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しおりを挟むアレスは全力で脱力した。ディーヴァは、考えこむ仕草を見せてはいるが。短い時間しか、付き合っていないアレスでも。ディーヴァの考えていることが、手に取るようにわかってしまった。
「(わかりたくなかった……っ!というよりは、女とはこういうものなのか!?)」
男女の良い雰囲気をぶち壊し、なけなしの男の欲が粉砕される。話せば話すほど、関われば関わるほどディーヴァという女がわからなくなってくる。
「ねぇ、今まで何人の女の子と付き合ったことがあるの?どんな女の子が好み?」
「唐突だな、……もうなんでもいいが」
「だってね~……あなたの弟が、とても熱く語ってたから」
「フォルスを知っているのか」
「凄かったなんてものじゃないわね、勢い余って海に落ちたんだから」
「…………どうやったら、そんな状況が作り出せるんだ」
「色々よ、イロイロあったのよ。……フォルスは、いい意味でも悪い意味でもまっすぐな子よね。もう随分、長いこと会っていないんでしょう?」
「――――いや、向こうもそうしょっちゅう街に降りられないらしいから時おり、フラッと俺のところに訪ねてきては、王宮に帰ってきてくれと叫ばれる。……母上がずっと泣いていると言って、あいつも泣くんだ。正直、参っている」
15の時、着の身着のままでアレスは王宮を出た。すがりついて、泣きじゃくりながらも自分を止めたフォルス。
それを振り切って、今日まで生きてきた。泣いている家族を見捨てて、今を生きているのだ。気にしなかった日はないだろう。
「参っているのは向こうだって同じでしょう?今では妹も大変なようだし……。悩みが悩みだけに、会うことも出来ない?」
「会えば、辛い。自分がこんなにも異質であることを、思い知らされる。それに……家族が悪意に晒される。それが、我慢出来ない」
アレスは苦しそうに俯く。それを慰めるでも励ますでもなく、ディーヴァはこう続けた。
「家族がだーい好きなのね。好き過ぎて、愛しすぎて……その想い故に、向き合えない。――――どこまでも逃げていられる環境に恵まれているのね、あなたって」
「なっ……!?」
胸ぐらを掴み、下からアレスを睨めつける。イライラしたからだ。逃げて逃げて――――逃げ続けて。問題を解決する為に奮闘することも、立ち向かうことも諦めた臆病者。言葉ではなんとでも言って、悩みと向き合わないようにすることは、いくらでも出来る。だが、向き合うことを諦めたアレスが……。ディーヴァは、腹立たしくてならない。もう、許せなかった。
「この国にいる人間が、侵食されていたのを見たでしょう?なんの関わりもない人が、巻き添えを食らうことが一番の罪なのよ?さっさと吐き出して楽になりなさい……!でないと、これからもっと酷いことになるかもしれないのよ?」
「お前には関係ないことだろう!」
「忠告してあげたし、さっきは助けてもあげたのにそれはないんじゃない?少なくとも、多少は事情に通じているんだから関係がないことはないわ」
今度は、突き飛ばすようにアレスから離れ。強くキツイ眼差しで見つめた。月明かりの下、月から雫がこぼれ落ちたかのような淡い金色の瞳が。闇夜に浮かび上がっている。瞳がユラユラと揺れ、また、アレスの側まで近づいた。
「生きている者は、皆平等に戦い続けているわ。戦って、生きる権利を勝ち取っているのよ?あなたは男で、しかも責任ある立場として生まれてきたくせに。戦いから逃げて、負けることを認めるというの?」
「……意味が、わからない」
「生きることを、『アレス=アルベルド』という人間であることを放棄するのかと聞いているのよ!!」
このまま悩みや問題を放置して、一生を終える気なら。そうする気なら。
「許さないわよ。後始末も何もかも放棄して、何にも関わらず生きていくつもりなら。あたしはあなたを、絶対に許さない!!」
「っ……、お前に何がわかる!?ただ……ただ一人だけ、家族の中でたった一人だけ!髪の色も瞳の色も違うんだぞ?!褐色の肌を除いて!俺は!俺一人だけが家族の誰とも似ていないんだ!!!」
フィトラッカの王族には、決まった特徴があるのだと伝えられている。褐色の肌で、『金髪』に『青い瞳』の持ち主ということ。アレスは、黒髪に碧みどりの瞳。誰にも似ていない、似ている人はいない。では、アレスとは誰だ?
『アレス』とはなんだ?
