91 / 103
第3章
87.
しおりを挟むヒースから想像も出来ないほどに衝撃的な事実を伝えられてから数日、私たちは思っていたよりものんびりと日々を過ごしていた。
決行が決まった新月の日まであと一月もないとはいえ時間が全く無いわけではない。
疲れを癒やす時間も必要だ。
まあ、ヒースは今日も連日のように行われているコンドラッドの質問攻めにあっているんだろうけど。
ヒースも自分が知っていることならなんでも教えたいと思っているみたいだから、無理しない程度に二人の気が済むまでやってもらおうということになった。
私はこの数日間でエルザとたくさん話をした。
普段のくだらないこととか、昔のこととか、出会った日のこととか、これからのこととか。
偽らない自分のありのままの姿でエルザと話せた。それが嬉しかった。今まで以上にエルザのことを本当の家族のように思えた。
キースとジェラールとも話をした。
ジェラールは私が女性だったことをあの時初めて知ったと言っていた。
というか、ジェラール以外は皆、私が男のふりをしてるって知っていたみたいだ。そのことを考えると恥ずかしすぎる。
ジェラールは突然そんな事実を知ったばかりだというのに、さすがは人に仕えていた人だからなのか、私の事を完全に女性として扱ってくれていた。
そんな態度に慣れなくて、私は戸惑ってばかりいたんだけど。
キースとはいつも通り他愛のない話をした。以前と少しも変わらないようなやり取りで。
思えば、キースには私の事がバレてしまっていたから偽りでない姿を出せていた。
キースは最初から偽っていない本当の私の事も受け入れてくれていた。
そのことに私は気が付いていなかっただけで、かなり心の支えになっていたと思う。
だけど、そのことをキースに言ったところで上手くはぐらかされてしまいそうだ。
だから、その代わりにキースとはいっぱい笑って話をした。
そんな平和なゆっくりとした時間が楽しかった。
「みんな、ある程度悪魔のことが分かってきたから一つ、作戦を立ててみたんだ。聞いてくれないかい?」
籠もって話し合いをしていたコンドラッドとヒースが部屋から出てきて、そう呼びかけた。
きっと、この二人は悪魔のことをこの世界で一番分かっている二人だ。
その二人が考えたものだから、反論するところはないだろう。
ついにこれからは、最終決戦に向けて動いていく。
全員でその日に向かって走って行く。
リビングに集まった全員を見渡すと、コンドラッドは話を始めた。
「決戦の日まであと2週間。今から準備すれば十分に間に合うと思う。それで、その方法なんだけど……」
コンドラッドは最終決戦となるだろうその日のことを一つ一つ真剣な面持ちで話し出した。
それに私たちが少しの修正を加えた後、話はまとまった。
まず新月の日、前回王都へ行った時にキースの家に設置してきた転移魔法陣を用いて全員で転移する。
そしてそのまま王都へと直行し、正面から派手に襲撃して注目を集める。
それを囮として、裏から侵入した他の仲間が第二王子、悪魔のもとへと奇襲をかける。
簡潔にまとめてみれば、そんなシンプルな作戦だった。
「いろいろと考えてみたんだけど、結局のところこの方法が最善だという結論になったんだ。大がかりな罠を仕掛けるような時間はもう残ってはいないし。その分、個人の力に頼るところが多くなるとは思うけど、みんななら大丈夫だよね?」
コンドラッドはそう問いかけはしたものの確信しているのがありありと感じられた。
当然、悪魔は自分の僅かでも弱点となるその日に警戒していないことはないだろう。決して楽な道ではない。
細かな計画を立てないということは、個人の戦闘力、判断力に頼るような無茶な作戦だ。
普通に考えれば無謀としか言いようがない。
それでも、この場にいる誰一人として無謀とは思っていなかった。
皆、一様に大きく頷いていた。
「ですが、悪魔のところへたどり着いたとしても奴の力は強力です。何か手はあるのですか?」
ジェラールがそう尋ねた。その問いはもっともだ。
パレードでの襲撃の際、あの魔法道具での攻撃は効かなかった。
同じことを繰り返しても意味がない。
コンドラッドはジェラールの言葉を受けると頷き、私の方へと強い視線を向けた。
「うん。悪魔は邪悪な強い力を持っている。それはどんな力にも勝るとも思える。実際に目にした君たちならよりいっそうそう思うだろう。でも、そんな悪魔にも一つだけ致命傷にもなり得る力があるんだ。それは、聖なる力。“奇跡の乙女”である君の力でなら、悪魔を消滅させることすら可能だと僕たちは考えている」
コンドラッドの言葉にヒースも頷き、私を見つめた。
「パレードの日、僕の中にまだ悪魔がいた時、あなたの光に触れどれだけあの悪魔が苦しんでいたか、僕には分かります。間接的な力でさえあの効果なのですから、十分な対策を行えばその力は悪魔を圧倒する莫大なものになるはずです」
“僕の力が……”
二人はそんな風に確信をもったようにそう断言した。
その言葉に私は目を見開く。
“奇跡の乙女”という存在がそれほどまでに力を持っていたということに。
私がそんな力を持っているかもしれないということに。
気づけば全員の視線が私へと集まっていた。
その眼差しには期待と不安が入り交じっているような色をしていた。
「それが本当ならそれ以上に良い手はないのだろうな……だが、それはリュカに大きな負担がかかる。だからリュカ、お前がどうしたいかで決めれば良いと俺は思う」
ウィリアム様は心配するように不安げな表情を私に向けた。
その不安は私の力を疑うようなものではなく、私に大きな責任を持つような役割をさせてしまうことを心配するようなものだった。
こんな時まで私の事を優先して考えてくれている。
周りの皆も、ウィリアム様の言葉に同意するように優しく微笑んだ。
………私は今まで本当の自分のことを知られてしまったら、この場所にはいられなくなるんだとそう思っていた。
そう思って、皆のことをずっと騙していた。
騙していることをとても申し訳なく思っていたけれど、それ以上に本当の自分のことが嫌いだったから。
でも、蓋を開けてみればそんなことはなんてことなかった。
そんな私のことをあっさりと受け入れてくれた。
それどころか本当の私を必要としてくれている。
だから、私はそれに応えたい。
きっと、昔の自分だったらそんなこと出来るはずがないと逃げ出していたと思う。
正直なところ、今だって出来るはずないと思う自分もいる。
でも、こんなこと一人だったら出来ないけれど………
“大丈夫、出来るよ。悪魔を倒すことが出来る。そんなこと一人だったら出来るはずないって思うけれど、一人じゃない。|私(・)には皆がいるって知ってるから。|私(・)の力で、|私(・)たちの力で悪魔を倒したい!”
私はしっかりと前を向いて皆の顔を見た。
自身がなくて俯きがちな私は捨てる。
顔を上げれば、こんなにも私のことを思ってくれる人達がいる。
|私(・)には仲間がいる。
リュカとしての私はここまでだ。
これからは本当の私として皆と向き合っていきたい。
私は|私(・)として生きていくことにした。
0
お気に入りに追加
450
あなたにおすすめの小説
勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
【完結】バッドエンドの落ちこぼれ令嬢、巻き戻りの人生は好きにさせて貰います!
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢エレノアは、容姿端麗で優秀な兄姉とは違い、容姿は平凡、
ピアノや刺繍も苦手で、得意な事といえば庭仕事だけ。
家族や周囲からは「出来損ない」と言われてきた。
十九歳を迎えたエレノアは、侯爵家の跡取り子息ネイサンと婚約した。
次期侯爵夫人という事で、厳しい教育を受ける事になったが、
両親の為、ネイサンの為にと、エレノアは自分を殺し耐えてきた。
だが、結婚式の日、ネイサンの浮気を目撃してしまう。
愚行を侯爵に知られたくないネイサンにより、エレノアは階段から突き落とされた___
『死んだ』と思ったエレノアだったが、目を覚ますと、十九歳の誕生日に戻っていた。
与えられたチャンス、次こそは自分らしく生きる!と誓うエレノアに、曾祖母の遺言が届く。
遺言に従い、オースグリーン館を相続したエレノアを、隣人は神・精霊と思っているらしく…??
異世界恋愛☆ ※元さやではありません。《完結しました》
虐げられていた黒魔術師は辺境伯に溺愛される
朝露ココア
恋愛
リナルディ伯爵令嬢のクラーラ。
クラーラは白魔術の名門に生まれながらも、黒魔術を得意としていた。
そのため実家では冷遇され、いつも両親や姉から蔑まれる日々を送っている。
父の強引な婚約の取り付けにより、彼女はとある辺境伯のもとに嫁ぐことになる。
縁談相手のハルトリー辺境伯は社交界でも評判がよくない人物。
しかし、逃げ場のないクラーラは黙って縁談を受け入れるしかなかった。
実際に会った辺境伯は臆病ながらも誠実な人物で。
クラーラと日々を過ごす中で、彼は次第に成長し……そして彼にまつわる『呪い』も明らかになっていく。
「二度と君を手放すつもりはない。俺を幸せにしてくれた君を……これから先、俺が幸せにする」
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて
音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。
しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。
一体どういうことかと彼女は震える……
幼馴染みに婚約者を奪われ、妹や両親は私の財産を奪うつもりのようです。皆さん、報いを受ける覚悟をしておいてくださいね?
水上
恋愛
「僕は幼馴染みのベラと結婚して、幸せになるつもりだ」
結婚して幸せになる……、結構なことである。
祝福の言葉をかける場面なのだろうけれど、そんなことは不可能だった。
なぜなら、彼は幼馴染み以外の人物と婚約していて、その婚約者というのが、この私だからである。
伯爵令嬢である私、キャサリン・クローフォドは、婚約者であるジャック・ブリガムの言葉を、受け入れられなかった。
しかし、彼は勝手に話を進め、私は婚約破棄を言い渡された。
幼馴染みに婚約者を奪われ、私はショックを受けた。
そして、私の悲劇はそれだけではなかった。
なんと、私の妹であるジーナと両親が、私の財産を奪おうと動き始めたのである。
私の周りには、身勝手な人物が多すぎる。
しかし、私にも一人だけ味方がいた。
彼は、不適な笑みを浮かべる。
私から何もかも奪うなんて、あなたたちは少々やり過ぎました。
私は、やられたままで終わるつもりはないので、皆さん、報いを受ける覚悟をしておいてくださいね?
騎士団の世話役
haru.
恋愛
家族と領地のピンチでお兄様に助けを求めに行ったら、酔っぱらいにゃんこに絡まれたーーーー!
気づいたら何だかんだで、騎士団に就職する事になるし、酔っぱらいにゃんこは騎士団長!?
※公爵家の名前をアスベル家に変更しました。
よろしくお願いしますヾ(ΦωΦ)/
本編は完結済みです。
番外編の更新を始めました!
のんびり更新の予定ですが、よろしくお願いします♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる