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社会人編
9、墓参り。
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足元にセミの死骸が落ちている。頭上ではシャワシャワシャワとセミが大合唱している。
墓に手を合わせて目を閉じると、脳内はセミの鳴き声に支配され、ここがどこなのか分からなくなった。
暑い。暑すぎる。今年の夏は災害級の暑さだと話題になっている。体温超えの気温が当たり前のように続き、熱中症で年寄りが死ぬ、子どもが死ぬ、火災が起こる。いつもの夏より死の気配を近く感じた。
「(ここで俺が倒れても、誰も助けてくれないな)」
それでも今年も墓参りに来たのは、なぜだろうか。墓に刻まれているのは、父の名前と「空霞さなぎ」。そして「空霞あげは」。
「(俺は生きてるっつーの)」
自分の墓参りをするという謎のシチュエーション。墓の下にあげはの遺体はないというのに。
墓地には他にもいくつかの墓があったが、もう参りに来る人もいないのか、「空霞家」の墓以外は、雑草が鬱蒼と生い茂っていた。そうならないように、流は今年も墓周辺の雑草を抜く。この暑さの中で。自分は何をしているのだろうか、と何度も思う。
お供え物として持ってきたおはぎは置いていく。誰にも食べられずに腐っていくだろう。それがよかった。経過を見ることはないが、この墓にはそんな存在がお似合いだと思った。
セミが鳴いている。雑草に紛れて、背の高い向日葵が咲いていた。雲一つない晴天。飛行機が飛んでいく。
どうせ死ぬなら、こんな日がいい。土砂降りの日なんかじゃなくて。
「独神流さんですか」
空を見上げていたら、背後から人が近付いて来ていることに気付かなかった。暑さのせいで大して驚くリアクションもとれず、ゆっくりと振り返る。
「…どちら様ですか?」
そこには日傘を差した小柄な男性が立っていた。天国からのお迎えかと思ったが、そもそも自分は天国にいけるような生き方をしていなかったと思い直す。
「はじめまして。週刊誌記者の道内といいます」
流は彼が差し出した名刺を受け取らずに見下ろした。顔写真がついていない名刺だった。これなら、他人からもらった名刺でいくらでも自分を偽ることができる。そういう名刺の相手は、信用してかかるなと言ったのは社長だった。
「こんなところまでご苦労様です」
「近くに喫茶店があるんですが、そこで少し涼みませんか。ここは暑すぎる」
「喫茶店、ですか」
「ええ。コーヒーゼリーが美味しいんです。ご馳走しますよ」
彼は踵を返して歩き出した。逃げるなら今だったが、流はついていくことにした。この男が本物の週刊誌記者だとしても偽物だとしても、この暑さから逃れられればなんでもよかった。つまり、暑くて仕方がなかったのだ。
「毎年墓参りされているんですか」
「そうですね」
「こんな辺鄙な場所までよく来ますね」
「そういうあなたも、よく来ましたね」
「自分でもどうかしていると思いますよ。いちばん近いバス停から40分も畦道を歩くなんて、都会ではありえません。それなのに、わたしはこのお盆期間中、あなたに会うために、毎日ここへ来ていたんです」
男が振り返り、立ち止まる。
「あなたが今日来てくれてよかったです。これでわたしは二度とここへ来なくて済みます」
「…俺になんの用ですか」
「そうですね。…喫茶店でお話をしたかったのですが、到着するまで無言でいるのも居心地が悪いので、歩きながら用件をお伝えしてしまいましょう」
日陰のない道だった。男の日傘に入れてもらおうかと思ったが、どこのどいつかも分からない相手と相合傘をするのは気持ちいいものではなかった。
「わたしは10年前の事件を追っています」
「そうなんですか」
「驚かないんですね」
「すみません。暑くて」
「そんな理由ですか。寒かったら、驚いてくれたんですか」
どうだろうか。首を傾げる。「週刊誌記者」と名乗られた時点で、自分はこの展開を察していたのかもしれない。それなら、寒くても反応は変わらないだろう。
「言わずもがなでしょうけれども、事件というのは」
「"空霞さなぎ"が"薙鎌辰夫"を殺して自殺した事件です」
「そう。その通りです」
「俺は何も知りませんよ、本当に何も」
いつもの返事を繰り返した。
「過去のことは知らずとも、今のことは知っているんじゃないですか」
不意に太陽が翳った。思わず天を仰ぐと、いつの間にか空には灰色の雲が広がっていた。まるで、目の前の男が天気を操ったかのようだった。
「…俺が知っていることなら話します」
「ご協力ありがとうございます」
冷たい風が吹いてくる。男は日傘を閉じながら、流の方を向いた。
「わたしが調べているのは、あなたが所属している事務所の事です」
「…え?」
間抜けな声が出た。男がふっと笑う。
「わたしは回りくどい話が苦手なんです。だからいつも正面突破を試みて、そして失敗します。馬鹿ですよね。そのせいで大した記事も書けません。そろそろクビが危ないかもしれない。まあいいんですがね。わたし自身はこの職業が気に入っているので」
「道内さん」
「あなたがアイドル活動なんてものをしているのは、グループの資金を稼ぐためですね」
雨が降り出した。こんな天気では死ねない。
「"空霞さなぎ"が死んで解散したとされている咲楽グループの金を」