「お前にわかるものか!!!物心ついた頃からずっと言われ続けていたんだぞ!?血の繋がりがない余所者なんじゃないか、不義の子じゃないか……。周りの者がそう言うたびに、母上が泣き弟は馬鹿にされ……父上がせっかく築き上げた名声に、傷がついたと思った」
口さがなく噂する。悪意ある噂話、中傷、人のことなどなんとも思わない『言葉』の数々。酷い言葉をその身の中に降り積もらせ、容れ物が壊れてしまう前に。アレスは逃げた。戦うこと、向き合うことを諦めて。彼は逃げたのだ、自分一人がいなくなればそれで済むと勘違いして。
「俺さえいなければ、家族が泣くことも苦しむこともない!俺さえ……俺さえいなければ!!誰も不幸にならなかった!!!」
「あなた自身も、苦しむことはなかった?」
図星を言われたように、アレスは驚いた顔を見せた。冷静に、心の奥底まで見透かすように。ディーヴァは、アレスを見つめる。アレスの心の闇を見透かすように、ジッと見つめた。
「恐れるな」
自分の方へ引き寄せて、アレスを思いきり抱きしめた。アレスの背は、ディーヴァよりもかなり高いので。両腕を首に回すのも一苦労だ。しがみつく形で、驚くアレスに抱きついてみせると――――耳元に密かに囁いた。
「逃げるな、己自身の宿命から」
「……向き合って、どうなる。俺の外見が変わるものでもないだろう」
「あなたはとても魅力的で、いい男じゃない!外見なんて関係ないわ、あなたが王族の一員で国王夫妻の息子であることは、変えられない事実なんだから……堂々としていればいいのよ」
アレスの心臓に、軽く拳を打ち込む。ロマンチックな雰囲気なんて、ない。月明かりの下、さざ波の音を聞きながら。キラキラと光って見えるディーヴァの笑顔に――――ストン、と…………何かが落ちる音がした。
「ディーヴァ……」
「あら、初めてあたしの名前を――――」
そこで、言葉は途切れた。話している最中に、ソッと塞がれた唇を……ディーヴァはただ受け入れる。ディーヴァの濡れて揺れる瞳に、アレスは激しく心臓が高鳴る。アレスは初めて、女性に対してこんなにトキメキを感じたのだ。他は目に入らないくらい、ディーヴァしか見えていない。いったん唇が離れると、甘く囁く声でアレスに言った。
「……あたしを、好き?」
「好きだ……」
「そう。――――なら、あなたがあたしにくれたその気持ちの為に、あたしはなんとかしてあげられる。今回の問題を、解決してあげることが出来る」
「なんとか、出来るのか?」
「出来るわよ、あたしを誰だと思っているの?泣く子も黙り、笑う子も黙る。最強無双のディーヴァ様よ!!」
そんな人聞いたことがない。心の中で、思わずツッコミを入れてしまったが。……あまりにも自信たっぷりに笑うので、つられてアレスも笑ってしまった。空笑いだったが、それでも。沈んでいるよりはいい、泣きそうになっているよりはいい。辛そうにしているよりはいい、笑っている方が……ずっといい。
「あ、言っておくけど。あたしのことはほんの少しの『好き』以上には好きにならない方がいいわよ?……あたしは人でなしの最悪な悪女らしいから、男は泣いてばかりだわ」
アレスから離れると、波打ち際を歩き始める。風になびく赤髪を掴もうとするも、スルリとすり抜け落ちていった。まるで、ディーヴァの内面を表しているかのように。簡単には捕まらない。体はもとより、心も。腕の中には収まらない。
「――――それでも、好きになったと言ったら……?」
「可哀想、お気の毒……って。花束贈って祝ってあげる。あたしを忘れない限り、この世の地獄と一生付き合っていくことになるんだから。――――引き返すなら、今のうちよ」
手で銃の構えをすると、バーンっと撃ち込む仕草を見せた。その茶目っ気溢れる行動や仕草に、アレスは心のど真ん中に撃ち込まれっぱなしで、心臓が持たない心地だった。
ドキドキし過ぎて、心臓がとても忙しい。本当にこんなことは、初めてだった。
……すると、元々体調が優れなかったアレスは。態勢を崩し、海に倒れそうになってしまう。ディーヴァが慌てて支えようとしても、砂で足がすべりそれも出来ない。大きな水しぶきが上がり、二人は派手に海水で濡れてしまった。こんなところで、何をしているんだろう。
なぜだかとても、可笑しくなってしまい。ディーヴァは腹の底から笑ってしまった。つられてアレスも、笑うのを我慢するも結局我慢出来ずに大声で笑いだす。
「アッハッハ!普通っ、こんな雰囲気の中で滑る?!しかも全身びしょ濡れ!おかしい~~~!!」
「クッ、確かに。普通じゃないな、俺たちは……」
自然と手を伸ばし、アレスはディーヴァの体を掴んだ。海水に濡れ、ディーヴァの冷えた体を強く抱きしめる。アレスのたくましい胸板に顔を寄せ、心臓の音がよく聴こえた。……すごく、速い。
ずぶ濡れになったおかげか、体温も下がって悪酔いしていた気分も多少は良くなったようだ。冷静になった今、翻弄されることはない。ディーヴァの顎を持ち上げ、キスをした。
舌は絡まり、髪を優しく撫でるその仕草。未だ海に浸かったままの二人は、互いを抱きしめ合い……。冷えたはずの、体の体温が上がっていく。……そのまま、砂浜の方に押し倒された。
――――――ヤメロ……私ノ坊ヤに触ルナ……!!
「(……あーあ、せっかく盛り上がっていたのに……邪魔者か)」
人ならぬ声を聞きつけ、アレスの体を横にどかし立ち上がる。波の音が聞こえる中、海から現れいでる『何か』の気配をひどく感じ。真っ向から対峙した。
「さっさと姿を見せなさい!じゃないと、あんたの大事な坊やとやらを手籠めにするわよっ!?」
「手籠めって……っ、俺は男だぞ!?逆だろう普通!!」
「黙ってて!!逃げられちゃうでしょう?!」
ブクブクと泡立つ海。大きなモノが蠢き、何かが海の中から這い出てくる気配がする。急いでアレスを立たせ、逃げるよう伝えた。何がなんだか、わからない様子だったが。大人しくディーヴァの指示に従う。それを見届け、再び海の方を見据えた。
「さぁ……久しぶりの再会を果たそうじゃないの!長い間、暗い水底みなぞこの中で、あたしへの恨み辛みが溜まっていたんでしょう!?姿を見せなさい!!!」
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