41 / 55
社会人編
6、「そんなものないよ」と君が言う。
しおりを挟む
迎えに来た車に乗り込むと、流は後部座席に横になった。
「具合悪いんすか?」
運転席のハギの問いかけから、彼は何も知らないのだと悟る。助手席には、流を置いていなくなった吉良悠ーもう一人のEtoileメンバーーが座っていた。悠は流の容体になど全く興味がない様子で、手元のスマホから一切目を離さなかった。
「…悠、おまえは知ってたんだろ」
「僕はなんにも知らないよ」
「それは知ってるやつが言うセリフ」
「あ、そっか。うん、僕は知ってたよ」
「おまえが俺のビールに媚薬入れたのか?」
「そうそう。そうしろって、佐倉さんに言われたからね」
そう話している間も、視線はスマホから少しも動かない。おそらくSNSでエゴサーチをしているのだろう。後ろから首を絞めてやりたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。吉良悠は、事務所社長である佐倉のお気に入りだった。
「…それでおまえは、俺のビールに毒盛って逃げたわけだ」
「逃げたんじゃないよ。ロッソのメンバーと約束があったから行っただけ」
「ユウさん!」
クルマが急ブレーキをかけて止まる。シートベルトを締めていなかった流は、後部座席の足元に転げ落ちた。
「…ハ……ギ…」
「またロッソのメンバーと遊んでたんですか!他事務所とは仲良くするなって、佐倉さんにあれだけ言われてるじゃないですか!」
「えー、だって僕、ロッソくらいしか芸能界の友だちいないし」
「いつまでも学生気分でいないでください!」
「僕もロッソに入りたいよ~。みんなと楽しくやりたいよ~」
「駄々こねないでください!」
後部座席によじ登った流は、今度はハギの首を後ろから締めてやりたい衝動に駆られ、またぐっと堪えた。彼の運転が荒いのは周知の事実だった。シートベルトを締めなかった自分が悪い。
「…それで?一般人ばっかの祭りで俺に薬盛って、社長はなにを期待したわけ?」
「うーん、分かんない。『なんか面白いこと起こらないかな』って言ってたよ」
「(そんな理由で、事務所所属アーティストに薬を盛るな)」
しかし、ここは普通の芸能事務所ではない。だから狂っていようとなにしようと、文句は言えないし、誰にも相談できない。追及を諦め、車のシートに身を委ねる。
息を吸うと、着ているTシャツから竜のたばこの匂いがした。膝を抱えて顔を埋めると、鼻腔がその匂いでいっぱいになる。
最後に重なった体温を思い出し、流は自分の指で唇に触れてみた。
あの先はあったのだろうか。あの男が来なかったら、竜と俺はどうなっていたんだろうか。
……どこまで進んでいたのだろうか。
「(…って、結局…体の関係かよ)」
エトワールや社長と同じ思考の自分にうんざりする。自分が生きてきた環境を突き付けられた気がした。最悪だ。媚薬とは別の吐き気がする。
「あ、花火だ」
悠が興奮した声を上げる。つられて顔を上げると、フロントガラスの向こう側に真っ赤な花火が見えた。
*********
数日後。スタジオでダンスのレッスンをしていた流のところに、彼はやってきた。
「リュウさん。『K-05』のプロデューサーが、リュウさんと話したいって」
「『K-05』のプロデューサー?」
「いつの間に、あんな凄腕Pとお知り合いになったんですか?」
「(……誰だっけ…?)」
そう思いながらスタジオを出る。
「よう」
彼は出入口のすぐ横に立っていて、流を見ると旧知の知り合いであるかのように軽く右手を挙げた。しかし、彼とは知り合いではない。偶然同じ場所に居合わせただけだ。
「この間ぶりだな、Lyu」
祭りの日に。竜の部屋で。
「…あんた、『K-05』のプロデューサーだったのか」
「お、ちゃんと口きいてくれた!よかった~。この間は全然しゃべってくれなかったから、オレ嫌われてるのかと思ったよ」
そう言うと空蝉叶夜は、大袈裟に胸をなでおろして見せた。しかし目は笑っていない。
「…場所変えさせて」
「うん、オレもそう思ってた」
ビルの非常階段へ出る。なんにもない空間には、声や物音がよく響く。
「警戒心ないの?」
叶夜が呆れたように笑う。
「オレがおまえになにするか分かんないのに、1人でひょいひょい付いて来て」
「あんたは、何もしないよ」
「どうしてそう言い切れる?」
「あんたは自分でプロデュースしてるグループがあるから、そんな馬鹿な真似はしない」
「…なるほど。てっきり『めめの友だちだから』って言われるのかと思ったよ」
聞き慣れない「めめ」という呼び名。マウントを取られたような気分になる。
「俺になんの用?」
「つか、なんで最初からため口なんだよ。オレのほうが年上かもしれないだろ」
「そんな話をするために来たんなら、俺は忙しいからレッスンに戻らせてもらうけど?」
「つまんないやつだな」
「他事務所と関わるなって、社長に言われてるもんで」
「過保護な事務所だなあ」
それはあんたもそうでしょう。言いかけてやめる。
過保護でなければ、どうしてわざわざ俺のところに来た?
