上 下
9 / 32

笑い話

しおりを挟む




 「田沼のじいさん、いい歳して戸川のじいさんと佐保山さほやま様を取り合って喧嘩けんかしたんだって。おかげで腰やっちゃってしばらく勉強は休み」


 戸川のじいさんとは、田沼のご隠居と若かりし頃からの終生しゅうせいのライバルと言われている人だ。
国で一二を争う小間物問屋こまものどんやのご隠居でもある。

 髪飾りや根付け財布、その他諸々もろもろの品を一挙に取りそろえていて。
当然それらを作る多くの職人を抱え、老若男女の様々な人々に提供ていきょうする為の品をあつかっていることで有名だ。

 それだけでなく、昔風の小物こものは元より斬新ざんしんな物から外国の小物まで取り揃えていることから。
時代に取り残されることなく、また昔ながらの手法も大事にするので職人たちからの尊敬を一心に集めていた。

 そして佐保山というのは、さる貴族のご隠居様である。
若い時には日明小町にちめいこまちうたわれ騒がれたほどの美貌びぼうの持ち主で、その世代で知らぬ者はいない。

 老いてもりんとした風貌ふうぼうにしなやかな指先まで品を感じさせるたたずまいは、同年代の殿方とのがたたちを充分にき立たせるほどの魅力があった。
おかげでその世代の人々にとって、未だに高嶺たかねの花であり憧れの存在なのである。

 その憧れの佐保山を巡る戦いを繰り広げたのが、ファン筆頭を宣言している田沼と戸川の両隠居だ。
三人が揃って通っていた句会くかいで、互いに佐保山のことをお題にしたのが事の始まり。
どちらがより想いを込めた俳句を作れたかと言い争いになり、それで喧嘩けんかに発展してしまったのだ。


「確かに佐保山様は、六十歳には見えないほど若々しくて綺麗だけどさ。だからって立場のあるいい年した大人たちが人目もはばからずとっつかみ合いの喧嘩をするのは、さすがにどうかと思うんだ」
「あはは、お二人とも未だに血の気が多いものね。体格もご立派だし」
「その血の気の多い二人を止めたのが、佐保山様なんだって。一喝いっかつして、叱って、最後に優しく微笑んでほだしたらしいよ。さすがだよね、きもわってて人の扱い方と自分の武器の扱い方をちゃんとわかってるんだから」
「それを理解する雛斗もさすがよね」
「それほどでも」


 ほこらしげに胸を張った雛斗の頭を、照葉はわしゃわしゃと撫でた。
淡い玉子色の髪が乱れるのを嫌がってか、はたまた恥ずかしがってか。
体をよじって逃げ出すのを見て、照葉はしみじみ思う。

 なんでもない当たり前な毎日が、ただ繰り返されるだけで幸せなのだということを。
まかり間違っても、営業妨害えいぎょうぼうがいはなはだしい輩に日常を壊されてはならないのだ。
平穏無事な毎日を!これが照葉がかかげる全てである。


「大和様と別れてください」
「ぶふっ!」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

処理中です...