの大きさで、ボソッと呟いたカダルの言葉を聞き逃さなかったマオヤは、急いでフォルスの元へと駆け寄るが……スパイスティーの影響がどこまで及ぼしているのか見当もつかないので、しっかり呼吸をしているのを確認したらすぐに戻ってきた。



「そんなに心配しなくても、そう簡単に死にはしないわよ」
「何かあってからじゃ困るんだよ!」
「まあまあ、そう興奮しないで!……でも、ま。これでフォルスも少しはスッキリするだろうし……うるさいヴォルフも夢の中。これでまた、ゆっくり眠れるわ」
「またお休みになられるのですか?」
「だって夜でしょう?良い子はもう寝る時間よ?」
「良い子ォ?」



 怪訝そうに見てくるマオヤに、無言で笑みを見せながら凄んでみせる。美人は妙に迫力が出て恐い。そう、心の中で呟いた。



「じゃあ俺は、ちょっと本部の方に報告がてら外歩いてくる」



 マオヤはディーヴァから逃げ出すようにして、部屋をソソクサと出ていった。



「私は食事の材料が無くなりましたので、王宮の台所をお借りして色々作って参ります。……ついでに、新しいスパイスティーも調合してきます」



 ストックを用意しておく気だ。いつか害虫退治に使用する為に。それを考えると、去って行ったマオヤの方角に思わず手を合わせたディーヴァであった。



「……それじゃあ、おやすみなさい」



 カダルが灯りを吹き消し、肌を撫でる涼しい風が外から入ってきているのを感じながら寝心地の良いベットの上に寝転がる。夜の帳が降りた、異国情緒が溢れる室内。二体の死体もどきを横目に見ながら笑い、ディーヴァは心静かに深い眠りについた。

















 ――――――意識を深く底に沈め、目を開けてみれば再び意識は海の底。どこまでも透き通った海の中で、ディーヴァはある人物を捜していた。事件が解決した後、ずっと会っていなかった『あいつ』だ。ずっと、というには時間が経っていないが……それでもケジメはつけなければならないと、どこかにいるあいつを捜す。しばらく泳いでいると、白い砂が一面に敷き詰められた場所にたどり着いた。生き物はおらず、海藻や珊瑚の群生もない。音も無く、ひどく静かだ。そんなひどく寂しげな場所で、あいつは一人で待っていた。



「アレス」
「ディーヴァ……」



 息を吐き出すたびに、泡が生まれ海の中へと消えていく。消えゆく泡越しに見えるアレスの顔は、ひどく泣きそうな、傷ついているような。そんな顔をしていた。



「その、あんな形で別れたので……気になってはいたんだ。体調は、もういいのか?」
「絶好調よ」



 仁王立ちで向かい合うディーヴァに、アレスは心底安堵した風に息を吐いた。


「そうか、良かった……」


 そこでまた、沈黙してしまう。ディーヴァはあえて喋らないようにしているようだったが、アレスは次に口にする言葉を言い出しづらそうにしていた。アレスの煮え切らない態度に、仕方がないとディーヴァの方からから口火を切った。



「……悪かったわね」
「は?」



 抑揚の無い声で、そう言った。感情がこもっていないと言えばそこまでだったが、とても静かで穏やかに話すものだから。つい、まじまじとディーヴァの顔を見つめてしまう。それでも尚もディーヴァは、話を続けた。



「何も知らなかったあなたに、八つ当たりするような真似をして悪かったと思ってる。思えばあの国王が、自分の子供に醜聞を話すはずがないのにね」



 今までかたくなに隠しとおしてきた事実を、簡単に話しているはずがなかったのだ。浅はかだったと、ディーヴァは反省していた。



「――――あのマーレという女は、お前の知り合いの娘だったんだろう?……出来れば、こんな形で再会したくなかった相手だったはずだ。俺の方こそ、すまなかった」
「なんであなたが謝るのよ」
「無神経なことを言った。本当に、すまない」



 相手のことを思いやる優しさ、謝ることが出来るその潔さ。大きな体を縮こませ、必死に父親の代わりに謝るアレスの態度に。腹が立つやら呆れるやら、……笑えるやらで。ディーヴァは未だ頭を下げ続けるアレスに、かなり強めのチョップを脳天に下した。



「うぐっ!?」
「男が簡単に頭を下げるな!」
「しかしっ……」
「しかしもカカシもへったくれもない!!あなた、男であると同時にいずれはこの国の国王になる人でしょう!?もっと堂々としていなさいよ!」
「だからそれは、フォルスが継ぐと言って……」
「男が好きな男が時期国王?ハッ!笑っちゃうわねぇ」



 それはフォルスにとって、話して欲しくはない事柄最優先事項だっただろうが、今は構っていられない。一人の男の運命がかかっているのだ。この際、フォルスの矜持も何もかも捨ててもらう方向でいこう。……恐らくは今頃、フォルスは眠った状態のままで血の涙を流していることだろう。笑ってはいけない、ここはとても真剣な場面なのだ。
















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