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再会
しおりを挟む「という訳で、犬用のベッドなど諸々を購入する。一通りの品を揃えてほしい、良品ならば値段は問わない」
その言葉に、ずっと固まっていた店員はすぐさま解凍された。
バックヤードにいた全ての店員に声をかけると、目にもとまらぬ速さで犬用の品々を揃えていく。
色、触り心地、デザインにおいてどれも最高級です、と揃えられたベッドやエサ皿などを充分に吟味する。
そして納得のいくものを選び、それらを全て購入することになった。
かなりかさ張るので、当日便の宅配に配達をお願いすることにして犬たちだけを手に店を後にしようとしたら。
先ほど応対していた店員が、愛枝花に深々と頭を下げた。
「この子たちを助けてくれて、ありがとうございます!」
「この者たちに携わっていたのか」
「私が担当してました」
「……こう言ってはなんだが、あのように面倒な客なら返品を受け入れた方がよかったのではないか?それなら双方穏便に事がおさまったはずだ」
「ーーーー置場所が、無いんです」
愛枝花にしか聞こえないほどの、か細く小さな声だった。
今にも泣き出しそうな震える声で、次から次に仔犬や仔猫が入荷してくるから店長が返品を絶対に許可しないそうだ。
万が一返品されたとしても、手のかかる仔犬の方を優先しなければならないので。
2匹の扱いは良くないものになるはずだったと言う。
「だからこそ、本当にありがとうございます。あなたのような子に貰われて本当によかった」
「この世で哀れな子がいなくなる事はないが、せめて私の手が届くこの子らは幸せにしよう。決して不幸せにはしない」
今度こそ、店員はボロボロと止めどなく涙をこぼした。
ずっと我慢していたんだろう。
自分が世話をした子が幸せになっていると思っていたのに、あんなろくでなしに買われた上に返品までされたのだ。
あんなに可愛らしいのに、愛おしい存在なのに『いらない』と言われて。
しかも店員がどうにかしたくても、店としても個人としてもどうすることも出来ないのだ。
さぞや悔しかったことだろう。
側に控えていた年配の店員が背中をさすってやるが、どうにも泣き止みそうにない。
見かねた愛枝花が、疾風に目配せしてケージの中から仔犬たちを出した。
「この者たちが笑っているのに、お前が泣いてどうするのだ?笑って見送ってやれ」
口を開いてニカッと笑っているように見える仔犬たち。
それを見て、涙をぬぐい自然に笑顔になった店員は前足に軽く触れた。
「今度こそ幸せになってね」
まぶしい笑顔に応えるように、仔犬たちは揃って元気よく鳴いた。
別れを済ませ、愛枝花たちは美容院に向かう。
言いつけ通りに店の中で待っていた弥生は、連絡をもらって外に出る。
愛枝花たちの目に入った弥生の姿は、無事に髪を綺麗に整えられて満足な仕上がりになっていた。
店の外に出て、外で待っていた愛枝花の側に置かれていたキャリーケースを不思議そうに覗きこむ。
すると、元気な声で鳴く仔犬を見て弥生は喜びの黄色い悲鳴を上げた。
「どうしたんですかこの仔犬~!!可愛いっ」
「飼うことになった」
「そうなんですか!?」
「訳あり、だがな~」
そこで初めて、疾風は仔犬たちを間近で見た。
……今まで機嫌よくしていたというのに、疾風が近づいただけで歯を剥いて唸りはじめる。
それに対して口は笑っているものの、瞳孔が開いて見るからにまずい雰囲気になっている疾風がいた。
「……お前の気配に気づいているようだ。さすがと言わざるをえないな」
「愛枝花、こいつらは『何』だ?」
「このように雑多な場所では話も出来ぬ。社に帰るぞ、そこで落ちついて話そう」
時間が惜しかったので、3人はタクシーで帰った。
帰り道も大人しくしていたので助かったが、これでキャリーケースから出して疾風と対峙した時のことを考えると愛枝花は頭が痛む思いだ。
話が終わるまでは仔犬たちは別室で休ませた方がいいだろうと考えながら、帰ってきた我が家の玄関を開けようとしたらーーーー。
「待て愛枝花」
「お前こそ待て。早とちりするな」
「気づいてるんだったらもう少し慌てろよ!!嬢ちゃんと一緒に後ろに下がってろ」
「見知った気配だ、問題はない」
「有害なやつか無害なやつかわかるのか!?」
「無害に決まっている」
疾風の制止を無視して、玄関を開ける。
するとそこには……。
「おかえりなさい!」
「すっごい美女がいる!!!???」
愛枝花たちを出迎えたのは、白銀の髪が揺らめくふくよかな肢体の美女だった。
真っ白な絹の着物に身を包み、胸元は惜しみなく開けていて女のスタイルの良さがとても際立つ。
三つ指ついて深々と頭を下げて出迎えたその女は、にこやかに微笑んだまま愛枝花の名を呼んだ。
「お久しぶりでございます、雪津梛愛枝花乃比女様」
「やはり目覚めていたか」
「はい。あなた様に仕える身でありながら、永きに渡りご苦労をおかけしてしまったこと。まことに申し訳ございません」
「お前たちは私の神力でその身を左右されるのだ、当然の結果だっただけのことだ」
この美女の正体は、愛枝花に仕えてきた齢1221年の時を経た白糸の九十九神。名は糸織。
ふんわりした白絹のような長い髪や、にゅうわな笑顔がとてもよく似合う美女で。
穏やかさを保ち、基本事を荒立てない性格の持ち主だ。
以前ならこうして率先して謝罪に来るのは、穏和な糸織ではなく別のやつだった。
気配は感じるので、糸織と同じく目覚めていることは間違いない。
だとするなら、こうして最古参の糸織が1人で謝罪をしに来たのは。
ひとえに愛枝花に仕える九十九神たちの中で、一番責任を感じている者を庇う為だろう。
死を持って償うと言い出しかねない者の代わりに、まずは年長者として謝罪し。
他の者たちの罪を軽くしてもらおうという、算段ゆえの行動だ。
愛枝花が九十九神たちを罪に問わないことはわかっているだろうに。
律儀に、侮ることなく、尊敬の念を込めて愛枝花に深く詫びを入れる。
そこに他の者の許しを乞うても、代表者たる自身のことは赦されようとは考えてもいない。
あくまでも側でお仕え出来なかった謝罪をする。罪を自身1人で受け入れる。それだけだった。
「眠っていたおかげで、今こうやって再会出来たのだろう?でなければ、今頃は互いに消滅して自然へと還っていただろうさ」
「愛枝花様…」
「むしろ、これからという時によくぞ目覚めた。今までを取り戻すように、存分に働いてもらうぞ。それが私の為になる」
「愛枝花様っ…!!」
「盛り上がってるところに、水を差すようで非常に申し訳ないが!」
先ほどから玄関の内にすら入れず、完全に蚊帳の外だった疾風が間に割ってはいるように声をかけた。
「説明を求む」
「……そうだな、互いに説明が必要だ。これからのこともある。糸織、他の者たちは広間にいるのか?」
「はい。御身が住まう御座所に無断で入ったことすらおそれ多いことですのに、個室にお邪魔する訳にはまいりませぬゆえ」
「良き配慮だ。外にいたなら、万が一人が訪れた場合あらぬ騒ぎになりかねぬ」
つい最近まで廃墟だったのに、再建されてからというものとびきりの美男・美少女・さらに美女までいたと噂になれば。
一目見たさに人が押し寄せるに違いない。
人が訪れることはいいのだが、参拝目的ではなくただの見物だけというのが困るのだ。
騒がれ荒らされ残るのは疲労のみ、なんてことは絶対に嫌だと誰もが思うことである。
「全員揃っているのか?」
気配は感じるが、誰のものかまではわからないようで廊下を歩きながら先頭を歩く糸織に尋ねる。
するとわかりやすい困り顔を見せ、軽く左右に頭を振った。
「いいえ。我ら九十九神は目覚めましたが、精霊たちは未だ……」
「糸織。以前の口調に戻れ、違和感を感じて仕方ない」
「ですがそれでは……」
「許す」
「…………かしこまりましたわ~、愛枝花様!」
花のような微笑みを浮かべながら、かなり間延びしたような口調に変化した。
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