上 下
26 / 77

25

しおりを挟む










 アレスは全力で脱力した。ディーヴァは、考えこむ仕草を見せてはいるが。短い時間しか、付き合っていないアレスでも。ディーヴァの考えていることが、手に取るようにわかってしまった。



「(わかりたくなかった……っ!というよりは、女とはこういうものなのか!?)」



 男女の良い雰囲気をぶち壊し、なけなしの男の欲が粉砕される。話せば話すほど、関われば関わるほどディーヴァという女がわからなくなってくる。



「ねぇ、今まで何人の女の子と付き合ったことがあるの?どんな女の子が好み?」
「唐突だな、……もうなんでもいいが」
「だってね~……あなたの弟が、とても熱く語ってたから」
「フォルスを知っているのか」
「凄かったなんてものじゃないわね、勢い余って海に落ちたんだから」
「…………どうやったら、そんな状況が作り出せるんだ」
「色々よ、イロイロあったのよ。……フォルスは、いい意味でも悪い意味でもまっすぐな子よね。もう随分、長いこと会っていないんでしょう?」
「――――いや、向こうもそうしょっちゅう街に降りられないらしいから時おり、フラッと俺のところに訪ねてきては、王宮に帰ってきてくれと叫ばれる。……母上がずっと泣いていると言って、あいつも泣くんだ。正直、参っている」



 15の時、着の身着のままでアレスは王宮を出た。すがりついて、泣きじゃくりながらも自分を止めたフォルス。
それを振り切って、今日まで生きてきた。泣いている家族を見捨てて、今を生きているのだ。気にしなかった日はないだろう。



「参っているのは向こうだって同じでしょう?今では妹も大変なようだし……。悩みが悩みだけに、会うことも出来ない?」
「会えば、辛い。自分がこんなにも異質であることを、思い知らされる。それに……家族が悪意に晒される。それが、我慢出来ない」



 アレスは苦しそうに俯く。それを慰めるでも励ますでもなく、ディーヴァはこう続けた。



「家族がだーい好きなのね。好き過ぎて、愛しすぎて……その想い故に、向き合えない。――――どこまでも逃げていられる環境に恵まれているのね、あなたって」
「なっ……!?」



 胸ぐらを掴み、下からアレスを睨めつける。イライラしたからだ。逃げて逃げて――――逃げ続けて。問題を解決する為に奮闘することも、立ち向かうことも諦めた臆病者。言葉ではなんとでも言って、悩みと向き合わないようにすることは、いくらでも出来る。だが、向き合うことを諦めたアレスが……。ディーヴァは、腹立たしくてならない。もう、許せなかった。



「この国にいる人間が、侵食されていたのを見たでしょう?なんの関わりもない人が、巻き添えを食らうことが一番の罪なのよ?さっさと吐き出して楽になりなさい……!でないと、これからもっと酷いことになるかもしれないのよ?」
「お前には関係ないことだろう!」
「忠告してあげたし、さっきは助けてもあげたのにそれはないんじゃない?少なくとも、多少は事情に通じているんだから関係がないことはないわ」



 今度は、突き飛ばすようにアレスから離れ。強くキツイ眼差しで見つめた。月明かりの下、月から雫がこぼれ落ちたかのような淡い金色の瞳が。闇夜に浮かび上がっている。瞳がユラユラと揺れ、また、アレスの側まで近づいた。



「生きている者は、皆平等に戦い続けているわ。戦って、生きる権利を勝ち取っているのよ?あなたは男で、しかも責任ある立場として生まれてきたくせに。戦いから逃げて、負けることを認めるというの?」
「……意味が、わからない」
「生きることを、『アレス=アルベルド』という人間であることを放棄するのかと聞いているのよ!!」



 このまま悩みや問題を放置して、一生を終える気なら。そうする気なら。



「許さないわよ。後始末も何もかも放棄して、何にも関わらず生きていくつもりなら。あたしはあなたを、絶対に許さない!!」
「っ……、お前に何がわかる!?ただ……ただ一人だけ、家族の中でたった一人だけ!髪の色も瞳の色も違うんだぞ?!褐色の肌を除いて!俺は!俺一人だけが家族の誰とも似ていないんだ!!!」



 フィトラッカの王族には、決まった特徴があるのだと伝えられている。褐色の肌で、『金髪』に『青い瞳』の持ち主ということ。アレスは、黒髪に碧みどりの瞳。誰にも似ていない、似ている人はいない。では、アレスとは誰だ?
『アレス』とはなんだ?



