[BL]デキソコナイ

明日葉 ゆゐ

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社会人編

6、「そんなものないよ」と君が言う。

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 迎えに来た車に乗り込むと、流は後部座席に横になった。

「具合悪いんすか?」

 運転席のハギの問いかけから、彼は何も知らないのだと悟る。助手席には、流を置いていなくなった吉良悠きらゆうーもう一人のEtoileメンバーーが座っていた。悠は流の容体になど全く興味がない様子で、手元のスマホから一切目を離さなかった。

「…悠、おまえは知ってたんだろ」
「僕はなんにも知らないよ」
「それは知ってるやつが言うセリフ」
「あ、そっか。うん、僕は知ってたよ」
「おまえが俺のビールに媚薬入れたのか?」
「そうそう。そうしろって、佐倉さんに言われたからね」

 そう話している間も、視線はスマホから少しも動かない。おそらくSNSでエゴサーチをしているのだろう。後ろから首を絞めてやりたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。吉良悠は、事務所社長である佐倉のお気に入りだった。

「…それでおまえは、俺のビールに毒盛って逃げたわけだ」
「逃げたんじゃないよ。ロッソのメンバーと約束があったから行っただけ」
「ユウさん!」

 クルマが急ブレーキをかけて止まる。シートベルトを締めていなかった流は、後部座席の足元に転げ落ちた。

「…ハ……ギ…」
「またロッソのメンバーと遊んでたんですか!他事務所とは仲良くするなって、佐倉さんにあれだけ言われてるじゃないですか!」
「えー、だって僕、ロッソくらいしか芸能界の友だちいないし」
「いつまでも学生気分でいないでください!」
「僕もロッソに入りたいよ~。みんなと楽しくやりたいよ~」
「駄々こねないでください!」

 後部座席によじ登った流は、今度はハギの首を後ろから締めてやりたい衝動に駆られ、またぐっと堪えた。彼の運転が荒いのは周知の事実だった。シートベルトを締めなかった自分が悪い。

「…それで?一般人ばっかの祭りで俺に薬盛って、社長はなにを期待したわけ?」
「うーん、分かんない。『なんか面白いこと起こらないかな』って言ってたよ」
「(そんな理由で、事務所所属アーティストに薬を盛るな)」

 しかし、ここは普通の芸能事務所ではない。だから狂っていようとなにしようと、文句は言えないし、誰にも相談できない。追及を諦め、車のシートに身を委ねる。

 息を吸うと、着ているTシャツから竜のたばこの匂いがした。膝を抱えて顔を埋めると、鼻腔がその匂いでいっぱいになる。

 最後に重なった体温を思い出し、流は自分の指で唇に触れてみた。

 あの先はあったのだろうか。あの男が来なかったら、竜と俺はどうなっていたんだろうか。

……どこまで進んでいたのだろうか。

「(…って、結局…体の関係かよ)」

 エトワールや社長と同じ思考の自分にうんざりする。自分が生きてきた環境を突き付けられた気がした。最悪だ。媚薬とは別の吐き気がする。

「あ、花火だ」

 悠が興奮した声を上げる。つられて顔を上げると、フロントガラスの向こう側に真っ赤な花火が見えた。


*********


 数日後。スタジオでダンスのレッスンをしていた流のところに、彼はやってきた。

「リュウさん。『K-05』のプロデューサーが、リュウさんと話したいって」
「『K-05』のプロデューサー?」
「いつの間に、あんな凄腕Pとお知り合いになったんですか?」
「(……誰だっけ…?)」

 そう思いながらスタジオを出る。

「よう」

 彼は出入口のすぐ横に立っていて、流を見ると旧知の知り合いであるかのように軽く右手を挙げた。しかし、彼とは知り合いではない。偶然同じ場所に居合わせただけだ。

「この間ぶりだな、Lyu」

 祭りの日に。竜の部屋で。

「…あんた、『K-05』のプロデューサーだったのか」
「お、ちゃんと口きいてくれた!よかった~。この間は全然しゃべってくれなかったから、オレ嫌われてるのかと思ったよ」

 そう言うと空蝉叶夜は、大袈裟に胸をなでおろして見せた。しかし目は笑っていない。

「…場所変えさせて」
「うん、オレもそう思ってた」

 ビルの非常階段へ出る。なんにもない空間には、声や物音がよく響く。

「警戒心ないの?」

 叶夜が呆れたように笑う。

「オレがおまえになにするか分かんないのに、1人でひょいひょい付いて来て」
「あんたは、何もしないよ」
「どうしてそう言い切れる?」
「あんたは自分でプロデュースしてるグループがあるから、そんな馬鹿な真似はしない」
「…なるほど。てっきり『めめの友だちだから』って言われるのかと思ったよ」

 聞き慣れない「めめ」という呼び名。マウントを取られたような気分になる。

「俺になんの用?」
「つか、なんで最初からため口なんだよ。オレのほうが年上かもしれないだろ」
「そんな話をするために来たんなら、俺は忙しいからレッスンに戻らせてもらうけど?」
「つまんないやつだな」
「他事務所と関わるなって、社長に言われてるもんで」 
「過保護な事務所だなあ」

 それはあんたもそうでしょう。言いかけてやめる。

 過保護でなければ、どうしてわざわざ俺のところに来た?

「めめと知り合いなの?どこで知り合ったの?」

 予想通りの質問。やっぱり過保護じゃないか。

「そんなの本人から聞きなよ」
「聞けるもんなら聞いてるさ」
「聞けないのかよ」
「……詮索してるって思われたくないから」
「…」

 め・ん・ど・く・さ・い。

 タイミング良く誰かから電話がかかってこないだろうか。今すぐこの場から立ち去りたかった。どうして竜の周りには今も昔も、保護者ヅラした過保護な取り巻きがいるのだろうか。そういう星の元に生まれてきているのだろうか。

「(そして、取り巻きは必ず俺を邪魔者扱いする)」

 高校生の時、流に向かって「薙鎌竜に関わらないで」と言い放った女子生徒がいた。彼女は確か竜の幼馴染だった。

「…高校の同級生ってだけ」
「山神高校?」
「…そんな名前だったかな」

 卒業せずに去った学校の名前など記憶にとどめていない。

 叶夜は「ふうん」と相槌を打ち、

「じゃあ、""
「…っ」

 戸惑いがそのまま表情に出た。叶夜が鼻で笑う。

「おまえが、その"あげは"なんだろ」
「…」
「めめのことを壊した"あげは"」

 その名前を他人の口から聞く日が来るとは、思ってもみなかった。動揺で足元がふらつく。

「…なんであんたが…その名前を知ってるんだ…?」
「おっと、まじか。カマかけてみただけなんだけど、まさか本人かよ」
「……いや」
「今更否定しても遅いぞ。『俺が"あげは"です』って顔に書いてる」

 笑顔だった彼がすっと真顔になる。

「おまえは、オレが出会った頃のめめを知らない」
「…出会った頃…?」
「そりゃ知るはずないよな。あいつはおまえから逃げてたんだから。…自分を壊した"あげは"から」
「…っ…あんたには関係ない話だろ…」

 叶夜が廊下へ繋がる扉に寄りかかる。まるで流の逃げ道を塞ぐかのように。

「関係ある」

 後悔した。この男にひょいひょい付いて来たことを。おそらくこいつは、幼馴染の女子なんかよりも、ずっと性質たちが悪い。

「めめを救ったのはオレなんだから」



 To be contenud……
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