「めめと知り合いなの?どこで知り合ったの?」
予想通りの質問。やっぱり過保護じゃないか。
「そんなの本人から聞きなよ」
「聞けるもんなら聞いてるさ」
「聞けないのかよ」
「……詮索してるって思われたくないから」
「…」
め・ん・ど・く・さ・い。
タイミング良く誰かから電話がかかってこないだろうか。今すぐこの場から立ち去りたかった。どうして竜の周りには今も昔も、保護者ヅラした過保護な取り巻きがいるのだろうか。そういう星の元に生まれてきているのだろうか。
「(そして、取り巻きは必ず俺を邪魔者扱いする)」
高校生の時、流に向かって「薙鎌竜に関わらないで」と言い放った女子生徒がいた。彼女は確か竜の幼馴染だった。
「…高校の同級生ってだけ」
「山神高校?」
「…そんな名前だったかな」
卒業せずに去った学校の名前など記憶にとどめていない。
叶夜は「ふうん」と相槌を打ち、
「じゃあ、"あげは"のことも知ってるんだ」
「…っ」
戸惑いがそのまま表情に出た。叶夜が鼻で笑う。
「おまえが、その"あげは"なんだろ」
「…」
「めめのことを壊した"あげは"」
その名前を他人の口から聞く日が来るとは、思ってもみなかった。動揺で足元がふらつく。
「…なんであんたが…その名前を知ってるんだ…?」
「おっと、まじか。カマかけてみただけなんだけど、まさか本人かよ」
「……いや」
「今更否定しても遅いぞ。『俺が"あげは"です』って顔に書いてる」
笑顔だった彼がすっと真顔になる。
「おまえは、オレが出会った頃のめめを知らない」
「…出会った頃…?」
「そりゃ知るはずないよな。あいつはおまえから逃げてたんだから。…自分を壊した"あげは"から」
「…っ…あんたには関係ない話だろ…」
叶夜が廊下へ繋がる扉に寄りかかる。まるで流の逃げ道を塞ぐかのように。
「関係ある」
後悔した。この男にひょいひょい付いて来たことを。おそらくこいつは、幼馴染の女子なんかよりも、ずっと性質が悪い。
「めめを救ったのはオレなんだから」
To be contenud……
「具合悪いんすか?」
運転席のハギの問いかけから、彼は何も知らないのだと悟る。助手席には、流を置いていなくなった吉良悠ーもう一人のEtoileメンバーーが座っていた。悠は流の容体になど全く興味がない様子で、手元のスマホから一切目を離さなかった。
「…悠、おまえは知ってたんだろ」
「僕はなんにも知らないよ」
「それは知ってるやつが言うセリフ」
「あ、そっか。うん、僕は知ってたよ」
「おまえが俺のビールに媚薬入れたのか?」
「そうそう。そうしろって、佐倉さんに言われたからね」
そう話している間も、視線はスマホから少しも動かない。おそらくSNSでエゴサーチをしているのだろう。後ろから首を絞めてやりたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。吉良悠は、事務所社長である佐倉のお気に入りだった。
「…それでおまえは、俺のビールに毒盛って逃げたわけだ」
「逃げたんじゃないよ。ロッソのメンバーと約束があったから行っただけ」
「ユウさん!」
クルマが急ブレーキをかけて止まる。シートベルトを締めていなかった流は、後部座席の足元に転げ落ちた。
「…ハ……ギ…」
「またロッソのメンバーと遊んでたんですか!他事務所とは仲良くするなって、佐倉さんにあれだけ言われてるじゃないですか!」
「えー、だって僕、ロッソくらいしか芸能界の友だちいないし」
「いつまでも学生気分でいないでください!」
「僕もロッソに入りたいよ~。みんなと楽しくやりたいよ~」
「駄々こねないでください!」
後部座席によじ登った流は、今度はハギの首を後ろから締めてやりたい衝動に駆られ、またぐっと堪えた。彼の運転が荒いのは周知の事実だった。シートベルトを締めなかった自分が悪い。
「…それで?一般人ばっかの祭りで俺に薬盛って、社長はなにを期待したわけ?」
「うーん、分かんない。『なんか面白いこと起こらないかな』って言ってたよ」
「(そんな理由で、事務所所属アーティストに薬を盛るな)」
しかし、ここは普通の芸能事務所ではない。だから狂っていようとなにしようと、文句は言えないし、誰にも相談できない。追及を諦め、車のシートに身を委ねる。
息を吸うと、着ているTシャツから竜のたばこの匂いがした。膝を抱えて顔を埋めると、鼻腔がその匂いでいっぱいになる。
最後に重なった体温を思い出し、流は自分の指で唇に触れてみた。
あの先はあったのだろうか。あの男が来なかったら、竜と俺はどうなっていたんだろうか。
……どこまで進んでいたのだろうか。
「(…って、結局…体の関係かよ)」
エトワールや社長と同じ思考の自分にうんざりする。自分が生きてきた環境を突き付けられた気がした。最悪だ。媚薬とは別の吐き気がする。
「あ、花火だ」
悠が興奮した声を上げる。つられて顔を上げると、フロントガラスの向こう側に真っ赤な花火が見えた。
*********
数日後。スタジオでダンスのレッスンをしていた流のところに、彼はやってきた。
「リュウさん。『K-05』のプロデューサーが、リュウさんと話したいって」
「『K-05』のプロデューサー?」
「いつの間に、あんな凄腕Pとお知り合いになったんですか?」
「(……誰だっけ…?)」
そう思いながらスタジオを出る。
「よう」
彼は出入口のすぐ横に立っていて、流を見ると旧知の知り合いであるかのように軽く右手を挙げた。しかし、彼とは知り合いではない。偶然同じ場所に居合わせただけだ。
「この間ぶりだな、Lyu」
祭りの日に。竜の部屋で。
「…あんた、『K-05』のプロデューサーだったのか」
「お、ちゃんと口きいてくれた!よかった~。この間は全然しゃべってくれなかったから、オレ嫌われてるのかと思ったよ」
そう言うと空蝉叶夜は、大袈裟に胸をなでおろして見せた。しかし目は笑っていない。
「…場所変えさせて」
「うん、オレもそう思ってた」
ビルの非常階段へ出る。なんにもない空間には、声や物音がよく響く。
「警戒心ないの?」
叶夜が呆れたように笑う。
「オレがおまえになにするか分かんないのに、1人でひょいひょい付いて来て」
「あんたは、何もしないよ」
「どうしてそう言い切れる?」
「あんたは自分でプロデュースしてるグループがあるから、そんな馬鹿な真似はしない」
「…なるほど。てっきり『めめの友だちだから』って言われるのかと思ったよ」
聞き慣れない「めめ」という呼び名。マウントを取られたような気分になる。
「俺になんの用?」
「つか、なんで最初からため口なんだよ。オレのほうが年上かもしれないだろ」
「そんな話をするために来たんなら、俺は忙しいからレッスンに戻らせてもらうけど?」
「つまんないやつだな」
「他事務所と関わるなって、社長に言われてるもんで」
「過保護な事務所だなあ」
それはあんたもそうでしょう。言いかけてやめる。
過保護でなければ、どうしてわざわざ俺のところに来た?
「めめと知り合いなの?どこで知り合ったの?」
予想通りの質問。やっぱり過保護じゃないか。
「そんなの本人から聞きなよ」
「聞けるもんなら聞いてるさ」
「聞けないのかよ」
「……詮索してるって思われたくないから」
「…」
め・ん・ど・く・さ・い。
タイミング良く誰かから電話がかかってこないだろうか。今すぐこの場から立ち去りたかった。どうして竜の周りには今も昔も、保護者ヅラした過保護な取り巻きがいるのだろうか。そういう星の元に生まれてきているのだろうか。
「(そして、取り巻きは必ず俺を邪魔者扱いする)」
高校生の時、流に向かって「薙鎌竜に関わらないで」と言い放った女子生徒がいた。彼女は確か竜の幼馴染だった。
「…高校の同級生ってだけ」
「山神高校?」
「…そんな名前だったかな」
卒業せずに去った学校の名前など記憶にとどめていない。
叶夜は「ふうん」と相槌を打ち、
「じゃあ、"あげは"のことも知ってるんだ」
「…っ」
戸惑いがそのまま表情に出た。叶夜が鼻で笑う。
「おまえが、その"あげは"なんだろ」
「…」
「めめのことを壊した"あげは"」
その名前を他人の口から聞く日が来るとは、思ってもみなかった。動揺で足元がふらつく。
「…なんであんたが…その名前を知ってるんだ…?」
「おっと、まじか。カマかけてみただけなんだけど、まさか本人かよ」
「……いや」
「今更否定しても遅いぞ。『俺が"あげは"です』って顔に書いてる」
笑顔だった彼がすっと真顔になる。
「おまえは、オレが出会った頃のめめを知らない」
「…出会った頃…?」
「そりゃ知るはずないよな。あいつはおまえから逃げてたんだから。…自分を壊した"あげは"から」
「…っ…あんたには関係ない話だろ…」
叶夜が廊下へ繋がる扉に寄りかかる。まるで流の逃げ道を塞ぐかのように。
「関係ある」
後悔した。この男にひょいひょい付いて来たことを。おそらくこいつは、幼馴染の女子なんかよりも、ずっと性質が悪い。
「めめを救ったのはオレなんだから」
To be contenud……
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる