過霊なる日常

風吹しゅう

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階段の幽霊編

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 「立入禁止」と書かれた札が掛けられた鉄柵の扉、さながら牢獄の様な風貌ではあるが、バニラ色のペンキで塗りつぶされているそれはどこか愛おしく見えた。
 しかし、それを乗り越えなければ登る事すら許されぬ階段がそこにはあり、それは屋上へとつながっている。

 なんとも特別感にあふれた階段だ。

 私は少し息を整えると鉄柵扉に手をかけた。ひんやりとする手に力を込めて体を持ち上げ鉄柵に足を掛ける。タイミングよく体を動かしながらあっという間に鉄柵扉を乗り越えた。
 入学したころに比べたら慣れたものだと、人間という生き物の可能性に感心しながら、私はすぐに階段上り始めた。

 上ってすぐの踊り場を経由して再び階段を登り切った場所には、屋上への扉とちょっとした踊り場のようなスペースとロッカーがある。屋上の扉には鍵がかかっており開くことはできない。

 私は屋上へとつながる扉の手前、階段に腰掛けていつも昼食をとっている。

 ここに座ると、正面には見事なステンドグラスが備え付けられており、階段の次に私の廃れた心を癒してくれていた。それはまるで、ここで休憩しなさいとでも言わんばかりの空間であり私はとても満足していた。

 そんな、静かな空間にも、時折喋り声は聞こえてくる。他愛もない話から実に興味深いものまで、時には告白シーンなんてのにも遭遇した。
 ある意味盗聴している事になるかもしれないけど、それは喋っている本人たちが不用意に大切な事を公共の場で喋ったりするのがいけないと思っている。

 そして、彼らのお陰で悪口や大切な情報はめったに外で話すものではないと私は陰ながら勉強している。個人的には、まるで情報屋にでもなった気分でいたけど、どうにも、最近変な噂をよく耳にするようになった。

 それは、学校に幽霊が出るという噂だ。

 その幽霊はこの学校で自殺した生徒の幽霊らしく、何人もの生徒が目撃しているらしい。しかし、生徒が目撃するということは夜間の学校ではないということだろうか?

 いや、よくよく考えれば日中あるいは放課後に霊というものは現れるものなのだろうと考えていると、下にある鉄柵扉がガチャガチャと音をたてた。
 入学してすぐにここを見つけてからというものの、人など誰一人よりつかなかったこの場所に、ついに同族の人間が来たというのだろうか?

 私はすぐさま近くにある掃除用具箱に身を隠しその場をやり過ごすことにした。掃除箱の中から外を見ると、くせっ毛で長髪の女子生徒が私の座った所をくまなく見て回っている。

「あれー、確かここにいるはずなんですけど」

 くせっ毛の女性は突然そんな事を言い出した。「ここにいるはず」その言葉に、もしやこの場所はすでに多くの人間によって知られているのか、と、心配になった。

「おかしいですねー、ん、でもなんか匂いがします」

 彼女はまるで犬の様に匂いの出処を探そうとしている。

 しかし、かぎわけられないと分かると彼女は残念そうにうなだれた。そして、すぐにその場を離れて行ってしまった。私は頃合いを見計らって掃除箱から出ると、階段を降りて鉄柵扉の方を確認した。すると、そこには誰もいなかった。

 まさか、彼女が噂の幽霊だったりしないだろうか・・・・・・?

 なんて事を考えながら、とりあえず一安心して再び元の場所に戻り昼食の続きをする事にした。だが、突如として鳴り響く甲高い女の声に私は魂が抜けるんじゃないかと思うくらい身体が跳ね上がった。

「い、いましたー、ほんとにいましたーっ」

 振り向くとさっきまでいなくなったはずのくせっ毛の彼女がいて、私を指さしそう言った。

「もしかしてゆうれいさんですかっ?」

 せっかくの場所を見つけられた私は、どうにかしてこの場所を奪われないように彼女をおもいっきり見下し、睨みつけた。

「さすがゆうれいさん、威圧感が半端ないですね」

 全く動じていないどころか目を輝かせて私に少しづつ近づいてきている、なんなんだこいつは?

「う、動くな」

 私がそう言うと彼女は動くのを止めた、そして、大きな目で私をじっと見つめてきた。

「え、あれ、身体が動かない、どうして?」

 くせっ毛の彼女はおかしなことを言いだした。

「ど、どうしてでしょう、体が全然動きませんっ」

 それはきっと私の言ったことを素直に聞いてくれたからだと思うけど、あと、さっきから幽霊さん幽霊さんと彼女は何を言ってるんだろうか?

「あぁ、えーっと、誰?」

 とりあえず見つかったからにはどうしようもないので、彼女が言うように、幽霊にでもなったつもりで彼女と話してみることにした。

「わたし音無《おとなし》マリアです、あなたはさんですよね、本当にゆうれいさんを見てしまいましたっ」

 こんなにもハイテンションな人間と出会ったことのない私にとって、この状況をどうすれば良いのかわからない。そう思った私はなぜか彼女につられてハイテンションになってしまった。

「え、えっと、今すぐここから立ち去れーっ」

「えっと、ゆうれいさん実はあなたに相談があるんです」

 人が同じテンションになってやったというのに、話を聞かずに相談を持ち掛けて来た。そして、それと同時に気まぐれでやった行動のせいで、顔が火照るくらいにあつくなってきた。

「いや、私はその幽霊さんとやらではなくて普通の」

 そう言いかけた時、音無さんという女性は私に手を伸ばしてきた。鉄柵扉から伸びたその手はまるで囚人が助けを求めているようで、とても滑稽だった。
 だが、彼女の顔は笑顔であり、それはまるでキラキラと輝いているように見えた。そんな素敵な笑顔の彼女はニコニコ笑顔のまま口を開いた。 

「ゆうれいさん、私と友達になって下さいっ」

「は?」

 予想外の言葉に私は開いた口が塞がらなくなった。そして、必死な顔で私を見つめる彼女、時間が止まったような感覚に襲われた。
 しかし、徐々に状況を理解し始めた私は、静かにその願いを無視し、再び元の場所に戻ることにした。

 そうだ、こんなめんどくさそうな人間の相手はする必要はない、しかし、彼女はそう思っていないようで、騒がしい音を立ててきた。

「ちょ、ちょっと待ってください」

 彼女はまるで私を逃げさんとばかりに、バタバタと鉄柵扉を乗りこえようとしてきた。だがそんな時、突如として男性の野太い声が聞こえてきた。

「こら音無っ、お前そこで何をやってるっ」

「ひっ」

 突如として男性の大声に、私は屋上の方へと逃げた、そして恐るおそる音無さんがいた場所を覗きこむと、そこにはまるでゴリラの様にたくましい体型をした人間が立っていた。
 それは、一目でわかる体育教師の真田先生だった。真田先生は鉄柵をよじ登ろうとする音無さんを器用に抱え上げて持ち帰っていった。

「ちょ、ちょっと離してください先生」

「お前があんなところにいるのが悪いんだろう、職員室で説教だ」

「なー、はなしてくださいー」

 うるさく抵抗する音無さんと、それを抑えこむ真田先生は、それはもうほほえましいゴリラ親子にしか見えず、私は思わずにやけてしまった。
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