43 / 55
社会人編
7、ヒーローは存在するか。
しおりを挟む
「…あんたが竜を救った?」
聞き捨てならない台詞だった。
「あんた、歌詞の書き過ぎじゃないの。今どき『オレがあいつを救った』なんて、ジャンプヒーローでも言わないぞ」
…だってそれじゃあ、俺が悪役みたいじゃないか。
「なんとでも言えよ」
叶夜がため息をつく。
「めめがどれだけ弱ってたか、おまえは知らないから、そんな茶化すようなことが言えるんだよ」
「そりゃ知らねーよ。…どんなに探しても、見つけられなかったんだから」
ーあいつはおまえから逃げてたんだから
もし「見つけられなかった」のではなく「逃げられていた」のだとしたら。
ごくりと唾を呑み込む。
「…あいつが、そう言ってたのか?」
「なにを?」
「………逃げてたって」
そうだとしたら、エレベーター前で流に声を掛けられた時、竜はなにを思ったのだろう。自分は彼の目にどんな風に映ったのだろう。
「…あいつ、以前は情緒不安定になる時があってさ。…怒ったり泣いたり、自分を傷つけたり他人を傷つけたり、扱いがなかなか大変だったんだけど」
スタジオで竜を見つけた瞬間を思い出す。エレベーター前で竜の手を掴んだ瞬間を思い出す。
…初めて会った日、竜に腕を掴まれた瞬間を思い出す。
「一度だけ、本当に死にかけたことがあったんだけど」
「……まじで?」
「そうだよ。大変だったんだから」
「…そっか」
ー"あげは"じゃない独神流は…
「目覚めたあいつの第一声」
非常階段の窓から、青い空が見えた。
「"あげはには、もう二度と会わない”」
それはいつかの夏に見た空と同じ色をしていて。
会いたくて、会いたくなくて。
もう会わないと思っていたのに、
いつだって一番会いたかった人。
「…それは、俺じゃない」
「は?」
流はその場に座り込んでしまいたいのをぐっと堪え、両足を踏みしめた。
「その"あげは"は、……俺じゃない」
「え?は?…ど、どゆこと?おまえ以外にもう1人"あげは"がいんの?」
「いや…そういうことじゃなくて…」
俺は"あげは"であって、"あげは"じゃない。しかし、そんなことをこの男に言ったところでなんになる。
流が説明を放棄したことに気付き、叶夜は不満げな声を漏らした。
「意味わかんないこと、言うだけ言って黙るなよ」
「…あんたには関係ない」
「だから関係あるんだよ。ここ数日調子がおかしいめめを、誰が世話してると思ってんだよ」
顔を上げる。
「なんの話?」
「だから、誰かさんに会ってから、また情緒不安定なめめに逆戻りしちまったんだよ」
「俺のせいだって言うのか?」
「他に誰がいるんだ。布団にこもって全然出てこない。話しかけても返事しない。飯も食わなければ、風呂にも入らない」
「いつから?」
「だから、おまえがめめの部屋にいた日、…夏祭りの日から」
「…夏祭り…」
夏祭りの日。
ーオレニミラレテコウフンシタノ?
耳元で囁かれた気がして、背筋がゾクッとした。
俺は今、あの日の"なに"を思い出した?
流の反応に叶夜が眉を顰める。
「…おまえ、めめになにかしたのか?」
なにか。なにかだって?
それはー
叶夜が体を起こすとほぼ同時に、けたたましい着信音が鳴り響いた。懐からスマホを取り出した叶夜は、画面を見て舌打ちをする。
「…タイミング最悪」
叶夜は流を睨みつけると、「また後で」と言って階段を下りていった。
「(…助かった)」
安堵の息を零しつつ扉を開けると、目の前にハギが立っていた。すっと息を呑み、流は唇を噛み締める。おそらく彼は最初からずっとそこで話を聞いていたのだろう。
「…リュウさん、オレ聞いてませんよ」
「……なにが」
「なにがって」
「練習に戻らないと。悠が待ってる」
歩き出そうとした流の腕をハギが掴む。
「あの日オレが迎えに行くまで、リュウさんはどこで誰といたんですか?」
「ハギ、落ち着けって」
「媚薬を盛られたあなたが、誰かと一緒にいて、なにも起こらないわけないじゃないですか」
「……それを聞いて、どうするんだよ、今更」
「それは」
「社長に報告するのか?それを聞いた社長はどうする?」
「…リュウさん」
「さぞ喜ぶだろうな。…そういう連中だから」
「リュウさん!」
ハギの手を振り払う。分かっている、八つ当たりだ。
「…頭冷やしてくる。練習にはちゃんと戻るから。そうしないと、悠がへそ曲げる」
「…分かりました…」
早足でトイレへ向かった流は、他に誰もいないのを確認すると、個室に入り鍵を閉めた。扉にもたれかかり、履いていたジャージを下ろす。流の下着は性器の先端から溢れた汁で濡れていた。
「(…っくそ…)」
ーオレニミラレテコウフンシタノ?