「お前にわかるものか!!!物心ついた頃からずっと言われ続けていたんだぞ!?血の繋がりがない余所者なんじゃないか、不義の子じゃないか……。周りの者がそう言うたびに、母上が泣き弟は馬鹿にされ……父上がせっかく築き上げた名声に、傷がついたと思った」



 口さがなく噂する。悪意ある噂話、中傷、人のことなどなんとも思わない『言葉』の数々。酷い言葉をその身の中に降り積もらせ、容れ物が壊れてしまう前に。アレスは逃げた。戦うこと、向き合うことを諦めて。彼は逃げたのだ、自分一人がいなくなればそれで済むと勘違いして。



「俺さえいなければ、家族が泣くことも苦しむこともない!俺さえ……俺さえいなければ!!誰も不幸にならなかった!!!」
「あなた自身も、苦しむことはなかった?」



 図星を言われたように、アレスは驚いた顔を見せた。冷静に、心の奥底まで見透かすように。ディーヴァは、アレスを見つめる。アレスの心の闇を見透かすように、ジッと見つめた。



「恐れるな」



 自分の方へ引き寄せて、アレスを思いきり抱きしめた。アレスの背は、ディーヴァよりもかなり高いので。両腕を首に回すのも一苦労だ。しがみつく形で、驚くアレスに抱きついてみせると――――耳元に密かに囁いた。



「逃げるな、己自身の宿命から」
「……向き合って、どうなる。俺の外見が変わるものでもないだろう」
「あなたはとても魅力的で、いい男じゃない!外見なんて関係ないわ、あなたが王族の一員で国王夫妻の息子であることは、変えられない事実なんだから……堂々としていればいいのよ」



 アレスの心臓に、軽く拳を打ち込む。ロマンチックな雰囲気なんて、ない。月明かりの下、さざ波の音を聞きながら。キラキラと光って見えるディーヴァの笑顔に――――ストン、と…………何かが落ちる音がした。



「ディーヴァ……」
「あら、初めてあたしの名前を――――」



 そこで、言葉は途切れた。話している最中に、ソッと塞がれた唇を……ディーヴァはただ受け入れる。ディーヴァの濡れて揺れる瞳に、アレスは激しく心臓が高鳴る。アレスは初めて、女性に対してこんなにトキメキを感じたのだ。他は目に入らないくらい、ディーヴァしか見えていない。いったん唇が離れると、甘く囁く声でアレスに言った。



「……あたしを、好き?」
「好きだ……」
「そう。――――なら、あなたがあたしにくれたその気持ちの為に、あたしはなんとかしてあげられる。今回の問題を、解決してあげることが出来る」
「なんとか、出来るのか?」
「出来るわよ、あたしを誰だと思っているの?泣く子も黙り、笑う子も黙る。最強無双のディーヴァ様よ!!」



 そんな人聞いたことがない。心の中で、思わずツッコミを入れてしまったが。……あまりにも自信たっぷりに笑うので、つられてアレスも笑ってしまった。空笑いだったが、それでも。沈んでいるよりはいい、泣きそうになっているよりはいい。辛そうにしているよりはいい、笑っている方が……ずっといい。



「あ、言っておくけど。あたしのことはほんの少しの『好き』以上には好きにならない方がいいわよ?……あたしは人でなしの最悪な悪女らしいから、男は泣いてばかりだわ」



 アレスから離れると、波打ち際を歩き始める。風になびく赤髪を掴もうとするも、スルリとすり抜け落ちていった。まるで、ディーヴァの内面を表しているかのように。簡単には捕まらない。体はもとより、心も。腕の中には収まらない。



「――――それでも、好きになったと言ったら……?」
「可哀想、お気の毒……って。花束贈って祝ってあげる。あたしを忘れない限り、この世の地獄と一生付き合っていくことになるんだから。――――引き返すなら、今のうちよ」



 手で銃の構えをすると、バーンっと撃ち込む仕草を見せた。その茶目っ気溢れる行動や仕草に、アレスは心のど真ん中に撃ち込まれっぱなしで、心臓が持たない心地だった。

 ドキドキし過ぎて、心臓がとても忙しい。本当にこんなことは、初めてだった。

 ……すると、元々体調が優れなかったアレスは。態勢を崩し、海に倒れそうになってしまう。ディーヴァが慌てて支えようとしても、砂で足がすべりそれも出来ない。大きな水しぶきが上がり、二人は派手に海水で濡れてしまった。こんなところで、何をしているんだろう。

 なぜだかとても、可笑しくなってしまい。ディーヴァは腹の底から笑ってしまった。つられてアレスも、笑うのを我慢するも結局我慢出来ずに大声で笑いだす。



「アッハッハ!普通っ、こんな雰囲気の中で滑る?!しかも全身びしょ濡れ!おかしい~~~!!」
「クッ、確かに。普通じゃないな、俺たちは……」



 自然と手を伸ばし、アレスはディーヴァの体を掴んだ。海水に濡れ、ディーヴァの冷えた体を強く抱きしめる。アレスのたくましい胸板に顔を寄せ、心臓の音がよく聴こえた。……すごく、速い。

 ずぶ濡れになったおかげか、体温も下がって悪酔いしていた気分も多少は良くなったようだ。冷静になった今、翻弄されることはない。ディーヴァの顎を持ち上げ、キスをした。

 舌は絡まり、髪を優しく撫でるその仕草。未だ海に浸かったままの二人は、互いを抱きしめ合い……。冷えたはずの、体の体温が上がっていく。……そのまま、砂浜の方に押し倒された。



 ――――――ヤメロ……私ノ坊ヤに触ルナ……!!



「(……あーあ、せっかく盛り上がっていたのに……邪魔者か)」



 人ならぬ声を聞きつけ、アレスの体を横にどかし立ち上がる。波の音が聞こえる中、海から現れいでる『何か』の気配をひどく感じ。真っ向から対峙した。



「さっさと姿を見せなさい!じゃないと、あんたの大事な坊やとやらを手籠めにするわよっ!?」
「手籠めって……っ、俺は男だぞ!?逆だろう普通!!」
「黙ってて!!逃げられちゃうでしょう?!」



 ブクブクと泡立つ海。大きなモノが蠢き、何かが海の中から這い出てくる気配がする。急いでアレスを立たせ、逃げるよう伝えた。何がなんだか、わからない様子だったが。大人しくディーヴァの指示に従う。それを見届け、再び海の方を見据えた。



「さぁ……久しぶりの再会を果たそうじゃないの!長い間、暗い水底みなぞこの中で、あたしへの恨み辛みが溜まっていたんでしょう!?姿を見せなさい!!!」














しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国外追放者、聖女の護衛となって祖国に舞い戻る

はにわ
ファンタジー
ランドール王国最東端のルード地方。そこは敵国や魔族領と隣接する危険区域。 そのルードを治めるルーデル辺境伯家の嫡男ショウは、一年後に成人を迎えるとともに先立った父の跡を継ぎ、辺境伯の椅子に就くことが決定していた。幼い頃からランドール最強とされる『黒の騎士団』こと辺境騎士団に混ざり生活し、団員からの支持も厚く、若大将として武勇を轟かせるショウは、若くして国の英雄扱いであった。 幼馴染の婚約者もおり、将来は約束された身だった。 だが、ショウと不仲だった王太子と実兄達の謀略により冤罪をかけられ、彼は廃嫡と婚約者との婚約破棄、そして国外追放を余儀なくされてしまう。彼の将来は真っ暗になった。 はずだったが、2年後・・・ショウは隣国で得意の剣術で日銭を稼ぎ、自由気ままに暮らしていた。だが、そんな彼はひょんなことから、旅をしている聖女と呼ばれる世界的要人である少女の命を助けることになる。 彼女の目的地は祖国のランドール王国であり、またその命を狙ったのもランドールの手の者であることを悟ったショウ。 いつの間にか彼は聖女の護衛をさせられることになり、それについて思うこともあったが、祖国の現状について気になることもあり、再び祖国ランドールの地に足を踏み入れることを決意した。