「…」
「やはり…日傘は晴雨兼用にするべきですね。ケチるんじゃなかった」
To be contined…
墓に手を合わせて目を閉じると、脳内はセミの鳴き声に支配され、ここがどこなのか分からなくなった。
暑い。暑すぎる。今年の夏は災害級の暑さだと話題になっている。体温超えの気温が当たり前のように続き、熱中症で年寄りが死ぬ、子どもが死ぬ、火災が起こる。いつもの夏より死の気配を近く感じた。
「(ここで俺が倒れても、誰も助けてくれないな)」
それでも今年も墓参りに来たのは、なぜだろうか。墓に刻まれているのは、父の名前と「空霞さなぎ」。そして「空霞あげは」。
「(俺は生きてるっつーの)」
自分の墓参りをするという謎のシチュエーション。墓の下にあげはの遺体はないというのに。
墓地には他にもいくつかの墓があったが、もう参りに来る人もいないのか、「空霞家」の墓以外は、雑草が鬱蒼と生い茂っていた。そうならないように、流は今年も墓周辺の雑草を抜く。この暑さの中で。自分は何をしているのだろうか、と何度も思う。
お供え物として持ってきたおはぎは置いていく。誰にも食べられずに腐っていくだろう。それがよかった。経過を見ることはないが、この墓にはそんな存在がお似合いだと思った。
セミが鳴いている。雑草に紛れて、背の高い向日葵が咲いていた。雲一つない晴天。飛行機が飛んでいく。
どうせ死ぬなら、こんな日がいい。土砂降りの日なんかじゃなくて。
「独神流さんですか」
空を見上げていたら、背後から人が近付いて来ていることに気付かなかった。暑さのせいで大して驚くリアクションもとれず、ゆっくりと振り返る。
「…どちら様ですか?」
そこには日傘を差した小柄な男性が立っていた。天国からのお迎えかと思ったが、そもそも自分は天国にいけるような生き方をしていなかったと思い直す。
「はじめまして。週刊誌記者の道内といいます」
流は彼が差し出した名刺を受け取らずに見下ろした。顔写真がついていない名刺だった。これなら、他人からもらった名刺でいくらでも自分を偽ることができる。そういう名刺の相手は、信用してかかるなと言ったのは社長だった。
「こんなところまでご苦労様です」
「近くに喫茶店があるんですが、そこで少し涼みませんか。ここは暑すぎる」
「喫茶店、ですか」
「ええ。コーヒーゼリーが美味しいんです。ご馳走しますよ」
彼は踵を返して歩き出した。逃げるなら今だったが、流はついていくことにした。この男が本物の週刊誌記者だとしても偽物だとしても、この暑さから逃れられればなんでもよかった。つまり、暑くて仕方がなかったのだ。
「毎年墓参りされているんですか」
「そうですね」
「こんな辺鄙な場所までよく来ますね」
「そういうあなたも、よく来ましたね」
「自分でもどうかしていると思いますよ。いちばん近いバス停から40分も畦道を歩くなんて、都会ではありえません。それなのに、わたしはこのお盆期間中、あなたに会うために、毎日ここへ来ていたんです」
男が振り返り、立ち止まる。
「あなたが今日来てくれてよかったです。これでわたしは二度とここへ来なくて済みます」
「…俺になんの用ですか」
「そうですね。…喫茶店でお話をしたかったのですが、到着するまで無言でいるのも居心地が悪いので、歩きながら用件をお伝えしてしまいましょう」
日陰のない道だった。男の日傘に入れてもらおうかと思ったが、どこのどいつかも分からない相手と相合傘をするのは気持ちいいものではなかった。
「わたしは10年前の事件を追っています」
「そうなんですか」
「驚かないんですね」
「すみません。暑くて」
「そんな理由ですか。寒かったら、驚いてくれたんですか」
どうだろうか。首を傾げる。「週刊誌記者」と名乗られた時点で、自分はこの展開を察していたのかもしれない。それなら、寒くても反応は変わらないだろう。
「言わずもがなでしょうけれども、事件というのは」
「"空霞さなぎ"が"薙鎌辰夫"を殺して自殺した事件です」
「そう。その通りです」
「俺は何も知りませんよ、本当に何も」
いつもの返事を繰り返した。
「過去のことは知らずとも、今のことは知っているんじゃないですか」
不意に太陽が翳った。思わず天を仰ぐと、いつの間にか空には灰色の雲が広がっていた。まるで、目の前の男が天気を操ったかのようだった。
「…俺が知っていることなら話します」
「ご協力ありがとうございます」
冷たい風が吹いてくる。男は日傘を閉じながら、流の方を向いた。
「わたしが調べているのは、あなたが所属している事務所の事です」
「…え?」
間抜けな声が出た。男がふっと笑う。
「わたしは回りくどい話が苦手なんです。だからいつも正面突破を試みて、そして失敗します。馬鹿ですよね。そのせいで大した記事も書けません。そろそろクビが危ないかもしれない。まあいいんですがね。わたし自身はこの職業が気に入っているので」
「道内さん」
「あなたがアイドル活動なんてものをしているのは、グループの資金を稼ぐためですね」
雨が降り出した。こんな天気では死ねない。
「"空霞さなぎ"が死んで解散したとされている咲楽グループの金を」
「…」
「やはり…日傘は晴雨兼用にするべきですね。ケチるんじゃなかった」
To be contined…
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