[BL]デキソコナイ

明日葉 ゆゐ

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社会人編

7、ヒーローは存在するか。

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「…あんたが竜を救った?」

 聞き捨てならない台詞だった。

「あんた、歌詞の書き過ぎじゃないの。今どき『オレがあいつを救った』なんて、ジャンプヒーローでも言わないぞ」

…だってそれじゃあ、俺が悪役みたいじゃないか。

「なんとでも言えよ」

 叶夜がため息をつく。

「めめがどれだけ弱ってたか、おまえは知らないから、そんな茶化すようなことが言えるんだよ」
「そりゃ知らねーよ。…どんなに探しても、見つけられなかったんだから」

ーあいつはおまえから逃げてたんだから

 もし「見つけられなかった」のではなく「逃げられていた」のだとしたら。

 ごくりと唾を呑み込む。

「…あいつが、そう言ってたのか?」
「なにを?」
「………逃げてたって」

 そうだとしたら、エレベーター前で流に声を掛けられた時、竜はなにを思ったのだろう。自分は彼の目にどんな風に映ったのだろう。

「…あいつ、以前は情緒不安定になる時があってさ。…怒ったり泣いたり、自分を傷つけたり他人を傷つけたり、扱いがなかなか大変だったんだけど」

 スタジオで竜を見つけた瞬間を思い出す。エレベーター前で竜の手を掴んだ瞬間を思い出す。

…初めて会った日、竜に腕を掴まれた瞬間を思い出す。

「一度だけ、本当に死にかけたことがあったんだけど」
「……まじで?」
「そうだよ。大変だったんだから」
「…そっか」

ー"あげは"じゃない独神流は…

「目覚めたあいつの第一声」

 非常階段の窓から、青い空が見えた。

「"あげはには、もう二度と会わない”」

 それはいつかの夏に見た空と同じ色をしていて。




 会いたくて、会いたくなくて。
 もう会わないと思っていたのに、
 いつだって一番会いたかった人。




「…それは、俺じゃない」
「は?」

 流はその場に座り込んでしまいたいのをぐっと堪え、両足を踏みしめた。

「その"あげは"は、……俺じゃない」
「え?は?…ど、どゆこと?おまえ以外にもう1人"あげは"がいんの?」
「いや…そういうことじゃなくて…」

 俺は"あげは"であって、"あげは"じゃない。しかし、そんなことをこの男に言ったところでなんになる。

 流が説明を放棄したことに気付き、叶夜は不満げな声を漏らした。

「意味わかんないこと、言うだけ言って黙るなよ」
「…あんたには関係ない」
「だから関係あるんだよ。ここ数日調子がおかしいめめを、誰が世話してると思ってんだよ」

 顔を上げる。

「なんの話?」
「だから、誰かさんに会ってから、また情緒不安定なめめに逆戻りしちまったんだよ」
「俺のせいだって言うのか?」
「他に誰がいるんだ。布団にこもって全然出てこない。話しかけても返事しない。飯も食わなければ、風呂にも入らない」
「いつから?」
「だから、おまえがめめの部屋にいた日、…夏祭りの日から」
「…夏祭り…」

 夏祭りの日。

ーオレニミラレテコウフンシタノ?

 耳元で囁かれた気がして、背筋がゾクッとした。

 俺は今、あの日の"なに"を思い出した?

 流の反応に叶夜が眉を顰める。

「…おまえ、めめになにかしたのか?」

 なにか。なにかだって?
 それはー

 叶夜が体を起こすとほぼ同時に、けたたましい着信音が鳴り響いた。懐からスマホを取り出した叶夜は、画面を見て舌打ちをする。

「…タイミング最悪」

 叶夜は流を睨みつけると、「また後で」と言って階段を下りていった。

「(…助かった)」

 安堵の息を零しつつ扉を開けると、目の前にハギが立っていた。すっと息を呑み、流は唇を噛み締める。おそらく彼は最初からずっとそこで話を聞いていたのだろう。

「…リュウさん、オレ聞いてませんよ」
「……なにが」
「なにがって」
「練習に戻らないと。悠が待ってる」

 歩き出そうとした流の腕をハギが掴む。

「あの日オレが迎えに行くまで、リュウさんはどこで誰といたんですか?」
「ハギ、落ち着けって」
「媚薬を盛られたあなたが、誰かと一緒にいて、なにも起こらないわけないじゃないですか」
「……それを聞いて、どうするんだよ、今更」
「それは」
「社長に報告するのか?それを聞いた社長はどうする?」
「…リュウさん」
「さぞ喜ぶだろうな。…そういう連中だから」
「リュウさん!」

 ハギの手を振り払う。分かっている、八つ当たりだ。

「…頭冷やしてくる。練習にはちゃんと戻るから。そうしないと、悠がへそ曲げる」
「…分かりました…」

 早足でトイレへ向かった流は、他に誰もいないのを確認すると、個室に入り鍵を閉めた。扉にもたれかかり、履いていたジャージを下ろす。流の下着は性器の先端から溢れた汁で濡れていた。

「(…っくそ…)」

ーオレニミラレテコウフンシタノ?

 竜の言葉を思い出しただけで、こんなことになってしまう自分の体を心底汚らわしいと思った。しかし放っておくこともできない。声が出ないように唇を噛み締め、性器を上下に扱く。

「(ああ、いやだいやだいやだいやだ)」

 そう繰り返しながら、竜の舌の動きを思い出そうとしている自分がいる。

 媚薬を盛られていようとなかろうと関係ない。俺の体は、こんなにも淫乱だ。

 壁に手をつき、便器の中に欲望を吐き出す。肩で息をする。

「(…それでも)」

 扉にもたれかかり、そのままズルズルと床に座り込む。

「(俺は、竜と一緒にいたかった…)」



 To be continued···
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