たとえ破滅するとしても婚約者殿とだけは離れたくない。だから、遅れてきた悪役令嬢、あんたは黙っててくれないか?

桜枕
ファンタジー
【あなたは下半身のだらしなさにより、その身を破滅させるのです】 謎の電子音によって前世の記憶を取り戻した俺は、一度もプレイしたことがない乙女ゲームの世界に転生していた。 しかも、俺が転生しているのはゲーム内で顔も名前も出てこないモブ男。婚約者が居るにもかかわらず、他の令嬢に手を出してヒロインから婚約破棄されるキャラクターだったのだ。 破滅したくない一心で幼少期から煩悩を消しながら、婚約者殿と交流していた俺はいつしか彼女に惹かれて始めていた。 ある日の観劇デートで俺達の距離は一気に縮まることになる。 そして、迎えた学園入学。 ゲーム内のイケメン攻略対象キャラや悪役令嬢が次々と現れたにも関わらず、何も知らずに普通に交流を持ってしまった。 婚約者殿との仲を深めつつ、他のキャラクターとの友情を育んでいた矢先、悪役令嬢の様子がおかしくなって……。 後輩の攻略対象キャラも迎え、本格的に乙女ゲーム本編が始まったわけだが、とにかく俺の婚約者殿が可愛すぎる。 「やめて! 破滅しちゃう! え、隠しキャラ? なにそれ、聞いてない」 これは、俺が破滅の未来ではなく、愛する婚約者殿との未来を掴むために奮闘する物語である。 ※カクヨム、小説家になろうでも併載しています。

後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
 私はイリス=レイバン、侯爵令嬢で現在22歳よ。お父様と亡くなったお母様との間にはお兄様と私、二人の子供がいる。そんな生活の中、一か月前にお父様の再婚話を聞かされた。  もう私もいい年だし、婚約者も決まっている身。それぐらいならと思って、お兄様と二人で了承したのだけれど……。  やってきたのは、ケイト=エルマン子爵令嬢。御年16歳! 昔からプレイボーイと言われたお父様でも、流石にこれは…。 『家出した伯爵令嬢』で序盤と終盤に登場する令嬢を描いた外伝的作品です。本編には出ない人物で一部設定を使い回した話ですが、独立したお話です。 完結済み!

私は逃げます

恵葉
ファンタジー
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

転移先は薬師が少ない世界でした

饕餮
ファンタジー
★この作品は書籍化及びコミカライズしています。 神様のせいでこの世界に落ちてきてしまった私は、いろいろと話し合ったりしてこの世界に馴染むような格好と知識を授かり、危ないからと神様が目的地の手前まで送ってくれた。 職業は【薬師】。私がハーブなどの知識が多少あったことと、その世界と地球の名前が一緒だったこと、もともと数が少ないことから、職業は【薬師】にしてくれたらしい。 神様にもらったものを握り締め、ドキドキしながらも国境を無事に越え、街でひと悶着あったから買い物だけしてその街を出た。 街道を歩いている途中で、魔神族が治める国の王都に帰るという魔神族の騎士と出会い、それが縁で、王都に住むようになる。 薬を作ったり、ダンジョンに潜ったり、トラブルに巻き込まれたり、冒険者と仲良くなったりしながら、秘密があってそれを話せないヒロインと、ヒロインに一目惚れした騎士の恋愛話がたまーに入る、転移(転生)したヒロインのお話。

処理中です...