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犬猿
しおりを挟む「決して許さない。傷つけることも、殺すことも絶対に許さない。人間は弱くて、ひどく脆くて、簡単に死んでしまう生き物なのだから。そんなものに手を出せば、必ずあなたたちこそ破滅する」
「見てきたように言うのね」
「知っているだけよ。弱い者は守り慈しむもの、傷つけ踏みにじっていいものじゃない」
「それこそ知ってるわよ~!三年前、照葉にコテンパンに懲らしめられてからはどんなにムカつくやつでも手を出していないでしょう?」
照葉が十五の時のことだった。
当時、いわく付きでもなんでもいいから予算をなるべく浮かせられる安い物件を照葉は求めていたのだ。
そんな時、いわく付きだがちょうど格安の物件が売りに出されていてこれは幸運と喜んで買おうとした。
しかしいわく付き(現在進行形)の物件で、悪さをしていたのが庭に植えられていた椿の木。
つまり椿の妖だった。
一重咲きの椿の花をこれみよがしに道に落とし、本体のある木のところまで人間を導く。
艶美な美女につられてのこのこやって来たら、捕獲完了。
あとは精気を吸い取りポイ捨てを繰り返すことをやっていたのだ。
家に住む住人だけでなく、通りすがりの者なども餌食にしていたらしい。
情けからか健康的な若い男しか手を出してはいなかったそうだが、それでも死んでも構わないと思っていたのだからもう駄目だった。
結果、照葉は文字通りコテンパンにのした。
二度と悪さが出来ないように、力の大半を封じ込めた証として長く豊かな黒髪をバッサリ切って今のおかっぱ姿に落ちついたのである。
「・・・さすがに、髪を切ったのはやりすぎたと思ってはいるのよ」
「いいのよ。アタシの初めてが照葉だなんて、これほど光栄なことはないわぁ」
「言い方を考えろあばずれが」
壁に打ちつける勢いで椿をひっぺがしたのは、真冬の水の冷たさを含めたような声を持つ切れ長の目をした男だった。
青筋がこれでもかと顔中に浮かび上がっており、椿を見る目は呆れと侮蔑が込められている。
椿から視線を逸らしたかと思えば、今度は照葉に顔を向けた。
その表情は、信じられないほど朗らかで優しい笑顔を浮かべている。
ゆっくりと丁寧に手ぬぐいで椿が触れていた箇所を拭くと、二人の間を隔てるようにして座りこんだ。
「・・・これは一体なんの真似?」
押し入れの襖にめり込んだ椿は、おどろおどろしい声を発しながら男を睨みつける。
しかしそんな睨みはまるでそよ風のごとく軽く受け流し、涼しい顔をしていた。
「見てわからんか?汚らわしき不浄の者から照葉様をお守りしている」
「そういうこと言っちゃう!?一緒に暮らして働いてるから少しは慣れあってあげようっていうアタシの優しさや配慮はまるっと無視なわけ?」
「そんな優しさや配慮などいらん。私は照葉様のお役に立てるだけでいい」
「融通がきかない石頭が、照葉の役に立てるって本気で思ってるの~?」
「隙あらば仕事を放棄しようとしているお前よりはるかに役に立っている」
「どうしてそういうこと言うのよ信じられない!」
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