竜の言葉を思い出しただけで、こんなことになってしまう自分の体を心底汚らわしいと思った。しかし放っておくこともできない。声が出ないように唇を噛み締め、性器を上下に扱く。
「(ああ、いやだいやだいやだいやだ)」
そう繰り返しながら、竜の舌の動きを思い出そうとしている自分がいる。
媚薬を盛られていようとなかろうと関係ない。俺の体は、こんなにも淫乱だ。
壁に手をつき、便器の中に欲望を吐き出す。肩で息をする。
「(…それでも)」
扉にもたれかかり、そのままズルズルと床に座り込む。
「(俺は、竜と一緒にいたかった…)」
To be continued···
聞き捨てならない台詞だった。
「あんた、歌詞の書き過ぎじゃないの。今どき『オレがあいつを救った』なんて、ジャンプヒーローでも言わないぞ」
…だってそれじゃあ、俺が悪役みたいじゃないか。
「なんとでも言えよ」
叶夜がため息をつく。
「めめがどれだけ弱ってたか、おまえは知らないから、そんな茶化すようなことが言えるんだよ」
「そりゃ知らねーよ。…どんなに探しても、見つけられなかったんだから」
ーあいつはおまえから逃げてたんだから
もし「見つけられなかった」のではなく「逃げられていた」のだとしたら。
ごくりと唾を呑み込む。
「…あいつが、そう言ってたのか?」
「なにを?」
「………逃げてたって」
そうだとしたら、エレベーター前で流に声を掛けられた時、竜はなにを思ったのだろう。自分は彼の目にどんな風に映ったのだろう。
「…あいつ、以前は情緒不安定になる時があってさ。…怒ったり泣いたり、自分を傷つけたり他人を傷つけたり、扱いがなかなか大変だったんだけど」
スタジオで竜を見つけた瞬間を思い出す。エレベーター前で竜の手を掴んだ瞬間を思い出す。
…初めて会った日、竜に腕を掴まれた瞬間を思い出す。
「一度だけ、本当に死にかけたことがあったんだけど」
「……まじで?」
「そうだよ。大変だったんだから」
「…そっか」
ー"あげは"じゃない独神流は…
「目覚めたあいつの第一声」
非常階段の窓から、青い空が見えた。
「"あげはには、もう二度と会わない”」
それはいつかの夏に見た空と同じ色をしていて。
会いたくて、会いたくなくて。
もう会わないと思っていたのに、
いつだって一番会いたかった人。
「…それは、俺じゃない」
「は?」
流はその場に座り込んでしまいたいのをぐっと堪え、両足を踏みしめた。
「その"あげは"は、……俺じゃない」
「え?は?…ど、どゆこと?おまえ以外にもう1人"あげは"がいんの?」
「いや…そういうことじゃなくて…」
俺は"あげは"であって、"あげは"じゃない。しかし、そんなことをこの男に言ったところでなんになる。
流が説明を放棄したことに気付き、叶夜は不満げな声を漏らした。
「意味わかんないこと、言うだけ言って黙るなよ」
「…あんたには関係ない」
「だから関係あるんだよ。ここ数日調子がおかしいめめを、誰が世話してると思ってんだよ」
顔を上げる。
「なんの話?」
「だから、誰かさんに会ってから、また情緒不安定なめめに逆戻りしちまったんだよ」
「俺のせいだって言うのか?」
「他に誰がいるんだ。布団にこもって全然出てこない。話しかけても返事しない。飯も食わなければ、風呂にも入らない」
「いつから?」
「だから、おまえがめめの部屋にいた日、…夏祭りの日から」
「…夏祭り…」
夏祭りの日。
ーオレニミラレテコウフンシタノ?
耳元で囁かれた気がして、背筋がゾクッとした。
俺は今、あの日の"なに"を思い出した?
流の反応に叶夜が眉を顰める。
「…おまえ、めめになにかしたのか?」
なにか。なにかだって?
それはー
叶夜が体を起こすとほぼ同時に、けたたましい着信音が鳴り響いた。懐からスマホを取り出した叶夜は、画面を見て舌打ちをする。
「…タイミング最悪」
叶夜は流を睨みつけると、「また後で」と言って階段を下りていった。
「(…助かった)」
安堵の息を零しつつ扉を開けると、目の前にハギが立っていた。すっと息を呑み、流は唇を噛み締める。おそらく彼は最初からずっとそこで話を聞いていたのだろう。
「…リュウさん、オレ聞いてませんよ」
「……なにが」
「なにがって」
「練習に戻らないと。悠が待ってる」
歩き出そうとした流の腕をハギが掴む。
「あの日オレが迎えに行くまで、リュウさんはどこで誰といたんですか?」
「ハギ、落ち着けって」
「媚薬を盛られたあなたが、誰かと一緒にいて、なにも起こらないわけないじゃないですか」
「……それを聞いて、どうするんだよ、今更」
「それは」
「社長に報告するのか?それを聞いた社長はどうする?」
「…リュウさん」
「さぞ喜ぶだろうな。…そういう連中だから」
「リュウさん!」
ハギの手を振り払う。分かっている、八つ当たりだ。
「…頭冷やしてくる。練習にはちゃんと戻るから。そうしないと、悠がへそ曲げる」
「…分かりました…」
早足でトイレへ向かった流は、他に誰もいないのを確認すると、個室に入り鍵を閉めた。扉にもたれかかり、履いていたジャージを下ろす。流の下着は性器の先端から溢れた汁で濡れていた。
「(…っくそ…)」
ーオレニミラレテコウフンシタノ?
竜の言葉を思い出しただけで、こんなことになってしまう自分の体を心底汚らわしいと思った。しかし放っておくこともできない。声が出ないように唇を噛み締め、性器を上下に扱く。
「(ああ、いやだいやだいやだいやだ)」
そう繰り返しながら、竜の舌の動きを思い出そうとしている自分がいる。
媚薬を盛られていようとなかろうと関係ない。俺の体は、こんなにも淫乱だ。
壁に手をつき、便器の中に欲望を吐き出す。肩で息をする。
「(…それでも)」
扉にもたれかかり、そのままズルズルと床に座り込む。
「(俺は、竜と一緒にいたかった…)」
To be continued···
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
平凡な俺が総受け⁈
雫@更新予定なし
BL
平凡な俺が総攻めになる⁈の逆バージョンです。高校生活一日目で車にひかれ異世界へ転生。顔は変わらず外れくじを引いたかと思ったがイケメンに溺愛され総受けになる物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる