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第1章
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しおりを挟む私たちは宿へ帰ろうと表通りへ出た。
すると少し先で人が集まっていて、何か騒ぎが起こっているようだった。
「あんた、私のことを捨てるっていうの!?他の女にも手を出してるってどういうことよ!!」
ヒステリックにそう叫ぶ女性の声で周囲の人々はただの痴情のもつれかとその場を離れる人、さらに野次馬根性を働かせて様子をうかがう人に分かれた。
私はそういった他人のプライベートなことを覗くのはあまり良いことだと思わないので、騒ぎに気を取られているウィルを連れてここから離れようとした。
「なあ、あれってキースじゃないか?」
立ち止まって動こうとしないウィルが騒ぎの中心を指す。
その先に目を向けると、以前と変わらず陽気が良いというのにコートを着込んだキースが女性に睨まれていた。
女性の方は我を忘れてかなり怒っているように見えるのに対し、キースの方はいつもの感じで飄々として冷静というよりも冷めた態度を取っているように見える。
そして、キースは浅くため息をつくとその女性に笑いかけた。
「ごめんね」
「浮気したことを認めるのね。でも、私が謝られただけで許すと思ったら大間違いよ!!」
「あーっと、そうじゃなくて勘違いさせちゃってごめんね。捨てるもなにも君とは付き合ってないし、遊びだって最初に言ったはずなんだけどなあ。忘れちゃった?俺、同じ相手とは二度はやらないって決めてるから」
笑顔のまま淡々と告げるキースにその女性は、最初は何を言われているか分からなかったようでぽかんとした表情をしていた。
キースが謝ったことで非を認め自分が優位の状況に立っていたと思っていた彼女はその答えを理解するとますます顔を赤くした。
「…………最低っ!!!あんたみたいな男こっちから願い下げよ!!」
バシィィィと清々しいほどの通った音が響く。
決まり文句のような言葉を投げつけた女性は、キースに思いっきり平手打ちをしてその場を去って行った。
うん、私もキースは殴られて当然だと思うよ。
一部始終を見た野次馬たちはやれやれといった風にその場を離れて行っている。
私たちも早く行かないと。
キースも知人に見られたくないような現場だったろうし。
そう思って踵を返そうとしたとき、不意にこちらを見たキースとばっちり目が合ってしまった。
しまった、遅かった。
「あらら、見られちゃったか。まあ、よくあることだしあんまり気にしないでね」
仮面をしていない左側の頬を赤くしたキースが私たちに近づいてきた。
見てしまった私たちに対するフォローなのか冗談っぽくそう言う。
だが、あの場のキースの慣れた雰囲気は本当に良くあることなのかもしれない。
「よくそういうことをしているのか?」
「いやー、俺ってね、定期的に女の子と触れ合わないと死ぬ呪いにかかっててさ。ほんと、参っちゃうよね」
「何!?そんな残酷な呪いがあるのか!!俺がその呪いにかかったらすぐに死んでしまうに違いない。なんと恐ろしい………」
「あれ?ウィル、君も男ならかかってると思ったんだけどな」
キースはいつぞや私に言ったことと同じ言い訳をしてきた。
ウィルはそのことを聞いて本気で怖がっているように見える。
ウィル、それ絶対嘘だから心配しなくていいよ。
怯えるウィルを面白そうにからかうキースを止めようとペンを取ったが、ふと気になっていたことを思い出した。
このタイミングで聞くのがベストだと思い、キースに尋ねてみた。
“あの女の人とはいつ会ったの?”
「へえ、意外。君もそういうことに興味あるんだ。あの子とは一昨日の夜にバーで会ってそのまま朝まで一緒だったんだ。それだけだったんだけど、昨日の夜に別の女の子といるのを見られたらしくてさ。殴るなんてひどいよね」
“それは自業自得だよ。完全にキースが悪いと思う”
「えー、そうかなー?」
「おい!俺にもその呪いがかかっているのか?俺は大丈夫なのか!?」
ウィルが切羽詰まったように私たちの間に割り込みキースに問いただす。
それにより私とキースの会話は途切れたのだが、私はそのことにほっとした。
なぜなら、私は騙すようにキースを誘導尋問していたからだ。
先ほどの会話で本当に聞きたかったのはキースが一昨日の夜に何をしていたか。
キースが一昨日の夜に起きた通り魔事件の犯人なのか、だ。
魔法が効かない人物、つまり無効化魔法が使える人物は少なく限られている。
だからキースを疑っていたのだが、状況から見てもその夜は一人ではなかったようだ。
後でその女性に裏を取って見れば確実に分かるだろう。
エルザを危険から守るために染みついたこの、人を疑う注意深さは必要なものだが罪悪感がある。
キースを疑ってしまったことを申し訳なく思ったが、とにかく彼が犯人でなくてほっとした。
「はは、ウィルみたいな純粋な奴にはまだかかってないよ。大丈夫だから安心しなよ。それに、死ぬなんて言うのは嘘だしね」
「そうなのか、それは良かった………って、なんだと!騙したな!」
「あはは、ごめんごめん。そこまで怖がると思ってなかったから面白くてついね」
悪びれもなく謝るキースにウィルはさらに文句を言う。
その様子を可笑しく思い、私もそこに加わる。
何でもないような、そんな楽しい時間を過ごした。
***
左頬に痛みを残して去って行った女性の目には涙がたまっていた。
怒りだけでなく、悲しみの感情もあったのだろう。
「………最低か。ほんと、そうだよな」
自分の胸が痛んだところでなんの意味もない。
でも、あの子にだけは知られたくなかった。
そんな都合の良いことなんてあるはずないのに。
呟いた声は思いと共に風に消えた。
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