上 下
6 / 7

6

しおりを挟む
マルクは確かに留学中もすごくモテていたと噂では、聞いていた。

マルクは兄の贔屓目なしにイケメンだし、同性も羨む肉体美を持ち、剣術にも勉学にも優れている自慢の弟だ。

それなのにマルクに未だに婚約者がいないのは、俺がアンネリネと婚姻を結び、侯爵からの後ろ盾を得て、王太子としての地位をきちんと確立してからだという話も聞いている。 

でも、マルクが婚約をしない理由は、それだけじゃなく、マルク自体がまだまだ子供で、あまり女性に興味がないのだと思っていた。

だが、先ほど目にした姿からすると、俺のその仮説は覆されてしまう。
もしかして、俺に内緒で女性と付き合っていたのか?

だけど、そうだとしても、どうして俺に内緒にするんだろうか。

兄の俺に知られたくないような相手なのか?

いや、そんなわけがない。

あの可愛い弟のマルクが、俺に隠し事なんてするわけがない。

いや、でも、まさか……。

そんな風に悶々とソファーに腰掛けてしばらく悩んでいると、入り口の扉を叩く、ノックの音が聞こえた。

「兄上、マルクです。アンネリネ嬢も一緒です。入ってもよろしいですか?」
「あぁ、入ってくれ」
「失礼します」

そういうと、マルクとアンネリネが入室した。

入室してきたアンネリネの衣装をみて、俺は驚いてしまった。

アンネリネのドレスは、まさに、さきほど遠目でみたパステルグリーンのドレスだった。

俺が固まっていたせいか、マルクが心配そうに近づいてきた。

「兄上、どうかされましたか?」
「あ、いや、アンネリネ。そのドレスはどうしたんだ?」

今回の夜会のために、俺はアンネリネにドレスを贈っていたはずだ。

俺の記憶が正しければ、俺が用意したのは王太子の婚約者に相応しい伝統的なデザインで、俺の瞳の色に合わせた深緑色のドレスだった。

「?このドレスは私がデザインしたんです。似合いませんか?」
「……そんなことはない。すごく似合っているよ」

応えたアンネリネは、まるで、俺にドレスを贈られたことを忘れたか、もしくは、知らないかのような態度だった。

アンネリネの着ている今日の衣装は、見たことのない真新しいデザインのドレスだった。

色も最近流行りのパステルカラーで、申し訳程度に緑色であることから、一応は俺の婚約者として着ていてもおかしくはないドレスだ。

しかし、しかしだ。

この国の王妃や王太子妃は、公式の場では、国の伝統的なデザインのドレスを纏うのが慣例だ。

それは、当然、婚姻前の婚約者にも適用される。

だから、俺も婚約者のアンネリネのために伝統的なデザインのものを公式のパーティーが開かれるたびに、毎回、新しく特別に作らせたドレスを贈っていた。

だから、本音を言えば、アンネリネに俺の贈ったドレスはどうしたんだ?と問いただしたかった。

今までこんなことは一度もなかったのに。

アンネリネは俺のことが、おそらく、気に食わないとはいえ、常に表向きは完璧な婚約者を演じてくれていた。

なのに、なぜ?

目の前にいるアンネリネに色々と問いただしたいことはあった。

それでも、男として、王太子としてのプライドが邪魔をして何も聞くことができなかった。

「アンネリネ、すまないが夜会の時間まで執務室で仕事をしていてもいいだろうか」
「えぇ、時間までここでお待ちしておりますね」

あくまで悪気のない態度を貫くアンネリネの様子に、内心、混乱した俺は、客室から逃げるように退出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。 !逆転チートな婚約破棄劇場! !王宮、そして誰も居なくなった! !国が滅んだ?私のせい?しらんがな! 18話で完結

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...