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第3章
88.
しおりを挟む方向が決まったとなればやることはいくらでも出てくる。
私は“奇跡の乙女”としての力を悪魔に対してもっとも効果的に使えるように色々と準備を進めた。
最終的に、キースが作った銃のような魔法道具で魔力を放出させるという方法になった。
私は来たるべき日に向けてその練習に明け暮れた。
時間はいくらあっても足りないくらいで、気づけばついにその日の朝がやって来ていた。
できることは全てやりきったはずだ。
不安だなんてそんなことを考えるのは時間の無駄だと思える。
やるべきことをやるだけだ。そう自分に言い聞かせていた。
「おはよう、皆!私とコンドラッドで作ってた強化服、渡していくわね!」
最終確認をしようとリビングに皆が集まり始めていたところに、最後にエルザとコンドラッドが勢いよく部屋に入ってくる。
その腕には綺麗に折りたたまれた服を抱えていた。
強化服は服に強化魔法をかけることで鎧と同じくらいの防御力を持つようになるものだ。
完成した服に強化魔法をかけることでも作ることが出来るのだが、それよりも服の作成過程で魔法をかけながら作っていく方がその力が高まるのだという。
だから、実は裁縫の得意だったエルザがコンドラッドと協力しながら作ってくれていた。
エルザ、そういえば昔はよく人形とか作ってたっけ。
「エリザベート、あなたはこれよ。あなたの服が私の一番の自信作なんだから!」
服を渡してくれたエルザは私のことをエリザベートと呼びかけた。
エルザはあの日から私のことをそう呼んでくれている。
そう呼ばれることに最初は違和感があったけど、エルザの方が少しも気にしてないように私の名前を口にしてくれたから、今はもう受け入れられるようになった。
私はエルザから受け取った服に目を落とした。
強化魔法のおかげもあるのか少しのほつれもない綺麗な仕上がりだ。
だけど、この服にはそれ以上に私の目を引くところがあった。
“エルザ、この服って……”
「ええ。自信作って言ったでしょ?ほら、早く着替えた着替えた!」
私が不安げにそう問いかけると、エルザはそれがどうした、というように満面の笑みでばちんと片目を瞑った。
そして私をリビングから引っ張ると私を私の部屋へと押し込んだのだった。
一人になった部屋で、腕の中にあったその服を広げてみた。
細部まで丁寧に作られていてエルザの頑張りが分かった。
きっと、私の事を思って作ってくれたんだろうな……
こういった服を着ることに抵抗はすごくあるし、怖さだってある。
でも、いつかは着てみたいと思っていた。
その一歩を踏み出すきっかけをエルザはくれた。
私はそう考えると、怖さを忘れてその服に袖を通していた。
***
服を着替えるだけにしては随分と時間をかけすぎた。
もう私以外の皆はリビングに戻っているみたいだった。
私は服を着替えたものの、この姿で皆の前に現れることにとても躊躇っていた。
だが、リビングの扉の前で立ち止まること数秒、私がドアノブに触れる前にその扉は反対側から開けられてしまった。
「あら、エリザベート。遅いから呼びに行こうとしていたところだったのよ。……やっぱり、そのデザインにして良かったわ。私、良い仕事したと思わない?」
扉を開いたのはエルザだった。
すぐ目の前にいた私に目を開いて驚いていたが、その顔はすぐに嬉しそうな顔に変わった。
弾むような声音でリビングにいた他の皆に問いかけると、私を勢いよく部屋へと引っ張り入れた。
中に入ってきた私に皆の視線が集まる。
動きやすいパンツスタイルに上はジャケットの様な服だけれど、その裾はふんわりと広がりフリルが付いている。
そして、服の所々には控えめながらもポイントとしてリボンや花の刺繍が施されている。
スカートではないけれど、そんな“女の子の服”を私は着ていた。
女の子の服を着るなんて家を飛び出した時以来だ。
久しぶりすぎて恥ずかしさもあったが、私がこんな服を着て良いのだろうかとか、こんな服を着ている私を見てどう思われるだろうかとか、そんなことがぐるぐると私の中を巡っていた。
「ああ、よく似合っている。とても可愛いよ、エリザベート」
そんな私のどうしようもない思考を吹き飛ばすような言葉が、声が聞こえてきた。
それも他ならぬウィリアム様から。
私は無意識にウィリアム様に視線を動かす。
だけど、私は彼にかけられた言葉を頭の中で反芻するだけで、何も考えることは出来なかった。
「ウィル、やるじゃない。あなたから一番にその言葉が聞けるなんてね。あなたのことだから、恥ずかしがって言わないかと思ったわ。ヘタレだし」
「ヘタレは余計だ。いや……本当に可愛いと思ったから。服も可愛らしいが、エリザベート自身が。それにこれからは全部、伝えられる時に伝えていこうと思っていたから……」
エルザにそう指摘されたウィリアム様は口に手を当てて、耳まで真っ赤にさせながら再びそんなことを言ってくれた。
そんな彼の様子を見ていて、私はやっとかけられた言葉の意味を理解して、ぼっと顔が熱くなった。
可愛いなんて……
そんなこと、誰からも一度も言われたことなかった。
初めて言われた。
それも、この世界の中で一番、言われたかった人から。
こんなに幸せなことはない。
あふれ出しそうなほどの気持ちと、どうしようもない恥ずかしい気持ちから、私は両手で熱をもった顔を覆った。
だけど、私もこのことだけはウィリアム様に伝えたかった。
“ウィリアム様、とてもかっこいいです……”
ガターン!!
突然、椅子に座っていたウィリアム様が椅子ごと後ろにひっくり返って大きな音が響いた。
そんな思ってもいなかった出来事に、私は恥ずかしさも忘れて慌ててウィリアム様に駆け寄った。
“どうしたんですか?ウィリアム様、大丈夫、ですか……?”
「ああ……大丈夫だ。何でもないから気にしないでくれ……」
顔を背けながらそう言ったウィリアム様に怪我はなさそうで安心した。
でも、何故だか赤い髪の隙間から覗いたその首は、その髪の色と同じくらい真っ赤に染まっていた。
そんな私たちの様子を見ていた他の皆は声を上げて笑っていた。
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